運命の遊園地編

Live.39『そうだ、デートにいけよ 〜BOYS & GIRLS BE AMBITIOUS〜』

 11月になり、今年もまた木枯こがらしが吹き始める時期となった。


「チャオ、マリカっち♪」

「あっモネさん。それにランマも」


 オフィス内のフルーツバーにてノートパソコンを広げていた鞠華は、歩み寄ってきた先輩アクターたちに気付いて作業の手を止めた。

 二人が向かいの席に座ると、嵐馬のほうから素朴な質問を投げかけられる。


「パソコンなんか広げて何してたんだ?」

「非番で少しヒマだったので、動画の構成台本を書いてたんですっ」

「動画の……ダイホン?」


 いまいちピンときていない様子だったので、鞠華はノートパソコンをクルリと回して二人に見せた。

 目を輝かせながら興味津々そうに画面を除く百音。

 一方、嵐馬は疑り深い面持ちでそれを読み上げる。


「なになに? 『【ゲーム実況】女装男子がゾンビパニックホラーゲームを初見プレイしてみた』、『注意)冒頭のデモイベント後にルート分岐が発生、最初はあえてバッドエンドの方を選ぶ』『右から二番目の個室トイレに隠し武器が落ちてる。偶然見つけたで拾う』……って、どうみても初見じゃねえよなコレ? むしろやりこんでるよなコレ!?」

「ハハッ、やだなぁランマ。じゃないですかー」


 どうみても動画のタイトルとは矛盾した内容ではあったが、それに対して鞠華は悪びれるどころか、むしろそれが当然であるかのように釈明する。


「もちろんクリア済みですし、攻略wikiも暗記するくらい読み漁りましたよ。そうやって万全の準備をした上で、『最高の初見プレイ動画』を撮るんです」

「それでリアクションのセリフも一つ一つ決められてるわけだ……あれだな、恐ろしいくらいに計算尽くだな」

「僕から言わせれば、企画も立てないで面白い動画なんて作れるワケないですって。そりゃあ、たまーにガチもんの天然さんもいるにはいるかもしれませんケド……とにかく僕みたいな凡人は、あれこれ工夫して地道に努力し続けるしかないんですっ」

「な、なるほど。あくまで動画を盛り上げるために、“初々しいジブン”をってか」

「そういうことです! ウィーチューバーがただラクしてお金を稼いでると思ったら大間違いですからねっ!」


 少なくとも鞠華は自身の能力スキル価値ウリを把握した上で、自分にできる最大限のパフォーマンスを発揮しているつもりである。

 それこそがウィーチューバー“MARiKAマリカ”流のエンターテイメントであり、彼が多くのファンたちに支持され続ける由来でもあった。


「『白鳥は水面下で必死にもがいているからこそ、水面に浮かぶ姿は優雅に見える』……ってやつだニ☆」

《ピンポンパンポーン》


 百音がいい感じにまとめてくれたところで、三人は突然スピーカーから発せられた社内アナウンスのベルに耳を傾ける。

 声の主はウィルフリッド=江ノ島だった。マイクの近くにいるのか、秘書のレベッカの声も少し入ってしまっている。


《逆佐鞠華クン。大事な話があるので、至急“社長室”へ来るように》

《正しくは“社長室”です、支社長……!》

《レベッカ君、微妙にグレードを下げないでくれたまえ!?》


 そんな締まりのない会話を散々オフィス内に垂れ流した挙句、アナウンスはぶつ切られたように終了のベルを鳴らしてしまった。

 支社長も支社長だが、『なんだ、いつものことか』と何事もなかったように各々の作業へ戻ってしまう社員も社員である。

 それほどに“オズ・ワールドリテイリングJP”は輝かしい業績に反してあまりにも緩すぎる社風の企業だったが、アクターになって二ヶ月ほど経っている鞠華にはもはや慣れっこだった。


「なんかバタバタしてたけど、支社長さんが呼んでるみたいだよー。マリカっち」

「大事な話と言ってたが、お前また何かやらかしたのかよ」

「えぇ……? 別に何もしてないけどなぁ……」


 少なくとも鞠華にそのような心当たりはなく、また咎められるようなことをした覚えもない。だとすると、“大事な話”とは一体何だろうか……?

 何にせよ、ウィルフリッドのところに行けばわかることだろう。

 そう思い至った鞠華は、嵐馬や百音と別れてすぐに支社長室へと向かうことにした。





「フッフッフーン……やっと来たネ、鞠華クン!」


 支社長室に入ると、デスクに座すウィルフリッドは開口一番に威勢よく挨拶を飛ばしてきた。

 何やらいつにも増して胡散臭い笑顔を浮かべている彼を見て、鞠華は近くいたレベッカへと耳打ちする。


「……なんか今日のウィルフリッドさん、えらく上機嫌ですね?」

「マリカくんもそう思う? 私も理由まではよくわからないのだけど……」


 ──と、二人して支社長の様子に困惑していたとき、ウィルフリッドは唐突に椅子から立ち上がった。

 彼は鞠華とレベッカの正面まで来ると、ニヤニヤと微笑みながら和服の懐から何かを取り出す。


「さて、アレコレ説明するよりもまずは見てもらったほうがはやいダロウ。二人とも、コレを見てくれたまえ!」


 どーん! という擬音とともに突き出されたそれは、小洒落た模様のプリントが施された封筒だった。

 鞠華はそれを受け取ると、開封して中身を確認する。


「ってこれ……『デスティニー・ハイランド』のチケットじゃないですか! どうしたんですか、コレ」

「ノンノン、厳密には“チケット”じゃなくて“パスポート”という名称なのだヨ。その紙が『夢の国』への入国許可証……というわけサ!」


 封筒の中に入っていたのは、なんと日本国内でも最大規模を誇るアミューズメントテーマパークのチケットだった。

 それも同じ紙切れが二枚封入されていることから、どうやらペアチケットらしい。

 横で見ていたレベッカもつい感嘆の声を漏らす。


「うわぁ、いいなぁ……」

「何を言ってるのかねレベッカ君。一枚は君のだヨ?」

「へっ……?」

「あの、支社長。それはつまりどういう……?」


 いまいちウィルフリッドの発言の意図が汲み取れず、レベッカは鞠華と顔を見合わせた。

 するとウィルフリッドは呆れたように頭を抱えつつも、鈍感なレベッカにもわかりやすいようド直球な説明をする。


「鞠華クンッ!!」

「は、はいっ!」

「そしてレベッカ君!!」

「な、何でしょうか!?」


!!!」


「なっ……」

「んなななななあぁぁぁっ!?」


 あまりにも突拍子もない提案に、レベッカは顔を真っ赤にしつつも声にならない悲鳴をあげた。

 鞠華のほうも恥ずかしそうに頬を赤らめながら、しかし納得がいかない様子でウィルフリッドに抗議する。


「まってください! 久々の休暇が貰えるのは確かにありがたいんですけど、だからってどうしてデ……でぇ……ーと、なんですかっ!!」

「おや、レベッカ君とでは不服かネ?」

「そ、それは……別にイヤってわけじゃ、ないですけどぉ……」

「だってぇー、キミたちに休暇を与えたところで、どうせ家に引きこもってWeTubeウィーチューブ見てるだけダローウ? たまには外出しないとダメな人間になっちゃうヨ!」

「ぐ……ぐうの音も出ない……」


 鞠華もレベッカも根っからのインドア派気質なので、それを言われてしまうと反論の余地がない。

 言葉巧みに二人を説き伏せたウィルフリッドは、最後にふっと微笑みかける、


「ここしばらくは鞠華クンもレベッカ君も働き詰めで、少し息抜きが必要かと思ってネ。そんなキミたち二人にワタシからのちょっとした贈り物ギフトさ」

「ウィルフリッドさん……」

「キミ達が“ライブ・ストリーム・バトル”を盛り上げてくれているおかげで、多くの人たちがそれを楽しんでいる。なら、キミ達にだって楽しむくらいの権利はあるはずだからネ。たまには仕事を忘れて、存分に楽しんできてくれたまえ!」


 ウィルフリッドは二人の肩をパンパンと叩き、労いの心を持って激励する。

 そこまで言われてしまったら、彼の善意を無下にできるはずもなかった。


 鞠華は手に持ったペアチケットをぼーっと眺めたあと、その視線をおそるおそるレベッカの方へと移す。

 彼女もまた気恥ずかしそうに目線を泳がせていたが、それでも小さな勇気を振り絞って目を合わせようとしていた。スーツを着た大人の女性とは思えぬ初々しい反応に、思わず鞠華まで口元が変なかたちに緩んでしまう。


「じゃ、じゃあえっと……次の日曜に、舞浜駅集合でいいですか?」

「うん……じゃなくて、よくってよ。日曜日にみぁいはっ……マ、マイハマエキ、ね?」


 男らしく頑張ってリードしようとしている女装少年と、大人の余裕を見せようとして空回りしてしまっている金髪OL。

 まるで中学生カップルのように初心うぶな二人のやり取りを目の当たりにして、一人だけ蚊帳の外にいるウィルフリッドは──、


(そういうのは、部屋の外に出てからやってくれないかネ……?)


 そう胸中で吐き捨てながら、むず痒そうに自分の顔を掻いているのだった。

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