Live.40『ここであったが百年目 〜ABSENCE SHARPENS SENTIMENTAL〜』

 そして、日曜日。

 朝早くに家を出発した鞠華は、集合場所である舞浜駅行きの電車に揺られていた。


 もちろん、有名人である彼が外出しているところを見つかってしまえば騒ぎになってしまうため、そうならないためにお忍び用の格好をしている。

 顔には赤い縁の伊達メガネをかけ、頭には大きめのキャスケット帽を深く被っている地味系女子のような服装。

 見事それらを完璧に着こなしており、彼がかのウィーチューバー“MARiKAマリカ”であることはおろか、男性だと見抜くことさえ至難の業だろう。


 約束の時間まではまだ幾らか余裕がある。

 これならまず遅れることはないだろうと確信すると、『これから遊園地でデートをするのだ』という緊張も少し解れたように思えた。


(そういえば、前にもこうやってレベッカさんと待ち合わせをしたっけ……)


 今から約二ヶ月ほど前の、上京してきた日のことを思い出す。

 コミサに参加するために開催地の東京へと前乗りした鞠華は、以前からネット上で交流のあった“抹茶ぷりん”と落ち合おうとしていた。

 その時の約束はアウタードレス“ワンダー・プリンセス”の顕現によってお流れになり、コミサ自体の開催も中止になってしまったものの、結果的にレベッカとはこうして無事に邂逅を果たすことができた。

 色んな偶然が折り重なって出逢うことが出来たのだと思うとどこか感慨深く、なにか運命じみたものさえ感じてしまう。





(……違う、そうじゃない)


 果たしてレベッカとの出会いは、本当にただのだったのだろうか?

 思い返せばリアルで初めて出会ったあの時、彼女はまったく面識のない鞠華に対してゼスパクトを託していた。

 当時は無我夢中だったことあって気に留めなかったが、初対面の少年にそんな大事なものを渡すだろうか。


 ──あるいは、初めから鞠華をXESゼス-ACTORアクターにするつもりでいたのだろうか。


 考えたくはないが、そう考えると辻褄つじつまが合ってしまうのも事実であった。

 そして一つの疑問が浮かんだ途端、連鎖反応が起こったように次々と別の疑念が湧いて出てくる。


(あれ……そもそもゼスアクターって一体なんなんだ……? どうして僕はそれになれたんだっけ?)


 今まで鞠華は“アーマード・ドレスに乗れる者”をそのように呼称し、頭の中で自然と定義していた。

 だが、『どうして自分がアクターなのか』という肝心な情報を知らないままでいることに今更気付いてしまう。

 さらに言えば、アクターにしかアーマード・ドレスを動かせない理由も謎であり、逆になぜ自分にはそれが動かせるのかも全くわかっていなかった。


 唯一わかっているのは、鞠華の知るアクター達にはいずれも“女装をした男性”、または“女性の身体を持つ男性”であるという特徴があることだけである。

 生来とは別の性を演じていれば、誰にでもアーマード・ドレスを動かせるということだろうか……?

 おそらくだが違う。

 仮にそうだとすれば、アクターの確保などもっと容易に出来ているはずだ。


 つまりはきっと、アクターになるにはクリアするべき条件がもう一つか二つはあるはずだろう。

 そして鞠華には条件に合致するだけの資質があり、“オズ・ワールドリテイリングJP”によってされたのだ。


(もしかしてレベッカさんは……“まちゃぷりさん”は、初めからそのつもりで僕に接触していたんじゃ……)


 彼女はウィーチューバーの“MARiKA”まったくの無名である時期から応援し続けてくれた最古参のファンであり、もはや鞠華にとっては心の支えといっても過言ではないくらい大切な人物だ。


 だが、もし彼女が初めからアクターにする目星をつけた上で接触してきていたのだとしたら?

 アーマード・ドレスに乗せるために、コミサを口実に東京へ呼び寄せたのだとしたら?

 その十年振りだったコミサの開催さえも、裏でレベッカや“オズ・ワールド”が手引きしていたことだったら?


 ──仮にそれが全て真実だとして、レベッカ=カスタードは果たして純粋なファンと呼べるのだろうか。



 そのような疑念が頭から離れずに表情を曇らせていると、電車はいつのまにか目的地の舞浜駅へと到着していた。

 

 アミューズメントテーマパーク『東京デスティニー・ハイランド』。

 しかし“東京”の名を冠しているものの、その所在地は東京ではなく千葉県浦安市である。


(きっと大人の事情ってやつなんだろうなぁ……)


 そんなことを考えながら鞠華が電車を降りると、パークの様子はホームからでも一望することができた。

 外界と森で隔たれた広大な敷地。中心部にはパークのシンボルとも言える時計塔が建っており、その塔を取り囲むようにして城下町風のエリアや火山を模したジェットコースターなど、様々な各種アトラクションや設備が備えられている。

 現実世界とは乖離された“夢の国”であることを謳っているだけあって、世界観を大切にした園内はまるで遠くにある異国のようであり、見るものを否応なしにワクワクさせる不思議な魔力があった。


「……遊園地を立て直すくらいなら、もどうにかすればいいのに」


 思わず、そんな言葉が口から出てしまった。

 鞠華は自分に驚きつつも、“夢の国”の周辺に広がる惨状げんじつを見やる。


 そこには瓦礫の山だけが延々と広がっていた。

 おそらく家や電信柱の形をしていたであろう木材やコンクリートはまばらにへし折れ、ぬかるんだ大地へと乱雑に突き刺さっている。もはやスクラップと成り果てた乗用車も、のそのままの状態で放置されてしまっていた。


 なぜそのような悲惨な光景が広がっているのか。

 それはこの浦安市一帯もまた“東京ディザスター”の被害を受けた範囲内であり、十年が経った今でも復興作業がほとんど進められていないからである。


(いつもそうだ。“東京”ばかりが優先されて、他は後回しにされてしまう。そりゃ、国にとっては首都が一番大事だろうけど……)


 改札口へと続くエスカレーターを降りながら、鞠華は人知れず表情を曇らせる。

 そもそも“ディザスター”という名称自体、鞠華には昔からどこか不自然なように思えていたのだ。関東全域を巻き込んだ大災害なのなら、“関東ディザスター”だのもっと適切な呼び方があったのではないか。


 それとも、デスティニー・ハイランドが東京の名を冠しているのと同じように、“東京ディザスター”にも何かが絡んでいるということなのだろうか。


(……ああ、もう! なにを被害妄想ばっかりしてるんだ、僕は! まったく、性格悪いんだから……!)


 憶測ばかりが飛び交っていた頭を、両頬を叩いて一度クールダウンさせる。

 何がともあれ、“MARiKA”と“抹茶ぷりん”がお互いに気を許せる仲だったという事実は揺るがないし、それはリアルで会ってからもきっと変わらない。

 アーマード・ドレスやアクターに関する秘密だって、あとで聞けばいくらでも答えてくれるはずだろう。


 だが今は、そんな事情を後回しにしてでも先にやるべきことがある。


(せっかく貰った休暇だもん。みんなを楽しませるシゴトはお休みにして、今日はレベッカさん一人を楽しませなきゃねっ!)


 誰かを楽しませる。

 それが鞠華という少年の原動力であり、何よりの報酬なのだから。


 延々と繰り返していた妄想も、きっとレベッカとのデートに緊張するあまり、関係ないことを考えて気を紛らわしたかったのだろう。

 鞠華はそのように自己解釈すると、『まだまだ子供だなぁ』と自分に対して呆れ笑いを浮かべつつ改札を出た。


 駅を出てすぐのところにある案内板が待ち合わせ場所となっているので、さっそくそこへと向かう。

 それから一分と経たずに到着してしまったが、どうやらレベッカの姿はまだ見当たらないようだった。

 鞠華はスマートフォンを取り出すと、SNSアプリを起動させてレベッカ宛のメッセージを打ち込む。


MARiKA(DM):到着しました! 案内板前でまってます!


「さて、と……」


 約束の時間まではまだ三十分ほど余裕がある。

 集合場所から動くわけにはいかないとはいえ、レベッカが来るまでどう暇つぶしをしていようか。

 そんなことを考えながら、鞠華は目の前を行き交う人混みをぼんやりと眺めていると──。




「……っ!」


 ふと鞠華の視界が、通り過ぎていく一人の人物を捉えた。

 ボブくらいの長さで切りそろえられた流麗な銀髪。

 陽の光を知らぬように真っ白い肌。

 白いブラウスと黒いコルセットスカートの対比モノクロームが印象的な、どこか儚げで人形のような少女。

 間違いない、彼女は──。

 

 気づくと鞠華は、その少女の背中を追って走り出していた。

 『すみません』と小さく呟くように謝罪を繰り返しながらも、しかし必死に人混みをかき分けて突き進んでいく。

 やがて目と鼻の先くらいの距離にまで迫ると、鞠華は迷わず彼女の手を後ろから掴んで握った。


 一呼吸置いて、その名前を呼ぶ。




久留守くるす……っ、久留守紫苑しおんだろう……!」


 呼びかけると、妖精めいた雰囲気をまとう少女はきょとんとして振り返った。

 こちらを向いた鮮やかな真紅の右眼、慎ましやかなすみれ色の左眼。そのオッドアイのあまりにも美しい様に、鞠華はつい見入ってしまう。


 忘れるはずがない。……というよりも、忘れようがない。

 非現実世界ファンタジーの住人のような不思議な存在感を放つ少女──その名は、久留守紫苑。

 ゼスマリカに初めて乗ったあの日、その直前まで鞠華と行動を共にしていたはずの……しかし、急に姿を消してしまった謎多き女の子だった。


「あれ、まりか? ひさしぶりだね」


 鞠華がこれだけ愕然としているにも関わらず、紫苑はまるで教室に入ってきたクラスメイトへ挨拶するように言った。

 彼女のまったく動じていない呑気のんきなさまに、鞠華はつい熱くなって語気を強めてしまう。


「久し振りだねぇ……じゃあないよ! 僕がどれだけキミのことを心配していたと思って……!」

「しんぱい? まりかが、ぼくを?」

「そうだよ! だってあの時、キミは何も言わないで急にいなくなっちゃったじゃないか……っ! それでひとりぼっちになっちゃって、すっっっごく怖かったんだよ……!?」

「そっか……怖がらせちゃってごめんね、まりか」

「えっと、今のはとにかく無事てよかったって事を言いたかっただけで……いやでも、せめていなくなる前に声くらいはかけて欲しくて……ああっ! 喜びたいのか怒りたいのか自分でもこんがらがってきた!」


 たしかに紫苑が無事でいたことは何よりも嬉しい。

 しかし、彼女への積もり積もった質問も山ほどある。


 彼女はいったい何者なのか。

 なぜ鞠華のことを知っていたのか。


『ダメだよ、まりか。君に逃げ場はない。運命の旋律は、既に奏でられているんだから』


 そして、去り際に残したあの言葉。


 それがどのような意味だったのかということを含め、鞠華が一つ一つ問い詰めようとしていた、そのとき。


「あのぉ……ちょっといいですか」


 背後から大学生らしき一般人に声をかけられたことで、鞠華はふと我に返る。

 それと同時に、彼の顔から冷たい汗が吹き出てしまう。


(しまった! 声でバレちゃったか……!?)


 いくら鞠華が変装をしているとはいえ、彼の口から出ているのは動画配信をしている時と何ら変わりのない無加工音源ナチュラルボイスだ。

 それもかなりの音量で喋っていたため、声を聴いていた周りの人達にウィーチューバー“MARiKA”であることを看破されてしまったかもしれない。

 そのような危惧を抱いて焦る鞠華だったが、続く一般人の言葉によってどうやら誤解だったということに気付く。


「ここ、並んでますかー?」

「へっ……?」


 そう言われて鞠華は、たったいま自分のいる場所が開場前行列の最後尾だということにようやく気付いた。紫苑を追いかけることに夢中だったあまり、ここがパークのゲート前であることをすっかり忘れてしまっていたのだ。

 しかも訊ねてきた一般人の背後には、同じ大学生と思わしき男女の大集団がどっと待ち構えている。心なしか、とても迷惑そうな表情でこちらを見ているような気がした。

 じっと睨むような視線に晒されてしまい、取り乱してしまった鞠華は思わず──。


「……ハ、ハイ。ソウデスヨー」


 と、うっかり後先も考えず、心にもないことを口走ってしまうのだった。

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