Live.02『動悸がどーきがドッキドキ 〜BEFORE CONTACT〜』

 世の中には“WeTuberウィーチューバー”なんて呼ばれている者たちがいる。


 もちろんこれは一種の俗称スラングであり、他にも“WeTubeスター”、“動画クリエイター”、“オンラインタレント”など呼ばれ方は山ほど存在しているが、意味や定義は特に定まっておらず極めて曖昧である。

 世間一般に浸透している共通の認識を述べるならば、大抵の場合は“動画の再生数によって収入を得ている人物”を指す。動画投稿サイト『WeTube』には広告の掲載を条件として投稿者が利益を得るパートナープログラムなるものがあり、中にはそれによって年収数千万円以上も稼いでいる者がいるくらいだ。


 もっとも、広告収入のみで生計を立てられるような所謂“専業WeTuber”は国内でも数十人程度であり、殆どは良くても副収入くらいの額しか稼げないというのが偽らざる現実だ。


(まっ、新幹線に乗ったりホテルに泊まれるくらいの小遣いはボクもなんとか稼げているんだけどネ)


 東京国際展示場からすぐ近辺のビジネスホテル。そこに少々早めのチェックインを済ませた逆佐鞠華さかさまりかは、ベッドの上で大の字になりながら旅の疲れを癒していた。他に人目はないのでフードは脱ぎ、後ろ髪をお団子状にして縛っている。


 時刻は午後の4時。夕御飯を食べるにはまだ早いので、部屋でやることといえば専らSNSのチェックくらいである。だらしなく横に寝そべりつつ、片手でスマートフォンの画面をスライドさせていった。


MARiKA:東京ついたよー(๑>◡<๑)

抹茶ぷりん:おおっ! マリカきゅんも遂に東京入りですか(*゚∀゚*)

もしや絶賛観光中ですな? ( ๑´艸` ๑) ムフフ


「おっ……まちゃぷりさんからリプきてる」


 まちゃぷり、もとい“抹茶ぷりん”さんは鞠華が動画投稿を始めたばかりでまだ無名の頃から応援し続けてくれたファンの一人であり、ネット上でも数少ないお互いに気を許せる間柄の人物だ。

 自分に届けられた全てのメッセージに対して返信することは流石にできないので、基本的に知り合い以外はスルーすることにしているが、抹茶ぷりんさんに対しては勿論別である。


MARiKA:絶賛ホテルで暇なうですよーw

都会こわいし((((;´゚Д゚)))


「送信っと……」


 小慣れた手つきで文章を打ち込み、素早く送信ボタンを押す。

 すると1分も経たないうちに返信の通知音が鳴った。どうやら相手もタイミング良くスマホを覗いていたらしい。


抹茶ぷりん:マリカきゅんがホテルに……

ԅ(,,´﹃`,,*ԅ)ハァハァ......


「おっさんかッ!!」


 ネット上でこういったやり取りをしていると、抹茶ぷりんさんは割と頻繁にセクハラ親父みたいなリアクションをすることがある。

 もっとも向こうは顔出しを一切しておらず、リアルでの面識もないので、が本当におっさんかどうかは知らない。


「でも、明日になればそれも判っちゃうんだよな……」


 明日より国際展示場にて三日間開催されるオタクの祭典、コミックサミット。通称コミサ。

 あくまで同人誌の即売会がメインではあるものの、世界最大級と言われるほどの規模の大きさから、コスプレイヤー達にとっても一大イベントとなっている。


 “そんなお祭りに君も参加してみないか”と話を持ちかけて来たのが、この抹茶ぷりんさんだった。

 地方住みということもあってこういったリアルでのイベントには一切参加したことのなかった鞠華であったが、『そろそろウィーチューバーとして次のステップを踏みたい』と思い至り、誘いに応じることにしたのだ。

 それに、抹茶ぷりんさんを始めとしたファン達と実際に会って交流したいという気持ちも少なからずある。自分の投稿動画を楽しんでくれている人達に何らかの手段で感謝を伝えたいと日頃から思っていたので、コミサの開催はまさに絶好のチャンスであった。


抹茶ぷりん(DM):突然DM失礼します。今は東京のどの辺りにいます???


「ん……ダイレクトメッセージ?」


 ダイレクトメッセージは特定のフォロワーとだけ会話ができる非公開メッセージ機能だ。おそらくデリケートな話題になるため、抹茶ぷりんさんの配慮でこちらに切り替えてくれたのだろう。

 しかし、こちらの現在位置なんて聞いてどうするつもりなんだろうか。晒される危険性も少しだけ考えたが、“まあまちゃぷりさんに限ってそんなことはしないだろう”という判断により、正直に答えることにした。


MARiKA(DM):有明のホテルですよー

抹茶ぷりん(DM):おおっ奇遇ですねー! 実は私も近くに来てるんですよぉ!

MARiKA(DM):え、本当ですか!? ちなみにどこら辺です?

抹茶ぷりん(DM):近くも近く、お台場海浜公園駅前ですよう!

抹茶ぷりん(DM):あっ、お暇なら適当な場所で今から落ち合っちゃいます?

抹茶ぷりん(DM):そちらがよければ、ですが!


「……mjdまじで?」


 予期せぬ提案に鞠華は思わず面食らってしまう。

 コミサに誘われた時もそうだったが、抹茶ぷりんさんはたまに突拍子もない発言をすることがある。天然ボケなのか妙に駆け引き上手な人なのかは定かではないが、日頃のやり取りからおそらく前者だろうと鞠華は察した。


「でも、今からかぁ……」


 つい自分の悪い癖でもある人見知りが発動してしまう。

 いくら気心の知れた仲とはいえ、それはあくまでネット上での話だ。実際に会うことによって今まで抱いていた相手のイメージが崩れてしまう可能性だってあるし、あるいはその逆もあるかもしれない。


「……あーもう、なに弱気になってるんだボクは! どうせ明日にはもっと大勢の人たちに会うんだ! まちゃぷりさん一人にビビっててどうすんだ!」


 どのみち明日のコミサで抹茶ぷりんとも会うつもりだったので、顔合わせの予定が1日スライドしただけだ。むしろ、最初に会うのが知り合いならなんとも心強い。

 それに、東京には三泊四日間しか滞在できないのだ。その限られた時間の中で、少しでも長い時間を抹茶ぷりんさんと過ごすに越したことはないだろう。


MARiKA(DM):こちらも大丈夫ですよー! 何時にどこ集合にします?

抹茶ぷりん(DM):じゃあ6時くらいに海浜公園駅の改札前集合はどうでしょうか!? いろいろ案内したい場所もありますし!

MARiKA(DM):りょかです!

MARiKA(DM):えと、ゆりかもめに乗ればいいんでしたっけ?w

抹茶ぷりん(DM):ゆりかもめで合ってますよ! 何かあれば連絡くださいねー


「さて、と……」


 これで退路は完全に絶たれてしまった。あとは現地へと赴くのみである。

 期待と興奮と不安の入れ混じった奇妙な感覚が込み上げてきた。退屈な日常の中でずっと憧れていた非日常への扉が、もうすぐ目の前にまで迫っている。


 己の足で踏み越えるのだ、その境界線を。


「……ところで、どんな格好していけばいいんだろう?」


 ふと、我に返ったように鞠華は部屋の壁にかけられた鏡を見る。

 そこに映るのは黒いパーカーを着たかなり地味目な男子。華やかな装いのウィーチューバー“MARiKA”のイメージとはあまりにも程遠い。

 この姿では抹茶ぷりんさんを幻滅させてしまうかもしれない。かといって女装すれば街中で目立ちすぎてしまう。さて、どうしたものか……。


「……顔だけ、ちょこっとだけメイクしていくかぁ」


 鞠華は無事に脳内会議を閉廷させると、さっそく準備に取り掛かった。

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