Live.03『目と目があったら運命のヒト 〜MISS TAKE, MISSING LINK〜』

 東京臨海新交通りんかい線、お台場海浜公園駅構内。


「まちゃぷりさん、遅いなぁ……」


 スマートフォンの画面に表示された時刻を見つめがら、改札前の壁に寄りかかる鞠華まりかはため息混じりに呟いた。

 既に集合時間である午後6時を30分もオーバーしている。試しにDMも送ってみたが、返信がかえってくる気配はなかった。


(約束をすっぽかすような人じゃないとは思うけど、まさかな……)


 あまり想像したくはないが、オフ会詐欺という可能性も否定はできない。実際に他のウィーチューバーが被害にあったという話も何件か聞いたことがある。

 そのように鞠華が疑心暗鬼に陥っていたとき、ふとこちらの方を見ている人物の存在に気付く。


 純白のブラウスと暗色のコルセットスカートがよく似合う彼女は、まるで絵画の世界から飛び出してきたような、本当に妖精かエルフの血を引いているんじゃないかと思うくらい浮世離れした美しさの少女だった。

 肩に触れるあたりで切り揃えた銀の髪、雪のように真っ白な肌。

 赤と紫色に分かれたオッドアイは流石にカラコンか何かだろうが、そう思わせないくらいガラス玉のような煌きを放っていた。


 少なくとも顔見知りではない。

 そもそも地方住みの自分に東京の知人はほとんどいないし、さらに言えば地元ですら交流のある人は片手で足りるほどしかいない。残念ながら人気ウィーチューバー“MARiKAマリカ”の中の人は、リアルだと所詮その程度のステータスなのだ。


 だが、向こう側はどう考えても自分の方をじっと見つめている。

 一方的に顔が知られているということは、もしかしてファンの方だろうか。それも自分がこの場所に来ているのを知っている人物ともなれば、思い当たるのは一人しかいない。

 胸に手を当てて軽く深呼吸をした鞠華は、小さな勇気を振り絞ってその人物へと声をかけることにした。


「あ、あの! もし間違ってたらごめんなさいなんですけど……」


 鞠華と同じくらいの小さな背丈の少女が、不思議そうに相手の顔をまじまじと見る。一方で慣れないことをしている鞠華の内心は穏やかではなかったが、喉の奥で引っかかる言葉を必死に紡いだ。


「もしかして、“抹茶ぷりん”さんですか……?」

「ふふっ」


 少女は否定も肯定もすることなく、猫の鳴くような涼しげな声で言葉を返す。


「はじめましてだね、


 確かに今、自分の名前を呼んだ。

 つまり彼女は──。


「わー! 本物のまちゃぷりさん!? よかったぁ、人違いじゃなくて……! イメージと全然違ったので最初ビックリしましたよぉ……! “抹茶プリン”というよりは“コーヒーゼリー”か“ガトーショコラ”って感じの服着てますしー!」


 ここにきてやっと鞠華は東京に来てから初めて心からの笑顔をみせる。

 右も左もわからぬ場所に置いて、一人でも知り合いがいるのはなんとも心強い。そしてそれ以上に、これまでネット上でやり取りをしていた相手が自分の目の前にいるという状況は、胸の奥から形容しがたい最上級の感動が込み上げてくるものだった。





「はああぁぁぁ、何やってんだろわたしぃ……」


 走行路の上を走る車両の微弱な揺れをタイトスカート越しの尻に感じつつも、ガラガラの車内の座席に座るレベッカは情けのない大きなため息をついた。

 顔を俯かせたまま、取り出したスマートフォンに視線を落とす。

 時刻は午後6時42分。もうを大幅に過ぎてしまっている。


「どうしよ……彼、絶対怒ってるよぉ……」


 着信記録を確認すると、案の定こちら宛てのダイレクトメッセージが数件ほど届いていた。どうやら相手の方は集合時間から30分が経過しても、集合場所でずっと待ってくれていたようだ。

 言い訳がましいことは百も承知しているが、レベッカは別に悪意があって約束の時間をすっぽかしてしまったわけではない。

 むしろその逆、彼女は一時間も前から集合場所である海浜公園駅の改札口前でずっと待ち惚けていたくらいなのだ。


(だって仕方ないじゃない! お婆ちゃんが困ってたんだから……ッ!)


 そう、はやる気持ちを抑えられず早めに集合してしまったのが運の尽きだった。

 改札の近くで待っている途中、ふとレベッカは券売機の前で立ち尽くす老婆を見かけたのである。きっと切符の買い方がわからないのだろう。それを察したレベッカは、軽く人助けをするつもりで声をかけた。

 だが、切符を無事に購入したあとも老婆の受難は続く。なんとその老婆は、“孫の入院している病院に行きたい”という漠然とした目的があるだけで、“病院の最寄駅はどこか”や“どっち方面の車両に乗ればいいか”を全く把握していなかったのである。


 こんないい加減な人をわざわざ助ける義理など当然自分にはない。

 ……なかったのだが、話を聞くとその孫はどうやら若くして末期ガンを患っており、余命宣告を受けてひどく落ち込んでしまっているらしい。そんな彼(もしくは彼女)を元気付けるためにも孫に会いたいのだという老婆の一途な想いに触れてしまえば、自分のことを後回しにしてでも助けたいと思ってしまうのが、レベッカという心優しい女性だった。

 結果として彼女は老婆の証言のみを頼りに病院の最寄駅や道のりを調べ、心配だったため自らも同伴して連れて行ってあげたのだ。無事に老婆を送り届けることは叶ったのだが、レベッカ自身はこうして貧乏くじを引いてしまったというわけだ。


(今思えば、私が一緒に行かなくても駅員さんに頼めばそれでオールオッケー万事解決だったのでは……)


 恥ずかしながらそこまで頭が回らなかったのも事実だが、どちらにせよ過ぎてしまったことは仕方ない。

 謝罪と今から向かうという旨のメッセージを送信すると、レベッカは今日で何度目になるかわからないため息を吐きながらスマートフォンを仕舞う。




 そして再び顔を上げたその時、車窓の奥の夕暮れ空にが出現しているのをレベッカは決して見逃さなかった



「あれは……“アウタードレス”の顕現兆候アドベントシグナル!」



 頭のスイッチが即座に切り替わり、レベッカは即座に仕事用の無線機を取り出す。先ほどまでの締まりがない表情はとっくに消え失せており、凛としたレディがそこにはいた。


「支社長、りんかい線・東雲しののめ駅付近の上空に“アウタードレス”を確認! すぐに嵐馬らんま君と百音もねさんに出撃要請を……!」

《うむ、レベッカ君。こちらでも捕捉キャッチしているとも! 今“アーマードドレス”二機をそちらに向かわせようとしているところさ!》

「例の“XESゼス-ACTORアクター”についてはどうしますか……?」


 無線機の向こう側にいる老年の男は暫し考えたのち、スピーカーから次なる指示を発する。


《身柄を保護しておいてくれたまえ! 君の近くにいるのだろう?》

「ら、了解ラジャー……!」

 

 交信を終えると、レベッカは再び上着のポケットからスマートフォンを取り出す。先ほどに送信したメッセージを確認したが、まだ向こうからの返信は来ていなかった。


(あれ、スマホ見てないのかな……? もしかして嫌われちゃった……!?)


 この世の終わりだと言わんばかりに顔面を蒼白とさせながらも、レベッカは素早いタイピングでメッセージを打ち込む。文章の誤字脱字をいちいち確認する間も無く、そのまま送信ボタンを弾いた。















抹茶ぷりん(DM):いま全速力で向かってるからそこで待ってて!

抹茶ぷりん(DM):その場から絶対動かないでね!







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