Live.79『嵐がはこんだめぐり逢い 〜ONCE UPON A TIME IN THE STORM〜』

 機体がギリギリ通れるほどの狭く長い物資運送用トンネルを抜けたゼスランマは、それまでとは一転して視界の開けた空間にたどり着いていた。

 地下50メートルもの深度に存在する巨大な立方体の部屋。天井はアーマード・ドレスが見上げられるほどに高く、周辺を見渡すと至るところにコンテナが何段にも積まれていることがわかる。

 様々な物資が集積されているその場所は、かつて復興作業の効率化を目的に造られた、国内最大規模の地下コンテナヤードだった。


(ここを通り過ぎれば、目標のオフィスはすぐそこか……)


 周りのコンテナには目もくれず、真っ直ぐに素通りしようとする。

 だがそのとき──前方に敵影を発見したため、嵐馬はすかさず機体にブレーキをかけた。

 咄嗟に手近なコンテナへゼスランマの身を隠しつつ、通信回線から聞こえてくる敵の声に耳を傾ける。


《いきなり隠れるなんて、ちょっと冷たいんじゃない?》

「テメェの早撃ちは怖ェからな。悪いが、こっちも戦い方を選んでる余裕はねぇよ」


 嵐馬は言い返しつつも、レーダーに映る敵機の識別コードを確認する。

 通信を送ってきているのは、やはり百音の駆るゼスモーネだった。こちらの位置からその姿を拝むことはできないものの、おそらく装着しているのは対アーマード・ドレス戦に特化した“ゴールデン・トリガー”だろう。


「にしてもお前、ホントに油断も隙もねぇよなァ。まさか俺に発信機を仕込んでやがったとは」

《あは、バレちゃってた?》

「いいや、悔しいがお前の企ては超痛手だったぜ。現にこうして、アジトの位置も特定されちまったしな」

《そのわりには、あんまりショックを受けているようには見えないけど》

「過ぎたことはとやかく言っても仕方ない、お前がよく使っていた言葉だ。俺は前に進むぜ……星奈林」


 自分なりの覚悟を口にした嵐馬だったが、モニターに映る百音の顔は心底わずらわしそうに眉をひそめる。

 被ロックオンを示す警報音アラートが轟いたのは、まさにその直後だった。


《過去に縛られていた男が言うことか……!!》

「お前が、未来を捨てようとするなら……!!」


 ゼスモーネの左手に握られた二連式ショットガンが火を噴いた。

 嵐馬は素早くステップを踏んで射線から逃れつつも、即座に日本刀を抜き放つ。


《刀ごときで銃に勝てると思ってんのか、ああんっ!?》

「まあな──」


 飛び道具を構える相手に対し、無謀にも正面から突っ込んでいく嵐馬。

 すると刹那──ゼスランマは唐突に持っていた日本刀を手放すと、本来は手で扱うべきその武器をなんとで蹴り飛ばしてしまった。

 柄頭つかがしらを蹴り込まれた日本刀が、ゼスモーネめがけて真っ直ぐに飛んでいく。


「刀だろうが何だろうが、要は使いようだぜ」


 ゼスモーネは咄嗟に身を仰け反らせつつ、飛来してきた日本刀をショットガンで難なく撃ち落とす。

 だが、それも嵐馬にとっては想定の範囲内だった。彼はすぐさまゼスランマの手元に日本刀ヴォイドウェポンを再構築させると、ゼスモーネに向かって上方から斬りかかる。


(蹴り飛ばした刀はフェイントだ。気を取られたな、星奈林──ッ!)


 しかし直後、予想外の事が起きた。

 迫り来るゼスランマの刀身に対して、ゼスモーネはあろうことかショットガンの銃身を繰り出したのだ。

 刀と銃。ヴォイドで造り出された両者の武器が、激しく火花を散らしてぶつかり合う。


「なっ……」

《これも使いよう、だろ?》


 日本刀をショットガンの銃身で受け止めながらも、百音は平然と言い放った。

 さらにゼスモーネは空いている右手でホルスターから銃を引き抜くと、それを腰だめに構える。

 動きに気付いた嵐馬が鍔迫つばぜり合いを解いて距離を取るのと、ゼスモーネの黄金銃から弾丸が放たれるのは、ほぼ同時だった。


「あ……っぶねェ、そのタマに当たっちまったら即戦闘不能ドレスアウトだったな」


 間一髪でどうにか回避に成功し、嵐馬は短く安堵する。

 とはいえ敵が有利なことは依然変わっておらず、であれば警戒を緩めるわけにはいかない。

 そうして再び間合いを詰める機会チャンスを伺っていたそのとき、百音はこちらに銃口を向けながら呟いた。


《……嫌いだった》

「あン?」

《男でも女でもない俺を……あたしを認めてくれない社会が、嫌で嫌でたまらなかった!》


 叫び声とともに、黄金銃から銃弾が2、3発ほど発射された。

 こちらに接近できるような余裕はない。そう判断した嵐馬はとっさにコンテナへ身を潜める。

 そうしている間にも、百音の言葉は続けられていた。


《わかってるよ……男として生を受けながら、女の心を持ってしまったあたしは、気持ち悪い生き物なんだって》

「星奈林……」

《キミだってそう言ってた! 性別は男か女の“どっちか”でしかないんだって! なら、そのどっちでもないあたしはどうすればいいの……!?》


 瞳に涙を浮かべながら、女としての百音が悲痛にうったえかける。

 確かにかつての嵐馬はそう信じて疑わなかったし、いまさら弁明の余地などあるはずもない。

 なら、今は──?


 嵐馬は考えを口にしようとしたが、突然の銃声がその行動を遮った。

 いつの間にかコンテナの上に回り込んでいたゼスモーネが、意表をつくように銃撃を仕掛けてきたのである。


「くッ……!」

《ねえ、間違っているのはあたしのほうなの!? 生まれてくる性別を間違えたら、ペニスにメスを入れなきゃいけないの!? 大きな決断をさせられて、すっごく痛い思いをして、別の身体に作り変えることが“正しさ”なの……!?》


 銃弾から逃れようとするゼスランマを、ゼスモーネが追従していく。

 油断も隙も与えない怒涛の銃撃は、かわすだけで精一杯だった。


《だけど……ウィルフリッドさんはそんなあたしを、あたしのまま愛してくれた! 裸と裸になって、一番深いところで繋がってくれた……!》

「はだ……っ!?」

《なのにキミは、この想いさえも踏みにじるの……!? 他人ひとを愛したコトもないくせに、あたしの……俺の邪魔をするなァッ!!》


 百音の中の男が爆発する。

 それと同時に、至近距離からショットガンの一撃が容赦なく放たれた。

 散弾をまともに食らってしまったゼスランマは、吹き飛ばされた先のコンテナに背中を強く打ち付けてしまう。

 嵐馬は危うく膝を折りかけたが、日本刀を杖代わりにしてどうにか耐え忍んだ。


「……確かに俺は童貞だ。それに、誰かが愛を育んでいようが知ったこっちゃねぇよ。でもな──」


 再び刀を構えたスケバン・ゼスランマが、ついに最後の突撃を仕掛けた。

 ゼスモーネのショットガンによる牽制けんせいにも決して怯むことなく、間合いを一気に詰めていく。


「俺にだって、守るものはある! 仁義なんてモンに縛られているテメェに、負けるわけにはいかねぇんだよ……!」

《仁義なき力など、行き過ぎたエゴでしかないと……なんでわからないッ!!》

「誰かに頼ることでしか、力の在り様を決められないのか……ッ!!」


 真正面から接近するゼスランマに対し、ゼスモーネは右手の黄金銃を構えた。

 この弾丸が命中すれば、そこで勝負は決まる。

 百音は迫り来るターゲットに照準を合わせると、すかさずトリガーを引いた。


 《終わりだ──“GゴールデンMマキシムFファニングSショット”》


 撃鉄を添え手で起こしながらの高速連射。

 全6発放たれた黄金の銃弾は、射線上のゼスランマに1発残らず全弾クリーンヒット。フレームから“スケバン・セーラー”の装甲ドレスを引き剥がしていく──。


「まだまだァ……ッ!!」

《何っ……!?》


 爆煙を突っ切って姿を現したのは、なんと“ネコミミ・メイド”に換装したゼスランマだった。

 嵐馬は被弾に先んじて、“スケバン・セーラー”のアーマーを自分から脱衣パージしていたのである。

 百音がそれを頭で理解する頃には、すでにメイド・ゼスランマはゴールデン・ゼスモーネの懐にまで飛び込んでいた。


《野郎……ッ!》

「届けえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」


 祈るように突き出された拳。


 しかし、嵐馬の全てを懸けたその一撃が、ゼスモーネに届くことはなかった。


「……だから、早えんだっつの……」


 ゼスモーネが腰のあたりで構えた黄金銃の銃口から、硝煙が揺蕩たゆたっている。

 嵐馬の拳を繰り出す速度を、百音がリボルバーに銃弾を再装填し、その上でトリガーを引くまでの速さが上回ったのだ。

 そしてほぼゼロ距離で放たれた銃弾を回避できるはずもなく、直撃を食らってしまった“ネコミミ・メイド”の衣装が音を立てて剥がされていく。


《これで使えるドレスは尽きたはずだ。俺の勝ちだよ、嵐馬》

「いいや……フレームだってまだ動く、俺はまだ……負けてねぇ……」


 アウタードレスがなくなり、文字通り丸腰となった今のゼスランマに勝ち目などあるはずがない。

 にも関わらず、アクターである嵐馬の心は1ミリも屈してなどいなかった。

 彼は床面を這いつくばりながらも、必死にゼスモーネの足元へしがみ付こうとしている。


《……そうだったな。たとえ機体がどれだけボロボロになろうと、何度だって立ち上がる……お前はそういう、反骨精神の塊のような奴だった──》


 百音は忌々しげに吐き捨てつつも、ゼスランマの頭部を容赦なく踏みつける。

 もはや嵐馬に抵抗するだけの力は残っておらず、顔面を床に擦り付けられた。


《──だから、その心を砕く。によってな》


 百音がそう告げた、次の瞬間。

 ゼスモーネの内部格納空間クローゼットから、嵐馬の見たこともないアウタードレスが新たに出現した。

 華々しい模様で彩られた、女性ものの振袖ふりそでを彷彿とさせるパーツ。それらは実体となって空間上に現れるなり、鳩がエサに群がるようにゼスランマのフレームへと取り付けられていく。


 その識別登録ドレスコードは、“フリソデ・チャンバラ”。

 百音が奥の手として持ち出していたそれは、他ならぬ嵐馬が二年前に顕現させたネイティブドレスだった。





 嵐馬の目の前に、振袖をした童女が立っていた。


 否。彼はその人物が、本当は女性ではないことを知っている。

 その少年の名は、古川菊之助きくのすけ

 まだ絶望や挫折といったものを知らない、澄んだ目をした頃の嵐馬だった。


「やっぱり、俺のネイティブドレスはあいつが持ってやがったか……」


 自分がたったいま目の当たりにしている光景が“フリソデ・チャンバラ”の見せている幻覚だということは、嵐馬自身も理解している。

 それでもいざ対面してみると、つい不愉快さや嫌悪感を抱かずにはいられないのであった。

 自分の深層心理を象ったドレスと向き合うということは、そういった遠ざけたい過去や本性と直面させられる──というものである。


「にしても、ひでぇツラだな」


 かつて一座の天才女形おやまとまで称された美貌を、嵐馬は極めて冷ややかな視線で見据える。

 幼少期から女性としての作法や言葉遣いを徹底的に叩き込まれ、“女”として扱われることに何の疑問も抱いていなかった、まるで傀儡くぐつのような人間。

 その迷いのない眼差しも、女よりも女らしい立ち振る舞いも、先の人生を知る嵐馬からすれば、ただの皮肉でしかなかった。


「ああ……本当に酷ぇ。“お前”じゃなく、こんなになっちまった“俺”がな……」


 瞳の中に映り込んでいる自身の姿を見ながら、そのように思う。

 女形として完璧すぎた──そんな才能そのものに思春期を蝕まれ、いつしか自分の中に住まう“女”を押し殺すようになってしまった。

 言うなれば現在の嵐馬は、まさに菊之助という過去に縛られ続けた存在。

 あるいは、その末路なれのはてだった。


「けどな、もう俺は菊之助おまえを恐れない。今ならちゃんと、お前とも向き合える」


 役を演じることの楽しさも、それが自分らしさであるということも、彼は長い歳月を経たおかげで思い出していた。

 時間が解決してくれた、というわけではない。

 どちらかと言えば、様々な考え方をもった女装少年アクターたちとの出逢いが何よりのきっかけとなった……という方が適切だろう。


 今だからこそ、言える。

 女を装うことで、今は亡き姉べつのジブンに成り代わろうとした鞠華も。

 女にも男にもなれず、どちらの性でもない苦悩を嘆いていた百音も。

 女ではなかったことに絶望し、男を誇示するようになった自身も。


 誰一人とて、間違ってはいなかったのだ……と。


「そうだ。男だとか女だとかいう常識……そこへ自分を当てはめたせいで、かつての俺は囚われていた。そして今、星奈林も苦しんでいる……」


 故に、嵐馬は想う。


「そんなくそったれな固定概念ルールがあって何になる。そのせいで仲間は苦しんでばかりじゃねえか。そんなもの、俺はいらない」


 男としての自分が求められていない現実を呪ったことがある。

 女を装う人々に『気持ち悪い』と言い放ったこともある。

 だが今となっては、そんなことなんかどうだっていい。


「俺はただ星奈林アイツを救いたいだけだ。なら、そのためには──」


 菊之助かこ嵐馬いま、二人の自分が重なる。

 すべては自身が、未来あしたへの一歩を踏み出すため。

 そして、大切な存在を取り戻すために。


「──俺はもう一度、として舞台せんじょうを舞う……!」





 まず百音は、“フリソデ・チャンバラ”を纏いしゼスランマが再び立ち上がったことに目を疑った。

 それはつまり、嵐馬が自分自身ネイティブを見せつけられながらも、自力で乗り切ったのだということを意味している。

 彼は今まさに、己を縛り続けていた呪縛に決着をつけたのだろう。


「ああ、これは面倒なことになった。キミを陥れるつもりが、かえって戦利品を与える結果になっちまったわけだ」


 百音は自らの失態を嘆きつつ、なおも銃口を下すことなく突きつける。


「けどキミが今さらネイティブドレスに着替えたところで、“レイヤード”を装着したゼスモーネの性能スペックには足元にも及ばない。せいぜいまとになるのがオチだ」

《ええ、あなたの言うとおりでしょう……でも、?》

「なに……? 嵐馬、その口調は……」


 物腰の柔らかく、しかし毅然きぜんとした嵐馬の声音に、百音は思わず戸惑いを覚えてしまう。

 するとそのとき──フリソデ・ゼスランマを取り囲む虚空から、突如としてアーマーパーツが現われでた。

 鋼鉄……と呼ぶにはあまりにも柔らかく、絹のように繊細な極彩色の羽衣はごろも。おそらくゼスランマの内部格納空間クローゼットから取り出されたのであろう装飾は“フリソデ・チャンバラ”の上に覆いかぶさると、融合して全く違う形状のドレスへと変貌させていく。


「まさか、アウタードレスをさらにもう一つ……いや、重ね着用レイヤードドレスか!?」

《参ります──レイヤードレスアップ・ゼスランマ》


 嵐馬が咆哮した、そのコンマ数秒後。

 ゼスランマを覆っていた幾つもの泡沫ほうまつが弾け飛び、百音の前に未知なるアーマード・ドレスが姿を現した。

 淡藤色あわふじいろをした和服風の衣装。肩には鮮やかな桜色をした羽衣がかけられ、あたかも重力を無視しているかのようにひらひらと宙を舞っていた。

 後頭部からは女性の長髪を思わせる放熱索が伸び、腰のあたりで一つに結ばれている。額には三日月を象ったかんむり、さらにフレームの色はダークグレーから銀色へと塗り変わり、全体の流線的なシルエットも相まって神性……ないし神秘的な存在感をかもし出しているのだった。


《星奈林……いいえ、百音。いざいざ、我が晴れ姿“ウタカタ・ハゴロモ”をご賢覧けんらんあれ》


 ネイティブドレス“フリソデ・チャンバラ”とレイヤード“ハゴロモレイヤー”に秘められた力が合わさり、新たなるパワーアップを果たしたゼスランマ。

 その姿を、その意匠を一言で表すならば──天女てんにょ

 はかなさと美しさを併せ持つ、まさに泡沫うたかたのようなドレスだった。


《古川。“ハゴロモ・ゼスランマ”、してまいる──》


 より長大となった大太刀を構え、装いを新たにしたハゴロモ・ゼスランマが飛翔する。百音もまた相手の戦意に呼応するように、ゴールデン・ゼスモーネを空中へと浮上させた。


 銃と刀。

 金と銀。

 太陽と月。


 そして、おとこおんな

 相反する二つの存在が、今まさに激突しようとしていた。

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