Live.78『ドレスは熱いうちに打て! 〜STRIKE WHILE THE IRON MAIDEN IS HOT〜』

(アーマード・ドレス量産計画“プロジェクト・エンキドール神の人形”。水面下で進められているという話は聞いていたが、もう実戦に投入してこようとはな……)


 モニター上方に映る合計6機の新兵器を、匠はじっとけわしい面持ちで見つめていた。

 彼女の報せを聞いたアクターたちも、驚きとともに表情を曇らせる。


《こんなに敵が出てくるなんて……ティニーさん一人だけじゃ危険だ! やっぱり僕も防衛そっちに──》

「ダメだ」


 味方の身を案じた鞠華だったが、直後に匠自身が冷たくそれを制する。


「先ほども言ったはずだろう。敵の戦力はこちらで引き受けると」

《でも……!》

「私の労力に報いたければ、必ず制圧を成功させろ。それで全てチャラにしてやる」


 匠はそれだけ言うと、聞こえてくる鞠華の声を無視して一方的に通信を切る。

 そして精神を落ち着かせるために深呼吸をしたのち、再び上空から迫り来る敵編隊を仰ぎ見た。


換装完了コンプリート、“ストラテジック・コマンダー”──さあ、お手並み拝見といこう」


 軍服の衣装アーマーへと着替えたゼスティニーが、軍刀と火縄銃を携えて飛翔した。

 アサルトライフルの敵弾をかわしつつ、最も近くにいた敵機へと躍りかかる。

 これに対し“エンキドール”は、咄嗟に腰の後ろからコンバットナイフを引き抜いて応戦。こちらの軍刀と三合ほど切り結んだのち、なんと力押しで鍔迫つばぜり合うゼスティニーを弾き返してしまった。


(性能はこちらと互角……いや、フレームの反応値と運動性に関してはやや上手うわてか)


 わずかな交戦時間の中でも、匠は敵の力量を正確に測っていた。

 正式採用機エンキドールが試作機のこちらを上回る……というは普通に考えても当然ではあるが、実際に刃を交わしたことによってそれが確信へと変わる。


(だが弱点もある。どうやらワームオーブ非搭載型のエンキドールは、クローゼットの機能を有していないようだな。つまり戦闘中の換装は不可能だというわけだ)


 空中を乱舞らんぶする六つの機影──。

 縦横無尽に飛び回る敵機に対して、匠は火縄銃を放ちつつ、隙あらば吶喊とっかんして軍刀を振り下ろす。

 押し込まれた刃はエンキドールの装甲を深く抉った。……が、損傷箇所はすぐに赤黒いヴォイドの粒子に包まれ、修復を開始していく。


(そして、ヴォイドの貯蔵量もおそらくは有限。いま着ている装甲をドレスアウトに追い込むことさえできれば──)


 こちらへ弾幕を張る敵機から距離をとりつつも、匠はすぐさま赤色のゼスパクトを取り出す。 

 オズ・ワールド襲撃作戦に備え、あらかじめ手配しておいた。それをまさかこんな場面で披露するとは思っても見なかったが、ある意味で不幸中の幸いだったとも言えるだろう。

 奇妙な巡り合わせに匠は口もとを綻ばせつつも、鮮やかな紅蓮をしたジュエルに指を添える。


「──私の勝利だ! ドレスチェンジ“ヴィクトリー・ヴァルキュリア”!」


 今まさにゼスティニーへ斬りかかろうとしていた数機のエンキドールが、ことごとく吹き飛ばされた。

 ……否、吹き飛ばされたのではない。ゼスティニーが勢いよく“ストラテジック・コマンダー”を分離パージしたことにより、装甲パーツごと押し返されてしまったのだ。

 さらに下着姿となったゼスティニーの全身フレームに、虚空から出現したアーマーが新たに取り付けられていく。真紅の甲冑、長いスカートのような腰布、羽飾りのついた兜、剣を収めるさやと盾が一体となった武器──それらをまとった匠の姿は、まさに勝利の女神ともいうべき凛々しいものだった。


「私に敗北をもたらしてみろ、雑兵。……出来るものならな」


 円形の盾からサーベルを引き抜いた“ヴァルキュリア・ゼスティニー”が、雄叫びを上げながら敵編隊をめがけて突っ込んでいく。

 刃に多量のヴォイドを纏わせることで切断力を高めると、すかさずエンキドールに向かって斬りかかった。





 匠がアジト上空で防衛戦を繰り広げている一方。

 プリンセス・ゼスマリカ、スケバン・ゼスランマ、ミイラ・ゼスシオンの三機は、東京の地下に張り巡らされた物資運搬用トンネルを突き進んでいた。


「ティニーさん、大丈夫かな……」

《平気だよ》


 思わず不安を口にした鞠華へ、紫苑が有視界通信越しに柔和な笑みをみせる。


《ああ見えてもタクミって負けず嫌いだから。だから、負けないよ》

「紫苑……うん、そうだね」


 まるで自分のことのように誇らしげに語る紫苑を見て、鞠華もつい苦笑してしまう。

 彼女にとっては理屈など関係なく、それだけ匠を信頼しているのだということが伝わってくるのだった。それにゼスティニーの強さについては、過去に死闘を繰り広げた鞠華も十分に知っている。

 そして何より今は、囮役を引き受けてくれている彼女の力を信じるしかない。


《ポイントB-11を経過、神奈川エリアへの到達を確認。作戦通りゼスランマはそのまま地下ルートを進み、オフィスの座標真下を目指して》


 スピーカーからレベッカの指揮をする声が発せられ、鞠華たちもそちらに耳を傾ける。


「僕と紫苑は?」

本命ゼスランマ以外の二機には、地上に出て陽動を行ってもらいます。できるだけ派手に、長く敵を引きつけて下さい》

《つーわけだ。二人とも、あとで落ち合おうぜ》


 直後の分かれ道でゼスランマと別れ、ゼスマリカとゼスシオンは地上に続くシャフトの内部をひたすら昇っていく。

 やがて隔壁を突き破って地上へ出ると、両機はそのまま街を見渡せるほどの高度にまで浮上した。


「街に被害を出すわけにはいかない。なるべく高いところで戦うんだ、紫苑!」

《わかったよ、まりか》


《あらあらまぁまぁ。ひと様の領地に土足で踏み込む野蛮なやからが、なんと二匹も》


 突如として聞こえてきた第三者からの通信に、鞠華と紫苑はハッとして視線を巡らせる。

 眼前にそびえ立つ地上300メートルの横浜グランドアークタワー。その屋上からこちらを見下ろしているのは、やはり白い衣装に身を包んだアーマード・ドレスだった。


「ぶらっくタイガー……!」

《ふふっ……今は名を改め“ほわいとタイガー”でしてよ!》


 細剣レイピアを構えたローゼン・ホワイトゼスタイガが、プリンセス・ゼスマリカを目掛けて真っ直ぐに突っ込んでくる。

 大河はものの一瞬で距離を詰めると、まるで刃先に怒りを込めたような鋭い刺突を放ってきた。


《さあ、悔い改めるのです! マリカスさんッ!!》

「くっ……!」


 こちらの回避を上回るゼスタイガのスピードに、鞠華は思わず歯噛みしてしまう。

 だが敵の攻撃がこちらに達する寸前──不意に視界の端から、まるでゼスマリカを庇うように白い影が飛び出した。

 両腕のクローでレイピアを受け止めたのは、紫苑の駆るミイラ・ゼスシオンだった。


《やらせないよ。まりかは、ぼくが守るから》

《この……ッ、死に損ないがぁぁぁぁッ!!》


 正面から突進しあった両機が激突し、刃同士を幾度となく打ち合う。

 鋭い突きを繰り出すゼスタイガに対し、ゼスシオンは曲芸師のような動きで身体を捻らせながら、紙一重で剣先を掻い潜っていく。


《ハッ……ハエのように小賢しいですわね……!》


 大河は躍起になったようにレイピアを横薙ぎに振るったが、そのときにはすでに切っ先の届く範囲にミイラ・ゼスシオンの姿はなかった。

 紫苑は機体を敵の背後へ回り込ませると、全身のいたる場所から白い包帯チミドロ・バンテージを伸ばす。

 それらは蛇のようにうねりながらゼスタイガの手足へと巻きつけられ、大河はまるでゼスシオンに後ろから抱きつかれるような形で拘束された。


《しくじりましたぁ……ッ!?》

《今だよ、まりか!》

「うん、悪いけど速攻で決める……!」


 紫苑に急き立てられ、鞠華は素早く“プリンセス・ドロップ”のシーケンスへと移行する。

 星の瞬く夜空へと一気に機体を浮上させ、月光を背に宙返り。

 そして下方に標的の姿を捉えると、プリンセス・ゼスマリカは全エネルギーを右足のヒールに集中させて飛びかかった。


「必ッ殺! プリンセス……ッ!!」

《──なぁんて、言うと思ったら大間違いでしてよ?》


 先ほどまで取り乱したような素振りを見せていた大河が、一変して勝ち誇った笑みを浮かべる。

 すると刹那、ゼスタイガの背中にあるマント状のパーツが突如としてした。

 中央で分かれた一連のパーツは翼のように広げられると、左右合計八本に裂け始める。それは蜘蛛の脚を彷彿とさせるアームだった。


 背中から生えた“隠し腕”とも言うべき兵装は、それぞれの指先からレイピアの細長い刀身を出現させる。

 ゼスタイガはまず背後に取り付いているゼスシオンを滅多刺しにし、リボンの拘束から逃れる。

 続けて機体を覆うようにアームを折りたたんで防御態勢をとると、ゼスマリカの踵落としドロップを正面から受け止めてみせた。


「なにっ……!?」

《どうかお覚悟をぉぉっ!!》


 ゼスタイガは再び蜘蛛の脚を展開すると同時に、レイピアを握っている本体の右手をゼスマリカへ向けて勢いよく伸ばす。

 鞠華はとっさに回避しようとするも間に合わず、切っ先はゼスマリカの左肩を貫通。血肉をえぐるような痛みが全身を駆け抜けた。


「うわあああああああああああああああッ!!!」

《ああんっ……イイですわあ、悲鳴きなさいマリカスさん! その生娘きむすめのような叫びを、もっとわたくしに聞せて欲しいのおぉぉっ!!》


 ゼスマリカを刺し貫いたまま、狂気に身を委ねた大河はさらに加速をかける。

 空中で奇妙な態勢のままもつれ合う二機は、そのまま直下の地面へと激突。アスファルトを数十メートルも引き摺りながら、背中を強く打ち付けたゼスマリカはなす術もなく押し倒されてしまった。


「ぐっ……あぁッ……!!」

《まだです! まだまだ全っ然足りませんわぁっ! わたくしの味わった絶頂よろこびを、マリカスさん……貴方にも体験させてあげますのッ!!》


 ゼスタイガはフレームを軋ませながらゼスマリカにまたがると、背中から生やした八本のレイピアを一本ずつ、ゆっくりと突き刺していく。

 あくまで刺されているのは機体であり、決して鞠華の生身の肉体が直接傷つけられているわけではない。

 しかし、高い同調シンクロ率で結びついていることが災いしてか──機体のダメージはあまりにもリアルなへと変換され、アクターの神経を暴力的に刺激して来るのだった。


 ──くそっ……このままじゃ、保たない……。


 モニターに砂嵐のノイズが走り、それとともにダメージレベルが危険域に入ったことを示す警告音アラームがけたたましく鳴り響く。

 だが全身をむしばむ強烈な痛みとは裏腹に、鞠華の意識は沈みゆく一方だった。

 視界は徐々に狭まっていき、聞こえてくる音も遠のいていく。必死にこちらの名前を呼ぶ紫苑の声も、彼の耳には届いていなかった。


 ──これ以上は……を、押さえ込めそうに……ない……。


 そして直後、玩具の電池がプツリと切れるように。

 鞠華の意識は、暗いやみの底へと堕ちていった。
















《うふふ……あはははははっ!! さあ、これでかせてあげますわぁっ!!》


 大河の声は、もはや鞠華の耳には届いていなかった。

 


《なっ……また息がありましたのッ!?》


 ゼスマリカは自らの胸に深々と刺さった刀身を握りしめると、なんとそれを強引に引き抜いてしまった。

 突然の事態にたじろいでいるゼスタイガへ、ボディブローが容赦なく突き刺さる。そして後方へ吹き飛ばされた大河が態勢を立て直している頃には、ゼスマリカはすでに内部格納空間クローゼットから漆黒のアーマーを取り出していた。


《まりか……!?》

《ふふ……やっと着替えてくれましたわね、いままわしき血塗られたドレスに!》


 砂煙の中で赤い眼光を怪しく輝かせるのは、十年目の亡霊と呼ばれた死装束──“マスカレイド・メイデン”。

 巻き上げる塵埃じんあいの幕を突っ切って、黒い仮面を被ったゼスマリカがいま、反撃の狼煙のろしを上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る