Live.77『いつから違えた俺らの道は 〜SO IT WASN'T POINT OF NO RETURN〜』

 真夜中の静寂を包み込むように、水面みなもを叩く音が変わらぬリズムで聴こえてくる。

 石造りの噴水はほのかな街灯の明かりに照らされており、中央の台座から吹き出している水のカーテンと光とが合わさって、なんとも神秘的な夜の空間を演出していた。


「ふうん、ちゃんと一人で来たんだ」

「鞠華のヤツもお前に会いたがっていたけどな。罠だったときの可能性も考えて、アイツには留守番を任せてある」

「そ、賢明な判断ね」


 午前零時を過ぎた深夜の公園にて。

 バイクを停めた駐車場から歩いてきた嵐馬は、噴水の前で待ち構えていた百音と対峙していた。

 何度か短く言葉を交わしたあと、二人はしばし見つめ合う。

 喜ばしいはずの再会。しかしそれは互いに警戒心を保ちながら、緊迫した状況の下で果たされることとなった。


「こんな時に、よく電話なんてかけてこられたな」

「迷惑だったかな? 昔はよく夜中に愚痴とか聞いてもらってたから、平気かと思ってたんだけど……」

「とぼけんな」


 はぐらかすような冗談をすぐに否定され、百音はわずかに目を見張らせる。

 夜風に長髪を揺らしながらも嵐馬は続けた。


「てめぇらオズ・ワールドが通信インフラを規制しているせいで、一般人はネットも携帯も使えねぇ状態になってんだろうが」

「でもそのおかげで、人々の混乱は最小限に抑えられてる」

「なにが“人々”だ……」


 百音の語るそれはあくまで世界全体にとっての人類を指しており、そこに東京……ひいては関東に住まう人々など含まれていない。

 現に横浜の街は、先日のアウタードレス大量発生やネットに繋がらない問題でパニック状態となっている。

 それをあたかも善行のように言う百音だったが、嵐馬の目にはもはやオズ・ワールドの独善的な振る舞いにしか映らなかった。


「これだけの騒ぎを引き起こしておいて、何を今更……! だったらこの街の混乱もどうにかしてみせろッ!」

「ええ、このままだと……だからこうして呼んだの。君に、あることを伝えるために」

「なに……?」


 何やら妙な物言いをする百音に、嵐馬はふと違和感を覚える。

 すでに敵対関係にある彼が、護衛も連れて来ずに自分を呼んだ理由。

 それは直後、彼自身の口から直接告げられた。


「今から48時間後。世界はアウタードレスを殲滅するべく、発生被害多発地域へ向けてのミサイル攻撃を決定した」

「はっ……」

「その目標地点は──“東京”」


 嵐馬の思考が数秒の間、鈍器で殴られたような衝撃に支配された。

 あまりにも突拍子もない発言を受けて、つい信じ難いという思いが理性を先行してしまう。


「冗談……だろ」

「この街の状況を見てもそう思える? むしろぜん立ては整っていると言ってもいい」


 百音の言うように、通信網を掌握されている今の日本へミサイル攻撃が行われたところで、その事実が表沙汰になるようなことはないだろう。

 それこそ世界各国の主要報道機関に精通しているオズ・ワールドならば、隠蔽や情報操作などいくらでもやりようがあるはずだ。


「だったらすぐにでも避難勧告を出せ! 今それが出来るのは、お前たちオズ・ワールドだけなんだろ!?」

「仮に避難を促したところで、すべての住民を収容できるほどのシェルターは東京にないよ。それこそ無用な混乱が起きるだけだと思うけど」

「だからって……皆殺しにするのかよ。何も知らない、何の罪もない人々を……ッ!!」


 そう問いかけられた百音は、肯定も否定もせずただ顔を俯かせるだけだった。

 嵐馬は怒りのままに胸ぐらを掴み、必死の思いで糾弾する。


「どうなんだ星奈林! これが……この悪逆が、テメェの見定めたかったウィルフリッドの真意ってやつなのかよ!」

「…………」

「これだけの事態を目の当たりにして、まだお前はアイツの肩を持つつもりなのか!? 答えろ!」

「……違う。ウィルフリッドさんのやり方は、きっと間違ってる。それはわかってる」


 ようやく認めた彼の声は、しかしなぜか沈んでいた。

 その反応に嵐馬は当惑しつつも、迷うことなく言い放つ。


「だったら、今からでも俺たちと一緒に来い! アクターとして、脅威から人々を守るん──」

「ごめん。だけど、それはできない」


 今し方ウィルフリッドの行いを否定したばかりだというのにも関わらず、なおも百音はこちらの要求を拒んだ。

 なかなか自分の思い通りに動いてくれない彼に対し、嵐馬は次第に苛立ちを覚え始める。


「何でだ……!」

「ウィルフリッドさんを裏切るなんて選択肢は存在しない。たとえ彼が間違っていたとしても、あたしは……あたしには、尽くさなきゃいけない仁義がある」

「その果てにあるものが、破滅だとしても……?」

「それでも、あたしの意志は変わらない。あたしの持つ力の全部は、あの人の為に振るうと決めたから」


 従者としては最上、人としては最低の答えを、百音はハッキリと示した。

 その有り様はひどく矛盾に満ちたものであったが、それでも簡単には揺れ動かないであろう、確固たる決意を感じさせるのだった。


(俺をここへ呼び寄せたのも、それが理由か……)


 一見オズ・ワールド側にとっては不利益ともとれる情報の開示、それでも敵である嵐馬をここへ呼び寄せたという事実、そして百音自身の変えられぬ立ち振る舞い……。

 それらが揃えられたとき、ようやく答えは嵐馬の目の前に導き出された。


 百音は──自らの在り方を変えられない不器用な男は、嵐馬の手によって討たれようとしているのだ。

 それは愚かだと、自暴自棄な選択だと言われれば、それまでだろう。

 だが、もはや彼にはその道しか残されていないのだ。それで百音が満ち足りるのであれば、友として、敵として、彼の魂を救ってやる他にはない。


「……いいぜ。お前がそう決断したのなら、俺にとやかく言う筋合いはない。だがその上で、俺はオズ・ワールドを……ウィルフリッドの計画を全力で阻止する。邪魔立てするなら、たとえお前だろうと容赦するつもりはねぇ」


 これまでのように百音を敵として認識できず、煮え切らなかった時とは違う。

 明確に敵対するむねを、ここにきて嵐馬はようやく告げるのだった。


「それでいいんだな、星奈林」

「やっぱり、君はあたしの味方にはなってくれない、か……」


 訊ねると百音は、言葉とは裏腹にどこか安心しきったような笑みを浮かべた。

 その笑顔があまりにも寂しげだったため、嵐馬は胸中で彼を哀れんでしまう。


「じゃあね、嵐馬くん。次にあったときは、迷わず君を殺すから」

「……ああ」


 刃物のように冷たい冬の風とともに、百音は去っていってしまった。





 嵐馬がアジトへ帰還した直後、東京へのミサイル攻撃の件は彼が直接報告するまでもなく、すでにレベッカら諜報部員がその情報を掴んでいた。

 どうやら攻撃作戦そのものはかなり以前から計画されていたらしく、ウィルフリッドら上層部の根回しによって、有事には東京を手筈もとっくに整えられているとのことだった。


「リミットは残り1日と18時間ほど。それまでに手を打つ必要があるわ」


 レベッカの定めた方針に対して、異論を持つ者はいなかった。

 その具体的な内容は、オズ・ワールドリテイリング日本支社の制圧、並びに規制された通信網を掌握し、一般市民に避難命令を出すことである。

 元メンバーである鞠華たちからすれば“奪還作戦”とも呼べる作戦は、入念な準備を行ったうえで、翌日の明け方に決行される運びとなった。


 そして──襲撃作戦の開始時刻よりも、さらに3時間前。

 ミサイル攻撃までのリミットが残り22時間を切ったまさにその瞬間、オズ・ワールド本社強襲部隊による地下アジトへの侵入は始まった。


「出撃って……予定よりも早くないですか!?」

「ああ、おそらくはこちらの動きを読んでの急襲だろうな。現在アジトの周りには、すでに歩兵の大部隊が展開中とのことだ」

「ほ、歩兵って……」

「先手を打たれてしまった以上、我々も作戦開始の時刻を繰り上げるしかない」


 格納庫に駆けつけるなり鞠華が言うと、すでに機体へ乗り込もうとしていた匠が焦りを取り繕うように答える。


 オズ・ワールドの攻撃は、まさに奇襲だった。

 むろん、ネガ・ギアーズの側も警戒を怠っていたわけではない。それこそ組織の技術部員たちが完璧を自負しているアジトの偽装は十分なレベルであり、センサーや逆探知への対策もしっかりと施されている──そのはずだった。


「まさか、こんなタイミングでアジトの場所を嗅ぎ付けられるなんて……」

「どうかな、むしろ好機だと言えなくもない。兵力がアジト側に集中したことによって、オズ・ワールド日本支社の戦力は手薄になっているはずだ」

「そうは言っても……!」

「ともあれ、こちらが後手に回っているのも事実だ。アジトの防衛は私に任せておけ。お前と紫苑、古川はEゲートから迂回し、先行して殴り込め」


 匠は手短に伝えると、返事も待たずにすぐさま出撃の準備を再開する。

 それだけ状況が緊迫しているのだということを鞠華も察すると、彼もまたハンガーに佇むゼスマリカのもとへ走り出した。

 コントロールスフィアに乗り込んでシステムを立ち上げるや否や、オペレーターを務める猫本と匠の会話が回線越しに聞こえてくる。


《ゼスティニーは地上ハッチへ直接出撃となります。あの、気をつけて……!》

《了解した》

《コースクリア、発進準備完了。ゼスティニー、リフトオフ!》


 地上へ垂直に伸びるリニアエレベーターに固定された機体が、射出リフトとともにロケットの如く打ち上げられた。

 あとは地上に出た彼女が敵を引きつけている間に、自分たちは別ルートから横浜のオフィスへ向かうだけである。

 突如として匠が驚愕の声を漏らしたのは、その矢先であった。


《なんだ、アレは……》

「ティニーさん、どうしました!?」

《光学映像をそちらに回す》


 匠が珍しく少し上擦った声でいい、鞠華も慌ててサブモニターを見やる。

 するとそこに映っていたのは、あまりにも信じがたい光景だった。


「……ッ! 嘘……でしょ……?」


 まだ太陽が昇る気配もない深夜未明の秋葉原上空。

 黒い絵の具をぶちまけ、白い点を散らしたような星空の下に、雲間を抜けて降下してくる機影があった。

 パラシュートも広げずに浮遊しているその輪郭シルエットは、四肢と頭部を有した人の形をしているように見える。それも普通の歩兵などではなく、30メートル近い前兆を誇る“人型兵器”だった。


 グリーンの迷彩色で彩られた戦闘服ドレスに身を包み、暗視ゴーグルやアサルトライフルなどの無骨な装備を随所に施した機体。

 数は確認できるだけでも6機。それらが編隊を組んで降下してきているのだ。

 この信じがたい光景がどういった意味を内包しているのか、匠はわずかに声を震わせながら告げる。


《これからは、アーマード・ドレス同士の戦いになる──ということか》


 アーマード・ドレス“エンキドールENKIDOLL”。

 

 擬似アクター“Q-UNITクオリアユニット”と擬似ワームオーブ“ヴォイドコンバーター”を搭載し、アウタードレス“ストラテジック・アーミー”を標準装備した、まさにアーマード・ドレスの正式採用タイプとも呼べる機体である。

 国連がそれを実戦に投入したということはすなわち、世界は混迷とともに、新たな局面へ移ったのだということを意味していた。

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