Live.91『二人だけの戦争 〜WE TALKED TETE-A-TETE〜』

「くぅっ……!!」

《がはッ……!!》


 敵機からの集中砲火を浴びせられたハゴロモ・ゼスランマとゴールデン・ゼスモーネが、ジリジリと後方へ追いやられる。

 6機のエンキドール部隊が繰り出す完璧なまでの連携攻撃に、天女の衣装を装う嵐馬は思わず苛立ちを歯噛みした。


「くっ、手強いですね……。ゼスティニーは本当に、たった一機で彼奴きゃつらを圧倒したというのですか……?」

《……いいや。残念ながら前回の戦闘よりも、ヴォイドの絶対量が格段に増加している。それに加えて、連携パターンの精度も以前までとはケタ違いのようだ》


 匠が焦燥しょうそうを取りつくろうように言い、それを聞いたアクターたちは不安に表情をかげらせた。

 すると彼らの動揺を装甲ドレスしに感じ取ったチドリが、サブモニターの中で声高らかに言い放つ。


《その通りなのです。“わたしたち”の現状の戦力は、あなたがたのそれを完全に上回っています。なぜならば……!》

《“わたしたち”は社長さんの命令ではなく、自分たちの意思で戦っているから!》

《決意の固さは、すなわちドレスの強さ》

《そのうえ、数も7対4でこちらが上》

《むしろこの条件で負ける方が難しいですしおすし》

《つまり……“わたしたち”の圧倒的有利なのですっ!》

《あんだすたんー?》


 ゼスタードに搭載された指揮官チドリの言葉に続くように、“メイツー”から“メイセブン”までの個体名を充てがわれた姉妹チドリたちが口々に声を発する。

 電脳の存在である彼女たち“Q-UNITクオリアユニット”は、擬似神経回路サーキットに流れる情報をデータリンクし、ゼスタードとエンキドール6機の間にネットワークを形成。視覚情報などをリアルタイムで送受信することにより、人知を超えたレベルの戦術的連携が可能となっていた。


「そんな……七人のチドりんと戦わなければならないなんて……ッ」

《手を抜いてると瞬殺しちゃいますよ! らんまおねえちゃん……っ!!》


 腰の後ろからコンバットナイフを引き抜いたエンキドールの一機が、ハゴロモ・ゼスランマに向かって急迫してきた。

 嵐馬のほうもすぐに大太刀を構え、これを迎え撃つ。

 だがそのとき──接近してきた機体とは別の方向から、ライフルでこちらを付け狙うもう一機のエンキドールがいた。警戒の範囲外からの攻撃に、嵐馬の対応が一歩出遅れてしまう。


 次の瞬間、いまにもライフルを発射しようとしていたエンキドールが、横合いから勢いよく殴り飛ばされた。


「なっ……」


 敵のナイフを強引に押し払いつつ、意表をかれた嵐馬はすぐにレーダーを見やる。

 作戦領域に高速で接近してきた機影──その識別コードを確認するなり、彼を含むアクターたちはつい驚きの声を漏らしてしまう。


《逆佐!? バカな、出撃できないようシステムロックを仕掛けたはず……》

《すみません、ティニーさん! でも、じっとしてられなくて……!》

《まりか、体は大丈夫なの?》

《わからないけど。“マスカレイド・メイデン”さえ使わなきゃ、たぶん平気……だと思う!》


 心配する匠や紫苑に返事をしつつも、駆けつけた女装少年──逆佐鞠華はウェディング・ゼスタードに向かって一直線に突っ込んでいく。

 レベッカもまたケーキナイフを振り払うと、飛んできた握り拳を刀身で受け止めた。


《やはり来たのね、鞠華くん。私としては、できればあなたとは戦いたくなかったのだけれど……》

《ボクも最初はそう思ってました。でも……さっきアリスちゃんと話していて、気が変わった》


 プリンセス・ゼスマリカとウェデング・ゼスタードの展開している空間障壁が接触し、2機の間から凄まじいスパークが散っていく。

 すでに両者は回線を開いていた。鞠華はレベッカの顔を真正面から見据え、挑むように叫ぶ。


《あなたとは一度、心と心をぶつけ合わなくっちゃあならない……! あなたが本心を隠すのなら、その心の壁を踏み越えるしかない……ッ!》

《なに……? このパワーは……!》

《だからこれは、必要な戦いなんだッ!!》


 出力を上げたゼスマリカが、勢いのままに敵機を殴り抜けた。

 吹き飛ばされたゼスタードは空中で体勢を立て直すと、頭部のベールをひらりとひるがえして告げる。


《フッ……いいわ、ついて来なさい。キミとは一対一サシで決着をつける。そこで終わりにしましょう、私たちの因縁に……!》

《因縁って……!?》


 加速をかけ、瞬く間に遠ざかっていくゼスタード。

 鞠華はすぐにその後を追おうとするが、そこへエンキドール部隊の容赦ない射撃が襲いかかってきた。

 だが間一髪のところで、ゼスマリカの前に2機のアーマード・ドレスが飛び込んでくる。機体を盾にして鞠華を守ってくれたのは、ハゴロモ・ゼスランマとゴールデン・ゼスモーネだった。


「ここは私達が抑えます!」

《だから行け、鞠華!》

《そしてボスを、どうか止めてくれ……!》

《はやく……!》


《……わかった!》


 匠、そして紫苑からも叱咤激励しったげきれいの通信を受け、躊躇ためらいを捨てた鞠華はゼスタードの元へと機体を急がせる。

 彼らが向かった先──そこは“デスティニー・ハイランド”。

 鞠華にとっては、双子の姉と両親を同時に失い、その後の人生を大きく左右することとなった……名称通り“運命の地”ともいえる場所だ。

 レベッカはそこで、最後の決着をつけようとしているのだった。





《知っているかしら? ここの海域にはかつて、“未元物質科学研究機構ラボラトリー”という施設が存在していた。世間には公表されていないその場所で、11年前に地球へと持ち帰られたワームオーブの研究は行われていたの》

「デスティニーのこんなにも近くで……くっ!?」


 デスティニー・ハイランド近郊の、かつて街だったものが海に沈んだ場所。

 そこで両者は互いに言葉を交わしつつも、しかし一切の隙を相手に見せない怒涛の攻防を繰り広げていた。

 振るわれたケーキナイフを拳でいなし、空いたボディに向かって脚を振り上げる。だがその蹴りは軽く流され、ゼスタードはお返しと言わんばかりに肩をぶつけて来る。

 渾身のタックルを直撃してしまい、押し出されるゼスマリカ。そこへさらにゼスタードは追い討ちを仕掛ける。


《“配置セット”──》


 レベッカがケーキナイフの刃先を上空へと掲げた刹那、ゼスタードの周りに同型の武器が次々と召喚された。

 ヴォイドによって複製されたそれらは、レベッカの合図とともに一斉に射出される。


《──“開放フォイア”!》


 機関銃のごとく立て続けに撃ち放たれる幾多もの刀剣。

 対し鞠華は機体エネルギーのリソースをすべて機動力に回し、ただ回避することだけに専念しようとする。

 ゼスマリカが一気に跳躍し、その余波を受けた海面がまるで爆発したような飛沫をあげた。

 こちらを追尾ホーミングするカットナイフをひたすらにかわし続け、不可能な場合は殴るか蹴りで撃ち落としていく。その間にレベッカは海面の上を滑るように疾走し、そしてゼスマリカを真下から襲撃するべく機体を飛翔させた。


《はああああああああっ!!》

「させるかッ! “プリンセス・ドロップ”!!」


 下方から斬り上げられた刃と、上段から振り下ろされたハイヒールが激しく衝突する。

 広大な空と海のちょうど境界に位置する狭間はざまで、激情を乗せた拳が、冷徹を帯びた剣が、幾度となくぶつかり合う。

 興奮度ボルテージの上昇にともなって加速していく闘いに、気がつくとレベッカは愛憎のこもったいびつな形相を浮かべていた。


《東京は一度、滅びの日を迎えた! 爆心地ラボから一番近いところにいたキミだって見たでしょう!? 世界が音を立てて壊れていく、恐ろしい光景を……!》

「だから、“トウキョウ”を国連せかいというくくりから切り離すことで、被害に遭った人たちを守ろうとしたんですか……! だからって、こんなやり方は……」

《世界を納得させるために、力を行使することは必要にして不可欠だった! それに私はこの力を支配ではなく、防衛のために使おうとしている! それが間違っていることだって……鞠華くん、よりにもよってキミがそれを言うの!?》


 有視界通信でこちらに訴えかけるレベッカの顔は、いとおしさとあわれみの混在したものだった。

 きっと彼女は鞠華のことも、非人道的な陰謀に虐げられた者達の一人として扱ってくれているのだろう。その加害者の手はすでに多くの血で濡れていながら、彼女の瞳はいまも被害者であり続けている。

 だからこそ、ここでハッキリと言ってやらねばならない。


「あなたがやろうとしていることは、トウキョウの人々を世界から孤立させる行為だ! それは、あなたの元にいる人たちのことも信用していないのと一緒ですよ……レベッカさん!」

《なら、どうやって信じればいいの!? こんなにも汚れきった世界で、いったい何を信じればいいっていうのよ……ッ!!》


 この世の如何いかなるものよりも純白なきらめきを放つ装甲ドレス──“ウェディング・ロード”をまといしゼスタードが、その手に持つ大振りのケーキナイフで袈裟懸けさがけに斬りかかった。

 鞠華は反射的に右脚のハイヒールを振り上げ、これに応戦。

 しかしその蹴りは力任せに振るわれたケーキナイフによって叩き切られ、ドレスアウトしたゼスマリカの脚部装甲レッグアーマーが宙を舞った。


「そんなっ……!?」

《キミの動画みたいに、世の中は思い通りにはいかない……だから、つくり変えてみせる。誰かの悪意によって土足で踏み荒らされることのない、皆が安心して暮らせる平和な楽園ばしょ──外界から永久に閉ざされた、理想郷を!》

「くッ……!」

《それはキミの為の世界でもあるのよ! だから……邪魔をしないでぇッ!!》


 姿勢を崩したゼスマリカへと、トドメを刺すべく繰り出されたゼスタードの刺突が差し迫る。

 狙うは心臓部──すなわち、アーマード・ドレスの動力を生み出す源流“ワームオーブ”。そして刃先はレベッカの思惑通りに装甲ドレスへとすべり込み、擬似神経として機能している電子回路を両断しながら、深々と突き立てられていく。

 アクターにとってそれはもはや筋組織や神経を切り裂かれるのと同義であり、まるで痛覚が暴走したかのような凄まじい激痛が鞠華へと襲いかかった。


《……私の勝ちよ、鞠華くん》


 2機のアーマード・ドレスが、空中で密着するように静止する。

 そしてゼスタードが両手に握るケーキナイフの刃は、ゼスマリカの左胸を貫通して背中から突き出していた。

 アクターたる鞠華の絶叫を耳にし、レベッカは勝利への確信に至る。


「まだ、だ……」

《なに……!?》


 が、レベッカの抱きかけていた確信はすぐに打ち砕かれた。

 依然としてゼスマリカは左胸を貫かれたまま、その手でゼスタードの両肩を掴む。まるでレベッカの纏う装甲ドレスを引き剥がそうとしているように。

 そして相手を押さえ込みながら、鞠華は全身フレームに巡り流れる血液ヴォイドを一気に爆発させる。


「ボクはまだ、なんの本音も聞き出せていない……あなたのことを何も知らない……ッ!」

《ヴォイドのオーバーフロー現象……!? 鞠華くん、キミは……っ!》

「だからレベッカさん、あなたの心の鎧ドレスを突破する……! 拒否されたって関係ない、力尽くでも踏み越えてやる……ッ!!」

《そ、そんなの……粗暴な男性のやり方だわ……! キミらしくない……》

「いいえ、残念ながらボクはです……なので先に言っておきますね。今からとってもデリカシーのない方法で、あなたの本当の音色こえを引き出してみせます──」


 鞠華が深く深呼吸をした、その刹那。

 ゼスマリカを覆っていた“ワンダー・プリンセス”の装甲が一斉に弾け飛び、下着姿インナーフレームとなってウェディング・ゼスタードにしがみつく。

 そして拒絶するレベッカの腕を抑えつつ、鞠華は力の限り、叫んだ。


《いやっ──》

「ドレスをひん剥いて、レベッカさんの心を裸にする! だから全開でいくぞ……ゼスマリカぁぁぁぁぁっ!!」


 瞬時にゼスマリカの機体が赤く染まり、全身から高純度のヴォイドエネルギーを放出する。

 その輝きはゼスタードの纏っている“ウェディング・ロード”のドレスに伝播でんぱし、共鳴反応を起こして同様の発光現象を引き起こす。

 かくして両機を中心にして広範囲に広がっていく極彩色のフィールドは、瞬く間にアクターたちの感覚質クオリアを暴走させ、液体のように混じり合わせ──。


 そして、鞠華とレベッカ──二人の目に映る世界が、一転した。

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