Live.07『境界をこえた先にあるものは 〜INTO THE HORIZON〜』

《ぼ、ボクは本当に巻き込まれただけなんですってば! ただの民間人! 一般ピーポーっ!!》


 マゼンタのインナーフレーム“ゼスマリカ”の搭乗者アクターが通信回線越しに訴えかけてくる。こちらからは姿こそ見えないが、高めの声質からしておそらく十代後半の少女といったところだろうか。


《……って言ってるケド、どうする? 嵐馬らんまくん》

「聞くな、こっちを油断させるための罠かもしれねぇだろ」


 同僚の星奈林せなばやし百音もねに訊ねられ、“ゼスランマ”のコントロールスフィアに乗る青年──古川ふるかわ嵐馬らんまはぶっきらぼうにそう答えた。

 侍のような凛々しい眉毛と、日本人特有の長く艶やかな黒髪を併せ持つ、まさに眉目秀麗びもくしゅうれいといった言葉が相応しい長身の美男子。女性と見紛う美貌は、遠めから見れば大和撫子さながらの奥ゆかしささえ漂わせているが、そんな容姿とは対照的に瞳には強い熱意が込もっていた。

 そして彼はいま、機体ゼスランマと同様にスカートの丈が長い紺色のセーラー服を身にまとっている。平時は下ろしている長髪を後頭部で一つに束ね、右手に持った竹刀を肩にかつぎながら、彼は眼前の“ゼスマリカ”を鋭く睨んでいた。


「とにかく、まずはヤツをコントロールスフィアから引きずり降ろす。そしたら次に尋問だ。わかったらとっととブっ倒すぞ!」

《ハイハイ。全く、嵐馬らんまくんはいつも考え方が脳筋のソレなんだからー》

「なんか言ったか!?」

《べっつにぃー》

 

 アーマード・ドレス“スケバン・ゼスランマ”が、日本刀を両手に構えて一歩を踏み出す。隣の“カーニバル・ゼスモーネ”も両手にタンバリン型の武器を握って、の“ゼスマリカ”へゆっくりと迫る。


《ちょ……ぼ、暴力反対! 話せば絶対わかりあえますってぇ!》

を着てないテメェがドレスを倒したって話が本当なら、その実力……オレの前で証明してみせろォッ!!」


 一瞬だった。文字通りまたたく間にスケバン・ゼスランマは一気に間合いを詰めると、ゼスマリカをめがけて日本刀の刃を振り下ろす。

 これに対し得物を持たないゼスマリカのとった行動は“逃げ”だった。右脚に履いたブーツを踏み込み、咄嗟に後ろへと跳躍してゼスランマの袈裟懸けさがけを回避する。

 だがその背後へ、百音もねの駆るカーニバル・ゼスモーネが回り込んだ。


《チャオ♪》

《……っ!?》


 シャリン、という軽快なシンバルの音とは裏腹に、タンバリンの重く鈍い打撃がゼスマリカの背中に叩き込まれる。

 なすすべもなく吹き飛ばされたゼスマリカ。そこへさらにスケバン・ゼスランマが斬撃による追撃を放つ。


「そらそらどうしたッ!!」

《うわあああああああっ!!》


 何度かバウンドして、ゼスマリカが地面を滑りながら倒れこんだ。あまりにも歯応えのない戦いぶりに、嵐馬はついあざけるような含み笑いを浮かべてしまう。


「なンだ、もう終わりかよ露出狂ストリッパー。三流役者風情ふぜいが……これに懲りたら、もう二度とプロの舞台ステージに上がって来るんじゃねぇ」

《うるさいよ、聞かん坊が……》

「ああん……?」


 膝に手をつきながらも、ゼスマリカはどうにか体勢を立て直して立ち上がる。

 どう見積もっても力の差は歴然だった。

 それでも、ゼスマリカに乗るXESゼス-ACTORアクターは立ち向かうことを選んだのだ。


《こっちには女の人だって乗ってるんだ……あんたみたいなチンピラっぽい人には、絶対に負けるわけにはいかないね……!》

「はぁ? 乗ってるってそりゃ、てめーは女だろうが……」

 

 よくわからないことを口走っている少女の高い声に耳を傾けつつも、嵐馬は竹刀を軽々と振るって眼前の敵を見据える。


「……けどまあ、その心意気だけは買ってやるぜ。たとえ女でも、“おとこ”らしい決断ができる奴は嫌いじゃない。あとはせいぜい──」


 ゼスランマが銃弾の如き勢いで、ゼスマリカへと襲い掛かる。

 一歩、二歩とアスファルトを踏み砕きながら、加速したゼスランマは真っ直ぐに突き進んでいく。


「──必死に、無様に、足掻き続けろッ!!」


 両手に握った日本刀を頭上に掲げ、今にも斬りかかろうとした。


《……ハッ、いやだね!》

「なにぃっ!?」


 刃が振り下ろされようとした瞬間、ゼスマリカは身を低くして屈んでみせる。

 右脚に装着された棘のようなハイヒールを地面に突き立て、それを軸にして大きく一回転。

 スピンの勢いを乗せたゼスマリカの回し蹴りが、スケバン・ゼスランマの空いていた脇腹を容赦なくえぐった。

 

 地面を転がるゼスランマに対し、百音もねの呆れたような通信音声が飛び込んでくる。


《ちょっとダイジョーブ、嵐馬くん? 何なら二人で挟み撃ちにして……》

「余計な手出しすんな! これは俺とアイツの、“漢”と“漢”のタイマンだ! お前はそこで、指を咥えて見てやがれ!」

《だから目的は捕獲だっての……あーもうお手上げ、あたし知らにゃーい》

 

 宣言通り両手を上げたゼスモーネを背に、ゼスランマは再び駆け出した。

 重厚なドレスを全身に纏っている外観からは信じ難いほどに軽快なステップが、ゼスマリカとの間合いを一気に詰めていく。一方、こちらの斬撃を警戒するゼスマリカは、右脚を踏ん張りながら出方を伺っている。

 嵐馬は日本刀を前へ突き出すと──あろうことか唐突に刀を手放し、つかの部分を足で蹴り飛ばした。

 飛来した刀がゼスマリカの頬をわずかにかすめる。セオリーをまるで無視したこちらの攻撃に敵がみせた隙を、嵐馬は決して見逃さない。


「おっと、女番長スケバンの武器は刀だけじゃねえ! こういうのだってあるんだぜ……ッ!」

《くぅ……ッ!?》


 嵐馬は履いているロングスカートのスリットに手を突っ込むと、太腿ふとももの革ベルトに取り付けられたもう一つの武器を取り出す。

 それは鋼鉄製のヨーヨーだった。紐の端に作った輪を中指に通し、嵐馬はゼスマリカに向けて円盤を投げ放つ。

 

 繰り出されたヨーヨーのワイヤーがゼスマリカの右脚をからめ取り、蛇のようにキツく巻きついた。


「どうだ、これでそのハイヒールも使えねぇだろ!」

《だったら……、ゼスマリカッ!》

「なっ……!?」


 嵐馬が身構えた時にはすでに遅かった。

 ゼスマリカは即座に右脚のブーツを分離パージさせると、素足を踏み込んでスケバン・ゼスランマのふところへと潜り込んだ。

 目と鼻の先にあるセーラー服の腹部をめがけて、ゼスマリカは握った拳を突き上げる。これに対し嵐馬も、迫り来る相手に向かってカウンターブロウを振り下ろした。


《うおおおおおおおおおおおっ!!》

「させるかぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 ゼスマリカの闘拳。ゼスランマの鉄拳。

 相対する二機の放った拳が交差し、今にも互いのボディに突き刺さろうとしていた──そのとき。



 

《ま、まままま待ってくだひゃあいっ!!》


 不意に女性の上擦った声が響き、両者はピタッと拳を止めた。


《あっ、まちゃぷりさん! やっと目覚めたんですね!》

《おかげさまで超快眠でした! ……じゃなくって、マリカきゅんはこのインナーフレームと戦っちゃダメです! 嵐馬君も!》


 嵐馬にとっても聞き覚えのあるその声は、なぜかゼスマリカの中から聞こえてきた。まるで意味がわからず困惑の表情を浮かべつつも、嵐馬は通信機を介して問いかける。


「お前……もしかしてレベッカか。それに“まちゃぷりさん”だぁ……? なんでそんなダッセー呼び方されてんだよ。いやそれよりもだ、なんでお前がインナーフレームなんかに乗ってやがる」

《いまサラッと私のハンドルネームを馬鹿にされた!? ええっと、私がここに乗ってるのはかくかくしかじかで……》

《レベッカ……って、誰ぞ? それに、この人たちは一体なんなんです? なんかまちゃぷりさんと知り合いみたいですケド……》

《ああマリカ殿、それは拙者のリアルネームでござるよ。あの人たちは仕事仲間でぇ……ああ、もう! まとめて質問しないでくださーい! もうこれ以上ブッ込まれたららめぇです、タダでさえ寝起きの頭がパンクしちゃいまひゅうう〜っ!》

 

 レベッカが締まりのない絶叫を上げていると、そのやり取りを見兼ねた百音のゼスモーネが二機の間に割って入る。


《……えーっと、ゼスマリカそっちにレベッカさんが乗っているってことはつまり、その適合者アクターは私たちの敵じゃないってコトで良かったかしらん?》

《その通りデス! さすが百音さん、空気の読めるオンナ! ……いやオトコ? ともかく、二人ともドレスを回収したら一旦基地に帰投しましょう。ここで込み入った話をするのも何ですし……マリカきゅんも、一緒に来てくれませんか。色々と説明しなければいけないことがありますから》

《はぁ……よくわかりませんケド、まちゃぷりさんがそう言うなら》

 

 ゼスマリカのXESゼス-ACTORアクター──逆佐鞠華はいぶかしげに言葉を返しつつも、破壊し尽くされたお台場の街を振り返る。

 瓦礫と炎に支配された景色。各所で救急車や消防車がけたたましくサイレンを鳴らし、不協和音にも似た歪なハーモニクスを奏でていた。


《……これじゃ今年のコミサ、もう開けそうにないですね》

《そうね。残念だけど……》


 悲しげに呟く鞠華に対し、レベッカにはそれくらいしかかけてやれる言葉が見つからなかった。





「──ふふ、ようやくキミも境界こっちに至ることができたみたいだね」


 お台場にある高層ビルの屋上ヘリポート。

 闇の中で夜景を見下ろす銀髪の少女は、凍りつくような冷たい微笑みを浮かべてそう囁いた。


「こんなところにいたのか、紫苑シオン


 背中越しに声をかけられ、少女はそちらに顔を向ける。

 そこに立っていたのは、スーツを着込んだ細い線の青年だった。真っ黒な上着、ダークカラーのワイシャツ、漆黒のネクタイ、サングラス──身につけた装飾品のことごとくが“黒”に統一されたその人物は、そっと紫苑と呼ばれた少女の隣に立つ。儚げな白い少女と黒ずくめの青年が並ぶ姿はまるで、令嬢と付き人のそれだった。


「捜したぞ。勝手に出歩くなといつも言ってるだろう」

「それはメイワクをかけちゃったね。ごめん、タクミ」

「まったく……私は別に構わんが、ボスは相当ご立腹のようだぞ」

「また怒られちゃうかな?」

「おそらくは、そうなるだろうな。あの方は復讐に全てを捧げている……駒でしかない私たちに勝手な行動をされれば、お怒りになるのも無理はないだろう」


 青年がサングラスのフレームを押し上げたそのとき、二人の間を後ろからの突風が駆け抜けた。空気を裂くようなプロペラ音を聞いて、少女と青年はそちらの方向を振り向く。

 見上げると、宙空から一台のヘリが徐々に高度を下げて降りてきていた。ドアから危なっかしく身を乗り出しているゴスロリ衣装を着た少女が、プロペラ音にかき消されないほどの声量でこちらへと叫びたてる。


「招集だってさーっ! アンタたちも、グズグズしてないでさっさと乗りなさいよーっ!」

「了解した。我々も行くぞ……ん、どうした紫苑?」

 

 なおその場を動こうとしない少女を見て、青年は怪訝な面持ちで声をかけた。

 銀髪の少女はお台場の夜景を見下ろしながら、両手の指で額縁を作って眺めている。


「キレイなもの、美しいもの、ぼくは大好きだよ」


 壊された建物。

 泣き叫ぶ人々。

 焼けた草木。

 それらを遥かなる高みから一望しつつ、


「……キミもそう思うよね? 


 久留守くるす紫苑しおんは、うたうように呟いた。

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