Live.06『ノリにノレ! 〜KAWAII IS JUSTICE〜』
炎上するお台場の街を見下ろす満月に、人の形をした影が重なった。
スレンダーな女性のようにしなやかで流麗なシルエット。一切の無駄が削ぎ落とされているように美しく洗練されたボディは、まるで神殿に祀られていた女神の巨像がそのまま動き出したようにさえ見える。
その影──インナーフレーム“ゼスマリカ”は空中で大きく身体をひねって
(すごい……まるで昔みてた特撮のヒーローじゃないか)
機体腹部にあるコントロールスフィアの内側で、鞠華は確かな手応えを感じて口元を綻ばせる。
まさに人機一体。全長にして20メートルもある鋼鉄の身体は、まるで自分の肉体のように──あるいは、それ以上によく動く。
(なら、ヒーロー役のボクが次に言う
早くも操縦の感覚を掴みつつある鞠華は、自信たっぷりな笑みを浮かべながらモニター越しに敵を指差す。その動きに機体も
「これ以上お前に街を壊させるわけにはいかないからね! 悪いけど、
言い放つ鞠華に応じ、ゼスマリカが眼前の敵へと駆け出す。手足をバタつかせて抵抗するアウタードレスの胴体をどうにか引っ掴むと、ゼスマリカは東京湾の方角に向かって大胆に背負い投げた。
空中に投げ出されたアウタードレスは、受け身のつもりなのか咄嗟に膜のようなバリアを装甲表面に張ると、そのまま水面へと胴体着陸する。盛大に
「さあ、お洗濯の時間だよ! ……川じゃないけどネ!」
ドレスの
だがその時、不意にアウタードレスのロングスカート部分が
「なっ、こいつ何を……うわぁっ!?」
スカートに背中を抱きかかえられてしまい、ゼスマリカは身動きを封じられたまま水中へと引きずり込まれてしまう。ゼスマリカを抱えたままドレスは物凄いスピードで落下していき、その勢いを殺さぬままゼスマリカは海底へと振り飛ばされた。
ゼスマリカは東京湾の底に沈んでいた廃墟の街へと叩きつけられ、衝撃によって砂煙と泡沫が上がる。神経を裂くような痛みが鞠華の全身を駆け抜けた。
殴られたとかナイフで切られたとか、そんな物理的なダメージとは違う。肉体の細胞同士がお互いに反発して引き裂かれるような、内側からの激痛だった。
二度、三度と鞠華の意識が小刻みに途切れる。次に意識が戻った時には、すでに視界の前方をスカートの底部が覆い被さっていた。
モニター越しに周囲を見やる。8つに分かれたドレスのロングスカートが、ゼスマリカを囲むようにして地面へと突き立てられていた。ドレスは痛打に怯むゼスマリカを見下ろしながら、バレリーナのように右脚を高く掲げる。そして刃物のように鋭利なハイヒールが、
「やられる……もんかぁっ!!」
今まさに頭部が踏み砕かれようとしていた寸前、ゼスマリカは迫り来るドレスの脚を両腕で掴んで受け止めた。思わぬ反撃にドレスは慌てて逃れようとするが、ゼスマリカは咄嗟に右脚へしがみ付いてそれを阻む。必死になって暴れ抗うドレスを、決して離そうとはしなかった。
「お前を地上にはあげさせない! 上げるわけには……くっ!?」
このままでは
「ああっ、こら! 待てったら……っ!」
手元に残ったドレスの右脚を見やりながら、鞠華はつい苛立ちを吐き捨てる。
何か良い打開策はないか。そう思考を張り巡らせていたとき、ふとあることに気付いた。
インナーフレーム“ゼスマリカ”の細い脚部と、アウタードレスのブーツ型をした脚のサイズが奇しくも一致しているようにみえる。もしも自分の推測通りなら、ゼスマリカはドレスが切り離したこの右脚を“履く”ことができるのではないだろうか。
「ええい、物は試しだ! この靴を履いてみろ、ゼスマリカッ!」
どうなるのかまではわからず、半ばやけくそ気味に鞠華は叫ぶ。
すると手の中にあったブーツは突然、幾つかのパーツに分かれると、水を得た魚のように弾けた。渦のようにゼスマリカの周囲をぐるぐると飛び交うパーツが、次々にインナーフレームの右脚部へと引っ付いていく。
まるでガラスの靴を履くシンデレラのように、アウタードレスの脚はピッタリと装着された。
「ちゃんと履けた、偉いぞゼスマリカっ! ……あれ?」
コントロールスフィア内の鞠華は、何やら肌に違和感を感じて自分の右脚へと視線を落とす。するとどういうわけか、つい先ほどまでは素足だったはずのそこに、見覚えのないガラスの靴と桃色のニーソックスが履かれていた。
理屈はわからないが、ブーツを履いたゼスマリカに連動して衣装が現れたということだろうか。下着姿に右脚だけニーソ&靴というなんとも
夜空高くの月光を背に、水上へと出たゼスマリカが飛沫をあげながら宙を舞う。下方にアウタードレスの姿を捉えると、鞠華は全エネルギーを右足の
脳内に言葉が流れ込んでくるような不思議な感覚。
それは全能感と、爽快感と言い換えてもいい。
これなら
「必ッ殺! プリンセス……ドロォォォォォォップ!!」
ブーツの鋭いハイヒール部分が展開し、高度からの落下速度をのせた踵落としが炸裂した。ヒールの牙を突き立てられたアウタードレスは、そのあまりある威力によって路上へと吹き飛ばされる。
アスファルトに激突したドレスは二、三度ほど痙攣すると、まるで電池を抜かれた玩具のようにピタリと機能を停止した。
鎧騎士から中の肉体だけが抜き取られたかのように、“見えない何か”の身につけていたグローブやスカートがボロボロとその場に崩れ落ちる。
脱ぎ散らかしたようにドレスだけを残して、“敵”は完全に沈黙した。
「ふぅ……何とかなったあぁ……」
動かなくなったドレスの近くへと機体を降り立たせ、鞠華は骨を抜かれたように安堵の息をつく。ここでリクライニングシートでもあれば思いっきり身を沈めたいところだったが、残念ながらこの無重力コックピットに椅子は存在していない。
そんなことを考えていると、ふと鞠華の横腹に何か大きく柔らかい感触が当たった。
「げっ、まちゃぷりさん……!? どうりでさっきから全然喋らないと……!」
レディスーツ姿の金髪眼鏡女性が、白目を剥きながら鞠華の周囲を漂っていた。どうやら激しい操縦に耐え切れず失神してしまったらしい。
とても人様にはお見せできないような顔になってしまっている女性をどうすべきか困り果てていたそのとき、全天周囲モニターの視界がこちらに接近してくる物体を捉えた。
鞠華がそちらに目を向けると、モニターは自動で望遠映像をポップアップする。上空から迫り来るそれは、自衛隊の戦闘機か何かだろうか。
「いや、飛行機じゃない……。あれは、ゼスマリカと同じ……」
インナーフレーム。それも二体。
黒とシアンブルー、黒とイエローにそれぞれカラーリングされた機体は徐々に飛行スピードを下げていくと、ゼスマリカのすぐ目の前へと降り立った。
二人の巨人に見つめられているようで、変な緊張感に苛まれた鞠華は思わず生唾を飲み込む。
果たして彼らは味方なんだろうか。
それとも、敵なのだろうか。
(敵じゃ……ないよね? よくわからないけど、まちゃぷりさんもさっき『アーマード・ドレスの二人』がどうとか言ってたし……)
“抹茶ぷりん”の正体についてはまだ把握しきれていないところがあるが、それでも彼女が“インナーフレーム”や“ドレス”についてある程度の知識を有している人物だということはわかっている。
ロボットアニメに毒された陳腐な発想だということは自覚しているが──もし彼女が対ドレス防衛部隊のような組織に属しているメンバーと仮定した場合、目の前にいる二機も出動してきたパイロット……つまり、仲間ではないだろうか。
《オイ、そこのマゼンタ。ドレスを倒したのは……お前か?》
“シアンブルー”の機体から通信音声が届いた。青年の声だ。
“マゼンタ”というのは、自分のことだろうか。
「そ、そうです! アイツらが街を襲い始めたから、ボクはそれを……!」
《ハッ、見え透いた嘘を。
「ネガ……はい?」
これは、まずい。
話している内容はほとんど理解できないが、何やら誤解されていることだけはハッキリとわかる。
どうにかして身の潔白を伝えなければ。
「ぼ、ボクはホントに敵じゃないですってば! 信じてください! ほら、ここにまちゃぷりさんも一緒にいますし……!」
《まちゃ……誰だソイツ? まあいいさ、どのみち所属不明のインナーフレームを見つけりゃ、生かして返すわけにはいかねぇなぁ……ッ!》
「うげぇ、思ったよりも話し通じねぇっ!?」
無人島で原住民と出くわしてしまったような、まるで意思疎通ができない事態に鞠華が焦っていると、“イエロー”の機体からも声が発せられた。妙に妖艶で艶めかしい、しかし女性とも断言できないような不思議な声色だった。
《ちょっと
《んなこと言われなくてもわかってるっての! ゴタゴタ言ってないで、さっさとブッ倒すぞ!》
《そっ、ならいいケド》
「いやいやいや、よくないでしょ……!?」
鞠華の悲鳴にも似た声も聞き入れられることなく、二機のインナーフレームは拳を突き出して戦闘の構えを取る。
《ドレスアップ・ゼスランマ!》
《ドレスアップ・ゼスモーネ♪》
スピーカーの向こう側で二人がそう掛け声をあげた次の瞬間、鞠華は思わず目を見張った。
二機のインナーフレームの周りから次々と
《
《
「インナーフレームが、アウタードレスを……着た……!?」
胸元の赤いスカーフを
太陽の輝きを秘めし灼熱の踊り子、カーニバル・ゼスモーネ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます