心の鎧(ドレス)編
Live.08『風呂でまな板と遭ったとさ 〜SMALL IS BEAUTIFUL〜』
お台場での騒動から数時間が経過し、現在の時刻は午後11時頃。
すっかり疲労困憊した様子の
石鹸を使いよく洗った手でカラーコンタクトを外し、次に着ていた黒いパーカーをおもむろに脱ぐ。ふと洗面台の鏡へと顔を向けると、そこには華奢な上半身が露わとなった自分が映っていた。
「ゲッ、ブラ跡ついてるし……」
普通の男性ならまず付かないような痕跡が自分の身体にハッキリと刻まれているのを発見し、恥ずかしがりつつも鞠華はついつい直接触って確認してしまう。胸から背中にかけてを締めつけるような繊維の感触も、まだ微かに残ってるようだった。
インナーフレーム“ゼスマリカ”を動かしている間に装着していた女性物の下着は、鞠華が機体を降りたタイミングで消失してしまった。
同乗していた女性──レベッカ=カスタードいわく、どうやら
そうして無事に自分の元へ返ってきた黒のパーカーやジーンズ、そして履いていたブリーフを脱いでは洗濯カゴへと入れる。
一糸まとわぬ姿となった鞠華は、曇りガラスの張られたドアを潜って浴室へと入った。
(ここが、レベッカさんのいつも使っているお風呂……)
決してなんて事のない普遍的なシステムバスルームではあるものの、思春期の男子としてはつい意識してしまう。
何を隠そう、ここはレベッカの住むマンションの一室。宿泊していた有明のホテルがドレスの被害を受けてしまったため、行く宛のない鞠華は一晩だけ彼女の部屋に泊めてもらうこととなったのだ。
当のレベッカは遅い夕飯の支度をする為に買い物へ出かけている。よって今この家に残っているのは鞠華一人であった。
(な、なにもやましいことなんて考えてないぞボクは……! 確かに“まちゃぷりさん”はイイ人だしおまけにスゴく美人だったけども……スタイルもめちゃくちゃ良かったけども……!)
雑念を振り払うように、鞠華はシャワーの熱湯を頭から浴びる。
腰まで伸ばした長い髪が水気を吸い、瑞々しく白い肌にぺたりとはりつく。身体に纏わりついた汗が流されていき、筋肉の程よくついた少年の柔肌を伝って細い脚の方へと滴り落ちていった。
身体を洗い終えた鞠華は、熱いお湯の張られた浴槽にゆっくりと身体を沈める。レベッカの趣味なのか、抹茶の薬用入浴剤を入れられた風呂は深緑色に濁っていて、甘く渋い香りが全身を包み込むようだった。
「ふう……極楽ぅ……♡」
気持ち良さのあまり、ついジジくさい台詞が口から漏れてしまう。
足を伸ばせば壁にくっ付いてしまうくらいの狭い浴槽ではあったが、それでも他所の
快適さのあまり鼻歌でも口ずさもうかと思っていたそのとき、曇りガラスの向こうに人の気配があることに気付いた。
(あれ、レベッカさんもう帰って来たのかな? でも買い物にしてもやけに早いような……)
しかも何やらガサゴソと物音が聞こえてくる。というか、ガラス越しにぼんやりと浮かぶシルエットは明らかに服を脱いで──、
ゆっくりと浴室の扉が開かれる。現れたのは、鞠華より少し歳下にみえる裸の少女。
ブロンドに近い金髪、少し吊り上がった碧眼。やや小柄で起伏の少ない体型をした彼女は浴槽に入っていた鞠華を見るなり、大事なところを隠すのも忘れて目をパチクリとさせている。
まずい。これは非常にまずい。
日本人離れした外見から察するに、この少女はおそらくレベッカの妹的なサムシングだろう。そして彼女からすれば、自分の家の風呂場に見知らぬ男性が入っていたようなものだ。
良くて通報、悪ければ殺されてしまう──!
「ちっ、ちが……! これはその……!」
「……あー、あなたが
あれ、思っていたリアクションとだいぶ違う……?
少女は軽い会釈をすると、そのまま何事もなかったように黙々とシャワーを浴び始めてしまった。胸も隠さないどころか、警戒心すら全く抱いていない様子である。
「あ、あのぉ……えっとぉ……」
「? ああ、自己紹介がまだでしたよね。妹のアリスです。姉がいつもお世話になってます」
「まあまあ、ご丁寧にどうも……じゃない! その、色々と見えちゃってるんですケド……! せめて隠した方がいいかと……!」
「あはは、恥ずかしがらなくたっていいですよぉ。私たち女の子同士じゃないですか」
アリスと名乗った少女の何気ない一言によって、鞠華はようやく置かれている状況を理解するに至った。
どうやら彼女は鞠華のことを同性だと勘違いしてしまっているらしい。
「……ところで、逆佐さんって今いくつですか?」
「じゅ、17ですけど……」
「私の2コ上ですかー。ふむふむ……なるほど……」
年齢を聞いたアリスは、何やら鞠華の胸をジーっと見つめて考え込んでいる。
もしや、この美しい大胸筋から溢れ出んばかりのオトコらしさを察知されてしまっただろうか。鞠華は慌てて胸を両腕で隠す。
「逆佐さん、あなたまさか……」
(マズい。流石にバレたか……!?)
「隠さなくたって大丈夫ですよ。私も逆佐さんと同じ、“努力してる側”ですから」
「ほえ?」
「お姉ちゃんは『たくさん寝れば多分大っきくなるヨー』なんて無責任なこと言ってましたけど、このご時世に忙しい学生が睡眠時間を確保するのは難しいですよねぇ……。私は毎日牛乳を飲んだりしているんですけど、逆佐さんは何かやってます?」
困った。目の前にいる少女が何を喋っているのか微塵も理解できない。
“努力してる側”?
たくさん寝れば大きくなる?
毎日牛乳を飲んでいる?
……ああ、身長の話か。
「ボクは特に何もやってないなぁ。それにほら、小さい方が好きって人も多いよ」
「ええーっ。でもでも、男の人は大きい女の人のほうが好きだって聞きますよぉ」
「うーん、個人の趣味によるんじゃないかな……?」
「……『揉まれると大きくなる』って噂は本当なんですかね……?」
え、何? 揉まれる? 社会の荒波に?
「ま、まあ、人間的には大きくなれるんじゃないカナー(適当)」
「やっぱり、乳腺への刺激と女性ホルモンの分泌が重要かぁ……」
(にゅう……せん……?)
「あ、あの、逆佐さん。折り入って頼みたいことがあるんですけど」
アリスは身体中に付いたボディソープの泡をシャワーで洗い流すと、鞠華と向き合うようにお湯の中へと入った。
二人はお互いに顔を紅潮させつつも、浴槽に座ったまましばらくの沈黙が流れる。やがて踏ん切りをつけたアリスは、恥ずかしそうに上目遣いで口火を切った。
「胸、試しに揉んでみてくれませんか?」
「……はい?」
「自分で揉むよりも、人に揉まれたほうが効果があるってクラスの子が言ってました。だから……お願いします」
平原……いや、ほんの少しだけ膨らみかけた砂丘を前にして、鞠華は会話の噛み合っていなかった原因を知る。
彼女が話題に挙げていたのは身長のことではなく、女性の胸についてだったようだ。まさか男の自分が歳下の少女にバストアップ方法を相談されていたとは心にも思っておらず、流石にそこまで考えが至らなかった。
「……いやいやいや、普通に考えてダメでしょ! ボクの2つ下ってことは……中3!? バリバリアウトだって……!」
「女の子同士ですし、何も問題ないですって。あっ、よければ私が逆佐さんのも揉みますよ。ギブアンドテイクってやつです」
(いいのか……? これはアリなのか……!?)
生まれて初めて見る家族以外の女性の胸を目にして、鞠華はつい口に溜まった生唾を飲み込む。まるで良くない魔物に取り憑かれたように、先端のキレイな桜色をしたソレから目を逸らせない。
「あの……はやくしてくれないと、私も流石に恥ずかしいというか……」
「いや、だからダメだって……うわっ!?」
動揺のあまり後ずさった瞬間、足を滑らせた鞠華は浴槽の中で盛大にすっ転んでしまった。アリスも巻き込み、二人は狭い風呂でジタバタと手足をバタつかせる。
「だっ、大丈夫アリスちゃ……ひゃうんっ」
浴槽で溺れかけていたアリスは、咄嗟に“なにか”を掴んでどうにか体勢を立て直す。幸い大事には至らなかったものの、アリスは手に握っているものの感触を確かめながら顔面を蒼白とさせていた。
ソレは、緑色に濁ったお湯の中にあるため姿を見ることはできない。しかし、固くコリコリした手触りから、確かにそこに存在している。
棒状をしたその物体は、鞠華のちょうど下腹部のあたりから生えていた。
「逆佐さん……なに……コレ……?」
「あ、あはは……『揉まれたら大きくなる』って噂はどうやら本当らし」
「いぃぃやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「ケ"ハ"フ"ッ!!」
半泣きのアリスが繰り出した豪速の鉄拳が、鞠華の顔面へと正面から叩き込まれる。
こうして逆佐鞠華とアリス=カスタードは最悪のファーストコンタクトを迎えたまま、レベッカが帰宅するまでの間を口も聞かずに過ごすこととなった。
(ハァ……なんでこんなコトに……)
大きなため息を吐きながら、鞠華はレベッカの家に来るまでの出来事を振り返る──。
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