Live.09『隠されてた真実って、だいたいザンコク 〜ENTER THE PRESIDENT'S OFFICE〜』

 鞠華まりかがレベッカ宅の風呂場にてアリスと遭遇する、約二時間ほど前。

 ゼスマリカに乗る彼が先導されて降り立った場所は、神奈川県横浜市の一角に構える巨大なオフィスビルだった。


(オズ・ワールドリテイリングJPジャパンって……あのオズ・ワールドリテイリングJPで間違いないんだよね……?)


 敷地内に掲げられていた社標ロゴマークには、鞠華にも見覚えがあった。というよりも、もはや日本では知らない者のほうが少ないといっても過言ではないだろう。


 世界でも最大規模を誇るアパレルメーカー“オズ・ワールドリテイリング”。

 ここはその日本支社であり、しかしそのオフィスはただのいち支社とは思えないほどに広大な敷地面積を有していた。

 ガラスに覆われた建物の周りを芝生や草木が囲っているという装飾的な外観をしており、会社のビルというよりは大学のキャンパスのようにも見える。そんな一風変わった敷地内へと鞠華は“ゼスマリカ”を降り立たせると、機体が使用できるサイズの巨大エレベーターに乗ってオフィスの地下へ。


 下降を終え、前方の視界を遮っていたハッチが開く。目の中に飛び込んできたのは、全長20メートルもの“インナーフレーム”を収容するための格納庫ハンガーだった。

 “ゼスランマ”と“ゼスモーネ”は先に到着しており、見渡しても他の機体は見当たらない。てっきりロボットの軍団でもいるのかと身構えていた鞠華は、少し肩透かしを食らったような気分になってしまう。


(……いやいや、二機だけでも十分オカシイって。自衛隊とか米軍の基地ならともかく、なんで洋服を売る会社が地下に巨大ロボットなんて隠し持ってるのさ?)


 もっともな疑問を抱きつつも、鞠華はチラリと機体に同乗する女性を一瞥する。ネットで深い交流のあった“抹茶ぷりん”さん──本名はレベッカ=カスタードというらしい。彼女は一体何者で、何を知っているというのだろうか。


「さ、機体を降りましょう。マリカくん」

「えっと、ボクはどうすれば……?」

「操縦する時と同じで大丈夫よ。ゼスマリカに思考イメージを送ってみて頂戴」


 レベッカに促され、鞠華は咄嗟に『降りたい』と念じる。するとコントロールスフィアの壁が開いて、鞠華たちはそこから機体の外側へと出ることができた。

 通路の床に足をつけた途端、急に重力の感覚が戻ってきたため鞠華は危うく転びかけてしまう。気がつくと、先ほどまで無くなっていた衣服も元通りになっていた。

 何から何に至るまで、まるで意味がわからない。

 鞠華の表情からそういった感情を読み取ると──、


「支社長の部屋まで案内します。ついてきて」


 レベッカは、そう短く告げてきびすを返した。




 広々としたオフィスの中を歩き回ること十数分。


「Welcome to ようこそ我が社へ! 首を長ぁくして待っていたとも!」


 社長室へと通されるなり、鞠華はさっそく最奥のデスクに座る還暦の男性に迎え入れられていた。

 色の抜け切った髪やシワの多さから察するに、おそらく六十代半ばといったところだろうか。しかし自信に満ちた表情は老いを感じさせないほどに若々しく、また加齢臭にも気を使っているのか、強目の香水の香りが鼻腔を突く。

 これほど老紳士ジェントルマンという言葉が相応しい人物はいないとさえ思えてしまう英国人ブリティッシュの彼は、なぜか黒い和服に身を包んでいた。そして彼の腕の中には、美しい銀の毛をした青目の猫が気持ちよさそうに丸くなっている。


「ワタシは支社長のウィルフリッド=江ノ島えのしま。そしてこの仔は愛猫のエド。フッフフーン……五歳のオスだ、にかわいかろう?」

「えっと、まあ……」


 唐突に訊ねられ、対応に困った鞠華は思わず口ごもってしまう。そんな鞠華の反応すらも見越していたように老人は悪戯っぽい笑みを浮かべると、猫の頭を撫でながら続ける。


「なに、そんなにかしこまらなくてもいいサ。お互い初対面同士、まずは肩の力を抜いて話をしようじゃないか、新たなるXESゼス-ACTORアクターくん」


 全てを見透かす水晶のような瞳で見据えられ、鞠華の頭を一瞬、奇異な不安がよぎる。


「……いや、ウィーチューバー“MARiKAマリカ”と呼ぶべきかな?」

「……! どうしてそれを……?」


 ネット上のハンドルネームで呼ばれて戸惑いをみせる鞠華を見て、ウィルフリッドは声を上げて笑い出す。


「ハッハッハァーン……どうしてもなにも、その可憐な容姿を見れば一目瞭然さ! キミはもっと、自身には大勢のがいることを自覚すべきだネ!」

「そ、それはどうも……」

「フム……どうやらカメラに映っていない時のキミは若干人見知りのようだ。まっ、そういう一面レアがおもまたファンとしてはいじらしくて大変よいがネ」


 ニカッ、と子供をあやすように優しく微笑みかけるウィルフリッド。溢れ出んばかりの胡散臭さは全く隠しきれていなかったが、少なくとも悪い人ではないのかもしれない。

 容姿や人望を褒められた手前ということもあり、口車に乗せられている気がしなくもないが、ひとまず鞠華は目の前の老人の話を聞くだけ聞くことにした。


「さて、おそらく聞きたいことも山ほどあるだろうが、まずは我々について知ってもらうこととしよう……レベッカ君、スライドを」

「はい、支社長」


 ウィルフリッドに呼ばれた秘書のレベッカが、小慣れた手つきでタブレット端末を操作する。すると次の瞬間、鞠華を取り囲むように3Dの立体映像ホログラムが出現した。

 まだ一般に浸透していない最新技術を前に鞠華が目を奪われていると、ウィルフリッドは微笑をこぼしつつも説明を始める。


「さて、マリカくん。キミは弊社についてどれくらい知っているかい?」

「えと……“オズ・ワールド”ですよね? 洋服の」

「存じ上げてもらえて嬉しいよ。そう! 我が社こそが実用カジュアル衣料品の生産販売に長けた、あの世界に誇る“オズ・ワールドリテイリング”なのだよ!」

「正確にはその“日本支社”です、社長!」

「こらレベッカ君! キミはいちいち細いネ!?」

 

 唐突に漫才を始めだした秘書のレベッカと支社長ウィルフリッド。

 社風や日頃からのやり取りがなんとなく垣間みえてしまう。


「……コホン。キミや多くの日本国民がそう認知しているように、弊社は全国に店舗を展開するアパレルブランドだ。……は、ネ」

「やっぱり、裏の顔があるってコトですか……?」

「その呼び方だとなーんか後ろめたいことをしているみたいで好ましくないねぇ……ふむ、ここは“真の顔”とでも表現しておこうか。イメージ戦略というものは大切だからネ」


 当惑する鞠華の目の前に、何枚かの画像データがポップアップされる。そこに映っているのは下着姿の人型機械、そして巨大なドレスだった。


「キミも見ただろう。人々の暮らしを脅かす別次元からの来訪者アウター──“ドレス”。その脅威に対処するべく、我々は政府と連携して“インナーフレーム”を運用しているというワケさ」

「別の……ジゲン……!?」


 予想以上のスケールの壮大さに、鞠華は絶句してしまう。

 しかし、それくらいの話でもなければ現代科学を遥かに凌駕する“ドレス”の強さに説明がつかないのもまた事実であった。


「我々は“虚無世界ヴォイド・ワールド”と呼んでいるがネ。本来は現実世界こちらと決して干渉し合うはずのなかったソレだったが、最近になって急に侵略が活発化し始めたのだ」

「そ、そんな大げさな話、ネットやテレビでも聞いたことないですよ……!?」

「大袈裟だからこそ、情報操作を徹底することで一般市民にはなるべく知れ渡らないようにしているのさ。無用な混乱はなるべく避けたいだろう」

「でも……真実をひた隠しにするなんて、そんなの……!」


「……キミとて、を忘れているワケではなかろう?」


 核心を突くようなウィルフリッドの問いかけに、鞠華は押し黙る。


 忘れるはずがない。

 殆どの国民にとってもそれは同様だろう。

 十年前、日本に壊滅的な被害を及ぼした原因不明の大災害──、


 その名を、“東京トウキョーディザスター”。


「真実の隠蔽を“悪”と断じるのは早計だ。まだ当時の心の傷が癒えていない者も大勢いる。そんな人々に対して、果たして誰がこんな残酷な現実を突きつけられるというのかね」

「………………」


 ウィルフリッドの言うことは正しい。少なくとも、鞠華が同じ立場ならきっとそうしたはずだろう。

 大地が裂けた。

 ビルが沈んだ。

 津波が押し寄せた。

 暴風が車を吹き飛ばした。

 人が、たくさん死んだ。

 あんな光景は、誰だってもう思い出したくない。


「……あなたたちは、“正義の味方”ってコトですか」

「恐れおおい賛辞の言葉だネ。だが、それに近しい存在でありたいとワタシや社員達は思っているよ。そして……」


 立体映像ホログラムが消え、鞠華の前にウィルフリッドが立つ。

 彼はハンカチで手を拭うと、綺麗になった手のひらを鞠華へと差し出した。


「我々はキミにも“正義の味方”をやってもらいたいと思っている。ごく僅かな者にしか動かせない“アーマード・ドレス”……マリカ君には、それを動かせるだけの資質がある。キミはね、キミが思っている以上に特別なのさ」

「ボクが……特別?」

 

 ウィルフリッドの放った言葉が、鞠華の胸を深く穿うがつ。

 目の前にいる男が本当に信用できる人間かはわからない。ひょっとしたら、地方から出てきた自分をカモにする悪徳詐欺師かもしれない。


 けれど、自分の存在が……“MARiKAマリカ”がいま、他者に必要とされている。

 理屈では言い表せない、無上のよろこびが身体中をほとばしるようだった。


「……“ドレス”とか、別の次元だとか、ボクにはまだよくわからないです」

「ふむ。そうなるのも無理ないネ、整理する時間も必要だろう。では返事は後日、改めて聞くことにしよう」


 ウィルフリッドは手を引っ込めると、和服の袖の中で腕を組む。その表情には、つい先ほどまでの真面目なものから一転して、何かを企んでいるような意地悪な笑みが浮かんでいた。


「そだそだ、ところでキミの名前は?」

「えっ……えと、逆佐鞠華さかさまりかです。逆さまの逆に佐藤の佐、蹴鞠けまりの鞠に中華のほうのはなで」

「ほう! マリカというのは本名だったのかい! では改めて逆佐鞠華クン。夜も遅いし、今晩はレベッカ君の家に泊めさせてもらいたまえ」

「へっ?」


 まさかここで自分の名前が出るとは思っていなかったレベッカが、思わず間の抜けた声を発した。どうやら彼女も聞かされていなかったらしく、慌ててウィルフリッドへと抗議し始める。


「なっ、ななななんで私のウチなんですかっ!? 勝手に決めないでくださいよ!」

「えーでもキミ独身じゃん? 何か問題があったかネ?」

「大アリですよ! だってウチには受験生の妹だっていますし! それに、お、男の人と一つ屋根の下で過ごすなんて……そう、破廉恥ハレンチです! うん!」

「キミは子供かネ……まっ、どのみちキミに拒否権はないんだけどネ」

「いやなんでですかっ……!?」

「何でってそりゃ、ペナルティだよん」


 ウィルフリッドが言い放つと、レベッカはハッとして目を見開く。どうやら彼女にも心当たりがあったらしい。


「ワタシが指示していたのはあくまで“適合者アクターの身柄の保護”だったのだがネ。でもキミ、勝手に“インナーフレーム”を起動させちゃったじゃん?」

「そっ、それはドレスの侵攻による街の被害が著しく、早急に対応すべきだと判断したからであって……! そう、現場の判断です!」

「でも命令違反したのは事実だからねぇ……下手すりゃ減給案件よ、コレ」

「うぐっ」

「ハッハッハァ、今のはただの小粋な社長プレジデントジョークさ! とにかくそういうことだから、二人とも今日はもう帰って休みたまえ!」


 ウィルフリッドは芝居がかった動きで身体を半回転させると、何か文句を言いたげなレベッカの肩にポンと手を置く。鞠華にはギリギリ聞こえるか聞こえないくらいの声量で、彼は笑いながら耳打ちした。


「……出会であいがなくて悩んでいる女性社員にキッカケを与えてあげるとか、ワタシ超絶優しくない?」

「よけいなお世話です……っ!!」


 たいへんご立腹の様子なレベッカの背中を追いかけつつ、鞠華は社長室を後にした。

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