Live.46『それはそれは壮大な親子ゲンカ 〜KNOW TO THE TRUTH〜』

 そして、舞浜近郊での戦いから数日後。

 招集を受けた鞠華、嵐馬、百音の三人は支社長室を訪れていた。


 彼らが部屋へと入室するなり、デスクから立ち上がったウィルフリッドが迎えに歩み出る。


「……天気も悪いなか、全員ともよく来てくれたネ。まずは先日の戦闘、ご苦労だったと言っておこう」

「能書きはいいから、さっさと本題に入ろうぜ。大事な話があるんだろ?」


 嵐馬が急き立てるように言う。隣に立つ鞠華や百音も同じ気持ちだった。

 すると彼らの意思を汲み取ったのか、ウィルフリッドはいつになく真剣な面持ちで語りはじめる。


「これはワタシもつい先日に報告を受けたばかりなのだが──アメリカ本社のラボで秘密裏に開発されていた6番目のインナーフレームが、輸送任務中に突如としてした。記録上では、という前置きが付くがネ」


 それは事実上の奪取……いや譲渡であった。

 輸送されていたインナーフレームは特に戦闘に巻き込まれた形跡もなく、経路上で忽然こつぜんと姿を消してしまったらしい。

 もしかしなくても、内通者の手引きであることはほぼ確実であると言えた。


「つまり、“オズ・ワールド”の中にスパイが入り込んでるかもしれない……ってコトですか」

「ええ。遺憾だけど、そう見て間違いはないでしょうね」


 要点をまとめて口にした鞠華に、レベッカが心底残念そうに首を縦に振った。

 すると嵐馬はウィルフリッドを睨みつけ、もっともな疑問を彼にぶつける。


「その内通者ってのは、アンタじゃないのか。支社長さんよ」

「ちょっと、嵐馬くん!?」


 慌てて百音が咎めるものの、それでも嵐馬は発言を取り下げる気はないようだった。

 彼の指摘を皮切りに、その場にいた全員がウィルフリッドに疑念の入れ混じった視線を向けはじめる。

 するとウィルフリッドもようやく堪忍したのか、嘆息まじりに口を開いた。


「たしかに“ネガ・ギアーズ”の紅匠……ティニー=アーデルハイド=江ノ島はワタシの実の娘だ。その事実を否定するつもりはないヨ」

「ああ、聞いてるぜ。それでアンタは娘を手助けするために、奴らにインナーフレームを明け渡したんじゃないのか!?」

「ふむぅ……そう思われてしまうのも無理はない。いやはや、困ったネ……」


 ウィルフリッドはわざとらしく肩をすくめると、首を横に振って続ける。


「でも残念、ハズレだ。そもそもワタシは娘を大切にしてやれるほど、立派な父親をやれてはいないからネ」

「ハッ、どうかな。娘を心配しない親父がいるかよ。それこそアンタみたいな親バカっぽい金持ちなら、娘に大金を注ぎ込んでいてもおかしくないと思うが?」

「……たとえワタシが愛情を持っていたとしても、娘がそれを拒絶することだってあるのだよ。事実、ワタシは彼女に嫌われてもおかしくない過ちを犯した」


 ウィルフリッドは逃げるようにきびすを返すと、窓の外に広がる曇天を仰ぎ始めた。

 彼が和服の袖をひるがえす一瞬にだけみせた、ひどく悲しげな表情。それを見逃さなかった鞠華は、真偽をたしかめるべく訊ねる。


「……アーマード・ドレスは、精神を汚染する危険な兵器だって彼女は言ってました。それって本当なんですか……?」


 おそるおそる言い放たれた問いかけに、嵐馬や百音も驚いたように振り返った。

 耳を疑うような反応から察するに、二人もその話については聞かされていなかったようである。

 するとウィルフリッドは肩越しにアクター達を見据えると、しかし背中をこちらに向けたまま告げる。


「事実だ。アーマード・ドレスとの同期シンクロ状態を維持し続ければ、多量のヴォイドが侵食して搭乗者にも負荷がかかる──そして最悪の場合、死に至る」


 窓の外で、雷鳴がとどろいた。

 愕然とするあまり言葉を失っているアクターたちの顔色を伺いながら、ウィルフリッドは押し殺したような声音で続ける。


「アーマード・ドレスという人型兵器は、アウタードレスという未知の外敵に対抗するべく生み出された……いわば人類の切り札だ。だが敵を撃退することには成功しても、“致命的な欠陥”までは完全に取り除くことができなかったのだ」

「……ドレスの力を借りている性質上、ヴォイドの危険性もそのまま受け継いじまったってコトか」


 嵐馬の発言に、ウィルフリッドが神妙にうなずく。


「無論、我々も努力を惜しまなかったわけではない。むしろ君達が搭乗している“T2タイプ・ツーフレーム”は、従来型よりも飛躍的な安全性を実現しているからね。研究課一同が日々汗水を流した賜物たまものだということは、どうか理解しておいて欲しい」

「T2……ってことは、それより前にも試験型プロトタイプがいたんですか?」


 鞠華が疑問を口にすると、ウィルフリッドはチラリとレベッカのほうに目をやる。

 その視線の意図に気付いた彼女が、すぐさまタブレットを操作して立体映像ホログラムを空間上に投影させる。

 映っていたのは、鞠華たちのそれとは微妙に細部が異なるホワイトカラーのインナーフレームだった。


「……! これってまさか、“ゼスシオン”!?」

「キミ達も何度か戦ったことのある、“ネガ・ギアーズ”が所有するうちの一機。あれこそが最初期に開発された“T0タイプ・ゼロフレーム”だ」

「じゃあ、あのデタラメな強さの理由も……」

「いかにも。試験型のT0フレームには、ヴォイドを安全に制御するためのリミッターがまだ搭載されていなかった。そして当時、インナーフレームの開発に携わっていた研究スタッフの一人が──彼女だ」


 T0フレームを映した立体映像の前に、それとは別の画像データがポップアップされる。

 白衣のスタッフたちが並んでいる集合写真の中に、一人だけ女性がいるのがみえた。

 ふわりとした長い金髪が女性的な印象を与える、しかし背丈は周りにいる男性スタッフたちよりも高いその人物に、鞠華は心当たりがあった。


「もしかして、数年前の紅匠……? 髪の色はいまと全然違うけど……」

「そう。ワタシの娘……ティニーは、かつて“オズ・ワールド”の研究スタッフとして携わっていた、いわばアーマード・ドレスの専門家スペシャリストだ。いいや、と言うべきか……」


 ウィルフリッドは自嘲気味な笑みを浮かべながら、気を紛らわすように意味もなく数歩ほど歩く。

 その何気ない仕草が、まるでゆるしをこうう罪人のように見えてしまい、鞠華たちを居た堪れない気持ちにさせた。


「娘にね、愛想を尽かされてしまったんだよ……。彼女はアーマード・ドレスの開発者であると同時に、誰よりも優しい女の子だった。搭乗者を苦しめる兵器を作っていくうち、日に日に心を痛めていくようになっていった」

「ウィルフリッドさん……」

「娘の傷心に気付いていなかったわけではない。それでもワタシはアウタードレスを倒すためにも、開発計画を推し進める以外の選択肢はなかったのだ。ハハッ、その矢先だよ。ティニーとその賛同者たちが、開発中だったT0フレームを突如として強奪し、“オズ・ワールド”に反旗を翻したのも……」

「それが、“ネガ・ギアーズ”という組織の創世はじまり……」


 全ての合点がいったように、顎に手を置きながら聞いていた百音が呟く。

 幾度となく“オズ・ワールド”と対峙してきた敵組織の正体は、その名が示すように明暗を反転しただけの存在──歯車ギアというシステムの中で生じたネガに過ぎなかったのだ。


 その生い立ちに、おそらく悪意を抱いていた人間など一人もいない。

 それでも、親子の些細なすれ違いによって衝突が起こってしまったのなら、それは何とも皮肉で──かなしい物語だった。


「こんなハタ迷惑な親子喧嘩に付き合わせてしまって、本当に申し訳ないと思っている……。だがワタシには……アーマード・ドレスを動かす資質を持たない我々には、こうしてキミ達に懇願することしか出来ないのだ……」

「僕たちには、その資質があると……?」

「そうだ……本来アーマード・ドレスは、常人が乗れば破滅をもたらす危険なロボットだ。だが、キミ達ならば……ジェンダーという固定概念すらも超越したアクターならば、ヴォイドにも屈せずに闘うコトができるかもしれない……だからッ!」

「ちょ、ウィルフリッドさん……!?」


 鞠華の制止も聞かず、ウィルフリッドは唐突に膝をつき始める。

 そして床に両手を置くと、なんと彼は額を擦り付けるように深々と頭を下げてしまったのだ。


「我が儘だということは百も承知している……だが、これだけは頼む……。戦えないワタシたちの代わりに、どうか“ネガ・ギアーズ”を……娘を、止めてやって欲しい……!」


 アクターの三人や、秘書のレベッカさえも思わず当惑してしまう。

 それほどに彼らの上司である大人が見せつけた土下座は、目も当てられないほどに惨めであり──けれどいさぎよく、それでいて美しくもあった。


 鞠華はそんな彼の元へと歩み寄ると、全ての過ちを許す聖母のように柔和な微笑みを浮かべる。


「顔を上げてください、ウィルフリッドさん。心配しなくたって、僕たちは怯えて逃げたりしませんからっ」

「えっ……? いやしかし、ワタシはアーマード・ドレスの危険性を今まで黙っていて……キミ達に見放されてもおかしくないことを……」

「それはもういいですって。そりゃあ……僕だって本当は、言いたい文句が山ほどあるんですよ? だから今度、焼肉奢ってください! やきにく!」

「えっ……えっ? そんなの勝手に決められてもこま……」

「オレ、中華なー」

「アタシはイタリアーン☆彡」

「えっ……えっ……えっ?」


 嵐馬や百音までもが便乗し始め、てっきり罪を償うつもりでいたウィルフリッドは逆に困惑してしまう。

 未だに話をうまく呑み込めていない支社長の姿を見て、鞠華たちは思わず苦笑した。


「とにかくっ! アーマード・ドレスにどんな秘密があろうと、僕たちのやることに変わりはない。そうでしょ、ランマ、モネさん?」

「ああ。一度任された役は、幕が降りるまで演じ切る……それが俺達の仕事だ」

「カッコつけちゃってぇ、本当はクセになってるんじゃない? 女装が……」

「なんか言ったかッ!?」

「べっつにぃー?」


 鞠華も、嵐馬も、百音も、今さら機体を降りる気などさらさらなかった。

 確かにリスクは怖いし、恐れを抱いていないわけでもない。

 それでも彼らには、演じ続けるだけの理由が存在した。

 何に変えても手に入れるべき報酬があった。


「人の笑顔も街の平和も守って、そんでもってラブ&アンドピースです! それがボクたち“XESゼス-ACTORアクター”の目的で、使命ですからっ!」


 それこそが、彼らの存在理由レゾンデートル

 そして、彼らが目指すべき理想像イデア


 人々の笑顔という名の報酬の為ならば、どんなに苦しい悲劇たたかいだろうと演じきってみせる。三人の瞳には、そのような強い意志が宿っていた。


 もはや彼らにとってアーマード・ドレスの危険性など二の次でしかなく、今さらそれを問うのは愚問でしかなかったと──ようやく気付かされたウィルフリッドは。


「……ありがとう、アクターの諸君」


 と、感謝の言葉を噛み締めるように告げるのだった。

 ウィルフリッドは再び立ち上がると、一部始終を端から見ていたレベッカに冗談めかしく笑われてしまう。


「フフッ。三人とも成長しましたね、支社長」

「ああ、彼らがいてくれるだけで何とも心強いヨ。あとは願わくば、こんな戦いがはやく終わればいいのだがネ……」


 ともあれ、これにて一件落着――というわけにはいかなかった。

 まるで外部からタイミングを見計らっていたように、戦いのベルはあまりにも唐突に鳴り出す。


《ハァーイ。画面の前にいるそこの下僕アナタたち、ちゃんと見えてるぅ〜?》


 社内……いや、街中にあるテレビや携帯の画面にノイズが入った刹那、スピーカーから発せられたのは少年とも少女ともつかない声だった。

 そして画面に映し出された人物を目にして、鞠華たちは息を飲む。


《今日の†ぶらっくタイガー★ちゃんねる†はぁ、なんとっ。題して『オズ・ワールド・フルボッコ・スペシャル』、始まるわよぉー♪》


 飴噛大河――“ネガ・ギアーズ”の黒き刺客は、すぐそこにまで迫っていた。

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