Live.47『ついにこの時がやってきた 〜WITH THE WILL!〜』

《“アーマード・ドレス”が“アウタードレス”を一方的に狩る……そんなワンパターンなだけのCPUコンピュー戦は、下僕共みんなもそろそろ飽きてきたんじゃない? ええそうよ、もっとスリリングかつエキサイティングな対人戦ガチバトルを誰もが待ち望んでいるはずよねぇ!》

「こ、この放送、“ライブ・ストリーム・バトル”の回線を介して中継されています……!」


 支社長室の壁面モニターに出力されている放送を見るなり、レベッカは手元のタブレットを慌ただしく弾きながらも解析結果を告げた。

 その場にいる誰もが絶句している中、ウィルフリッドは端然と命じる。


「レベッカ君、すぐに放送を止めさせるんだ!」

「やってみます……! っ、ダメです! 本社システムそのものが掌握ハッキングされています!」

「やはりクラッカーの犯行か、それも魔術師ウィザードクラスの……」


 どうやら敵に一杯食わされたことを悟り、流石のウィルフリッドも苦い面持ちで画面を睨み据える。

 そこに映るゴスロリ衣装の女装少年は、相変わらず夢魔サキュバスのような笑みを浮かべながら嬉々と語り続けるのだった。


《これから始まるのは、アーマード・ドレス同士による正真正銘のウォーゲームぅ★ 今までにない刺激的なLBSで、下僕アナタたち全員を絶頂かせてアゲルわっ!》

「どうすんだ、支社長。このままアイツらを野放しにしてもいいのか?」


 嵐馬の問いかけを皮切りに、全員が責任者であるウィルフリッドの判断を待つ。

 そんな彼にさらなる追い討ちをかけるように、唐突に社内警報音アラートが響き始めた。


「みなとみらい地区周辺に、アーマード・ドレスの反応3! “ネガ・ギアーズ”です……!」


 管制室からの報告をレベッカが読み上げ、ウィルフリッドは深刻な面持ちをさらに張り詰めさせる。

 しばらく考え込んだのち、彼はようやく口を重々しく開いた。


「アクター諸君、緊急出撃だ。おそらくこれが、連中との最後の戦いになる……我々は総力を結集させて彼らを迎え撃ち、長き因縁に決着をつけるぞ……!」


 これから戦場に向かう彼らの背中を後押しするように、威風堂々と言い放つウィルフリッド。

 その言葉に込められた大義と責任は、たった三人で背負うにはあまりにも重く、大きすぎる。


「わかりました!」

「了解だぜ」

「合点承知の助ーっ!」


 しかし、不思議と彼らが気圧されたり、息苦しく感じることはなかった。

 己の演じるキャラクターは誰にも負けないと──いや、自分たちの劇団チームは無敵だという、確固たる自信があったからだ。

 この二ヶ月半の間にアクターたち三人が少しずつ紡いできた絆は、それほどまでに深く、強い。





「あっ、そうだぁ! せっかくだから円陣えんじんとか組もうよぉー、みんなでっ!」

「……は?」


 たかぶりつつある高揚感がそうさせたのか、百音がいきなり意味のわからないことを口走りだした。

 あまりにも場違いな提案に嵐馬は呆れかえってしまうが、何故か鞠華までもがノリノリで賛成してしまう。


「わわっ、イイですねぇ! 僕も一度やってみたかったんです!」

「ちょ、お前ら!? さっきまではもっとこう……シリアスな空気だったろ……!?」

「恥ずかしがるなよぉ〜ん。ほらほら、レベッカさんも一緒に!」

「えっ……わ、わたしもやるの……?」

「ハハハッ、愉快で大いに結構サ! どれ、ワタシも仲間に入れてもらうヨ」


 ウィルフリッドとレベッカの大人二名も加わり、支社長室の中心で円陣が組まれる。

 全員が揃ったところで、鞠華から順に各々の意気込みを叫び始めた。


「この戦いが終わったら、みんなで特上カルビ食べにいくぞぉーっ!」

「意気込みってそういう……!? じゃあ俺は天津飯ッ!!」

「マルゲリータピザぁ! マヨマシマシで☆」

「ま、待ちたまえアクター諸君、もしかしてそれ全部ワタシ持ちではあるまいネ!?」

「え、えと……なら私は駅前のラーメンを……」

「レベッカくん!? キミまで奢られるつもり満々かネ!?」

「す、すみましぇえん! つい……っ!」


 そして一通りの宣誓──もとい願望をぶちまけ終えると、ウィルフリッドが半ばやけくそ気味に掛け声をあげた。


「ええい、ワタシとて腐っても巨大企業の社長だ! 一肌脱いでやろうではないかッ!」

「正しくは巨大企業の長です! 支社長!」

「じゅうぶん偉いんだから別にいいダロウ!? コホン、それでは気を取り直して……アクターズ、ファイっ!!」


「「オーーーッ!!」」


 円を組む全員の声が、心が重なる。

 これから死闘におもむく者たちにはあまりにも不釣り合いで、ともすれば不謹慎にすら聴こえかねない非合理的な行為。

 それでもアクターたちにとっては、合理性だけでは測りきれない意味が間違いなくあった。


(僕たち全員で守るんだ……この、かけがえのない日常へいわを……!)


 繋ぎ合った手から──そして肩越しに伝わってくる人肌の温度ぬくもりが、彼らを戦士として駆り立たせるのだった。





「んーっ♪ やっぱり雨はいいわぁ。ウザったい太陽は出てないし、雨音のリズムも全部すき!」


 飴噛大河の乗る“ローゼン・ゼスタイガ”は暗い空の下で、雨傘アンブレラをクルクルと回しながら雨滴を受けていた。

 横浜・みなとみらい地区は現在、横に殴りつけるような冷たい雨に見舞われている。街中では避難警報のサイレンがけたたましく鳴り響いていたが、激しい雨音にかき消されて遠くまでは聞こえてこない。


 よって、地上を見下ろせるほどの高所にいる大河たちの周辺は、降雨量に反して驚くほどに静かだった。

 高層ビルが立ち並ぶオフィス街の屋上に、三機のアーマード・ドレスがばらばらに佇んでいる。ゴスロリ衣装、包帯、軍服をそれぞれ身に纏っているそれらは、いずれも“ネガ・ギアーズ”に所属する機体たちだ。


《私は嫌いだよ、雨は。あの夜のことを思い出すからな》

「ちょwwあの夜とか、意味深すぎるんですけどぉwwwww」

《……勘違いするな。私が“オズ・ワールド”と決別した日の夜だ》

「あっ、そう」


 味方タクミからの真に受けたような返信に、大河は呆れてため息をつく。

 生真面目すぎるゆえに冗談の通じない匠を、内心で彼は苦手としていた。任務だから仕方なく付き合っているとはいえ、プライベートなら絶対に関わりたくない相手だとさえ思っている。


「しっかしあんたも温室育ちなエリートのクセに、勿体ないコトしたわよねぇ。反逆なんてしないで真っ当に暮らしていれば、今頃は次期社長の座も夢じゃなかっただろうに。あろうことかソレを棒に振るなんてねぇ……?」

《フッ、たしかに馬鹿な生き方だろうな。だが後悔はない……私は父を、この手で必ず倒さなければならない》

「ハイハイ、そーですか。まっ、アタシには関係ないケド」


 “オズ・ワールド”から離反した匠とは違い、大河はあくまで“ネガ・ギアーズ”設立後にスカウトされただけに過ぎない。

 それゆえに、匠のような初期メンバー達とは意識に隔たりがあるのも事実だった。いわば彼は“ネガ・ギアーズ”の私兵というよりは、多額の報酬で雇われている傭兵に近い立場である。


(フン、大義なんて無価値なものはどうだっていいわ。アタシはただ暴れたい、そして注目されたいだけ。いやむしろ、世間はもっとアタシを評価するべきよ!)


 自分には他者より優れている能力チカラが幾つもある。

 男性でありながら女性よりも美しい容姿と体躯、ゴシックロリータファッションへの造詣の深さや美的センス。

 そして──“ネガ・ギアーズ”に才を見出されたほどの、類稀たぐいまれXESゼス-ACTORアクター適正値の高さ。


 これだけスペシャルな才能を複数も持ち合わせている自分は、きっと神に愛された存在に違いない。

 動画の再生数がいまいち伸び悩んでいるのも、まだ世間が自分の魅力に気付いていないだけなのだ。決して自分が“MARiKA”より劣っているわけではない。


 飴噛大河という少年の内側は、そのような自尊心プライドばかりが占めているのだった。


《……むっ、来たか》


 そう呟いた匠の声が聴こえ、大河もそちらに視線を向ける。

 眼下に向けたカメラアイがモニターに映し出したのは、横浜一の広大な敷地面積を誇る大企業“オズ・ワールドリテイリングジャパン”のオフィスビル。その敷地内に広がる人口芝生がゆっくりと左右に裂け始め、地下から巨大エレベーターに乗ったアーマード・ドレスたちが姿を現した。


 星奈林百音の“カーニバル・ゼスモーネ”。

 古川嵐馬の“スケバン・ゼスランマ”。

 そして、逆佐鞠華の“プリンセス・ゼスマリカ”。


 横並びに立つ三柱の巨神兵は、やはり地上からこちらの姿を見上げている。

 天と地、全6機のアーマード・ドレスたちが一堂に集結した瞬間だった。


 敵影を確認するなり、司令塔である匠は速やかに指示を飛ばす。


《フッ……は揃った、というやつだな。我々は作戦通り、二方向から仕掛けるぞ。……紫苑、お前が作戦のかなめだ。頼めるな?》

《まかせて、タクミ》

《……すまない、私はまた君を苦しめてばかりで……だがもう、これが最後だ》


 何やら辛気臭い匠と紫苑のやり取りを、大河はうんざりした表情で聴き流す。

 彼としてはむしろ、はやく敵を蹂躙したくて居ても経ってもいられなかった。


《行くぞ、紫苑、飴噛。私個人の復讐に、もう少しだけ付き合ってくれ……!》

「アハッ、その言葉を待ってたわぁ! それじゃあ作戦通り……最初からブッ飛ばすわよぉッ!!」


 匠が号令をかけた刹那、“ゼスシオン”と“ゼスティニー”が地上へと飛び降りていく。

 唯一ビルの屋上に取り残された“ゼスタイガ”は、そのまま開いた雨傘を空高くへ掲げて浮遊を開始。さらに高度を上昇させていった。


「アタシには大キライなものが11つある。そのひとつが、スペシャルなアタシの魅力に気が付かない有象無象バカども。可哀想に……見る目がないのね」


 真上に向けられた傘の先端へ、気流が渦を成して集束していく。

 大気を司る竜巻の柱。それを手にしたゼスタイガは、もはや天空そらを掌握したといっても過言ではない。

 そんな膨大に膨れ上がった自尊心のつるぎを、大河は邪悪な笑みとともに振り下ろす。


「……だから、イヤでも釘付けにしてアゲル──“裂キ誇ル黒薔薇ノ荊ルフトシュトロム・フェアヴェーエン”ッ!!」


 赤黒いヴォイドを大量に帯びた電撃が、地上の“オズ・ワールドJP”オフィスをめがけて突き進んでいく。

 徐々に枝分かれしていきながら、なおも加速していくゼスタイガ渾身の一撃。やがて地上に到達しようとしている時には、万物に破壊をもたらす無数の矢となって降り注ごうとしていた。


 ──が、その光の雨が大地に落ちることはなかった。


 着弾の直前、オフィスやその周辺にある建物らを覆い隠すほどの巨大な魔法陣が展開され、広範囲に及ぶゼスタイガの攻撃を防いだのだ。

 ともすればインチキと呼べるほどに壮大な魔法マジック

 その正体タネを、大河は知っている。


《奇しくも同じだね、あの時と──!》

「やっぱりアタシの邪魔をするのはあんただと思ってたわ、マリカスっ!」


 霧化した雨が立ち退いていくと同時に見えてきたのは、やはり魔法少女の装甲へと衣替えドレスチェンジした“マジカル・ゼスマリカ”だった。

 大河にとっては忌々しい因縁の姿。あの時に味わった屈辱が、怒りとなってふつふつと蘇る。


《まさかいきなり開幕十割ブッパするなんて……もぉ、心臓に悪いなぁ》

「ウフフフ……アーッハッハッハ! BUPAァ? なにそれ超ウケる、マヂやばたにえん何ですけどぉー!!」

《に、日本語でおk……!?》

「あんたに攻撃を防がれることなんて、最初からわかってたっつーの!w」

《え……じゃあなんで攻撃を》

「フフ、今にわかるわ……!」


 回線の向こうで困惑している鞠華に対し、大河が自信ありげに言い放った次の瞬間。

 上空で浮遊しているローゼン・ゼスタイガの背後から、数十もの飛行物体が尾を引いて通り過ぎていった。

 マッハ2.8以上もの凄まじいスピードで突撃していく機影に、つい鞠華も困惑の声を上げる。


《な、なんだ……? 鳥か、いや飛行機……!?》


 横浜の空に現れたそれらは、軍で運用されているジェット戦闘機──厳密には、それを模して形作られたヴォイドの塊だった。

 さらに、“ネガ・ギアーズ”の用意したサプライズはそれだけでは終わらない。


《ヤバイよマリカっち、なんか戦車っぽいのも沢山こっちに来てる……!》

《戦闘機に戦車って……ま、まさか!?》


《……フッ、ようやく気付いたようだな》


 敵機たちの間で飛び交っていた通信へと、匠の声が割り込んだ。

 彼女は推理を並べる探偵のように、芝居がかった尊大な物言いで自らの手の内を明かす。


《“コンバットファイター”と“コンバットタンク”……それらは全て私の生み出した、実体を持つ模造品イミテーションだ。もっとも、戦闘力自体は実機をはるかに凌駕しているがね》


 無数の兵力をつくりだし、意のままに操作・指揮する。

 それこそが、彼女の装いし軍服──識別登録ドレスコード“ストラテジック・コマンダー”の固有能力ドレススキル

 空陸両軍を司りし司令塔プレイメーカー、アーマード・ドレス“コマンド・ゼスティニー”の発揮せし真価だった。


「これでわかったでしょう? アタシの遠距離からの砲撃と──」

《──私の軍隊による物量が織りなす、遠近自在の波状攻撃。貴様のその“盾”は、一体いつまで保つかな……?》


 アスファルトに立つ“コマンド・ゼスティニー”が軍刀を振りかざし、戦車タンク部隊による砲撃と戦闘機ファイター部隊による爆撃が一斉に開始される。

 それと同時に、“ローゼン・ゼスタイガ”も集束させたヴォイドの電撃を再び撃ち放った。


 天空を疾る稲妻。大地を震わせる砲弾。

 血に飢えた魔獣ヴォイドの群れが、双方から“マジカル・ゼスマリカ”に襲いかかろうとしていた。

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