Live.48『たったひとつの冴えた裏ワザ 〜CODE:DOUBLE DRESS UP〜』

「やらせるもんか……! “聖なる壁よ、我が障害となる全てを阻めウォール・マギア”ッ!」


 “ローゼン・ゼスタイガ”渾身の第二射が放たれようというとき、考えるよりもはやく鞠華の体は動いていた。

 ステッキによって魔法陣が空中に描かれ、そこから街を覆い隠さんばかりの巨大な光の壁が出現する。

 そして直後、無数に近い砲弾の雨と破壊を齎すいかずちとが一斉に降り注いできた。


「くッ……うぅ……!」


 上と下の双方からの砲撃という、まるで巨龍のアギトを連想させる怒涛の一斉射。

 “マジカル・ゼスマリカ”の作り出した壁はそれを一手に受け止めるものの──しかし、鞠華に一瞬の油断を許す暇さえ与えさせてはくれなかった。

 すると彼の焦燥へ付け入るように、大河が嘲笑の声をあげる。


《あたしの“ブラック・ローゼン”は火力ナンバーワンのドレスなの♪ 再攻撃チャージに時間がかかっちゃうのがタマにキズだけど……タクミの軍隊がついている今、その弱点は克服されたも同然よッ!》


 一周まわって可愛らしく思えるくらい陳腐ちんぷ罵倒ばとうではあったが、窮地に立たされてしまっている鞠華には笑い飛ばすほどの余裕も残されていなかった。

 事実、“ローゼン・ゼスタイガ”が放つ広範囲・高火力の砲撃は、“マジカル・ゼスマリカ”の盾がなければ防ぎきれないほどに強力だ。前に一度対戦した時にはチャージ時間の隙をついて倒すことができたものの──今回は“コマンド・ゼスティニー”の物量が物を言わせた足止めによって、その手も封じられてしまっている。


 大河自らが豪語していたように、“ストラテジック・コマンダー”の徹底した支援を受けた今の“ブラック・ローゼン”にもはや弱点はない。

 彼らにとっては最終決戦とも呼べる作戦に際し、なぜ“ネガ・ギアーズ”があの勝負服アウタードレスを選んだのか……その理由が何となくわかったような気がした。


 文字通りの防戦一方な状態となってしまっている鞠華に対し、匠からの通信が飛び込む。


《フッ……絵に描いたような背水の陣だな。だが、貴様のヴォイドが尽きるのもあと数分といったところか》

「キミたちこそ、随分と悠長なマネをしてくれるよね……! ジリ貧に追い込むなんてみみっちい作戦とかホント、LBSの視聴者ナメてるんじゃないの……っ?」

《ほう、弱い犬ほどよく吠えるというのはこの事か……が、いいだろう。ならば貴様の望み通り、その壁を切り崩してやる──やれ、

「っ……!?」


 鞠華がとっさに身構えるよりも速く、視界の端から白い影が飛び込んできた。

 影の正体──“ミイラ・ゼスシオン”はこちらとの間合いを一気に詰めると、腕の先端に装備された黒く鋭利な鉤爪クローを抜き放つ。

 その華奢な肢体ボディから繰り出されたとは思えないほどに力強い手刀が、避けようとした“マジカル・ゼスマリカ”の肩部装甲を深くえぐった。


「キミなのか、紫苑……ッ!」

《えへへ……またあえて嬉しいねぇ、まりかぁっ!》


 挨拶代わりだと言わんばかりに、凄まじい加速をのせた切っ先が鞠華に襲いかかる。

 右から、それを避ければ今度は左から、一撃で命を奪う爪の光刃がきらめく。近距離での戦いに不得手なマジカル・ゼスマリカは飛び離れようとするも、スピードで勝るミイラ・ゼスシオンはすぐに追いついてクローを斬り払ってきた。

 機転を利かせた鞠華はひらりと急転すると、空中で危うい姿勢を保ったまま間一髪のところで斬撃をいなす。


《ふふ、逃がさないよ……》


 ──が、避けた直後の静止を狙って、なんとミイラ・ゼスシオンは“チミドロ・バンテージ”を繰り出してきた。

 白い包帯がゼスマリカの右脚をからめ取り、空に逃れようとしていた魔法少女を強引に引き止める。ゼスシオンは捕らえた獲物を力任せに引き寄せると、身体を大きく捻ってからの上段蹴りを叩き込んだ。


「しまった……!」


 手からステッキがこぼれ落ちていくのが見えて、鞠華は焦りの声をあげた。

 魔法陣を描くための道具を失ってしまえば、ゼスシオンを相手にすることはもちろん、街やオフィスの防衛をすることさえ出来なくなってしまう。

 そのような理由から、地上に落下していくステッキへとなりふり構わず手を伸ばすマジカル・ゼスマリカだったが──。


《おまたせマリカスぅ〜。三発目、チャージ完了しちゃった★》


 大河の無慈悲な宣告とともに、頭上に広がる大気がローゼン・ゼスタイガのもとへ渦を成して吸い寄せられていく。

 世界の終焉が訪れたのかと思ってしまうくらいに壮大な兆候は、ゼスタイガが誇る絶対破壊の大技“裂キ誇ル黒薔薇ノ荊ルフトシュトロム・フェアヴェーエン”が放たれる合図だ。

 全力で防御魔法を発動しなければ防ぎきれない必殺の一撃。しかし、ステッキを手放してしまった今のゼスマリカに防ぐ手立てはない。


《今度こそあたしにひざまずけぇ!! “裂キ誇ルルフトシュトロム”……》


 よもや万事休すかに思われていたそのとき、雨傘アンブレラを振り下ろそうとするローゼン・ゼスタイガの背後で刃がきらめく。

 何者かの接近に気付いたゼスタイガがふと振り返った時には、すでに日本刀を構えた女番長スケバンが切りかかっていた。


《な、なによ……ひゃっ!?》

《いっちょ前に見下ろしてんじゃねえぞ、ゴスロリ野郎ォ!》


 力強く振り下ろされた日本刀が、ふわふわと浮遊していたゼスタイガを乱暴に叩き落とす。

 第三射の発射をすんでのところで食い止めたその機体──“スケバン・ゼスランマ”は、ぶっきら棒に日本刀を肩に担いでゼスマリカの方を向いた。


《へっ、お前の芝居もなかなかサマになってきたじゃねえか。鞠華》

「言うても、ですけどねっ」


 嵐馬の口からは滅多に出ない賞賛の声をかけられ、鞠華はわざとそっけなく返事をしつつも、しかし内心は照れ臭そうにほくそ笑む。

 それはすなわち、“オズ・ワールド”側のアーマード・ドレスによる奇襲攻撃が見事に成功したことを意味していた。


《フム、なるほど。我々がゼスマリカに注意を引きつけられている間に、他の2機を回り込ませていた……ということか》

《そういうコトよん☆ そんでもって、アナタのお相手をするのはあたし!》


 敵の意図に勘付いた様子の匠が、接近してきた機影に振り返る。

 コマンド・ゼスティニーの前に立ちはだかるのは、サンバ衣装に身を包んだ情熱の踊り子。星奈林百音の駆る、“カーニバル・ゼスモーネ”だった。


《嵐馬くん、マリカっち、ゼスティニーの相手はあたしに任せて!》

《俺はゴスロリ野郎をやる。包帯野郎はお前がやれ、鞠華!》

「うん、わかった……っ!」


 二人の健闘を祈って通信を終えると、鞠華もまた眼前に佇む宿敵を見据えた。

 ミイラ・ゼスシオンは赤い双眸を光らせながら、こちらのが済むのを静かに待っている。


 ──キミとは本気でやりあいたい。


 紫苑からの無言のメッセージに気付いた鞠華は、ゼスパクトに嵌められたショッキングピンク色のジュエルに触れて装甲換装ドレスチェンジ──再度“ワンダー・プリンセス”のアーマーを身に纏っていった。

 やがてゼスマリカが換装シークエンスをすべて完了させたとき、ようやく紫苑が待ち侘びたように口を開く。


《一対一に追い込むなんて、いい作戦を考えたね。でも、ひとつだけ見落としてることがあるよ》


 紫苑が恐ろしいほどに冷たい声を発した次の瞬間、ミイラ・ゼスシオンの全身から凄まじい量のヴォイドが一気に放出された。


《──


 禍々しいまでのオーラに自らの体すらも差し出すように、人身御供となった紫苑の苦しそうな呻き声が響く。

 白い表面装甲に黒い斑点はんてん模様がいくつも浮かび上がり、ミイラ・ゼスシオンは第二形態アクト・ツーへと移行した。


《ふふふ……もしまた戦ったら、今度こそ大事なものを飛び散らせちゃうかもねっ。まりかぁ……》

「……たしかに、全力を出したボクは一度キミに負けている。凡人のボクがどれだけ入念な準備を重ねたところで、純粋なチカラを持つキミには勝てないのかもしれない」


 “ワンダー・プリンセス”でも“マジカル・ウィッチ”でも、能力を解放したゼスシオンには到底かなわなかった。それは揺らぎようのない真実であり、鞠華と紫苑との力関係の差を示す現実である。

 単騎同士タイマンでの勝負を挑んだところで、敗北を喫するのは目に見えているだろう。


「だから……ここからはぶっつけ本番の即興アドリブだ!」


 鞠華は迷いを振り払うように叫ぶと、どういうわけか先ほど使ったばかりのゼスパクトを

 予想外の行動に際し、対峙する紫苑も思わず目を見張る。鞠華がしようとしていることに、どうやら彼女も気付いたらしい。


《まりか、何をするつもり……まさか》

「どうすればキミに勝てるのか、どうしたらキミを止められるのか、ずっと考えてた……。それで偶然、この“裏ワザ”に気付けた」

《それは無茶だよ》

「かもね……でも、人事を尽くして天命を待つなんてガラじゃないんだ。運命の旋律がすでに奏でられているというなら、ボクは運命に抗う……!」


 覚悟を決めた鞠華は、ゼスパクトに嵌め込まれた桜色のジュエルに指先で触れる。

 すると彼の動作に呼応するように、“プリンセス・ゼスマリカ”の内部格納空間クローゼットからアウタードレス──“マジカル・ウィッチ”が出現。ヴォイドという名の命が吹き込まれ、パーツ群が水を得た魚のごとく周囲を泳ぎ始める。


「いくよ、紫苑。とっておきのアドリブ、みせたげるよっ!」


《そんな事をしたら、キミのからだは──》









「──ドレスアップ・ゼスマリカッ!!」


 そう叫んだとき、鞠華の纏っていたプリンセスラインドレスが炎に包まれた。

 同時に、四方を漂っていた無数のパーツたちがゼスマリカを取り囲む。

 それら──“マジカル・ウィッチ”の装甲アーマーは上から覆いかぶさるように“ワンダー・プリンセス”と合体。あたかも溶け合っていくように融合し、ゼスマリカの衣装をまったく新しい形に変貌させていく。


 そして──立ち尽くしていたミイラ・ゼスシオンの前に、これまで見たことのない姿をしたゼスマリカが現れた。

 より鋭利さを増したガラスハイヒールのブーツ、腰布のようにもみえるロングスカート、王族衣装を彷彿とさせる装飾的なショルダーパッド。機体を彩るあらゆる箇所に“王女プリンセス”と“魔法少女ウィッチ”の意匠が残されており、かつ全体の機体色は鮮やかなピンク系から落ち着きのあるワインレッドへと変わっている。

 頭部に黄金の王冠が付いた三角帽子を被っている老成した様は、もはや半人前だった頃の少女ではない。一国を治める“女王クイーン”と、魔術を司る“賢者ワイズマン”──その両方の側面を併せ持つような存在感を放っていた。


「これが答えだ、紫苑……ボクは最後まで演じ切ってみせる。今まで積み上げてきた全部を、嘘にしたくはないから──っ!」


 ドレスの名は、重複装甲オーバードレス“クイン・ワイズマン”。

 その戦士の名は、“クイン・ゼスマリカ”。

 鞠華の願いと覚悟が、アーマード・ドレスのを成功させた瞬間だった。

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