Live.49『女王、闇を切り裂いて 〜QUEEN QUINTET〜』

 ゼスマリカに起こった異変は、オフィス内の中枢司令部でもモニタリングされていた。

 画面に映し出された赤紫色ワインレッドの機体──“クイン・ゼスマリカ”の姿を見て、その場にいたスタッフ一同が唖然とする。アクターたちのオペレーティングを任されているレベッカも例外ではなく、驚きのあまり目を丸くしながら息を飲んでいた。


「二つのアウタードレスを同時に装着した……? こんなことって……」

「──ダブルドレスアップ。いや、流石のワタシも今回ばかりは驚かされたネ」


 同じようにモニターを仰いでいたウィルフリッドが、嬉しさと焦りが混在したような引きつった笑みを浮かべて言う。

 どうやら彼にとってもこの現象は想定外だったらしく、食い入るように画面の中の“クイン・ゼスマリカ”へと視線を注いでいた。


「別々のアウタードレスと一度に同期シンクロするなど、普通ならありえん。いや……理論上ではたしかに可能とも言われていたが、それに耐えうるアクターが今までいなかったのだ」

「でも、マリカくんはそれを……」

「ああ。彼の突出した適合率が、前人未踏のドレスアップを果たしたのだ。まったく、なかなかどうして嬉しい誤算だヨ……!」


 偉業を成し遂げた鞠華を賞賛するウィルフリッドだったが、どこか手放しには喜べないような複雑な面持ちを浮かべていることにレベッカは気付いた。

 するとウィルフリッドの危惧を代弁するかのように、そのとき白衣の男が入室してくる。


「ドレス二つを扱えちまうアイツの適合率も凄まじいが、あのままじゃちと危険そうですよ。支社長のダンナ」


 声の主のほうを、レベッカたちは肩越しに振り向く。

 そこにいたのはVMOの水見優一郎だった。彼はウィルフリッドの隣に並び立つと、険しい顔つきでモニターを睨み据える。


「水見クン、するとやはり……」

「ええ。アイツは“ワンダー・プリンセス”と“マジカル・ウィッチ”が持つ両方の波長に、無理やり精神を同化させちまってる……例えるなら、体と口でそれぞれ全く別の役をリアルタイムで演じているような状態です」

「それって……」


 レベッカが不安げに口を挟むと、水見は医師が余命宣告を告げるように肯定する。


「あの状態を維持し続ければ、逆佐の身に危険が及ぶ可能性がきわめて高い。おそらく、全力での戦闘継続は2分40秒くらいが限界リミットかと……」

「そんな……マリカくん……」


 そんな危険なドレスはすぐに使用をやめさせるべきだ。というのが、レベッカたち真っ当な大人が言うべきセリフだっただろう。

 だが、この場にいる誰もがそれを口にはしなかった。

 言えるはずがない。たとえ禁忌の力でも、それに頼りでもしなければ“ネガ・ギアーズ”に勝つことはできないのだから。

 その力によって身を滅ぼすのが、本来守るべき子供であったとしても。


 ここにいる全員が、とうに狂ってしまっていた。

 

(こんなことを願うのはただのエゴだって、わかってる。でも……)


 己の無責任さを痛感したレベッカは、しかし歯を食いしばって泣きそうになるのを堪える。

 ここで涙を流したりでもしたら、それこそ戦っているアクターたちに示しがつかない。タクシーで家まで送られたあの日、鞠華にそう誓ったはずである。


(お願いよマリカくん。アリスのためにも、どうか無事で帰ってきて……!)


 レベッカは、胸の上の見えない十字架を強く握りしめるように祈った。





 未だ驟雨しゅううの勢いが止まない横浜の市街地。その中心にある大通りで、2機のアーマード・ドレスが互いを見据えながら向き合っていた。

 赤い双眸をギラギラと輝かせ、血に飢えた獣のように身を震わせているのは“ミイラ・ゼスシオン ACT-Ⅱアクト・ツー”。

 それに対し、落ち着いたスカイブルーの眼差しで相手を静観する“クイン・ゼスマリカ”。

 紅白の機体色が好対称を成す両者のうち、最初に一歩を踏み出して沈黙を破ったのは紫苑のほうだった。


《ずいぶん重そうな洋服ドレスだね。それだと追いつけないよ、ぼくの……》


 一歩、二歩と、アスファルトを踏み砕きながらミイラ・ゼスシオンが駆け抜ける。

 そしてほんの一瞬の間にクイン・ゼスマリカの懐へ潜り込むと、即座にクローを抜き放とうとする──。


《……スピードにはッ!》


 ──と見せかけて、なんとゼスシオンは素早い身のこなしでゼスマリカの背後へと回り込むのだった。

 死角をとられてしまった鞠華はすぐに機体を旋回させようとする。

 が……しかし、迫り来るゼスシオンの手刀はそれを上回るほどに速い。


《これで終わりぃ……!》


 フェイントから間髪を入れずに、巨大な鉤爪クローがゼスマリカを目掛けて突き出される。

 鋼鉄すらもバターのように容易く斬り裂く漆黒の刃。だが、その切っ先がゼスマリカを刺し貫くことはなかった。

 装甲の表面に爪が到達する寸前、ゼスシオンの腕が掴んで止められたのだ。


《……っ!?》

「今までのゼスマリカとは違う、それはスピードだけじゃない……!」


 敵の腕を掴むクイン・ゼスマリカの手に力が込められていく。

 鞠華は空いている拳を相手の腹部にたたき込むと、怯んだ隙をついてラッシュパンチを浴びせる。

 それまでプリンセス・ゼスマリカの攻撃など物ともしていなかったゼスシオンだったが、“クイン・ワイズマン”を纏った今のゼスマリカには終始圧倒されてしまっていた。


《こ、これは……こんな……!》

「スピードとパワー。その両方を併せ持つクイン・ゼスマリカは、キミの一歩先を行く……ッ!!」


 鞠華が叫び、ゼスマリカの拳に込もる威力も次第に強まっていく。

 ナイフのように次々と突き刺さるパンチの応酬を避けきれず、さらに避けることもカウンターもままならないまま、最後に渾身のストレートを食らったゼスシオンは大きく体を仰け反らせて吹っ飛んだ。

 そしてごろごろと地面を数回転がった後、屍人が蘇ったようにのらりくらりと立ち上がる。


《ふ、はは、すごいね……でも、そんなにとばして大丈夫……?》

「ハァハァ……どうかな……少ししんどい、けど……」


 こびりついた汗を乱雑に拭った鞠華は、疲弊をひた隠すように口の端を吊り上げた。

 ダブルドレスアップによる影響か、どうやら体力の消耗が今までとは段違いに早い。気を抜けばすぐ眠ってしまいそうでさえあったが、そんな心配事など吹き飛ばしてしまうほどに力がみなぎっていた。


 これならやれる。紫苑にだって勝てる。

 今の僕は、誰にも止められない……!


 高まっていくボルテージに呼応し、クイン・ゼスマリカの四方を取り囲むように魔法陣が描かれる。

 そして詠唱を介することなく魔法は即座に発動し、空中に現れた四つの魔法陣は極彩色の輝きを放ち始めた。


「悪いけど、こっちも出し惜しみしてる余裕はないんだ。フルスロットルでイカせてもらうよッ!」

《フフ、そうこなくっちゃあ……次はどんな手品を見せてくれるの? ねえ、まりかぁっ!!》


 紫苑が吠えた刹那、弾丸のごとき素早さでミイラ・ゼスシオンが跳んだ。

 相対する鞠華は指をパチンと鳴らすと、魔法陣の中からクイン・ゼスマリカと瓜二つの分身イミテーションを生み出す。

 ゼスマリカと並び立つように現れた分身は、何故かたったの4体だけだった。


《そんな子供騙しは通じないって言ったはずだよ!》


 ゼスシオンは両腕のクローを構えると、恐るべき速度で敵の懐へと飛び込んでいく。

 途中、クイン・ゼスマリカの分身がを庇うように割って入ってきたが……。


 ──ただの残像まやかしだ。


 と、紫苑は構わずに突撃を強行しようとする。

 その判断が、彼女の命運を分けた。


「それはどうかな?」

《なに……うあっ!?》


 すれ違いざまにクイン・ゼスマリカの抜き放ったカウンターブローが、通り過ぎようとしていたゼスシオンの顔面に深く突き刺さった。

 受け身の態勢もまともに取れなかったゼスシオンの体が、スピンしながら空中へと投げ出される。さらに飛んでいった方向の先に、なんと今にも拳を突き放とうとしているゼスマリカが待ち構えていた。


「まやかしなんかじゃない! この分身はすべて、実体を持つ本物だ……ッ!」


 回り込んだのではない──分身はのだ。

 ヴォイドによって形造られた、本物と見紛うほどに精巧な四体の女王クイーンが一斉に踊り出る。

 正拳突き、旋回裏拳、後ろ回し蹴り、フライングエルボー、ラリアット……本体を含めた計五体のゼスマリカたちによって繰り出される殴打技の五重奏クインテットは、ゼスシオンの防御を崩しつつも着実にダメージを与えていった。


《くぅっ……こんな、はずじゃ……!》


 紫苑が苦渋に顔を歪めていたとき、ゼスティニーからの通信が入る。


《一度こちらに合流しろ、紫苑! 一人で戦えるような相手ではない……!》

《でも、まりかはぼくが……!》

《奴に勝ちたいのなら、連携して抑えるしかない! いいな……!?》

《……わかったよ、タクミ》


 紫苑は言われたとおりに機体を返すと、壁を蹴ってゼスティニーのところへ向かうべく跳躍する。

 そこには百音のゼスモーネもいるはずである。このままゼスシオンを野放しにしておけば、彼が危ない……!


「逃すもんか! くッ、もう少しだけもってくれよ……ゼスマリカっ!!」


 クイン・ゼスマリカのツインアイが水色に輝き、同時に機体の背後から大量の炎が放出された。

 まるで火山の噴火を彷彿とさせる高純度ヴォイドの噴出バーストは、徐々に左右へと伸びる一対の両翼をかたどっていく。


 “炎の翼メギド・フレイム”──とでも呼ぶべき、余剰エネルギーの放出現象。その翼を大きく羽ばたかせ、不死鳥となったクイン・ゼスマリカがふわっと大地から浮かび上がる。

 そして離れていくミイラ・ゼスシオンの背中を追って、鞠華もまた暗雲が立ち込める空へと向かって飛翔するのだった。





「待ちやがれ、このゴスロリ野郎ォッ!!」

《そう言われて本当に待つ奴がいるわけないでしょうよぉ〜っ!!》


 非常用の防護隔壁に囲まれたオフィス街を、スケバン・ゼスランマは日本刀とヨーヨーを振り回しながら疾走し続けていた。

 彼が狙いを定めているローゼン・ゼスタイガは接近戦を不得手としているためか、先ほどから嵐馬に背を向けて逃げ回っている。遠方からの砲撃という戦略的役目も、もはや完全に放棄してしまっているような状態だった。


「クソッ、いつまで鬼ごっこを続けるつもりだよ……おいゴルァ! 待てって言ってんだろうがァッ!!」

《た、タクミぃっ! はやく援護しなさいよ、援護ぉ〜っ!!》


 情けない悲鳴を上げながら、大河の操るゼスタイガは突き当たりの道を曲がって建物の陰に隠れる。

 無論、それをみすみすと逃す嵐馬ではなく、敵機の跡を追ってアーマード・ドレスがギリギリ通れるほどの狭い路地へと入っていった。

 が──曲がり角を曲がった瞬間、嵐馬の背に戦慄の冷たい汗が浮かび上がる。


《ウフフッ、まんまと引っかかったわね★》

「なに……うぐッ!?」


 ゼスランマの背後で戦車砲が炸裂し、纏っていたセーラー服の装甲もろともを吹き飛ばす。

 それだけで攻撃は止まず、今度は上空から急降下してきた“コマンド・ファイター”の編隊が機関砲の斉射を撃ち放ってきた。

 集中砲火に晒されてしまい、ダメージを受けたスケバン・ゼスランマの装甲パーツが次々と強制排除ドレスアウト──ボロボロとこぼれ落ちていく。


「き、汚ねぇぞテメェ……ッ! ぐああああああああああッ!!」

《アハハハッ、ズルい? ええそうよ、アタシは生き残るためならなんでもやるわ! ボスがアタシを駒として利用するなら、アタシも自分のために組織チームを利用し尽くすだけ!》


 やがて全ての外部装甲が外れてしまったゼスランマは、アスファルトの上に力なく膝をつく。

 もはや戦う力を失った嵐馬にトドメをさすべく、ゼスタイガが雨傘アンブレラの石突を引きずって近付いてきた。


《まずは罠にかかったネズミを一匹……アタシの手で終わらせてアゲル★》

(くッ、これまでか──!?)


 ゼスランマの後頭部をハイヒールで踏みつけられ、さらに雨傘の先端部分にある銃口を背中越しに突きつけられる。

 おそらく発射されれば嵐馬の命を一瞬で奪ってしまうであろう、ゼロ距離からの光弾。だがそのとき、どこからか飛来してきた槍状の氷柱つららが、“コマンド・タンク”や“コマンド・ファイター”たちを立て続けに射抜いた。


《な、なによぉ……っ!?》


 周囲で爆発が起きたため、攻撃を中断した大河は取り乱しながら辺りを見回す。

 そして背後を振り返ったとき、斜め上から飛び込んできたアーマード・ドレスの脚部が、油断していたゼスタイガを勢いよく蹴り飛ばした。

 どうにか敵の拘束から解放されたゼスランマは、自分を窮地から間一髪のところで救ってくれた存在の姿を仰ぎ見る。


「助かったぜ、鞠華……いや、その分身か?」

《失礼な、ボクは本物ですってば! ……たぶん》


 駆けつけてくれたのは、ダブルドレスアップを経て女王となったゼスマリカだった。どうやら鞠華が分身のうち一体を応援に向かわせてくれたようだ。

 驚くべきことに機体内のアクターまでも複製コピーされているらしく、本物のように自我を有していることが伺えた。


「カラクリはよくわからねぇが……とにかく手を貸せ、コピペ鞠華!」

《誰がコピペですか! もうっ、いきますよ……ッ!》


 クイン・ゼスマリカの手を借りて機体を立ち上がらせると、嵐馬はゼスパクトを開いて青紫色のジュエルに触れる。

 そして出現したアウタードレス“ネコミミ・メイド”をその身に纏い、湧き上がる闘争本能にその身を委ねた。


換装完了コンプリート──さあ、覚悟するニャア……」

《ちょっまっまま、まってタンマ! 調子にのって踏んづけちゃったのは謝ります! 謝るから許してぇ……!》

「待てと言われて待つヤツはいないよニャア〜?」


 取って付けたような語尾の口調で脅しつつも、指をパキパキと鳴らしながら猫耳けものが歩み迫る。

 すっかり怯えきった様子の大河はとっさに逃げようとするも──クイン・ゼスマリカが回り込んで退路を塞いだことにより、敵前逃亡すら未遂に終わってしまった。


「お礼にたっぷりするニャア……♡ “冥土神拳メイドしんけん最終奥義さいしゅうおうぎ”──」

《や、やさしくお願いしま》


「──“萌萌もえもえ邪拳ジャンケングー”ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!」


 メイド喫茶での武者修行によって会得することのできた拳の奥義(?)が、すくんで動けなくなっていた敵機を問答無用で殴り飛ばした。

 真正面から拳を食らったゼスタイガはゴスロリ衣装を強制排除ドレスアウトさせながら、打ち上げられたホームランボールのように雨空を掻っ切っていく。

 

 “ネガ・ギアーズ”の所有する三機のアーマード・ドレスのうち一機が、戦闘不能に陥った瞬間だった。

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