Live.50『雲の向こうはいつも青空 〜ALWAYS LIGHT BEHIND THE CLOUDS〜』

 住民たちの避難が完了し、人の立ち退いた公園の広場にて──。


《大河がやられただと? ええい、所詮はやとわれか……》

「これで勝負はついたわ! 降伏するなら今のうち……よッ!」


 “ローゼン・ゼスタイガ”が撃破されたのと時を同じくして、百音の“カーニバル・ゼスモーネ”と匠の“コマンド・ゼスティニー”は激しい攻防を繰り広げていた。

 踊るように軽やかな動きで戦車部隊の火線をくぐりつつ、炎を操ることで敵の兵器に引火させて爆破、一掃していく。

 そうしてゼスモーネが敵機のもとへと急迫すると、ゼスティニーは軍刀を抜いてこれを迎え撃った。

 突き出されたタンバリンと刀身がぶつかり合い、ギリギリと火花を散らす。


《白旗を上げろだと? 生憎そんなカードは、私の手札にはないね……ッ!》

「いい歳して反抗期だなんて……みっともないとは思わないの!? お父さんのことも、少しは考えてあげなよ……!」

《私の前で、あの男の話をするなァ……ッ!!》

「くっ……!?」


 つば迫り合いの均衡を破ったのは、さらに力を加えてきたゼスティニーだった。

 刃越しに執念じみた気迫を感じとり、百音の額に嫌な汗が浮かぶ。


《ヤツは人の心がわからない……そんな男に、人の上に立つ資格などあるものかッ!》

「わかろうとしてないのはどっち……!? 少なくとも支社長は、ウィルフリッドさんはちゃんとアナタのことも考えてた! 血の繋がった親と子なのに、どうしてわかってあげられないのよ……っ!」

《お前の言う通りなら、にはなっていない! 勝手な捏造を押し付けるな……ッ!》


 百音が両手のタンバリンに炎を纏わせて投げ放っても、ゼスティニーは火縄銃や軍刀でそれらを撃ち落とし、ことごとくを拒絶する。

 そして得物を失ってしまったゼスモーネに畳み掛けるべく、“コマンドファイター”と“コマンドタンク”の部隊で包囲網を張ってくるのだった。

 数十もの砲口を機体に向けられてしまい、百音は慄然りつぜんとする。


「っ……!」

《王手だ、玉将についた哀れな駒よ。お前個人に恨みはないが……悪く思うな》


 軍隊を統率する司令塔が、天高く掲げた軍刀を指揮棒タクトの如く振り下ろす。

 それと同時に、指揮者を囲む鋼鉄のオーケストラは一斉に火矢を放った。

 迫り来る砲弾の雨が視界を埋め尽くし、百音の脳裏を敗北の二文字がよぎる。


 だがそのとき──天空から舞い降りた不死鳥が炎の翼を振るい、戦車の砲弾や飛んでいた戦闘機を焼き尽くした。

 ゼスモーネの窮地から救ったその機体はさらに翼を大きく広げると、目の前に横並びで立ち塞がる戦車隊をめがけて急接近する。ジグザグの軌道を描きながらも、炎の翼で進路上にいた敵たちを次々と巻き込み、消し炭へと変えていった。


 やがて周辺にいた全てのコマンドタンクとコマンドファイターを破壊し尽くした紅き女王──“クイン・ゼスマリカ”が、立ち尽くしていたゼスモーネの隣に降り立つ。


《遅くなりました、モネさん……!》

「マリカっち……それに」

《さっきは珍しくヤバそうだったじゃねえか、星奈林》


 駆けつけた“メイド・ゼスランマ”が、ゼスマリカのさらに横へと並び立った。

 嵐馬はモニター越しにいつもの皮肉っぽい笑みを浮かべると、百音を奮い立たせるために敢えて嘲るような口調で言う。


《だがもう安心していいぜ。先輩アクター様は俺たちが守ってやっからよ!》

「……フフフ、ったく。一丁前の口を利くようになりやがって……


 まるで回路が切り替わったように、百音の中で何かが弾ける。

 そして彼はゼスパクトの中から焦茶色のジュエルを選んで触り、纏っていた衣装をドレスチェンジ──“サンバ・カーニバル”を外し、新たに“ウエスタン・ガンマン”を全身フレームに取り付けていった。

 換装を終えた“ウエスタン・ゼスモーネ”は一歩前へ出ると、その視線を正面のゼスティニーへと移す。ゼスランマとゼスマリカも同様に、双眸を輝かせて目の前の敵を睨み据えた。


「準備はいいか、ヤローども。“最終決戦ファイナルラウンド”と洒落込もうぜ……」

《ああ。幕を降ろす時が来たようだぜ、ネガ・ギアーズ……!》

《いきましょう、モネさん、ランマ。みんなの未来は、ボクたちに任された!!》


 百音が、嵐馬が、鞠華が、それぞれの武器を構えて最後の戦いに挑む。


《あくまで運命に抗うか……ならば、立ちはだかるのみ。くぞ、XES-TINYゼスティニー


 彼らと対峙するコマンド・ゼスティニーもまた、左右の手に火縄銃と軍刀をそれぞれ握りしめて迎え撃たんとする。

 殴りつけるような激しい雨に降られながら、決戦のゴングは鳴り響いた。





(ゼスマリカが実体のある分身を放ってこない。おそらくは体力ヴォイドの温存を優先させているのだろうが、どのみちそう長くは保たないだろう……)


 雨水を跳ね上げて機体を走らせながら、コントロールスフィアの中で匠は思考を張り巡らせていた。

 敵との位置関係や周辺の地形を頭に叩き込み、勝利へと繋げるための戦術を組み上げていく。


「……であれば、警戒すべきはゼスランマとゼスモーネ。まずは貴様らを仕留めさせてもらう……!」


 そうと決まればさっそく敵の攻略に取り掛かるべく、匠はそれまで回避行動に専念させていた機体を翻した。

 すでに視界の開けていた広場からは移動しており、高層ビル群や立体道路が立ち並ぶ市街地へと敵を誘い込んでいる。ゼスタイガがやられてしまった以上、制圧力に物を言わせた物量作戦からゲリラ戦法にシフトするしかないと判断したためだ。


 無論、“オズ・ワールド”の側もそう簡単に手玉に取られてくれるほど容易い相手ではない。


《大人しく観念するんだな、紅匠!》

「囲まれたか……」


 交差点に入ったゼスティニーを、3機のアーマード・ドレスがそれぞれ別方向から道を塞いできた。

 退路の断たれた絶望的な状況に──しかし匠は、かえって勝利を確信した笑みを浮かべて告げる。


「……いいや、よくぞ包囲してくれたと言っておこう。貴様たちがそのポイントに来ることはわかりきっていた!」


 匠が言い放った次の瞬間、敵機たちの死角から次々と“コマンドタンク”が姿を現し始める。そして敵を照準にとらえ次第すぐに発砲を開始させ、ゼスティニーは敵3機に対して同時に先制攻撃を仕掛けた。


《クソッ、ゼスティニーの野郎は……いない!? どこへ行った……!》


 戦車隊の砲撃に晒されながらも、あたりを見回して異変に気付いたのは“メイド・ゼスランマ”を駆る嵐馬だ。

 彼の指摘通り、先制攻撃を開始した直後にゼスティニーは交差点から姿を消していた。そして匠は敵が混乱しているこの状況を好機と捉えると、ゼスランマの死角──頭上から軍刀を抜いて急降下する。


《上だと──ッ!?》

「まずは一つ」


 嵐馬が気付いて真上を見上げた時には、すでにゼスティニーはメイド・ゼスランマの背後へと滑り込んでいた。

 軍刀を逆手に持ち替え、太腿ふとももの装甲と装甲の隙間に根元まで突き刺す。インナーフレームの構造を熟知した匠によるピンポイントの攻撃は、たった一撃でゼスランマの脚部を機能不全システムダウンにまで追い込んだ。


《こいつ、的確に弱点を……!?》

《嵐馬!? ヤロウ、よくもゼスランマを……ッ!》


 激昂した百音のウエスタン・ゼスモーネは、すぐさまこちらにリボルバーの銃口を向けてきた。

 彼が卓越した早撃ち技術の持ち主であることは“シュッパツシンコー・ライナー”の事件で匠も知っており、回避が不可能なことも理解している。

 ゆえに、彼女はもっとも確実な防御手段に頼る。


《なっ、人質を……!》


 フレーム脚部を損傷し倒れかかっていたゼスランマの首根っこを掴むと、なんとゼスティニーはそれを盾にして身を隠してしまった。

 仲間を盾にされては流石に撃てないのか、今まさにホルスターから銃を引き抜こうとしていた手が一瞬だけ止まってしまう。

 そのわずかな隙を見逃さずに、近くにいたタンクが砲弾を発射。右手に直撃し、その衝撃でゼスモーネはリボルバー銃を落としてしまった。


《しまっ──》

「これで二つ」


 ゼスティニーは掴んでいたゼスランマを、ゼスモーネに向けて投げ飛ばす。

 そして味方機を受け止めようとしたゼスモーネ諸共、十数台のタンクによる集中砲火を浴びせていく。致命傷を食らった2機のアーマード・ドレスはそれぞれ装甲を強制排除ドレスアウトさせ、互いにもつれ合うように倒れこむのだった。


「さあ……次は貴様で最後だ、ゼスマリカのアクター」


 自らが仕留めた獲物を見据えていた匠の目が、残っているたった一機の敵へと向けられる。

 クイン・ゼスマリカは咄嗟にファイティングポーズを取りつつも……しかしやはり疲労が蓄積しているのか、先ほどまでの覇気はほとんど感じさせなかった。


「無駄だよ。いま計算してみたが、貴様はダブルドレスアップの負荷に耐えられる限界値をとうに超えている。……そう言っても、どうせお前は私に歯向かうのだろう?」

《当たり前だ。ボクはまだ戦える……!》

「いいだろう。ならば貴様の望み通り──」


 コマンド・ゼスティニーは軍刀を掲げると、さらに倍近くのコマンドタンクとコマンドファイターを顕現させていく。

 これにより匠のヴォイドも底を尽きてしまった以上、正真正銘これが最後の一撃であった。


「破滅と醜態を晒せ、道化師ウィーチューバー……ッ!」


 圧倒的なまでの軍力ぼうりょくを司る軍刀の刃が、虚空をいで振り下ろされた。

 すでに風前のともしびとなっているクイン・ゼスマリカに対し、無慈悲にも兵器部隊の一斉射撃が開始される。

 高射砲の炸裂する音が怒涛の響きとなってこだますり、雨を引き裂く機関銃の掃射が標的をめがけて放たれていく。殺意を乗せた弾丸の群れが、今まさにボロボロの女王へ喰らい付こうとしていた。


《絶対に取り戻すんだ……》

「なに……っ?」

《ウィルフリッドさんの笑顔も、も、だから──っ!》


 クイン・ゼスマリカは最後の力を振り絞って立ち上がると、背中から翼の形状をした炎を噴出させる。

 そして最大限にまで広げた翼を折りたたみ、羽根で自らを包み込むようにして砲弾を防いだ。


「まさか……いやありえん、なぜそれほどまで力が残されている……!?」

《紅匠……いや、ティニー=アーデルハイト=江ノ島! あなたの心の鎧ドレスは、ボクが打ち破る……ッ!!》


 迫り来るすべての攻撃を翼で受け止めながら、なんとクイン・ゼスマリカは特攻まがいの急接近を仕掛けてきた。

 匠はすかさず火縄銃で迎撃しようとするも、ゼスマリカの勢いは止まらないばかりか、さらなる加速をかけて一気に懐まで飛び込んでくる。そのままコマンド・ゼスティニーの首を掴むと、ゼスマリカは大きく翼を広げて飛翔──雨を降らす暗雲をも突き抜け、ものの数秒で地上9000メートルの高度へと到達する。


 辿り着いたその場所は、雲の上の世界だった。


(そうか、貴様は……)


 どこまでも透き通るような蒼穹あおぞら

 真珠のように真っ白く輝いている太陽を見て、匠はようやく理解に至る。


(普通の人間だと侮っていた、私の落ち度だな……“怪物ばけもの”だよ。お前は)


 ゼスマリカのアクター……逆佐鞠華さかさまりかの有するヴォイドの量は、常軌を遥かに逸している。そもそも“ダブルドレスアップ”を成功させた時点で、並大抵のアクターではないことはわかっていたはずなのに。


 詳しい要因まではわからないが──どうやら逆佐鞠華という人物は、ただでさえ希少なXESゼス-ACTORアクターの中でもさらに特別な存在らしい。

 かつてヴォイド研究の専門家スペシャリストであった匠だからこそ、気付くのが遅れてしまった。


終焉フィナーレだ、ゼスティニー! “クインテット・ドロップ”──ッ!!》


 太陽を背に、空中で身体をひねって宙返りムーンサルトを決めたクイン・ゼスマリカが、炎の翼を大きく羽ばたかせながらコマンド・ゼスティニーの腹を思い切り蹴り込んだ。

 両足による渾身のキックはクリーンヒットし、そのまま二機のアーマード・ドレスは落下していく。あまりの速度に、プラズマ化したオレンジの残光が尾を引いていた。

 音速すらも超えて地上へと堕ちていくその様子は、誰かの目にはまるで流星が降る光景として映っていたかもしれない。それほどに鞠華の放った最後の一撃は溜め息が出るほどに美しく華やかで、どこまでも雄々しく、力強かった。





「ハァ……ハァ……これで、終わりだ……ティニーさん……」


 地面に背中から叩きつけられ、装甲を強制排除ドレスアウトさせたゼスティニーを見て、鞠華は息を荒げながら呟いた。

 足元に転がる敵機から返ってくる言葉はない。どうやら搭乗者アクターはすべての力を使い果たし、気絶しているようだ。

 そして、限界を超えて戦っていたのは匠だけではない。


「ッ……!!」


 全身を駆け抜けるような痛みを感じて、鞠華もその場に膝をつく。

 強張っていた筋肉が解け、纏っていた“クイン・ワイズマン”のドレスがリボンをほどいたように脱げ落ちていく。そうして下着姿のインナーフレームに戻ったゼスマリカは、立つことすらもままならない様子で四つん這いとなった。


 ゼスティニーを討ち果たすことはできた。

 これで“ネガ・ギアーズ”との戦いは終局を迎えた──わけではない。


 ドレスをすべて脱ぎ捨てたゼスマリカの中で、鞠華はこちらにゆっくり近づいてくる敵影を見つけていた。


《ゆっくり、休んでて……あとはボクが、終わらせるから……タクミ》

「くッ、紫苑……!」


 戦いはまだ終わっていない。

 包帯を全身に巻きつけた白いアーマード・ドレス──“ミイラ・ゼスシオン”がまだ残っていたのだ。どうやら紫苑も身を潜めて体力を温存し、機が来るのをずっと伺っていたらしい。


 そして今まさに、ときは訪れようとしていた。


《フェイズシフト……“ACT-Ⅲアクト・スリー”、部分解放リミテッドアクト……》


 アクターの紫苑も限界が近いのか、その足取りはフラフラとしていて覚束おぼつかない。それでも仲間の意志を背負ったゼスシオンは、消えかけている蝋燭いのちに自ら油を注ぐように力を解放──爪の先端を血が滲んだような紅蓮で染め上げ、一歩一歩を踏みしめるようにゼスマリカへと迫って来るのだった。


《これでやっと……ぼくたちは自由になれる……。いつもタクミが夢見ていた青空へ、ようやく羽ばたくことができる……って……》

「紫苑、君は……」

《だから、これでぜんぶ……終わりに……し、て……》


 弱々しくも力一杯に振り上げられた、ゼスシオンの鉤爪クロー


 ──が、その切っ先がゼスマリカに届くことはなかった。

 ゼスシオンが最後の一撃を振り下ろす寸前に、どうやらアクターである紫苑のほうが先に限界を迎えてしまったらしい。

 “チミドロ・ミイラ”の装甲をボロボロと崩れ落とし、倒れかかった純白プロトタイプのインナーフレームを、ゼスマリカはとっさに身をていして抱きとめる。


《……負けちゃった、か》


 ゼスマリカの腕の中で、紫苑はどこか安堵したように呟く。

 思うように動かないゼスシオンの手を懸命に差し上げると、鞠華はそれを強く握りしめた。もう二度と離したくないという彼の想いが、薄れかけていた紫苑の意識を辛うじて繫ぎ止める。


《泣いてるの、まりか……?》

「……本当のボクは、ただの弱虫で、泣き虫だから……せめてみんなの前では、カッコつけたくて……でも、もうダメみたいだ……」


 降りしきる冷たい雨が、少女を装うための化粧を洗い流すように──。

 赤ん坊みたいに顔をくしゃくしゃにして泣く少年の顔が、そこにはあった。


《知ってるよ、まりかは優しいから……》

「紫苑……?」

《ボクのまえでは、泣いたって……いいんだ……よ……》


 ささやくような言葉を残し、ゼスシオンの手が滑り落ちる。

 腕の中に抱かれている少女が眠りについたことを察すると、鞠華は華奢なその身体を力一杯に抱きしめた。

 胸の奥から熱いものが喉奥にこみ上げ、息を詰まらせながら嗚咽おえつが漏れる。

 それでも彼は喉奥から声を絞り出すように、コントロールスフィアの中でひとちた。


「もう、勝手にいなくならないでくれよ……」
















「………………姉さん」


 祈るように口から出た声は、やはり雨音によって掻き消された。

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