Live.60『今まで騙してごめんなさい 〜NEVER JUDGE BY APPEARANCES〜』

 地面から突き上げるような激震と足元を揺るがす地響きに、独房のベッドに座っていた紅匠くれないたくみはふっと立ち上がった。


(なんだ……?)


 拘置所で何かが起きていることはわかるが、ネットも通信機も使えないのでそれ以上のことはわからない。

 建物のすぐ近くで戦闘でも起こっているのだろうか。


 匠がそのように考えていたとき、独房と外界とを隔てていた壁が不意な爆発によって砕かれた。

 粉々になった破片と土煙りが飛び散り、久しく浴びていなかった陽射しが独房の中に差し込む。


 眩しさに目を細める匠の前に現れたのは、逆光を背にして立っているアーマード・ドレス“ローゼン・ゼスタイガ”。

 その腹部にあるコントロールスフィアが開かれ、中からゴスロリ姿の少年が身を乗り出した。


「大河か? これは一体……」

「悪いけど再会を喜んでるヒマはないの! アンタもさっさとしなさい!」


 大河はせわしなくそう言うと、手にしていた何かをこちらに向かって放り投げた。

 匠は片手でそれをキャッチする。

 大河から投げ渡されたのは、“オズ・ワールドリテイリングJP”に押収されたはずだった彼女のゼスパクトだった。


「すでにボスが連中のシステムに介入ハッキングして、機体を呼び出せる状態にしてくれているわ!」

「ボスが?」

「もうじき紫苑も来るはず! 合流してコイツらを撒いたら、とっととアジトに撤収きたくするわよ!」


 ほとんど一方的に言うなり、ローゼン・ゼスタイガはきびすを返して拘置所から離れていく。

 飛んでいった方向を匠が見やると、その向こう側から“スケバン・セーラー”を装着したゼスランマが接近してくるのが見えた。どうやらゼスタイガを追撃していたらしく、両機はほどなくして交戦状態へと移行する。


「……なるほど。彼女ボス復讐いかりの炎はまだ風化していない、ということか……」


 ひとちた匠は、手に持った赤色のゼスパクトを虚空に振りかざす。


「生憎だが、私もだ──ゼスティニー、Readyレディ?」


 フッと笑みをこぼして告げた直後、なんと匠は破壊された建物の壁から無謀にも身を投げ出した。

 風を受けて落下していく。だが彼女の体が地面に叩きつけられるよりも前に“ゼスティニー”が現れては無重力フィールドを展開して、落ちてきた主人を受け止めた。


 コントロールスフィアの外壁ハッチを閉じ、全天周モニターを点灯させる。

 機体に循環したヴォイドと同期シンクロしていく感覚も、アウタードレスを纏っていく心地も、今となっては懐かしい。

 そうして軍服の衣装へと着替えを終えたゼスティニーが、軍刀を抜いて一歩前へ出る。


換装完了コンプリート、“ストラテジック・コマンダー”……さあ、私達を止めてみろ」


 両手に火縄銃と軍刀をそれぞれ構えた軍神──アーマード・ドレス“コマンド・ゼスティニー”が、再び戦場へと出陣するのだった。





 今までずっと、その残像せなかを追いかけてきた。


 それは記憶の中にだけあって、もう二度と引き返せない場所にしかはいない。人間に時間を巻き戻すチカラなどないのだから、僕はそんな悲しい現実をただ悲観することしかできなかったのだ。

 この深い深い胸の痛みも、永遠に癒えないのだとばかり思っていた。


 けれど、彼女は今ここにいる。

 一度は解けてしまった手と手をまた繋いで、こうして一緒になって走っている。

 それが鞠華には、たまらなく嬉しかった。


「こっち!」

「んっ……」


 紫苑の手を引きながら、鞠華は通路を曲がってさらに奥へと進んでいく。

 オフィス全体を揺るがすほどの地鳴りは収まったものの、不安をあおるような停電や警報音アラートはまだ続いている。


 そして──先ほど水見がみせた、今まで見たこともないような表情かお

 一体なにが起こっているのかは未だに把握しきれていないが、少なくともあのままでは紫苑の身に危険が及んでいたかもしれない。

 それを黙って見過ごせなかったから、鞠華はこうして敵だった少女と共にあの場を走り去ったのだ。


(これでよかったんだよな? てか、これからどうすればいいんだ……!?)


 紫苑を連れて逃げたことを、正しい判断だったとは決して思っていない。

 むしろ後先を考えるよりも先に行動に出てしまったことに対し、今更になって後ろめたさがふつふつと込み上げて来る。


(……ああ、もう! なるようになれだっ!!)


 とにかく今は彼女を安全なところへ、それが第一だ。

 責任ならあとでいくらでも取ってやる。謹慎処分にされたってかまうものか!

 そう心に決めることで逡巡しゅんじゅんを振り捨てた鞠華は、紫苑の手をより一層強く握りしめる。

 やがて迷路のように入り組んだ狭い通路をようやく抜けて、二人はだだっ広い格納庫の空間にたどり着いた。


「これは……ひどい……」


 鞠華の視界にまず飛び込んで来たのは、格納庫の痛々しい惨状だった。

 キャットウォークや機体を固定するアームが倒壊しており、瓦礫がそこらじゅうに転がっている。またそれによって作業員の何人かが負傷したらしく、担架を運ぶ医療班たちがあわただしく部屋を出入りしていた。


「負傷者の搬送を最優先にしろ! 機材の修復は後回しでいい!」


 するとそのとき、部下たちに指示を飛ばす百音のいさましい声が聞こえてきた。

 普段はのんびりとしている彼も、緊急時には誰よりも率先して動くことができる柔軟さと冷静さを併せ持っている。さすがは“オズ・ワールド”に所属するアクターたちの最年長者だ。


 周りにいる人たちの中では、おそらく最も信頼できる大人かもしれない。

 そう思った鞠華は、すかさず百音のもとへ駆け寄った。


「モネさん!」

「ああん!? ……ああ、マリカっちか」

「一体なにがあったんです……!?」

「オレ……いやアタシもやっとココに入れて、詳しいことはまだ聞けてないんだけど……どうやら何者かがオフィス内に侵入して、ここにあったゼスタイガとゼスティニーを奪っていったらしいの。おそらく“ネガ・ギアーズ”の残党による犯行だと思われるけど……って」


 事情説明を喋りながら振り返った百音の口が、鞠華の後ろにいる人物を見たとたんにあんぐりと開いたまま止まる。

 この事態の主犯格とも思われる“ネガ・ギアーズ”──その構成員である紫苑を連れてやって来たのだから、当然の反応だろう。

 彼女に目をやり、そしてもう一度鞠華をチラリと一瞥いちべつしたあと、百音は短くいた。


「えと……どういうコト?」

「わかりません……けど、水見さんが紫苑のことを変な番号で呼んでて。そしたら彼女、スッゴい怖がっちゃって……それで!」


 ただでさえ頭の中で整理しきれていないことを無理に説明しようとしたため、かえって支離滅裂な言葉になってしまった。

 が、そんなつたない説明でもちゃんと意図をみ取ってくれたのか、百音は静かにたずねる。


「マリカっちはどうするの?」

「えっ」

「その子と一緒に逃げるの? それとも、君はちゃんと戻ってくるの?」


 あっ……そうか。

 先ほどから紫苑を安全な場所へがすことで頭がいっぱいだったため、自分まで逃亡犯と疑われる可能性などまったく考えていなかった。

 とはいっても、それで鞠華の意志が揺らぐようなことはない。


「逃げるわけないじゃないですか! 僕は“オズ・ワールド”のアクターなんですから……!」

「……そっか」


 鞠華の迷いのない答えを聞くと、かすかに百音の表情がゆるんだようにみえた。

 そして選択を認めてくれたように、百音は静かに口をひらくと──。



「──



 格納庫に、銃声が響いた。

 ハッとして鞠華が目を見開いた刹那、視界の端で散ったとおもわしき赤い飛沫しぶきが彼の頬をかすめる。

 思わず手で触れて確かめてしまう。べっとりとして熱い、の感触。

 振り向くと、紫苑が苦痛に顔を歪ませながら、右肩を抑えて膝をついていた。

 彼女の指の隙間から、赤い筋がいくつも流れ落ちていく。


 百音の放った銃弾が、紫苑の肩にめり込んだのだ。


「ぎっ、あぁっ……!!」

「紫苑!? モネさん、どうして……っ!」


 うめき声をあげる紫苑の背中に手をやって、鞠華が必死に問いかけた。

 いつの間にか拳銃を抜いていた百音はグリップを握ったまま、しゃがんでいる二人を見下ろす形で一歩近づいてくる。

 その銃口から──こちらに向けられた拳銃の先端から、生々しい煙がたゆたっていた。


「エヌフォーゼロ、あなたには上からの拘束命令が下りているの。生きたまま取り押さえろとは言われているけどね」

「そんな名前じゃない! 彼女は……」


 鞠華が割り込もうとすると、百音は苛立いらだたしげに舌打ちをして言う。


「マリカっちはちょっと黙ってて」

「だったら説明してくださいよ! ウエノメイレイって何ですか!? なんで紫苑が撃たれなきゃいけないんですか……!?」

「これ以上は君が踏み入れていい領域じゃないの! 深入りしすぎると、彼女とおんなじ目にうよ……」


 『さあ、彼女を引き渡して』と、百音が照準をこちらに定めながら一歩ずつ迫ってくる。

 本物の拳銃を見ることなど当然ながらこれが初めてであり、そんな人の命を容易に奪う道具がよりにもよって自分たちへと向けられていることに、鞠華はただ恐怖を抱くことしかできなかった。


 駄目だ。どうしようもない。

 こんな状況は、とっくに自分のどうにかできる範囲を超えている。

 現状への理解も対処もままならないまま、鞠華は紫苑をかばうように抱き寄せる。




 そのときだった。


 絶望を覚えはじめていた鞠華の視界のすみで、さっと影が動く。

 音もなく近づいてきた人影がいきなり百音に飛びかかり、彼の握っていた拳銃をはたき落した。


「なっ……!?」


 何者かに腕を勢いよく蹴り込まれ、百音が驚いたように背後を振り向く。

 鞠華も同じくらいに驚愕したが、その隙を見逃しはしなかった。

 注意が逸れているうちに紫苑へと肩を貸して、さっと百音から離れる。

 その間に乱入してきた人物は、流れるような動作で地面に転がり込むと、先ほど百音が落とした拳銃を拾い上げて構えた。


 突然現れては、鞠華の窮地を救ってくれた人物。

 その者は百音から自分たちを守るように背中を向けていたが、誰であるかは後ろ姿だけでも一目瞭然だった。


「う、そ……。レベッカ、さん……?」


 信じられないことに、目の前に現れたのはレベッカ=カスタードだった。

 しかし格好は普段のレディーススーツ姿ではなく、黒くシャープなデザインのライダースーツを身に纏っている。鞠華のいる位置から顔は見えないが、いつもかけている赤い縁のメガネも外されていた。


(なんだこれ……どういう状況……?)


 ただでさえ理解の追いついていなかった事態が、彼女の登場によってさらに加速度を増していく。

 一つだけわかることがあるとすれば、それはレベッカと百音が睨み合ったまま対峙しているということ。


 勘違いや誤解などによる即時的な衝突とはあまりにも思えない。

 もっと以前から互いを敵として認識しあっていたような……そんな因縁深い気迫オーラさえ、二人の間からは感じ取れるのだった。



あなたは知りすぎたYou have witnessed too much


 資料室で目にした警告文を思い出す。

 まるで真実に触れようとする者を拒むような文面。

 そして、たったいま紫苑は“排除”されかけた。


「まさか……」


 くちびるを震わせながら、鞠華が今にも消え入りそうな声で呟く。







「例の内通者スパイっていうのは……モネさん、あなたなんですか?」


「……ふ、ふふっ……ハッハッハ」


 全てを踏みにじられてしまったような表情を浮かべて鞠華は問いかけたが、疑惑を投げかけられた百音はどういうわけかクスクスと笑い始めた。


 何かおかしなことを言ったか?

 それとも自分が内通者だと認めているのか?


 鞠華の頭に次々と浮かび上がっていく疑念は──しかし直後、百音が若干の気怠けだるさ含みながら口にした言葉によって、ことごとく否定されることとなる。


「はぁ……、マリカっち」

「えっ?」

「あたしは逃走中の内通者スパイらえるために行動していただけ。今回のゼスタイガ強奪を手引きしたのも、以前に社内システムをハッキングしたヤツと同一人物だってことが解析によって検証済み。もう証拠は全部あがってるってワケ」


 百音が語る内容の半分以上は、鞠華に向けられたものではなかった。

 わけがわからない。

 そんな顔をしていた鞠華にも理解が及ぶよう、百音は簡潔かつ残酷に“真相”という名のナイフを突きつける。


だよ、マリカっち」

「モネ……さん……? なにを言って……」

















「ううん、ハッキングの件だけじゃない。“ネガ・ギアーズ”という組織を束ねていたのも、情報を横流しにしていたのも……ぜーんぶ」






















 こちらに背中を向けている女性の肩が、ほんの僅かにビクッと震えていたのを──。


 鞠華は、まるで悪夢の中にいるような心地で目撃してしまうのだった。

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