Live.61『風が止まった午後の空 〜DOUBT IS THE ORIGIN OF BREAK DOWN〜』

 最初は、どうせ何かの冗談かと思った。


 それこそ百音にはイタズラ好きのきらいがあるし、以前に寝起きドッキリなんかを仕掛けていたこともある。

 きっと今回もそういうオチに違いない……そうとしか考えられなかった。


 それにしたって、いくらなんでも【実は敵組織のスパイだった】なんていう設定はあまりに無理があるだろう。

 彼女がそれほど器用な人間でないということはもはや周知の事実であり、一時期を居候として過ごした鞠華は私生活のズボラさもよく知っている。


 つまり、どう考えたってありえないのだ。

 レベッカ=カスタードが、“ネガ・ギアーズ”の内通者なんてことは。


「は、はは……何を言ってるんですかモネさん。そんな冗談、面白くな──」

「冗談なんかじゃないよ。レベッカ=カスタードは“ネガ・ギアーズ”のボス……あたしたちのなの」


 動揺する鞠華を制するように、百音は淡々と事実だけを告げる。

 嘘だ。そんなはずがない。

 きっと何かの間違いに決まっているのだ。

 しかし、真っ先にそれを否定するべき当人は、先ほどから百音に銃口を向けたまま黙り込んでしまっている。


 その沈黙が、事の真相を物語っていた。


「本当なんですか……レベッカさん?」

「……ええ、そうよ。これまでの戦闘も、一ヶ月前……アーマード・ドレス3機によるオフィス強襲を仕掛けさせたのも、すべて私の指示によるもの」


 すがるような想いで発せられた鞠華の問いかけは、とうとうレベッカ本人の口からハッキリと切り捨てられてしまった。

 何も知らない鞠華からすれば、この状況はレベッカの変節に他ならない。

 正直わからないことだらけだったが、こうなってしまった以上はすべて“事実”として受け入れるしかないのだろうか……。


 ただ一つだけ、どうしても腑に落ちないことがあった。

 鞠華はその疑問を問いただす。


「アリスちゃんを危険に晒したのも、あなたの指示だっていうんですか……?」


 アリスを守りたいと語っていたレベッカの言動と、彼女を人質として利用したことがある“ネガ・ギアーズ”の行動が、明らかに矛盾しているように思えたのだ。

 鞠華はあえてそれを指摘する。

 レベッカの口から直接、否定して欲しかったから……。


 だが──このときの鞠華はまだ知らなかった。

 常識人の皮を被った怪物おんなが、この世にはいるのだということを。


「あの作戦には、アクターという存在を世に知らしめるという目的があった。まあ、まさかそれを逆手にとって“ライブ・ストリーム・バトル”なんてものを始められるとは思ってもみなかったけれど」


 冗談にならないことを冗談めかしく言いつつ、レベッカはさらに続ける。


「アリスが人質に選ばれたのは、『君なら絶対にうちの妹を見捨てたりはしないだろう』という確信があったから。現に君はの誘いに応じ、アリスを救出するために人前でゼスマリカを呼び出した」

「なっ……」

「つまり……目的のために、君とアリスの“絆”を利用させてもらったの」


 レベッカは肩越しに振り向きつつ、おそろしく冷たい声音で告げた。

 その言葉を受けて、鞠華の中にあったレベッカ=カスタードという像が音を立てて崩れていく。



『アリスちゃんが何だか羨ましいな。こんなに素敵なお姉さんに愛されていて』

『す、素敵だなんて、そんなことないよ……? 全然モテないし、すぐ失敗するし、インドア趣味のつまらない女って思われてそうだし……』



「これでわかったでしょう。私はね、ちっとも素敵な姉なんかじゃないの」


 自嘲気味にレベッカがつぶやいた次の瞬間、格納庫全体を揺がすほどの激震が走った。

 天井が崩れ、轟音とともに破片が床に降りそそぐ。レベッカは咄嗟に銃を投げ捨てると、鞠華と紫苑を抱いてつっ伏せた。


(な、なにが……!?)


 レベッカの腕に抱かれながら、仰向けに倒れている鞠華はそのまま上方を仰ぎ見る。

 それまで地下と地上を隔てていた隔壁に、なんと満天の空が一望できるほどの大穴が空いていたのだった。

 さらに遠くへ目を向けると、暗澹あんたんとした天気を背にポツリと浮かんでいるゴスロリのアーマード・ドレスが見える。

 どうやらゼスタイガが格納庫に向けて砲撃を放ったらしい。


「マリカくん……ごめん」

「えっ……?」


 急速な事態の変化に追いつけなくなっていたそのとき、鞠華の耳元でレベッカがささやいた。

 刹那、彼女はボロボロの紫苑だけを抱えて立ち上がると、格納庫の最奥に佇む白いアーマード・ドレス──ゼスシオンのほうへと一直線に走り去っていく。


(まさか、僕は紫苑をここに連れて来るために利用されてたっていうのか……? いやそれよりも、あんな状態の彼女を機体に乗せるつもりなのか……?)


 インナーフレームやドレスと同期シンクロするのはあくまで搭乗者アクターの精神であるため、極論を言えば肉体がどれだけ傷ついていようが操縦すること自体は可能である。

 鞠華が驚いたのはそこではなく、止血もろくに行なっていないような紫苑をまた機体に乗せようとしているレベッカに対してだった。少なくとも今までの彼女なら、怪我人にあそこまでの無茶を強いるようなことはしなかっただろう。


 あれが本当に、心優しかったレベッカ=カスタードと同一人物なのか。

 これだけの現実を直視してもなお、鞠華の中ではどこか実感がつかめないままでいた。


「なにをボーッとしてるの、はやく立って!」

「あ……」


 鞠華が床につっ伏せたまま呆然としていると、駆け寄った百音に腕を掴まれて強引に起き上がらされた。

 彼は虚ろな目をしている鞠華の顔を覗き込むと、感情を押し殺したような声で叱責する。


「あたし達もゼスシオンを追うわよ! すぐに準備して……!」

「でも……」

「このまま野放しにするわけにはいかないでしょ……! 彼女はとっくの昔に、あたしたちを裏切っていたのッ!!」


 鞠華の迷いを、そして自分自身の迷いを断ち切るように、百音が悲痛な顔で叫んだ。

 彼女の言い分は非情でこそあるものの、それでも今の鞠華よりはいくばくか冷静であることも事実だった。

 そんな徹底された強い正義感が、鞠華に決断をうながす。


「くっ……!」


 鞠華は唇を噛むと、ハンガーに佇んでいる愛機のもとへと駆け出した。

 すぐにコントロールスフィアのハッチを開き、中へと滑り込んで機体システムを立ち上げる。

 そうしている間に、鞠華よりも少しはやく機体に乗り込んでいた百音が通信を送ってきた。


《一人が手負いとはいえ、敵は“ネガ・ギアーズ”の3機、しくもあの時と同じ状況だ。油断するなよ》

「……わかりました」


 おとことしての百音がそのようにうながした直後、隣の“ウエスタン・ゼスモーネ”が地上へと飛び去っていく。

 鞠華もまるで現実感のない──夢の中にいるような心地でそのあとを追った。


 この悪夢は、一体いつになったら自分ボクを解放してくれるのだろう。





 今にも雨が泣き出しそうな、曇天の午後。


「うおおおおおおおおおおっ!! ドレスアップ・ゼスマリカァァァッ!!」


 脳裏で渦巻くあらゆる葛藤を振り払うような雄叫びとともに、“ワンダー・プリンセス”へと換装ドレスアップしたゼスマリカが、背中を向けて逃げるゼスシオンを目がけて突っ込んでいった。

 四方に配置されているコマンドタンク部隊が、飛んでいるゼスマリカを撃ち落そうと立て続けに砲撃を放つ。

 鞠華はその弾雨をたくみに回避しながら、飛行していたコマンドファイターの編隊を次々と蹴り落とし、逃走するミイラ・ゼスシオンとの距離を詰めていく。

 

「“プリンセス・ドロップ”ゥゥゥッ!!」

《くっ……“死獣双牙ファング・ディバイド”!!》


 振り下ろされたゼスマリカのかかと落としと、振り向きざまに抜き放たれたゼスシオンの鉤爪が激突する。

 火花を散らしてぶつかり合う両者だったが、力比べを制したのはゼスマリカのほうだった。ゼスシオンは後方へ大きく吹き飛ばされ、歩道橋をなぎ倒しながらアスファルトに叩きつけられた。


「もうやめてくださいレベッカさん! これ以上は紫苑の体が保たない……!」

《……こちらとしても、彼女を酷使するのは不本意なのだけれどね。でも君は、私たちを大人しく逃がしてはくれないんでしょう?》

「それは……!」


 レベッカが“ネガ・ギアーズ”の首領トップであると判明してしまった以上、アクターとして逃走を許すわけにはいかない。

 理屈のうえではわかっている。百音にもそのように命令された。


 だが、鞠華は眼前に倒れているゼスシオンへの攻撃を躊躇ためらってしまう。

 満身創痍で戦っている紫苑のことが心配だという理由もある。

 それ以上に──レベッカをいつまでも“敵”として認識できず、非情になりきれない自分自身がいた。


 そうしてプリンセス・ゼスマリカが握った拳を解こうとしていたとき、敵機の接近をしめす警告音アラートが鳴った。

 ハッと我に返った鞠華は、反射的に全天周モニターへと目を走らせる。


(右、それとも左。いや──両方かっ!?)


 ローゼン・ゼスタイガとコマンド・ゼスティニーが、それぞれの武器を手に急迫してきていた。

 不意を突くような左右からの挟み撃ちサイドアタックに、鞠華は恐慌きょうこうにも近い危機感を抱く。


(やられる……!?)




《させるか──》

《──ってんだよぉッ!!》


 ……が、両者が同時に放った攻撃は、しかしゼスマリカへと達することはなかった。

 ローゼン・ゼスタイガの振り下ろした雨傘アンブレラを、“スケバン・セーラー”に換装したゼスランマが日本刀で受け止め──。

 コマンド・ゼスティニーの放った火縄銃の弾丸を、横からウエスタン・ゼスモーネがリボルバー銃による正確な射撃で見事に撃ち落としてみせた。


《油断するなと言ったはずだ、マリカ!》

「モネさん……でも、紫苑とレベッカさんが……!」

《落ち着けよ二人とも! 仲間うちで言い争ってる場合じゃねえだろ……!?》


 嵐馬と百音はゼスマリカの元へと駆けつけると、背中合わせに並び立つ。

 そして3機とも目先に敵機のすがたを捉えると、地面を踏み込んで一斉に弾けた。


 プリンセス・ゼスマリカとミイラ・ゼスシオンが拳を交わす。

 ウエスタン・ゼスモーネとローゼン・ゼスタイガが撃ち合う。

 スケバン・ゼスランマとコマンド・ゼスティニーが切り結ぶ。


 “ネガ・ギアーズ”との戦局は均衡。合計6機のアーマード・ドレスがダンスパーティーのように入り乱れる、まさに大乱戦といった状態。

 そして互いに決定的な一撃を加えられないまま、両者の一歩もゆずらぬ戦いは継続していく。


(どうして……こんなことになってんだろ……)


 ゼスシオンの援護に入ったゼスタイガとゼスティニーが、弾丸を幕のように放ってくる。

 鞠華はそれをどうにか反射神経のみでかわしていきつつも、しかし心ここにらずといった様子で戦闘に集中できないでいた。


 こめかみが痺れるように痛む。

 目の奥が熱くなる/赤ク点滅スル。

 呼吸が荒くなり、脂汗あぶらあせが顔を流れていく。

 意識の低下をともなう謎のめまいや動悸どうきは、資料室で倒れかけたときとまったく同じ症状だった。

 姿の見えないナニカが、全身をむしばんでいるような感覚。そんな正体不明の苦痛に鞠華が疲弊していたとき、不覚にもローゼン・ゼスタイガの銃口がこちらを向いていることに遅れて気づく。


「しまった……ッ!」

《これで終わりよ、マリカス──ッ!!》


 雨傘アンブレラの先端にヴォイドが収束し、今まさに放たれようとしていた。

 その瞬間──発射態勢に入ろうとしていたゼスタイガを牽制するように、遠方からマイクスタンドの形状をした槍が飛来した。

 大河は慌てて攻撃を中断して緊急上昇。すると半秒もおかず、ゼスタイガの立っていた地点に投槍が突き刺さる。


「い、いまのは……」


 窮地を逃れた鞠華が、のろのろと確認する。

 槍が飛んできた方向──その先に、アイドル衣装をまとったアーマード・ドレスの姿があった。


「あれは……“ゼスパーダ”!」

《ちっ、ちちちチドりんだとォッ!!?》


 鞠華と嵐馬は声を上げて驚く。

 “ネガ・ギアーズ”の3機もまた、思いも寄らぬ介入にすかさず距離をとった。

 突如として現れた白黒と緑のアーマード・ドレス“アイドル・ゼスパーダ”──そのアクターである電子の少女はゼスマリカの前に機体を降り立たせると、スタンドからマイクを引き抜いては高らかに手を振った。


《どーも! 歌って踊って戦う電脳バーチャルアイドル、チドリ・メイでーすっ! ブラジルの人、聴こえますかぁーっ!!》


 混沌とした状況とは不釣り合いに明るい声が、戦場と化した横浜に、そして“ライブ・ストリーム・バトル”の回線を通じて日本中へと響き渡る。

 今まさに、7機すべてのアーマード・ドレスが同じ場所につどった瞬間だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る