エンディング

エピローグ『いつも心にドレスアップを』

 アリスが中学校を無事に卒業し、春休みを迎えていたある日。


「……じゃあ、国外にアクターを派遣してるっていう噂は本当だったんですね」

「うん。ランマがモスクワで、モネさんはパリに。僕はリハビリがあるから日本に残ってるけど……それが治ったら、ニューヨークに行く予定なんだ」


 千葉県浦安市舞浜駅、“東京デスティニー・ハイランド”案内板前。


 そこで鞠華とアリスは立ち話をしながら、ある人物が来るのを待っていた。

 立ち話……といっても、鞠華のほうは脚の怪我がまだ完治していないため、前と同じ電動車椅子に腰掛けている。それでも日々続けているリハビリの成果もあって、現在は少しずつではあるが順調に回復へと向かっていた。


「そう……ですか……」


 鞠華もいずれ国外へ飛び立ってしまうことを聞いたアリスは、ひそかに落ち込んでしまう。

 そういう処置を取らざるを得ない状況なのだということは、彼女もちゃんと理解している。それでも、鞠華といずれ離れ離れになることを知ってしまうと、底知れぬ寂しさが胸に込み上げてくるのだった。


「………………」

「………………」


 二人の間に、何度目かの沈黙が訪れる。

 なにか話題はないだろうか。

 そう思い至ったアリスはしばらく考えたあと、たったいま抱いている率直な不安を口にすることにした。


「お姉ちゃん……ちゃんと、来てくれますかね……?」

「たぶん……電子パスポートをメールに添付しておいたから、あとは待ち合わせ場所にさえ来てくれれば大丈夫なはず……なんだけど……」


 話しているうちに心配は消えるどころか益々ますますふくらんでいき、二人は思わずため息をついてしまう。

 それもそのはず、彼らが待っているその人物とは、他ならぬレベッカ=カスタードであるからだ。

 すでに伝えておいた集合時刻からは30分以上も過ぎており、電話をかけても応答する気配は一向にない。彼女が遅れて来る可能性よりも、このまま姿を現さない確率のほうが、明らかに高いと言うことができた。


「やっぱりお姉ちゃん、事件の時のことを引きずって……」


 レベッカがこの場所に来れない理由など明白である。

 きっと自分の犯してきた罪を背負い込みすぎるあまり、鞠華や妹のアリスに合わせる顔がないと思っているのだろう。

 彼女がそういうタイプの人間であることは、二人にとってはもはや周知の事実である。


「『気にしなくても大丈夫だよ』って、ちゃんと伝えてあげたいです……」

「アリスちゃん……」

「でも……その気持ちが伝えられない。気持ちを誤解されたまま、会いに来てくれない。逆佐さん、わたし……どうすればいいのか、わからないです……」


 いくら相手のつらい立場や心情を理解してやれたところで、そこから救い出してやれなければ意味などない。

 かけてやれる言葉を用意したところで、実際にそれを伝えられなければ意味なんてないのだ。

 今まさにアリスは、そのジレンマに囚われてしまっている。


「わたし、思うんです……“全裸の楽園ヌーディストビーチ”は、本当に間違っていたのかなって……」

「えっ……」

「だって、誤解もなくわかりあえるなら……多分それって、とても幸せなことじゃないですか。“心の鎧ドレス”を取っ払ってしまうことって、そんなに悪いことだったんでしょうか……?」


 それが失言であることを自覚しつつも、アリスは敢えてそう問いかけた。

 “プロジェクト・ヌーディストビーチ”──オズワルド=Aアルゴ=スパーダが遂行しようとしていた計画の全貌については、つい先ほど鞠華の口から打ち明けられたばかりである。


 その話を聞きながらアリスは、ふと疑問を抱いてしまっていた。

 オズワルドの思想を否定した鞠華は、本当に正しかったのか──と。


「……僕はね、別に“心の鎧ドレス”を脱ぐこと自体は悪くない……むしろ、そうすることはとても大事なんだと思うんだ」


 鞠華はアリスの言葉に反論することもなく、むしろ彼女の主張を肯定した。

 なら、どうして否定をしたのだろう?

 そう無言で問いかけるアリスへ、鞠華は自分なりの解答を続ける。


「でも……そういうのはきっと、他人任せにしちゃいけないコトなんだ。そりゃ、口で言うのはカンタンだけど……実際に人前で“心の鎧ドレス”を脱ぐのって、正直すごく恥ずかしいし、きっと勇気もいる」


 とくに、足りない自信や自己肯定感を“女装で補って”いる鞠華にとっては、この世のいかなる恥辱にも勝る、極めて恥ずかしい行為である……とさえ思っていた。

 でも、だからこそ、言える。


「とても恥ずかしいことだからこそ……本当に大切な人の前では、心をハダカにすることが大事なんだ。なにも装っていない、素のジブンを──」


 そのとき、こちらへ近づいてくるような足音が聞こえてきた。

 鞠華はそちらに目をやってから、嬉しそうに隣のアリスへと声をかける。


「ほら。来てくれたよ、アリスちゃん」


 そう言われたアリスはゆっくりと顔を上げ、そしてたちまち驚いた表情になる。


 そこにいたのは、誰よりも分厚い“心の鎧ドレス”をその身に纏っていた人物。

 あるいは、勇気を振り絞ってこの場所へとやってきた勇敢なる女性。

 どこかへりくだったような笑顔がなんとも、姉の姿がそこにはあった。


「あ、アリス…………」

「おねえ……ちゃん……」


 約3ヶ月ぶりの再会をようやく果たすことができた姉妹。

 しかしドラマのようにいきなり抱き合うようなことにはならず、二人は互いにどこか余所余所よそよそしく挨拶を交わしている。


 きっと二人とも相手を傷つけまいとして、距離感を探り合っているのだろう。

 その何とももどかしいやり取りを見るに見かねた鞠華は、思い切って助け舟を出すことにした。


「そういえばぁ……聞いて欲しいことがあるんだよねっ」

「えっ……あ、はいっ……」


 若干の照れが混じりながらも、アリスはこくんと頷く。

 彼女もいま、姉に対して“心の鎧ドレス”を脱ぐことを恥じらっているのだ。

 されど、その躊躇いは決して悪いことではない。

 恐怖を感じることは人として当然であり、それを乗り越えようとすること……その姿勢こそが“勇気”なのだ。


 ならば“MARiKAマリカ”としてやるべきことはひとつ。

 前にもらった“ほんのちょっとの勇気”を、今度はアリスに返す番である。


「アリスちゃん、頑張って」


 短いエールの言葉とともに、無敵の笑顔で送り出した。


「………………はいっ!」


 激励を受けたアリスはようやく姉とまっすぐに向き合い、そしておのずから纏っていた“心の鎧ドレス”を脱ぎ捨てていく。

 これで二人はきっと、気兼ねなく話せるような関係に戻ることができたろう。


 もしも再びすれ違ってしまったその時は、いっそ距離を置いたっていい。

 そうしてほとぼりがめてから、りを戻すのもいいだろう。


 人は己に“心の鎧ドレス”を着せることも、脱がせることも自由なのだから。

 大切なのは、自分の意思でそれを決めること。たったそれだけでいいのだ。




 いつもその心に、“装いと勇気ドレスアップ”を抱きながら。


 女装少年ゼスアクター逆佐さかさ鞠華まりか物語しめいは、これからも続いていく――。








聖女禁装ゼスマリカ.XES-MARiKA 完

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聖女禁装ゼスマリカ.XES-MARiKA(完結済) 東雲メメ @sinonome716

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