Live.98『装いと、ほんのちょっとの勇気で 〜THE TRUE JUSTICE〜』

「決着をつけよう、オズワルド! そして、この戦いで証明してみせる……女装ウィーチューバー“MARiKAマリカ”は、無敵ムテキなんだってことを……!」


 “王国の王女ワンダー・プリンセス”と“仮面の道化師クラウン・クラウン”──二つのドレスをツギハギのようにまとったゼスマリカが、月面の直上に堂々とたたずむ真・ゼスパーダと向き合っている。

 まるで有りあわせの布を縫い合わせたような、ともすれば滑稽こっけい見窄みすぼらしいともいえる姿。そんな状態のゼスマリカを見たオズワルドは、苦笑を禁じずにはいられなかった。


《見てくれは派手じゃが……まさかそんな不完全なドレスで、このわしに挑もうとは言うまいな? どうやら“マスカレイド・メイデン”はおろか、ダブルドレスアップ時よりも出力が劣っているようではないか》


 彼の指摘したように……今のゼスマリカは2つのドレスをであり、2つを融合させる『ダブルドレスアップ』のような飛躍的な性能スペックの向上は得られていない。

 そもそも“クラウン・クラウン”はすでにパーツの大半が破壊されてしまっており、その破損個所をおぎなうように“ワンダー・プリンセス”の装甲を当てがったに過ぎないのだ。


 言うなればそれは──“補修換装パッチワーク・ドレスアップ”。

 総合的な性能すら単体シングルドレスアップ時と同程度でしかなく、さらに安定性は著しく低下している……そんな欠陥だらけの、極めていびつな形態だった。


「言ったはずだ、今のボクは無敵だって」

《ほう……? その心は?》

「今のゼスマリカは“不完全”だからこそ“完全”なんだ。それが多くの人たちと出会うことで知った……ボクのだ!」

《ふん、矛盾しているなあ……何もかもッ!!》


 逆佐鞠華がえ、オズワルド=Aアルゴ=スパーダが吐き捨てる。

 それが決戦の合図となった。

 両者は各々の正義を押し通すべく剣を構え、相手に向かって突っ込んでいく。


《そう、お主は矛盾だらけじゃ! 殻に閉じこもっていたレベッカ=カスタードを外の世界へ連れ出そうとしておきながら、今度は儂の“全裸の楽園ヌーディストビーチ”を否定しようとしている……!》

「あなたの創ろうとしている世界は極端すぎるんだ!」

《シンプルだともッ! ゆえに正しいッ!! 人の“心の壁ドレス”を取り除かなければ完全な相互理解コミュニケーションなど成立しないということは、マリカ……お主が誰よりも知っているハズじゃろう!?》


 何度も剣を打ち合いながら、その中でオズワルドは悲しげに訴えかけた。

 彼の言った通り、以前鞠華は“心の壁”を無理やり突破するという強引な方法で、レベッカの心を闇から救い出したことがある。


 あの戦いで立証された手段を、今度は全世界に向けて行使する。

 それこそがオズワルドの掲げている“救済”であり、ある意味で『皆を笑顔にする』という鞠華の願いとは、根本的に一緒であるとも言うことができた。


《お主は儂にとって最大の理解者じゃ……いいや、そうでなくてはならない! 人類の可能性をその身で体現したお主ならば……ッ!!》

「違うッ! あなたのやり方は、やっぱり間違っている!!」


 力強く、明確な言葉をもって否定する。

 その語勢ごせいに圧倒されたオズワルドが、半歩分ほど退いた。


《なぜじゃ……?》

「あなたは人間の本質を理解しないまま、“愛”という言葉で誤魔化しているんだ! そう、だからこそあなたの主張は正しい……あまりにも!」

《そうともッ! 儂の人類への“愛”は、すなわち“正義”だ……ッ!!》

「それは違う! あなたに……人類を愛する資格なんかない……!」


《なん……だと……ッ!?》

「人の本質は“正しさ”なんかじゃない……“間違い”こそ、人の本質なんだッ!!」


 そう、説いた。

 驚愕しているオズワルドへと、鞠華はさらに畳み掛ける。


「人が利益や目的のために動くだけの機械ロボットなら、些細なことで思い悩むことも、心が傷つくこともないさ! でも、違う……人も世界も、こんなにも思い通りにならない……!」

《そんな世界のままでは哀しいと……! そう思うからこそ、儂は“全裸の楽園ヌーディスト・ビーチ”を実現させようというのだァ……ッ!!》


 真・ゼスパーダがゼスマリカの剣を軽く受け流し、空いたボディをめがけてケーキナイフを振るった。

 辛うじて反応が間に合い、一撃をどうにか剣で受け止める鞠華。しかし息つく間もなく、力任せに振るわれた横薙ぎが迫る。


「くッ……!?」

《その“間違い”は、世界平和の実現を阻害せしめるがんじゃッ! 矛盾は……正さねばなるまい……!!》

「正しちゃいけない矛盾だって……あるはずなんだぁぁぁぁッ!!」


 ゼスマリカを仕留めるはずだった斬撃は、それを超える速度の斬撃によって食い止められた。

 刃と刃がふたたび激突し、二柱のアーマード・ドレスが鋭くいがみ合う。

 目の前に立ちはだかる傲慢な神オズワルドを見据えながら、鞠華は一人の人間として叫ぶ。


「そう、今だからこそ正直に言える……ボクは弱い! 弱くて、臆病で、泣き虫で……女装をしていなければ誰とも繋がれなかった、ただの弱者なんだ!」

《それはお主が、自分を弱いと思いこんでいるだけじゃあないのか……!?》

「そう見えるのは、ボクが強者を装っているからだ! 人は“心の鎧ドレス”を纏うことで、自分とは違うになれるんだ……!」


 そうとも。

 学業、スポーツ、芸術、容姿……どれをとっても秀でた才能を持たなかった平凡な自分が、素のままでこれほど多くのファンを獲得できたわけではない。


 女装ウィーチューバー“MARiKAマリカ”という無敵のキャラクター。

 それを装っていたからこそ、逆佐鞠華という少年はここまで強くなれたのだ。


 が、弱かった自分に魔法をかけてくれたのだ。


「もしも女装をしていなかったら、みんなとの繋がりは得られなかった……! でも今は違う……何も持っていなかったボクの手の中には、こんなにもたくさんのもので溢れてる……!」

《“心の鎧ドレス”が絆を紡いだじゃと……? そんな矛盾が、あってたまるものかァ……ッ!!》

「ああ、そうだ! どうしようもなく矛盾した存在……それが“MARiKAマリカ”なんだ! そしてその矛盾まちがいが、ボクを強くする! ボクに力を与えてくれるッ!!」


 一撃、さらに一撃。

 剣を打ち合うたびに、ゼスマリカの力強さが加速度的に増していく。

 押され気味な真・ゼスパーダがわずかに体勢を崩すと、その隙を突くように鞠華は一気に踏み込んだ。


「だからこそ言える! 人と人がわかり合うために必要なのは、決して“心の壁ドレス”を取っ払うことじゃない! 大切なのは、自信をもって向き合うための『装い』……そして、相手の壁を乗り越えようとする『ほんのちょっとの勇気』ッ!!」

若造わかぞうの説教など……聞きとうないわぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!》


 迫り来るゼスマリカに対し、負けじと剣を振るう真・ゼスパーダ。

 かくして両者が一斉に斬撃を放った──次の瞬間。


 ケーキナイフを握っていた真・ゼスパーダの右手が、肩ごと斬り飛ばされた。

 一瞬の斬り合いに敗北を喫したオズワルドは、自らの予期していなかった状況に思わず愕然がくぜんとする。


《あ、ありえん……ッ! 性能スペックではこちらが圧倒しているハズ……!?》

「これが“MARiKAマリカ”の力だ……ボクの装う“心の鎧ドレス”は、あなたの独りよがりな“愛”をも凌駕りょうがする……!!」

《くッ……ならばァ!!》


 隻腕せきわんとなった真・ゼスパーダは追撃を紙一重で避けると、その勢いを殺さぬままゼスマリカに向かって頭突きを繰り出した。

 予想外の足掻きに鞠華の反応がわずかに遅れ、直撃を食らった腕がケーキナイフを手放してしまう。

 そして衝撃に怯んだ鞠華がふたたび顔を上げたとき、真・ゼスパーダは踵を返して遠ざかっていた。


「オズワルド! 逃げるつもりか……!?」

《もはや手段を選り好みしている余裕はこちらにもない……儂自身のエゴによって、“未元粒子加速装置ヘブンズドア”を強制起動させるッ!!》

「なんだって……!? 待て、オズワルド……ッ!!」


 オズワルドが向かおうとする先は、“最終兵器”のある月面基地だった。

 戦闘で鞠華に勝てないことを悟った彼は、その潔さを捨ててまで、“世界ワールドディザスター”の発生という目的を強行することにしたのである。


 亜高速移動の繰り返しによってみるみる小さくなっていくその背中に、鞠華が焦って追いすがろうとした──そのときだった。

 不意に全身の力がフッと抜けるような感覚に襲われ、それと同時に突然ゼスマリカが動かなくなった。


「まさか……ガス欠!? そんな、このタイミングで……ッ!?」





《動けぇ! 動いてくれよッ、ゼスマリカぁ!! あともう少しで止められるんだ……あの人を止めなきゃ、みんなの笑顔は守れないんだ……ッ!!》


 少年の悲痛な叫び声は、通信回線を伝って他のアクターたちの耳にも届いていた。

 ……が、彼らは激励の言葉を送ってやることもできなければ、鞠華の代わりに真・ゼスパーダを止めに向かうこともできない。

 ゼスマリカを除いて残存する4機すべてが、先ほどの戦闘によって装甲排除ドレスアウト状態へと追いやられてしまっているからである。


《くそッ……! なにか方法はねえのかよ……!?》

「……方法なら、一つだけある」


 どうしようもない苛立ちを嵐馬が吐き捨てたとき、意外にも匠がそのように返した。

 驚いたように言葉を待つアクターたちへ、彼女は神妙な面持ちで続ける。


「こちらの余剰エネルギーすべてを集束させ、ゼスマリカに転送する。フルチャージとまではいかなくても、奴を追うくらいの燃料ならばまかなえるはずだ」

《本当に……!? なら、はやくマリカっちにエネルギーを……》

「だが、問題がある」


 いてもたってもいられない様子の百音を制するように、匠は冷静に声を張って押し留める。


「一度ヴォイドエネルギーが完全に枯渇してしまえば、インナーフレームは完全に機能を停止する。そうなった場合……」

《動けなくなるってか? 別に俺たちアクターが死ぬわけじゃねえんだ、なにも問題はねぇだろ》

「いや……問題はそのあとだ。予備電力と酸素残量から見積もっても、我々がコントロールスフィアの中で生存できるのはせいぜい8時間。そして知ってのとおり……我々は今、宇宙という海で溺れている」

《……! まさか……》

「万が一にも逆佐がしくじった場合……我々は地球へと帰還する術を失う。言ってしまえばこれは、文字通り“命を懸けた博打”だ」


 いくらアーマード・ドレスが場所や環境を選ばないほどの高い汎用性を有しているからといって、本来であれば宇宙空間での運用など想定されていない。

 それを無視してまで最終決戦に挑んでしまったがためのツケが、ここにきて回ってきてしまったのだ。


 1機でもエネルギーを送る機体が増えれば、その数だけゼスマリカのエネルギーが補充され、作戦の成功率も上がる。

 ただし……仮に鞠華がオズワルドを食い止めることができなければ、エネルギーを送った者も助かる見込みがなくなる。

 これは、そういう賭けだった。

 そしてその決断は、アクターたち四人へとそれぞれに委ねられる。


《愚問ね。


 最初に答えたのは、意外にも鞠華のことを目の敵にしていた飴噛あめがみ大河たいがだった。

 彼はかげりのある笑みを浮かべながら、自らの考え……もとい、極めて個人的な欲望をぶちまける。


《オズワルドを殺すのはアタシよ……ええ、何度でも殺してアゲルわ……。一人で自爆しようだなんて、絶対にゆるさない……》

《こ、こいつのわけわかんねー理屈に便乗するわけじゃねえが……俺も乗るぜ》


 次に命という名のコインをテーブルに置いたのは、嵐馬だった。


《アイツにはデケェ借りがあるんだ……それを今、アイツに返す! 俺が助かろうが助からなかろうが関係ねぇ、俺はアイツを信じるだけだ……ッ!》

《嵐馬くんがそう言うなら……あたしもっ!》


 そう威勢よく続いた百音だったが、便乗された嵐馬がすかさず反発する。


《『あたしもっ』……じゃねぇよバカ! ちっとは真剣に考えやがれッ!》

《真剣だもん! 嵐馬くんだけ送り出して、未亡人になるのはゴメンだもの!》

《みぼっ……!? ってかお前、まだそんなことを言って……!?》

《言うよ! それでマリカっちには、披露宴でスピーチを読んでもらう! だから三人揃って帰らなきゃ、意味なんてない!》

《……ああ、もうわーったよ!! スピーチだろうが何だろうがアイツに読ませるぞッ!! それでいいんだな、百音!?》

《……! うんっ、うんっ……!》


 完全に納得……とまではいかないものの、どうやら嵐馬も根負けして承諾したようだった。

 三人全員の賛同を聞き届けた匠は、可笑しさのあまり口元を緩ませる。


「フッ……馬鹿ばっかりだな」

《あら、アンタもいよいよ愛想を尽かしたかしら?》

「むしろ逆だ、大河。お前たちとならば、私も全力でバカをやれそうだ……!」


 匠はそのように答えると、すぐにコントロールスフィアの内壁にある非常用コンソールパネルを開き、転送に向けての操作を行う。

 他のアクターたちも匠のガイドに従って同様の操作を行っていく。


「ヴォイドエネルギーチェンバー、全機スタンバイ確認。測的追尾システム、ゼスマリカを捕捉ロック……完了」


 やがて全機の準備が整ったとき、彼らを代表して匠が合図を告げた。


「ヴォイドエネルギー、一斉転送開始ッ!」





《逆佐ッ! 受け取れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!》

「ティニーさん、みんな……!」


 アーマード・ドレス4機分のエネルギーを集束させた一条の光が放たれ、ゼスマリカの胸部にある受光器がそれを受けた。

 照射に伴い、サブモニターに表示されたパワーゲージがあっという間に回復していく。万全とまではいかないものの、それでも真・ゼスパーダのあとを追うには十分な補給だった。


《充電が終わったならさっさと行きなさい、マリカスっ!》

《ああ……そして、全てを終わらせて戻ってこい!》

《お前の演じる“MARiKAマリカ”は無敵……だろっ?》

《帰ってこなかったら、お尻ペンペンだからねーっ☆彡》


「……わかった! さあ、いくぞゼスマリカ。全力フルスロットルだ……ッ!!」


 仲間たちの声援に背中を押された鞠華が、再発進したゼスマリカを一気に最高速度へと到達させた。

 宇宙を切り裂く閃光そのものとなって、前へ、さらに前へと進んでいく。

 未来を託され、受け取った勇気を翼に変えて、かつてないボルテージの高揚を得た無敵の女装少年は、人機一体となる──!


「オズワルドッ! あなたの思い通りにはさせない……!!」

《マリカじゃと!? 追いつかれたというのか……ッ!》


 こちらに背を向けて衛星軌道上を飛行する真・ゼスパーダの姿は、すでに目と鼻の先まで迫ってきている。

 そしてある程度まで距離を詰めたそのとき、オズワルドは逃げることを諦めたのか、唐突にゼスマリカのほうを向き直った。

 互いにケーキナイフは失っており、新しく調達するだけの余裕も余力もない。

 そんな両者が素手同士による決戦に持ち込む運びとなったのは、自然にして必然的な流れだった。


《お主が本当に未来のことを考えているのなら、いますぐ楯突くのをやめたまえ! 人々はもう、無益な血を流し過ぎた……そんな疲れ切った人類を癒すには、たとえ強引な手段を用いてでも、世界を一度壊さねばならんのじゃ……!》


 ゼスマリカの顔面へと拳が叩き込まれた。


「そんな装置や道具に頼らなくたって、人はいつか変われる! ボクはそう信じてる! あなたも人類を愛しているっていうなら、それくらいのセリフは潔く言ってくださいよ……ッ!」


 こちらもお返しにと、真・ゼスパーダの脇腹を蹴り上げた。


《それはならん! お前の言う通り、儂はきっと神としてしか人を愛せないのじゃろう……! ならばそれでも構わん! そうしなければ、人類は永久に救われない……そのために延命と記憶の移植を繰り返し、一世紀以上の時を生きてきたのじゃッ!!》

「人は……逆立ちしたって、神様にはなれませんよ……ッ!」

《ならばお主には出来るのか!? たかが一人の人間でしかないお主が……世界を“愛”で満たせるのかァッ!!》


 オズワルドは叫びながらゼスマリカに組みつくと、顔面をめがけて頭突きを繰り出す。

 彼がそのように行動することは、これまでの戦闘のパターンから読めていた。

 ゆえに鞠華は迫り来る頭部を迎え討つべく、同じようにゼスマリカの頭部を突き出すのだった。


 アーマード・ドレスの頭部と頭部が激突し、鈍い衝撃が響いた。

 両者はその体勢を保ったまま、まるで意地を競うように額同士をジリジリと擦り合わせる。


「ボク一人にできることなんて、たかが知れてるのかもしれない……!」

《それが人の限界じゃ! 人であろうとするお主の……ッ!》

「それでもボクは、皆に『ほんのちょっとの勇気』を分けてあげられるような……そんなキャラクターになりたいんだ! いいや、なってみせるッ!」


 ダンクシュートを叩きつけるような渾身の頭突きが、真・ゼスパーダの頭部を突き飛ばした。

 そうして怯んでいる敵機へと、鞠華はさらに肉薄する。


《くぅ……ッ!?》

「そうだ! それがボクにできる、皆への恩返しだから……!」


 鋼鉄の腕が殴りつける。


「部屋で塞ぎ込んでいたボクが、こんなにも多くの人と触れ合うことができた! ボクにはきっと──」


 鋼鉄の膝が蹴りつける。


「──東京にきた、意味があった!」


 鋼鉄の肩を思いっきりぶつける。

 強烈なタックルにより後方へと押し出された真・ゼスパーダは、一度体勢を立て直すべく、その場から空間跳躍で逃れようとした。


 ──逃さない、今ここで決着をつける……ッ!


 そんな鞠華の意思を汲み取ったかのように、ゼスマリカの内部格納空間クローゼットから一斉に黒いパーツが飛び出した。

 それらはまるでピラニアのように真・ゼスパーダの手足へと喰らいつき、振りほどこうとするオズワルドを無理やり抑え込む。


「それが心の弱さだとしても──」

《う、動けん……!? 馬鹿なァ……っ!!》

「──ボクは、この“鎧”を纏い続ける! みんなが創ってくれた、この“MARiKAドレス”を……!」


 “マスカレイド・メイデン”が生み出してくれた、最適にして絶好の機会タイミング

 その一瞬に、その一撃に、鞠華はすべてをかける。

 これまでの想いの全てを。

 これからの未来への希望を。


 このこぶしに──!!



男の娘カワイイは……正義だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」



 五本指マニピュレーターの爪先を真・ゼスパーダの腹部へと突き立て、そしてえぐるように押し込んでいった。

 未来を掴むためのこの手で、鉄の子宮たるコントロールスフィアを抜き取る。

 その中で眠る胎児──レベッカ=カスタードは暗黒の世界から、たったいま救い出されたのだ。


《見事……》


 臓物を引き抜かれた鉄の亡き骸真・ゼスパーダは、デブリとなって宇宙空間を漂い始める。

 もはやオズワルドにとってそれは動かせるからだを失ったのと同義であり、万策を尽くしきった彼はただ力ない笑みを浮かべていた。


《うむ、実に見事じゃった……。文句なしに完璧だと言わざるを得ない……》

「オズワルド……?」

《この時間とき、この座標いち、この角度アングル……すべての条件はようやく揃った……》


 なにやら様子がおかしいオズワルドに、鞠華は詰め寄ろうとする。

 目の前に漂っている、動かなくなったインナーフレーム。

 その心臓部に収まっていたはずの“ワームオーブ”が、まるで土から芽を出したように


《そう……お主が儂を此処へと導いてくれたんじゃ。月がよく見えるこの場所こそが、『施しの時ぎしき』を執り行うための“祭壇さいだん”にふさわしい……》

「…………ッ!!」


 次の瞬間、すべてを悟った鞠華は躊躇わずに動き出していた。

 だが、オズワルドの不敵な笑みは止まらない。


 “未元粒子加速装置ヘブンズドア”は、


《世界は、我が“愛”によって満たされる……! フフフ、フゥーアハハハハハハハハハハハハッ!!!》


 月面から放たれた一筋の光線ビームが、真・ゼスパーダの心臓を穿うがち、貫いた。

 すると着弾点を中心として赤黒い粒子ヴォイドが洪水のように溢れ出し、周囲の空間が捻れ始める。その範囲は秒刻みで爆発的に拡大していき、まるで成層圏を覆う巨大なかぶがさのように、青い星を赤い絵の具で上から塗りつぶしていく……。




 そして──世界は崩壊を始めた。

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