Live.97『サヨナラにさよなら 〜LITTLE BROTHER WILL CONTINUE TO LIVE〜』
《オズワルド! あなたの思い通りになんか絶対にさせない……!!》
《フッ、ならば競い合おうではないか!
紫苑の目の前で、鞠華とオズワルドはなおも激しい死闘を繰り広げていた。
まるでひと呼吸するような
「まりか……」
“クラウン・クラウン”──鞠華のネイティブドレスを
愛と平和のため、戦えない全ての人たちに代わって戦うという正義感。
皆の笑顔を守るためなら、自分がどうなろうと構わないという自己犠牲。
それらが今、この
そこには自分の保身のことなど、たったの1ミリさえも含まれていない。
ただ、人々が彼に
その在り方はまさしく、“聖女”。
慈愛と
そして、そのように振る舞うことが“逆佐鞠華”にとっての存在意義であり、何より彼自身がそう望んだ結果なのだから……。
紫苑には否定することもできなければ、善行のために自らの命を燃やそうとしている彼を、今さら止めることなどできるはずもなかった。
《まだだ! もっと、もっと
幸いにもゼスマリカはこの時点で暴走しておらず、鞠華は辛うじて理性を
……いや、理性を保てているからこそ、彼は
一歩間違えば、自分の身を滅ぼしかねない危険な力。彼はそんな悪魔と契約を交わし、己の流血によって
オズワルドを倒すという、眼前にある“
《ウウゥ……ウオォアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!》
鞠華の喉から絶叫が
すると彼の感情に呼応するように、ゼスマリカの背中から一対の赤黒い翼が出現した。
爆発的な速度で距離を伸ばしていくヴォイドの翼は、一瞬にして左右1キロメートル以上にも伸び上がる。鞠華はそれをあまりにも長大な二本の
巨大なエネルギーの
たった一撃で、月の表面に新たなクレーターを刻みつけるほどの威力だった。
《ハァ……ハァ……これで……》
一気に体力を使い果たした鞠華が、呼吸を整えながら静かに月面を見下ろす。
だが──ようやく砂煙が立ち
動揺のあまり、必死に辺りを見回す鞠華。そんな彼を遠巻きに
ゼスマリカの遥か頭上──ケーキナイフを構えた真・ゼスパーダが、まるで
そして、あらゆるものを串刺しにする漆黒の刃が、鞠華へと差し迫り──。
「まりか……! だめぇぇぇっ!!」
紫苑がなぜそうしたのかは、彼女自身さえも与り知らぬことである。
ただ純粋に、弟を……鞠華を守りたいと思った。ただそれだけである。
そんな彼女の想いに応えるかのように、気付くと愛機は動き出していた。
そして──真・ゼスパーダがゼスマリカをめがけて鋭い刺突を繰り出したのと、ゼスシオンが鞠華のもとへと駆けつけるのは、ほぼ同時だった。
*
上を向いたゼスマリカのメインカメラに、真・ゼスパーダの姿が大映しになった瞬間、鞠華は死を覚悟した。
しかし結果から言うと、死が
死よりも恐ろしい出来事が、彼の目の前で起こっていた。
「あ……」
“
その光景がなにを意味しているのか、呆然としていてすぐには
そして数瞬ほど置いてようやく理解に至ったとき、鞠華は息が詰まるほどの衝撃を覚える。
「紫苑……!?」
《まり……か……よかった……》
ただ、彼女の今にも糸が途切れそうなか細い声だけが、鞠華の
命を燃やした者だけが奏でることのできる、
《……ぼくもね。“まりか”がぼくの中から消えるとき、『キレイだ』って思ったんだ……》
「それって、姉さんのこと……?」
《うん。だからヒトもモノも……いつか壊れるから、美しいんだ……って……》
紫苑は消えかけている命の灯火を辛うじて燃やしながらも、鞠華へと問いかける。
《ねぇ、まりか……ぼくは君にとっての、『キレイな想い出』になれたかな……?》
「……当たり前じゃないか。そんなの」
口と心が、別の言葉を発していた。
本当は、こんなことを言いたくはなかった。
紫苑の死を──
それでも鞠華は必死に心と体を切り離して、ただ懸命に彼女を送り出すことに尽力する。そうすることが現状において自分の取るべき最善の行動であると、本能的に理解したからだ。
今にも溢れ出しそうな涙を笑顔の仮面の裏に隠しつつ、鞠華は問いかけにハッキリと答える。
「キミと出会えたこと、今日まで過ごせたこと……その全部の想い出が、ボクの……
だから、
やっとまた会えたのに、僕の前からいなくならないでくれ。
そんな鞠華の切実な願いは、ゼスシオンを包み込む炎によって
《えへへ……なら、ぼくがいなくても……もう、だいじ…………》
「紫苑……!?」
《…………だ……ね……》
「ダメだ、逝くな! シオーーーーーーーーーーーン!!」
その
炎が燃え広がり、赤黒い粒子があたりに散らばっていく。
命が、消えてゆく。
届くはずもないとわかっていながら……それでも届かない場所へ行ってしまう彼女へと、必死になって手を伸ばす鞠華。
そんな彼の耳に、場違いなほどに穏やかなオズワルドの声が届く。
《ふむ……本来は
「オズワルド……」
おそらく彼なりの
瞳が赤く燃えたぎり、腹の奥からはかつてない
この瞬間、彼は生まれてはじめて人を殺したいと思った。
「許さない、許さないぞ……お前だけは……絶対に許さない……!」
《ほう? とうとう“愛”すらも捨て、個人的な憎しみの感情のみで儂に
「オォ……オズワルドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!」
鞠華の中で、彼を支えていたものが音を立てて砕け散る。
まるで脳が左右に割れ、そこから盛大に“何か”が噴き出すような感覚。
それは殺意だった。あるいは、圧倒的なまでの破壊衝動だった。
もうこれで終わってもいい……という、
そんな負の感情につけ込むかのごとく、
──あの人を絶対に倒せるだけの“力”を……!
──全て……ヨコセ……!
──ちから、チカラ、力、戦力腕力握力筋力威力強力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺必殺抹殺撲殺圧殺刺殺絞殺燃殺滅殺殴殺蹴殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺……!!
内なるもの全てを“力”へと変換し、自らを
笑顔の仮面が砕けた鞠華は、欲しがっていた
『ダメだよ、まりか』
「っ……!」
不意に聞こえてきたその声に、鞠華はとっさに動いた。
すぐに“マスカレイド・メイデン”の装甲をパージし、排除されたパーツたちが
ぼくは──いま……、
なにを……しようと……したんだ……?
完全に理性を失っていた自分自身の行動に身の毛が立つような悪寒を抱きながらも、鞠華は頭の中へと直接流れ込んでくるような……どこか懐かしい声へと耳を傾ける。
『あの人を倒して……それで
「あ……」
『だってまりかには、
もしかしたらそれは、心に傷を負った
それでも鞠華は──これがヴォイドの
「でも……いくら未来を守ろうとしたって、キミはもう……そこにいないじゃないか。そんなの……」
『うん……そうだね。だからまりかには、ぼくの分まで戦って……それで生きて欲しいんだ』
「いやだ! ぼくは姉さんも
『まりか……後ろを振り返らないで、ちゃんと前を見て』
強く背中を叩くような声に、鞠華は言われた通りに正面を見やる。
そこには、半壊した鞠華のネイティブドレス──“クラウン・クラウン”が漂っていた。
なんとも
『あれは君自身の“
その言葉を受けて、鞠華は今までずっと抱いていた疑問の真実を知る。
なぜ、“マスカレイド・メイデン”を暴走させずに使えることができていたのか──という疑問。
今までは単に、それは鞠華が戦いを通じて“
だが、要因はそれだけではなかったのだ。
思い返せば“マスカレイド・メイデン”を暴走することなく使用していたとき──その隣には、常に“クラウン・クラウン”を纏ったゼスシオンがいた。
逆に“クラウン・ゼスシオン”がその場にいないとき、鞠華は一度の例外もなく“マスカレイド・メイデン”をコントロールしきれず、暴走させてしまっていた。
今になって、気付く。
だが、あまりにも遅すぎた。
彼女に言われた、『きみの痛みをはんぶん背負うから』という言葉の意味。
紫苑は鞠華のネイティブドレス……“クラウン・クラウン”を自身に纏わせることで、“マスカレイド・メイデン”を使用したことによる負担を、半分ほど肩代わりしてくれていた──ということに。
「隣でずっと、痛みを背負ってくれていたんだ……。いつまでも独りで飛び立てなかった、僕なんかのために……」
『うん。でも、もうだいじょうぶだよね。ぼくたちがいなくても、きっとキミはもう
彼女の暖かい手が、鞠華の手に優しく触れたような気がした。
刹那、手に持っていたゼスパクトに突如として光が
それまで何もなかった
白と黒のコントラストが印象的な宝石。それに、鞠華はそっと指で触れる。
『だから、まりか。ぼくと“まりか”が大好きだった、この星を……みんなの笑顔を……』
「わかったよ、姉さん、紫苑……二人の願いを背負って、ぼくは生きてく。生きて、未来の笑顔を守ってみせるよ──」
『……ありがとう。大好きだよ、まりか……』
痛みが、寂しさが、切なさが……そして魂が、あるべき場所へ
まるで自分一人だけ取り残されてしまったようなこの静寂感は、今回で二度目だった。
10年ぶりに味わうこととなった……あの時とまったく同じ、心への傷。
「さよなら、紫苑……本当に、ありがとう……」
しかし……かつて打ち砕かれた少年の心は、再び壊れはしなかった。
彼は涙を振り払うと、正面に佇む真・ゼスパーダのほうへ向き直る。
その瞳には、強い意志が宿っている。
自らの闇と向き合い、それを乗り越えた者だけが灯せる──“勇者”の炎だった。
「そうだ、これが“
声の限りの叫びに呼応するように、半壊した“クラウン・クラウン”の装甲パーツが水を得た魚のように周囲を泳ぎはじめる。
さらにゼスマリカの
まだろくに
プリンセスラインのロングスカート、鋭利なガラスハイヒール、レースをあしらった豪奢な胸元、黒と赤の腰布、袖にフリルのついたアームガード、左右に枝分かれした独特な形状の
手には先ほどゼスシオンを刺し貫いた漆黒のケーキナイフが握られており、本来の持ち主である真・ゼスパーダへとその刃先を向けながら、
「決着をつけよう、オズワルド! そして、この戦いで証明してみせる……女装ウィーチューバー“
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