Live.97『サヨナラにさよなら 〜LITTLE BROTHER WILL CONTINUE TO LIVE〜』

《オズワルド! あなたの思い通りになんか絶対にさせない……!!》

《フッ、ならば競い合おうではないか! わしとお主……より“愛”の大きいものが、この戦いを制するであろう……ッ!!》


 紫苑の目の前で、鞠華とオズワルドはなおも激しい死闘を繰り広げていた。

 まるでひと呼吸するような容易たやすさで、両者は一撃必殺級の攻撃を放ち、それを空間跳躍によってかわしあい、目で追うのが馬鹿らしくなるほどのスピードで月の上を舞っている。

 漆黒しっこく白濁はくだく……2体の“マスカレイド・メイデン”がりなす莫大ばくだいなヴォイドエネルギーの応酬は、他の存在が介入する余地さえもないほどに熾烈しれつを極めていた。


「まりか……」


 “クラウン・クラウン”──鞠華のネイティブドレスをまとっている紫苑には、戦いに身を投じる彼の感情の動きがダイレクトに伝わってきていた。

 愛と平和のため、戦えない全ての人たちに代わって戦うという正義感。

 とらわれているレベッカを、何としても救い出すという使命感。

 皆の笑顔を守るためなら、自分がどうなろうと構わないという自己犠牲。


 それらが今、この瞬間しゅんかんの鞠華を形作かたちづくるすべてであった。

 そこには自分の保身のことなど、たったの1ミリさえも含まれていない。

 ただ、人々が彼に救世主ヒーローであることを望んだから──たったそれだけの理由で、あの少年は命をかけることが出来てしまう。そういう人物なのだ。


 慈愛じあい生涯しょうがいささげ、奇跡のような力で多くの人を守ろうとする。

 その在り方はまさしく、“聖女”。

 慈愛と博愛はくあいに満ちた超常的な存在なにか──そんな聖女のドレスを装う、非常に危ういバランスで成り立った少年。


 そして、そのように振る舞うことが“逆佐鞠華”にとっての存在意義であり、何より彼自身がそう望んだ結果なのだから……。

 紫苑には否定することもできなければ、善行のために自らの命を燃やそうとしている彼を、今さら止めることなどできるはずもなかった。


《まだだ! もっと、もっと寄越よこせ……“マスカレイド・メイデン”……! もっとボクに力を……あの人を倒せるだけの暴力ちからをぉ……ッ!!》


 幸いにもゼスマリカはこの時点で暴走しておらず、鞠華は辛うじて理性をたもつことができている。

 ……いや、理性を保てているからこそ、彼はえて黒い衝動に身をゆだねることで、禁断のドレスから力を引き出しているのだ。

 一歩間違えば、自分の身を滅ぼしかねない危険な力。彼はそんな悪魔と契約を交わし、己の流血によって破壊の化身マスカレイド・メイデンを飼い慣らそうとしている。

 オズワルドを倒すという、眼前にある“目的ミッション”を遂げるためだけに──。


《ウウゥ……ウオォアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!》


 鞠華の喉から絶叫がほとばしる。

 すると彼の感情に呼応するように、ゼスマリカの背中から一対の赤黒い翼が出現した。

 爆発的な速度で距離を伸ばしていくヴォイドの翼は、一瞬にして左右1キロメートル以上にも伸び上がる。鞠華はそれをあまりにも長大な二本のむちとしてしならせ、真・ゼスパーダの頭上をめがけて力強く振り下ろすのだった。


 巨大なエネルギーのかたまりが月面に叩きつけられ、大量の砂塵さじんと岩の破片が巻き上げられる。

 たった一撃で、月の表面に新たなクレーターを刻みつけるほどの威力だった。


《ハァ……ハァ……これで……》


 一気に体力を使い果たした鞠華が、呼吸を整えながら静かに月面を見下ろす。

 だが──ようやく砂煙が立ち退いたその場所に、真・ゼスパーダの姿はどこにもなかった。

 動揺のあまり、必死に辺りを見回す鞠華。そんな彼を遠巻きにながめていた紫苑だからこそ、彼よりも先に気づくことができた。


 ゼスマリカの遥か頭上──ケーキナイフを構えた真・ゼスパーダが、まるで猛禽もうきんが獲物を捕らえるかのごとく急降下していることに。

 そして、あらゆるものを串刺しにする漆黒の刃が、鞠華へと差し迫り──。


「まりか……! だめぇぇぇっ!!」


 紫苑がなぜそうしたのかは、彼女自身さえも与り知らぬことである。

 ただ純粋に、弟を……鞠華を守りたいと思った。ただそれだけである。

 そんな彼女の想いに応えるかのように、気付くと愛機は動き出していた。


 そして──真・ゼスパーダがゼスマリカをめがけて鋭い刺突を繰り出したのと、ゼスシオンが鞠華のもとへと駆けつけるのは、ほぼ同時だった。





 上を向いたゼスマリカのメインカメラに、真・ゼスパーダの姿が大映しになった瞬間、鞠華は死を覚悟した。

 しかし結果から言うと、死がおとずれることはなかった。

 死よりも恐ろしい出来事が、彼の目の前で起こっていた。


「あ……」


 “装甲破壊ドレスブレイク”の能力により装甲を突破したケーキナイフの刃が、クラウン・ゼスシオンの胸部から臀部でんぶにかけてを深々と貫いている。

 その光景がなにを意味しているのか、呆然としていてすぐにはわからなかった。

 そして数瞬ほど置いてようやく理解に至ったとき、鞠華は息が詰まるほどの衝撃を覚える。


「紫苑……!?」

《まり……か……よかった……》


 有視界通信サブモニターは砂嵐のようなノイズに遮られてしまっており、コントロールスフィアの中にいる紫苑の顔も、彼女がどんな状態になっているのかどうかも見ることができない。

 ただ、彼女の今にも糸が途切れそうなか細い声だけが、鞠華の鼓膜こまくを熱く震わせた。

 命を燃やした者だけが奏でることのできる、はかなくて哀しい音色だった。


《……ぼくもね。“まりか”がぼくの中から消えるとき、『キレイだ』って思ったんだ……》

「それって、姉さんのこと……?」

《うん。だからヒトもモノも……いつか壊れるから、美しいんだ……って……》


 紫苑は消えかけている命の灯火を辛うじて燃やしながらも、鞠華へと問いかける。


《ねぇ、まりか……ぼくは君にとっての、『キレイな想い出』になれたかな……?》

「……当たり前じゃないか。そんなの」


 口と心が、別の言葉を発していた。

 本当は、こんなことを言いたくはなかった。

 紫苑の死を──過去の存在ねえさんとおなじになりつつ彼女を、認めてしまいたくなかったから。


 それでも鞠華は必死に心と体を切り離して、ただ懸命に彼女を送り出すことに尽力する。そうすることが現状において自分の取るべき最善の行動であると、本能的に理解したからだ。

 今にも溢れ出しそうな涙を笑顔の仮面の裏に隠しつつ、鞠華は問いかけにハッキリと答える。


「キミと出会えたこと、今日まで過ごせたこと……その全部の想い出が、ボクの……宝物たからものさ……!」


 だから、かないでくれ。

 やっとまた会えたのに、僕の前からいなくならないでくれ。

 そんな鞠華の切実な願いは、ゼスシオンを包み込む炎によってことごとく打ち砕かれる。


《えへへ……なら、ぼくがいなくても……もう、だいじ…………》

「紫苑……!?」

《…………だ……ね……》

「ダメだ、逝くな! シオーーーーーーーーーーーン!!」


 その慟哭どうこくは聞き入れられることなく、ゼスマリカの目の前で白いアーマード・ドレスが崩れていく。

 炎が燃え広がり、赤黒い粒子があたりに散らばっていく。

 命が、消えてゆく。


 届くはずもないとわかっていながら……それでも届かない場所へ行ってしまう彼女へと、必死になって手を伸ばす鞠華。

 そんな彼の耳に、場違いなほどに穏やかなオズワルドの声が届く。


《ふむ……本来は早々そうそうに消えゆく運命さだめだった彼女が、人として生をまっとうした。正直こうなろうとは想定外じゃったが、きっと彼女も未来の良きいしずえとなってくれることじゃろうよ。落胆らくたんすることじゃあない……》

「オズワルド……」


 おそらく彼なりの餞別せんべつのつもりであろう言葉に、鞠華は全身の血が沸騰ふっとうするような感覚を覚えた。

 瞳が赤く燃えたぎり、腹の奥からはかつてない憤怒ふんぬが込み上げてくる。


 この瞬間、彼は生まれてはじめて人を殺したいと思った。


「許さない、許さないぞ……お前だけは……絶対に許さない……!」

《ほう? とうとう“愛”すらも捨て、個人的な憎しみの感情のみで儂にいどむか。それも一興いっきょう……と言いたいところじゃが、それでは儂には勝てんな》

「オォ……オズワルドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!」


 鞠華の中で、彼を支えていたものが音を立てて砕け散る。

 まるで脳が左右に割れ、そこから盛大に“何か”が噴き出すような感覚。

 それは殺意だった。あるいは、圧倒的なまでの破壊衝動だった。


 ……という、自暴自棄かくご

 そんな負の感情につけ込むかのごとく、黒い波動マスカレイド・メイデンが全身を支配していく。


 ──あの人を絶対に倒せるだけの“力”を……!


 ──全て……ヨコセ……!


 ──ちから、チカラ、力、戦力腕力握力筋力威力強力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力暴力殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺必殺抹殺撲殺圧殺刺殺絞殺燃殺滅殺殴殺蹴殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺……!!


 内なるもの全てを“力”へと変換し、自らを殺人兵器キリングマシーンへと染め上げていく。

 現在いま、目の前にいるオズワルドを殺しきるために──。

 笑顔の仮面が砕けた鞠華は、欲しがっていた未来あしたさえもなげうとうとしていた。














『ダメだよ、まりか』



「っ……!」


 不意に聞こえてきたその声に、鞠華はとっさに動いた。

 すぐに“マスカレイド・メイデン”の装甲をパージし、排除されたパーツたちが内部格納空間クローゼットに収納される。


 ぼくは──いま……、

 なにを……しようと……したんだ……?


 完全に理性を失っていた自分自身の行動に身の毛が立つような悪寒を抱きながらも、鞠華は頭の中へと直接流れ込んでくるような……どこか懐かしい声へと耳を傾ける。


『あの人を倒して……それで終わりゴールなんかじゃないんだよ』

「あ……」

『だってまりかには、現在いまだけじゃない……未来あしたの笑顔も守ってもらわなきゃ。みんなの生きる、未来を……』


 もしかしたらそれは、心に傷を負った防衛本能あたまがそう聞こえるように思い込んでいるだけの、ただの幻聴さっかくかもしれない。

 それでも鞠華は──これがヴォイドの同期シンクロ現象による共鳴であると信じて、“向こう側”にいる彼女へと言葉を返す。


「でも……いくら未来を守ろうとしたって、キミはもう……そこにいないじゃないか。そんなの……」

『うん……そうだね。だからまりかには、ぼくの分まで戦って……それで生きて欲しいんだ』

「いやだ! ぼくは姉さんも紫苑キミのことも、過去おもいでになんかしたくない……!」

『まりか……後ろを振り返らないで、ちゃんと前を見て』


 強く背中を叩くような声に、鞠華は言われた通りに正面を見やる。

 そこには、半壊した鞠華のネイティブドレス──“クラウン・クラウン”が漂っていた。

 左右非対称アシンメトリーのマスクは半分ほど割れてしまっており、左胸にもケーキナイフを刺されたことでポッカリと大穴が空いている。

 なんともたまれないその様は、まるで鞠華の精神状態を鏡に写しているかのようであった。


『あれは君自身の“心の鎧ドレス”……そして本当なら君が持っているはずだった、片っぽの勇気つばさ。それを今、君にかえすよ』


 その言葉を受けて、鞠華は今までずっと抱いていた疑問の真実を知る。


 なぜ、“マスカレイド・メイデン”を暴走させずに使えることができていたのか──という疑問。

 今までは単に、それは鞠華が戦いを通じて“過剰適合者オーバード・アクター”へと成長したことが原因だと信じ、納得していた。


 だが、要因はそれだけではなかったのだ。

 思い返せば“マスカレイド・メイデン”を暴走することなく使用していたとき──その隣には、常に“クラウン・クラウン”を纏ったゼスシオンがいた。

 逆に“クラウン・ゼスシオン”がその場にいないとき、鞠華は一度の例外もなく“マスカレイド・メイデン”をコントロールしきれず、暴走させてしまっていた。


 今になって、気付く。

 だが、あまりにも遅すぎた。

 

 彼女に言われた、『きみの痛みをはんぶん背負うから』という言葉の意味。

 紫苑は鞠華のネイティブドレス……“クラウン・クラウン”を自身に纏わせることで、“マスカレイド・メイデン”を使用したことによる負担を、してくれていた──ということに。


「隣でずっと、痛みを背負ってくれていたんだ……。いつまでも独りで飛び立てなかった、僕なんかのために……」

『うん。でも、もうだいじょうぶだよね。がいなくても、きっとキミはもう青空そらを飛べる。どこまでも自由に、羽ばたいていけるはずだよ』


 彼女の暖かい手が、鞠華の手に優しく触れたような気がした。

 刹那、手に持っていたゼスパクトに突如として光がともり、すぐに鞠華は開いて中を確認する。

 それまで何もなかったくぼみ部分に、新しく宝石ジュエルが収まっていた。

 あるいは、『あるべき所へ戻った』……と言ったほうが適切かもしれない。

 白と黒のコントラストが印象的な宝石。それに、鞠華はそっと指で触れる。


『だから、まりか。ぼくと“まりか”が大好きだった、この星を……みんなの笑顔を……』

「わかったよ、姉さん、紫苑……二人の願いを背負って、ぼくは生きてく。生きて、未来の笑顔を守ってみせるよ──」

『……ありがとう。大好きだよ、まりか……』


 痛みが、寂しさが、切なさが……そして魂が、あるべき場所へかえっていく。

 まるで自分一人だけ取り残されてしまったようなこの静寂感は、今回で二度目だった。

 10年ぶりに味わうこととなった……あの時とまったく同じ、心への傷。


「さよなら、紫苑……本当に、ありがとう……」


 しかし……かつて打ち砕かれた少年の心は、再び壊れはしなかった。

 彼は涙を振り払うと、正面に佇む真・ゼスパーダのほうへ向き直る。

 その瞳には、強い意志が宿っている。

 自らの闇と向き合い、それを乗り越えた者だけが灯せる──“勇者”の炎だった。


「そうだ、これが“最後ゴール”じゃない……ボクはこの手で、ボクと皆が生きる明日を掴む! ずっと続く未来を──ドレスアップ・ゼスマリカ!!」


 声の限りの叫びに呼応するように、半壊した“クラウン・クラウン”の装甲パーツが水を得た魚のように周囲を泳ぎはじめる。

 さらにゼスマリカの内部格納空間クローゼットからも“ワンダー・プリンセス”の装甲パーツがいくつか飛び出した。

 まだろくに補修リペアも済んでいない二種類のアウタードレスを、ツギハギのようにインナーフレームへとまとわせていく。


 プリンセスラインのロングスカート、鋭利なガラスハイヒール、レースをあしらった豪奢な胸元、黒と赤の腰布、袖にフリルのついたアームガード、左右に枝分かれした独特な形状の帽子ハット

 道化師クラウンの象徴でもある仮面マスクは右半分が割れてしまっており、その下にあった真っ赤な顔面が露出してしまっている。

 手には先ほどゼスシオンを刺し貫いた漆黒のケーキナイフが握られており、本来の持ち主である真・ゼスパーダへとその刃先を向けながら、ぎだらけの衣装ドレスを着た鞠華は挑むように告げた。


「決着をつけよう、オズワルド! そして、この戦いで証明してみせる……女装ウィーチューバー“MARiKAマリカ”は、無敵ムテキなんだってことを……!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る