Live.99『赤の星にて 〜IN MARS〜』

 気がつくと、鞠華は知らない場所に立っていた。

 周囲を見回しても、そこに広がっているのは赤茶けた荒野だけ。文明が根付いているような痕跡もなければ、人が住んでいる気配さえ微塵も感じられない。


 こういった景色ビジョンを見せられたことは、過去にも何度かあった。

 その経験則から判断するとすれば、これもまたヴォイドが“誰かの記憶”を再現したもの、ということになる。


 ──では、いったい誰の……?


 そんな鞠華の疑問は、直後に背後からかけられた声によって解消された。


「驚いたか、雁真かりま


 ひどく、懐かしい声だった。

 10年の間も聞くことができなかった……けれど、1秒たりとも忘れたことはなかった、肉親の声。

 天地あまち素晴すばるが、そこには立っていた。


「父さん……!?」


 わけがわからなかった。

 ただ、あの遠い夏の日に死んだはずの男が、こうして目の前に立っている。

 ありえない……しかし揺るがない事実が鞠華の頭を鈍器みたいに殴りつけ、それによって胸の奥から様々な想いが一気にこみ上げてきた。

 震えが止まらない喉から声を絞り出すように、いま一度問いかける。


「本当に、父さん……なの……?」

「ふっ……こんな俺を、まだ父と呼んでくれるのか。正直、嬉しいよ」


 柔らかく微笑みかける父の顔をみた鞠華は、堪らなくなって思わず彼に抱きついていた。

 胸に顔を押し付け、赤子のように声を放って泣き出してしまう。素晴はその体を優しく抱きとめ、頭をそっと撫でた。


「う、ううぅ……あああっ……!」

「大きくなったな、雁真……」

「うん……っ」

「……あと、なんというか、………………その、かわいくなった、な?」

「いろいろ、あったから……っ」


 本当に、色々なことがあった。

 10年前のあの日──“東京ディザスター”で父と母、そして姉を失った。

 そうして一度は空っぽになった自分が、女装というドレスを得たことで、かけがえのない多くのモノを取り戻すことができたのだ。


 今までのこと、これからのこと。

 全部を父と話したい。

 このゆっくりとした時間の中で、いつまでも──。


「──って、そうじゃない! 時間なんてなかった!」

「雁真?」

「“未元粒子加速装置ヘブンズドア”が発動して、このままじゃ世界が……みんなが危ないんだ! だからこんなところにいる場合じゃ……っ!」


 慌てふためきながら弁明する鞠華に対し、素晴は頭上の淡いオレンジ色をした空を仰ぎながら呟く。


「そうか。やはり世界の運命は、のほうを選んでしまったのか……。緩やかな変化ではなく、急激な破壊おわり創世はじまりの道を……」

「えっ……?」


 妙な物言いをする父に、鞠華は思わず戸惑いの表情を浮かべてしまった。

 すると素晴は改まったようにこちらを向き直ると、隠し続けていた最後の真実を打ち明ける。


「10年前──あの災厄の引き金トリガーを引いたのは、俺なんだ」


 枯れ果てた火星の地で、男はこれまでのすべてを語り始めた。




 西暦2019年に行われた、人類史上初の火星での有人探査任務。

 そこで一人の宇宙飛行士がみた光景が、すべての始まりだった。


 ひとつは、水脈と思わしき痕跡の地下に存在していた古代遺跡。

 外からでは決して観測することのできなかったその場所は、かつて火星にも生命が存在していた確かな証拠であり、また文明は既に滅びを迎えてしまったあとであるとも、最終的に判断が下された。


 そしてもうひとつ──火星の巨大クレーターにて発見された、計7つもの未元高分子構造体ワームオーブ

 地球上に存在するいかなる物質……核物質をも超えるエネルギーを秘めたその物体は、のちの研究・調査によって、恐るべき事実が発覚することとなる。


 ワームオーブはもともと火星で誕生したものではなく、太陽系外から飛来してきた外宇宙由来の物質であるということ。

 そしてそれは“物質世界こちらがわ”とは異なる異次元宇宙“反物質世界あちらがわ”へと繋がるワームホールを形成する能力を有しており、また周囲の時空間を不安定化させてしまうことが原因でを引き寄せてしまう──まさに疫病神と呼べる代物だった。


 その存在こそが、外宇宙無意識的次元侵食体Vanity Outer-space Invasion Dimension-monster──“ヴォイドV.O.I.D.”。


 人間の心……とくに虚無や絶望といった感情に反応し、また触れた人間の精神を汚染することで、“アウタードレス”という自律兵器を生み出してしまう性質を持つ、実体のない害獣。あるいは、無自覚の悪意。

 そんな未知なる物体を解き明かしていくうちに、その第一発見者である天地素晴と彼の協力者たちは、ある一つの結論に至った。

 かつて火星に存在していたと推測される古代文明は、このヴォイドこそが原因となって滅亡してしまったのではないかと。

 そして──。


「──いずれ遠くない未来、俺たち地球人じんるいも滅ぼされる。ヴォイドという侵略者によって」


 ヴォイドの汚染能力は驚異的であり、おそらく外宇宙でも同様のを行なっているものと思われる。

 そして自我や心を持たないそのウイルスは、ただ本能プログラムの赴くままに宇宙を支配しようとしているのだろう──と、素晴は自らの考えを語った。

 彼の傍らで話を聞いていた鞠華は、思わず疑心暗鬼になって問いただす。


「待って。じゃあ、なんで父さんは“東京ディザスター”を起こしたのさ……? まさか……もうヴォイドに汚染されていて、それで人類を滅ぼそうと──」

「違う」


 口から出かかっていた最悪の結論は、素晴自身によって明瞭に否定された。


「逆なんだ、雁真。俺は……いや俺たちは、

「どういう……こと……?」

「さっきも言ったように俺たちのヴォイドは、それこそ宇宙を支配しようとしているようなヤツらだ。太陽系外のあらゆる星で、同じように精神汚染による侵略を行い、自分たちの“尖兵”を作り出している」


 それはすなわち、“アウタードレス”のことだ。

 人の持つ闇から生れながらも、その戦闘力は現代兵器をも遥かに凌ぐ強力な存在。


 仮に地球の他にも宇宙人のいる星があって、さらにヴォイドの精神汚染が侵攻していた場合、そこでは無数の“アウタードレス”が生み出されたと判断することができる。

 そんな連中が、もしも大軍を率いて地球へと押し寄せてきたとしたら──その結果など、わざわざ論理立てて考証するまでもなかった。


「少なくとも今の地球では、奴らに対抗できるはずもない。それを可能とするには、いくつか準備を整える必要があったんだ」

「いくつかの準備……?」

「まずはヴォイドの性質をさらに詳しく解明し、そのエネルギーをテクノロジーとして応用できる段階にまで発展させること。“アウタードレス”に対抗できるだけの戦力を得るためにな」

「戦力って、まさか……」

「ああ。これについては、実際に乗っていたお前のほうがよく知ってるだろう」


 “アウタードレス”を装甲としてフレームに装着することで、その力を引き出す人型兵器──“アーマード・ドレス”。

 その設計思想の根幹が『外宇宙からの侵略者に対抗するための兵器』であったことは、このとき初めて聞かされた真実だった。


「そしてヴォイドと戦うための準備はもう一つある……それは、人類意志の統一だ」


 そう前置きをしてから、素晴は説明を始める。


「お前も知っての通り……俺たち人類は未だひとつになりきれず、世界には争いや差別が蔓延はびこっている。人々が一丸とならなければ、外宇宙からの侵略になど対抗できるハズがない。


 “全裸の楽園ヌーディストビーチ”は、そんな人類を強引にまとめ上げるための手段だった」


 父の口からその名前が出ると思っていなかった鞠華は、雷に打たれたような衝撃を受けた。

 それはウィルフリッドやオズワルドが実現しようと暗躍し、最終的に鞠華たちアクターによって阻止された計画だ。

 まさか彼らの掲げていた“人類救済”という目的の裏には、そんな意図が隠されていたとは──。

 オズワルドがあれほどまで“ヘブンズドア”の起動を強行しようとしていた理由が、ここに来てようやくわかったような気がした。


「ってことは、父さんもあの人たちと……?」

「そうだ。ウィルフリッドさんもオズワルドも、言うなれば俺の同志というコトになる」

「そんな……」

「もっとも、あの二人にとっては“侵略者と戦う”ことよりも“相互理解の実現”のほうが重要だったらしいがな。ともあれ利害の一致した俺たち三人は、二段階に分けてワームオーブの人為的な暴走──つまり、“災厄ディザスター”を引き起こす計画を企てたんだ」


 驚愕のあまり立ち尽くしている鞠華を一瞥しつつ、素晴は続ける。


「最初は範囲を関東地域に限定し、データ収集を行うための実験場エリアを形成する──“東京ディザスター”。そしてアーマード・ドレスや相互コミュニケーションシステムが実用段階に至った時点で、今度はそれを世界規模で引き起こす──“世界ワールドディザスター”。この二つの災厄によって、人類は真の意味でひとつにまとめ上げられる……はずだった」


 そこまで語ってから素晴はこちらを向き直ると、唐突に自らの顔面を親指で指した。


「雁真、俺を殴れ」

「えっ……」

「俺はオヤジ失格だ。自分の子どもの命よりも、人類全体にとっての将来的な利益を優先させた……その選択をしたこと自体を後悔はしていないが、それでも親としては三流クズ以下だ。だから、殴れ」

「……ふざけんな」


 ふつふつと湧き上がってきた怒りを自覚する頃には、すでに鞠華は目の前の男に飛びかかっていた。

 相手よりも遥かに軽い体で押し倒し、どう見ても殴り慣れていない拳を握って、何度も顔面を殴りつける。


「じゃあなんであの日、遊園地に僕たちを連れていったんだ! ああなるってこともわかってたんじゃないのか……っ!?」

「それは……本来の予定では少し遊んだあとで、お前たちと母さんを安全な場所へ避難させるつもりだった。だが……」


 途中で鞠華と雁真がはぐれてしまったがために、避難を中断して捜索することを余儀なくされたと──素晴の無言の視線は、そのように訴えかけていた。

 どこまでも言い訳がましい父親に対し、鞠華はさらに怒りを募らせていく。


「あの“災厄”のせいで、あまりにも多くの人が犠牲になったんだ……! 母さんや姉さんがあんたを許したって、みんながそんな簡単に許してくれると、思う……なぁっ!!」

「許されようなどとは……思っていない、それは俺が背負う罪だ……」

「背負うなら何でもしていいってワケじゃないだろ……!? なにが『俺はオヤジ失格だ』だよ……そんな言葉を使うくらいなら、なんで親になっちゃったんだよ!? なんで僕を……姉さんを産んだんだよぉっ!!」

「…………っ」

「こんなことになるくらいなら、最初から子供なんて産まないでくれよ……何のために僕と姉さんは、この世界に生まれてきたんだよぉ……」


 幾度となく振り下ろされた拳が、素晴の口を潰し、鼻を砕き、血を流れさせていた。

 精神体の状態で邂逅を果たしている今の彼らは、肉体のように殴られたからといって外傷を負うことはありえない。

 その流血は、素晴の魂が流している赤い涙だった。

 彼は泣き崩れている鞠華に手を伸ばすと、頬に伝う涙をそっと拭う。


「それは、お前たち二人が……俺と揚羽あげはさんとの繋がりだからだ」

「つな……がり……?」

「今さら俺に、父親として何かを言う資格がないのはわかってる……それでも、これだけは言わせてくれ」

「………………」

「生まれてきてくれて、ありがとう」


 正しく父親をやれなかった男の口にした言葉は、あまりにも独りよがりな愛だった。

 しかしそれは、この10年間で鞠華がもっとも飢えていたものでもある。


 ──僕に生まれてきた意味はあったのか?


 そう自らに問い続けてきた少年に対する、たった一つの解答だった。


「そんなの、親の一方的な都合じゃないか……そんな言葉だけの祝福なんて、僕は嬉しくないよ……」

「雁真……」

「ただ、家族四人で普通に暮らせれば、それでよかったんだ……父さんは、でいて欲しかった……っ! こんなに苦しい思いをするなら、僕は……始めからこんな繋がりなんか……っ!!」


 ──欲しくはなかった。


 そのように続こうとした言葉は、しかしそれ以上に鞠華の口から出てくることはなかった。

 それを言ってしまえば……これまで自分の紡いできた人生つながりも、全部が嘘になってしまうような気がしたからだ。

 “逆佐鞠華”として歩んできた、物語このみちを。


「雁真はこの世界が、人と人が繋がり合う世界が嫌いか……?」

「ううん……大好きだよ、嫌いになれるもんか。辛いこともたくさんあったけど……今の僕にも、繋がりはあるから……」

「そうか……」


 それを聞き届けた素晴はしばらく目を瞑ってから、どこか安心したような安らかな表情で呟く。


「オズワルドさん。俺たちはやっぱり、間違っていたよ……」


 その顔に浮かんでいたのは、悲しげな諦めと、静かな納得だった。

 いずれ来たる未来に絶望し、強引な手段をもって世界を変えようとした男はいま、一人の父親としての幸福に満ち足りている。

 長らく忘れかけていた希望が、成長した息子のたった一言によって再び芽生えたのだ。

 彼は差し出された手を取って起き上がると、心から謝罪の言葉を述べる。


「本当にすまなかった、雁真……詫びる言葉もない」

「やめてよ。親に『すまない』なんて、言われたくない……」

「それでも、謝らせてくれ。さっきお前の記憶に触れて知った……お前の兄さんから生まれた、紫苑という少女のことを──」


 天地鞠華の一部が組み込まれた人工の生命バイオアクター──“久留守紫苑”の誕生とその経緯については、素晴にとってもあずかり知らぬ事実であった。

 しかしいくら直接的に関与していないとはいえ、根本的な原因が素晴にあることには変わりない。彼が罪悪感に苛まれるのは無理もなかった。


「雁真……俺はお前に“鞠華”を失う悲しみだけでなく、“紫苑”を失う悲しみまで与えてしまったんだな。それは、取り返しのつかないことだ……」

「……ううん。それでも紫苑はきっと、自分が生まれてこれたことに感謝してるハズだよ」

「なぜ、そう言い切れる……?」

「だって、任されたから。大好きなこの星と、みんなの笑顔を守って……って」


 そう言っていた紫苑は、嬉しそうに笑っていた。

 人のエゴによって産み落とされたバイオアクターは、その誕生を祝福などされていなかったかもしれない。それでも彼女は、もうすでに幸せを手に入れることができたのだ。

 だからこれ以上、鞠華や素晴の記憶おもいでのなかで苦しみ続ける必要もない。


 鞠華、そして紫苑という呪縛から解き放たれた素晴は、オレンジ色がかかった火星の大気そら──そのさらに向こう側にある宇宙を見据える。


「いずれ遠くない未来……俺やオズワルドさんたちの予期していた事態が、きっと起こるだろう。そして最悪の場合、人類は一つになりきれないまま、終わりの時を迎えてしまうかもしれない」

「……うん」

「もしそうなってしまったとき……それでもお前は人類みんなのことを、愛想を尽かすことなく、信じ続けてくれているか?」


 こちらの方を向き直りながら、素晴はそのように訊ねた。

 その答えは、自分の中ですでに出ている。

 鞠華は屈託なくうなずいた。


「もちろんだよ。ボクたちの明日にゴールなんてない……皆に勇気を与え続けるのが、ボクの夢で……使命だから」

「……ふっ、そうか」


 自信に満ちた微笑みをたたえて答えた息子を見て、素晴もまた口元をわずかに綻ばせた。

 彼の胸の奥でずっと凍り付いていたものが、融けていく。

 肩の荷が下りたように軽くなった体で、素晴は真っ直ぐに少年と向き合う。


「ならば、この星の未来はお前に任せるぞ。雁真……いいや、


 素晴はそう言って、目の前にいる我が子へと手を差し出した。

 かつて未来に絶望し、世界を破壊することによって人類を守ろうとした男。

 その彼が、若き希望へと明日を託そうとしているのである。


「……うん、わかった! 女装ウィーチューバー“MARiKAマリカ”、みんなの笑顔は……ボクに任されたっ!」


 少年は手を握り返し、そう答えた。

 天地雁真でもなければ、天地鞠華としてでもなく。

 女装ドレスを纏った勇者アクター──逆佐鞠華として。


「これでもう、俺から言い残すことは何もない。そろそろ別れの──」

「ま、待って! 最後にひとつだけ……!」


 今にも去ってしまいそうだった素晴を、鞠華は慌てて呼び止めた。

 何かと困惑している父親に対し、彼は出会ったときからずっと疑問に思っていたことを問い詰める。


「こうやって会話が出来てるってことはさ……もしかして父さんは、実はどこかで生きてるの?」


 これがヴォイドの作用による意識共有現象であるならば、メッセージを飛ばす“発信源”がどこかに存在していると考えるのが自然だった。

 仮に生身の肉体が残っていなかったとしても、彼自身の記憶や人格を司るデータさえ残っていれば、原理的には交信が可能なはずである。

 しかし直後に素晴は、その両方の可能性を否定する。


「残念ながら、俺はもう死んでる身だ。さらに言えば、オズワルドさんみたいに“バックアップ”もない」

「じゃあ、どうして……」


 わけがわからなくなった鞠華は、訝しげに訊ねた。

 それに対して素晴は、まるで笑い話をするように肩を竦めて答える。


「なに、言ってしまえば俺は怨霊おんりょうみたいなものさ。未来を絶望するあまり、死んでも成仏しきれなかった……“十年目の亡霊”」

「……! それって……」

「いや、まてよ。“地球で初めて媒介者ベクターとなった男”──と言ったほうが聞こえはいいか?」

「父さん、あなたはずっと……僕の近くに……?」

「……まあ何にせよ、そんな肩書きはもういいんだ。必要ない」


 そう言って鞠華に微笑みかけながら、素晴の体は段々と光に包まれ始める。

 そして彼の背後には、いつの間にか現れていたどこか懐かしい人影──まるで妖精のような神秘さを放つ、幼い子どもの姿もあった。

 二人はまるで天へと還るように、ゆっくりと地上から浮かび上がり、鞠華の必死に伸ばした手を離れていく。


「過去の犯した過ちは、すべてが連れていく。だからお前は、必ず未来を守れ」

「父さん……!」

「それでいいんだな、も……」


 素晴が問いかけると、その傍にいた人物はこくりとうなずく。

 そして次の瞬間──真っ白い光が鞠華の視界を覆い尽くし、彼の意識はふたたび何処かへと飛ばされていった。





 膨大なエネルギーの暴走によって発生した“空間圧縮と復元を繰り返す現象ディザスター”は、一度は地球圏を外から覆い尽くすまでにその範囲を広げてしまっていたものの、その発生源である真・ゼスパーダのワームオーブに対し“同等のエネルギーを臨界放出した別のワームオーブ”がぶつけられたことにより、最終的には対消滅する形で徐々に事態は収縮していった。


 被害の拡大を見事に食い止めたそのワームオーブは、インナーフレーム“ゼスシオン”に搭載されていたものであった。

 まるで自我を持ったかのように突如として持ち主ゼスマリカの手元を離れた“マスカレイド・メイデン”が、近くに漂っていたゼスシオンのワームオーブに取り付き、そしてオーバーロードを引き起こしたのだ。

 そうして“十年目の亡霊”と呼ばれた漆黒のドレスは持てるエネルギーのすべてを暴走させ、二つのワームオーブとともに消滅していったのである。


 “世界ワールドディザスター”は、明日を望む者たちによって止められたのだ。


「紫苑、父さん。終わったよ……」


 ゼスマリカのコントロールスフィアの中で、鞠華は星々を仰ぎながら呟いた。

 その声には一抹いちまつの寂しさと、よろこびとが混在している。

 そうしてしばらく余韻に浸っていたところで、ふと彼は先ほどの戦闘中に救い出した人物のことを思い出し、慌てて有視界通信の回線を繋いだ。


(げっ……なんかものすごく既視感デジャヴが……)


 ほどなくしてサブモニターに映ったのは、金髪碧眼の女性が白眼を剥きながらコントロールスフィアの中を漂っている光景だった。

 とても人様にお見せできないような顔になってしまっている彼女だったが、注意深く見るとかすかに息をしていることがわかる。どうやら気絶しているだけで、幸いにも命に別状はないようだ。


 ともあれ彼女の無事を確認することができた鞠華は、すぐにツギハギをまとったその機体を翻させる。

 彼の目の前に、圧倒的なまでの自然があった。

 どこまでも広がる青い空と、青い海。

 そんな水の星へと親愛の情をこめて──鞠華は、手の中にいる人物にそっと声をかける。


「帰ろう、レベッカさん。アリスちゃんが、みんなが待ってる──」


 このさき世界がどのように変化していくかなど、誰にもわからない。

 父やオズワルドが悲観したような、絶望の未来が待ち受けている可能性だって否定しきれない。善性しんかもあれば悪性たいかもある、それが人類の可能性なのだから。


 それでも自分たちは、明日をこの手に勝ち取ることができたのだ。


 負けない希望は、きっとある──。

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