Live.88『そして革命の朝が来る 〜THE REVOLUTION BROUGHT IN NEW ERA〜』
「ここは……」
「見ての通り、オズ・ワールドリテイリング日本支社のベクター・メディカル・オフィスさぁ。ちょっと懐かしいだろ?」
隣のベッドに鞠華が顔を向けると、そこには上半身を起こして食事をしている
金具で拘束された脚の上にトレイを置き、プレートに乗っている目玉焼きやらベーコンといった食べ物にフォークを突き立てている。そのメニューから察するに、どうやら今は朝食の時間らしい……ということを鞠華は理解した。
「ハッ──き、
「おいおい、安静にしとけ」
無理に起き上がろうとする鞠華へと、水見は
もはやこの少年にとっては自分の体調よりも『人々を守ること』が最優先事項らしい。
そんな彼を見て水見は──。
(まるで道化だな)
と、胸中で
あるいは
誰かが“正義の味方”としての彼を望んでいる限り、きっと彼自身もその声に応え続けようとするのだろう。
人間が行動を起こす動機としては、あまりにもシンプルで安っぽい……ともすれば三流と吐き捨てられかねないほどに明快な
今まさにそれを水見は、目の前の少年が抱えているある種の“危うさ”めいたものを感じ、そんな彼のことを案じずにはいられなかった。
「そう慌てんなって。今のお前にやれることなんかねぇよ」
「……そうだとしても、僕が行かないと。このままあの人を思い通りにさせてしまったら、みんなが、世界が……!」
「まあ聞けって。その“あの人”とやら……オズワルド本社長は死んだよ」
水見の放った一言に、鞠華が
「えっ……?」
「昨日の晩、何者かに刺されていたところを
「そんな……いったい誰が……」
「さあな、それこそ本社長を恨んでいた奴だって大勢いただろうからなァ。ただ一つ言えるのは、あの人は
やりきれないような、しかし内心でホッとしているようにも見える複雑な顔で、水見は吐き捨てた。
どうやら彼やウィルフリッド……そしてオズワルドが目指していた計画は、そのすべてのプロセスを完遂するよりも前に、首謀者が暗殺されたことによって
一国の存亡を揺らがせたほどの大事件にしては、あまりにも
そんな事実を病み上がりの頭に突きつけられた鞠華は、果たしてこの結果を喜ぶべきなのか、それとも悲しむべきなのかさえわからなかった。
「じゃあ、この戦いも……」
「ああ。お前たちの勝利……ってことになるんだろうさぁ」
『俺としてはあまり認めたくねぇが』と、水見はやや不満そうに付け加える。
とはいえ彼もこれ以上の計画続行は困難だとして諦めたのか、とくに反抗するような素振りはみせなかった。
(そっか……終わったんだ)
オズ・ワールドとネガ・ギアーズ。
二つの組織の対立は、ようやくの終わりを迎えたのだ。
だがそのとき、ふとレベッカに言われた言葉がよみがえる。
──……いいえ、まだ終わりじゃない。
──むしろ、本当の戦いは……。
果たして彼女は、あのとき何を言おうとしていたのだろう。
確かにあれはミサイルを全て撃ち落とした直後のことだったし、実際にオズワルドはマスドライバーを用いて地上を攻撃しようとした。
好意的に解釈すれば、『レベッカが事前にそれを予期していた』と受け取ることもできなくはない。
だが──あの言葉には何か、もっと別の意図があったような気がする。そう思えて仕方なかった。
(『本当の戦いはこれから始まる』……あれはまるで、そう言おうとしていたような感じだった……)
そして、そんな鞠華の予感は遠からず的中していた。
壁掛けのモニターがふいに点灯し、何かの中継らしき映像が浮かび上がる。
画面には──昨晩に亡くなったという人物と瓜二つの
《この日本に住まう、すべての国民に報告させていただきます。私の名前はチドリ・メイ……まず最初に
「あン? ゲリラ配信……? なんでこんな時間にまた」
誰が操作をするまでもなく突然映り出したテレビ画面を見て、水見が困惑した表情を浮かべる。鞠華も同意見だった。
チドリはこれまでの明るく元気なキャラとは一転したような、冷たく淡々とした口調で続ける。
《すでに皆さんの中には薄々と
画面の中から語りかけてくるチドリの声を、鞠華は
その声はチドリの口から発せられていながら、その言葉はまるでチドリのものとは到底思えない。まるで他の誰かが考えたセリフを読み上げているような、そんな不自然さである。
そしてその人物に、鞠華の頭には
(まさか……)
《これを聴いている皆さんにも、きっと心当たりはあるでしょう。“東京ディザスター”の原因が10年以上も公表されていなかったことや、アウタードレスの存在が隠され続けてきたこと。つい先日の大晦日には『巨大隕石が接近中というフェイクニュース』によって、住民たちは真実すらも告げられずに
《先ほども私が言ったように、これらの事象の裏には必ずしも“ある者達の都合”が
(まずい、これは……!)
段々と語気を強めて語るチドリ──
隠されてきた真実を公表し、知識を共有する。
それはかつて鞠華が行ったことと同じ手段であり、当時はそれが“ライブ・ストリーム・バトル”の誕生するきっかけにもなった。
だが、これからその手札を切ろうとしているチドリの目に、希望の光はたったの一筋さえも
まるでろくな未来が待ち構えていないことを理解していながら、それでも
そして鞠華たちが見守るなか、チドリとその共犯者はついにカードを開く。
《──わたしは今日、皆さんにすべてをお伝えしたいと思います。そして理解したうえで、
高らかな叫びを皮切りに、チドリはこれまで秘匿され続けてきた様々な事実を明らかにし始めた。
*
その
《──
オズ・ワールドリテイリング日本支社の食堂で放送を見ていたアクターたちは、わけがわからないといった表情のままチドリの言葉を聞いていた。
普段とは明らかに様子の違っている彼女に、
「あれ、本当にチドリちゃんなの……?」
「……違う。あれはチドりんじゃねぇ」
真っ先に
すると
「どうやらそのようだな。そしてあれはおそらく……」
「レベッカさんだ」
今まさに匠が言おうとしていた結論を、そのとき誰かが
医務室で眠っていたはずの鞠華が、
「鞠華……!?」
「ダメでしょマリカっち、ちゃんと休んでないと……!」
「僕は大丈夫ですから……それよりも、今はレベッカさんです……」
鞠華は自分に向けられる
チドリ・メイ──そのバーチャルの
《我々アクターがそれを事前に察知できたおかげで、最悪の事態は
……いえ、そうであると私は
どこまでも
今までも彼らは無意識のうちに、それまで諸悪の根源とされていたオズワルドやウィルフリッドを討つことさえできれば、戦いも終わるものだと思い込んでいた。
だが、本当に大変なのはむしろ戦いの終わった後だったのである。
いくらアクター達が国連政府の陰謀から日本を守りきったからといって、それで一件落着というわけには当然ながらいくはずもない。
むしろ国民はろくな真実も知らされないまま、誰に向けるべきかもわからない不信感を今後も抱き続けることになっただろう。
何も知らない者たちがただ一方的に国連や日本政府から
レベッカは当初からそういった未来を見据えており、情報を開示することで条件をフェアにしてみせたのだ。
──本当の戦いは、これから始まる。
鞠華たちはようやく、レベッカがずっと意図していたことに気付く。だが、遅すぎた。
《ですが悲観する必要はありません。たとえ誰が我々を利用することを企んでいたとしても、真にワームオーブやアーマード・ドレスを所有するのは我々の方です。であれば、私達はその“力”を行使し、今一度世界に対して
これは
レベッカはそのように申し上げたうえで、世界と対峙するという強い意志を告げる。
《そして私は、もう二度と
これは
一介のバーチャルアクターでしかないチドリの発言は、決して
ひとりひとりが現状を理解し、考え、行動する。
そうしたレベッカの理想は今まさに形となり──こうして世界初のバーチャル
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