Live.88『そして革命の朝が来る 〜THE REVOLUTION BROUGHT IN NEW ERA〜』

 鞠華まりかが目を覚ましたのは、医務室に運ばれてからちょうど丸一日が経過した日の朝だった。


「ここは……」

「見ての通り、オズ・ワールドリテイリング日本支社のベクター・メディカル・オフィスさぁ。ちょっと懐かしいだろ?」


 隣のベッドに鞠華が顔を向けると、そこには上半身を起こして食事をしている水見みずみ優一郎ゆういちろうの姿があった。

 金具で拘束された脚の上にトレイを置き、プレートに乗っている目玉焼きやらベーコンといった食べ物にフォークを突き立てている。そのメニューから察するに、どうやら今は朝食の時間らしい……ということを鞠華は理解した。


「ハッ──き、君嶋きみじまさん……オズワルドは!? あの人を止めなきゃ……!」

「おいおい、安静にしとけ」


 無理に起き上がろうとする鞠華へと、水見はあきれつつも声をかける。

 もはやこの少年にとっては自分の体調よりも『人々を守ること』が最優先事項らしい。

 そんな彼を見て水見は──。


(まるで道化だな)


 と、胸中でつぶくのだった。

 あるいは願望機ロボットと言い換えてもいい。

 誰かが“正義の味方”としての彼を望んでいる限り、きっと彼自身もその声に応え続けようとするのだろう。


 人間が行動を起こす動機としては、あまりにもシンプルで安っぽい……ともすれば三流と吐き捨てられかねないほどに明快な論理ロジック

 今まさにそれを水見は、目の前の少年が抱えているある種の“危うさ”めいたものを感じ、そんな彼のことを案じずにはいられなかった。


「そう慌てんなって。今のお前にやれることなんかねぇよ」

「……そうだとしても、僕が行かないと。このままあの人を思い通りにさせてしまったら、みんなが、世界が……!」

「まあ聞けって。その“あの人”とやら……オズワルド本社長は


 水見の放った一言に、鞠華がきょかれた表情になる。


「えっ……?」

「昨日の晩、何者かに刺されていたところを偶々たまたまレベッカさんが発見したんだとさぁ。すぐに病院へ搬送されたが、救急車が駆けつけた時にはすでに事切れていたそうだ」

「そんな……いったい誰が……」

「さあな、それこそ本社長を恨んでいた奴だって大勢いただろうからなァ。ただ一つ言えるのは、あの人は計画ゆめ道半みちなかばで生き絶えちまった……ってコトだ」


 やりきれないような、しかし内心でホッとしているようにも見える複雑な顔で、水見は吐き捨てた。

 どうやら彼やウィルフリッド……そしてオズワルドが目指していた計画は、そのすべてのプロセスを完遂するよりも前に、首謀者が暗殺されたことによって頓挫とんざしてしまったらしい。


 一国の存亡を揺らがせたほどの大事件にしては、あまりにも呆気あっけのない幕切まくぎれ。

 そんな事実を病み上がりの頭に突きつけられた鞠華は、果たしてこの結果を喜ぶべきなのか、それとも悲しむべきなのかさえわからなかった。


「じゃあ、この戦いも……」

「ああ。……ってことになるんだろうさぁ」


 『俺としてはあまり認めたくねぇが』と、水見はやや不満そうに付け加える。

 とはいえ彼もこれ以上の計画続行は困難だとして諦めたのか、とくに反抗するような素振りはみせなかった。

 呑気のんきそうにベーコンをフォークでつついている彼を見て、鞠華もようやくホッと胸をなでおろす。


(そっか……終わったんだ)


 オズ・ワールドとネガ・ギアーズ。

 二つの組織の対立は、ようやくの終わりを迎えたのだ。




 だがそのとき、ふとレベッカに言われた言葉がよみがえる。


 ──……いいえ、まだ終わりじゃない。


 ──むしろ、は……。


 果たして彼女は、あのとき何を言おうとしていたのだろう。

 確かにあれはミサイルを全て撃ち落とした直後のことだったし、実際にオズワルドはマスドライバーを用いて地上を攻撃しようとした。

 好意的に解釈すれば、『レベッカが事前にそれを予期していた』と受け取ることもできなくはない。

 だが──あの言葉には何か、もっと別の意図があったような気がする。そう思えて仕方なかった。


(『本当の戦いはこれから始まる』……あれはまるで、そう言おうとしていたような感じだった……)


 そして、そんな鞠華の予感は遠からず的中していた。

 壁掛けのモニターがふいに点灯し、何かの中継らしき映像が浮かび上がる。

 画面には──昨晩に亡くなったという人物と瓜二つの容姿モデルをもつ──バーチャル世界の少女が映し出されていた。


《この日本に住まう、すべての国民に報告させていただきます。私の名前はチドリ・メイ……まず最初にことわっておきますが、私はあなたがたの“味方”です》


「あン? ゲリラ配信……? なんでこんな時間にまた」


 誰が操作をするまでもなく突然映り出したテレビ画面を見て、水見が困惑した表情を浮かべる。鞠華も同意見だった。

 チドリはこれまでの明るく元気なキャラとは一転したような、冷たく淡々とした口調で続ける。


《すでに皆さんの中には薄々と勘付かんづいている者もいるでしょうが……この世界ではいま、とても大きな陰謀いんぼうの影が渦巻うずまいています。常に真実は秘匿ひとくされ、何者かの都合によって生み出された虚構うそで満たされている……それこそがこの世界を取りまく現実であり、その末端で実害をこうむり続けているのが、我々の住まう国──日本なのです》


 画面の中から語りかけてくるチドリの声を、鞠華はぬぐえない不自然さをいだきながら聴いていた。

 その声はチドリの口から発せられていながら、その言葉はまるでチドリのものとは到底思えない。まるで他の誰かが考えたセリフを読み上げているような、そんな不自然さである。

 そしてその人物に、鞠華の頭にはわずかながら心当たりがあった。


(まさか……)


《これを聴いている皆さんにも、きっと心当たりはあるでしょう。“東京ディザスター”の原因が10年以上も公表されていなかったことや、アウタードレスの存在が隠され続けてきたこと。つい先日の大晦日には『巨大隕石が接近中というフェイクニュース』によって、住民たちは真実すらも告げられずに避難ひなんを強いられる……などといった出来事もありました》


 愕然がくぜんとしている鞠華の視線の先で、チドリはたんずる。


《先ほども私が言ったように、これらの事象の裏には必ずしも“ある者達の都合”がひそんでいます。は自分たちの利益や目的のためだけに、我々の命がおびやかされてしまうような状況をつくり出したのです。にも関わらず、我々にその真実は伝えられることなく、知る権利すらも与えられていない──》

(まずい、これは……!)


 段々と語気を強めて語るチドリ──いなかの言葉を受けて、鞠華は理屈を超えた直感的な危機感をおぼえた。


 隠されてきた真実を公表し、知識を共有する。

 それはかつて鞠華が行ったことと同じ手段であり、当時はそれが“ライブ・ストリーム・バトル”の誕生するきっかけにもなった。


 だが、これからを切ろうとしているチドリの目に、希望の光はたったの一筋さえもしていない。

 まるでろくな未来が待ち構えていないことを理解していながら、それでもえてその選択肢を選びとろうとしているような……そんな“覚悟”が宿やどっているように思えたのだ。

 そして鞠華たちが見守るなか、チドリとはついにカードを開く。


《──わたしは今日、皆さんにすべてをお伝えしたいと思います。そして理解したうえで、今一度いまいちどよく考えてほしい。我々にとって“本当の敵”は誰であり、その者達と今後どのように立ち向かっていくべきなのか……ということを》


 高らかな叫びを皮切りに、チドリはこれまで秘匿され続けてきた様々な事実を明らかにし始めた。





 その声明せいめいは“国民への現状理解”を名目としながら、事実上は国連政府せかいへの宣戦布告に相違そういなかった。


《──いまがたお話ししたことも、すべては世界の主導権を握る者達の不当なエゴイズムに起因きいんしています。事実としてこの国は“ライブ・ストリーム・バトル”の名をかんした実験の現場として扱われ、の果てには先日のミサイル攻撃によって、真実を“この国ごと”闇にほうむり去ろうとさえしていたのです》


 オズ・ワールドリテイリング日本支社の食堂で放送を見ていたアクターたちは、わけがわからないといった表情のままチドリの言葉を聞いていた。

 普段とは明らかに様子の違っている彼女に、百音もねが思わず戸惑とまどいを口にする。


「あれ、本当にチドリちゃんなの……?」

「……違う。あれはチドりんじゃねぇ」


 真っ先に嵐馬らんまが否定した。

 するとたくみも同調するようにうなずき、自らの考えをべようとする。


「どうやらそのようだな。そしてあれはおそらく……」


「レベッカさんだ」


 今まさに匠が言おうとしていた結論を、そのとき誰かがさえぎるように告げた。

 医務室で眠っていたはずの鞠華が、紫苑しおんに支えられながら食堂に足を踏み入れていたのだ。彼の姿に気付いた嵐馬と百音が声を上げる。


「鞠華……!?」

「ダメでしょマリカっち、ちゃんと休んでないと……!」

「僕は大丈夫ですから……それよりも、今はレベッカさんです……」


 鞠華は自分に向けられる気遣きづかわしげな視線を振り払いながら、焦燥しょうそうに駆り立てられたようにモニターを見やる。

 チドリ・メイ──そのバーチャルのからだを介して、レベッカ=カスタードはなおも演説を続けていた。


《我々アクターがそれを事前に察知できたおかげで、最悪の事態はかろうじてまぬがれることができました。ですが、本当にこのままでいいのでしょうか? 国連やこの国の政府が本来務めるべき『国民を守る』という義務を果たしていないのはもはや明白です。そんな彼らに対し、私たちが一つしかもたない命を預けるというのは、あまりにもおろかな選択だと言えるのではないでしょうか?


 ……いえ、と私はえて断言します》


 どこまでもしたたかな言葉の節々を受けて、鞠華たちはハッと息を呑む。

 今までも彼らは無意識のうちに、それまで諸悪の根源とされていたオズワルドやウィルフリッドを討つことさえできれば、戦いも終わるものだと思い込んでいた。


 だが、本当に大変なのはむしろだったのである。

 いくらアクター達が国連政府の陰謀から日本を守りきったからといって、それで一件落着というわけには当然ながらいくはずもない。

 むしろ国民はろくな真実も知らされないまま、誰に向けるべきかもわからない不信感を今後も抱き続けることになっただろう。


 何も知らない者たちがただ一方的に国連や日本政府から搾取さくしゅされるだけの、実質の階級社会カースト

 レベッカは当初からそういった未来を見据えており、情報を開示することで条件をフェアにしてみせたのだ。


 ──本当の戦いは、これから始まる。


 鞠華たちはようやく、レベッカがずっと意図していたことに気付く。だが、遅すぎた。


《ですが悲観する必要はありません。たとえ誰が我々を利用することを企んでいたとしても、真にワームオーブやアーマード・ドレスを所有するのは我々の方です。であれば、私達はその“力”を行使し、今一度世界に対してうったえかける必要があるのではないでしょうか。『我々は平和意思にもとづき、侵略や征服といった行為を行うつもりはない。ただし、今後もこの国の民が不当に扱われるのであれば』──と》


 これは現代兵器を遥かに凌駕する戦力アーマード・ドレスを従えた、である。

 レベッカはそのように申し上げたうえで、世界と対峙するという強い意志を告げる。


《そして私は、もう二度とみなしいたげられることのないように──国連政府からの離脱と、独立都市国家『トウキョウ』の樹立をここに宣言します!》


 これは革命かくめいだった。

 一介のバーチャルアクターでしかないチドリの発言は、決して公的オフィシャルなものでもなければ、当然ながら政治的な強制力など持っていない。多くの国民もそれを理解わかっていながら、しかし彼女の言葉に大きく心を突き動かされていた。


 ひとりひとりが現状を理解し、考え、行動する。

 そうしたレベッカの理想は今まさに形となり──こうして世界初のバーチャル国家元首プレジデント“チドリ・メイ”の劇的な誕生は、またたに世界へと知れわたっていった。

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