Live.93『いろんなことがあったから 〜THANK YOU FOR SAVING ME〜』

 腹を蹴り込まれるような衝撃とともに、鞠華は現実の世界への回帰かいきを果たした。ゼスタードがこちらの掴む腕を振りほどいて、ゼスマリカを突き飛ばしたのだ。

 握っていたケーキナイフはそのまま胸元に食い込んでしまっており、皮膚ひふ感覚を同期シンクロさせている鞠華は思わず苦痛に顔をゆがめる。

 そうして痛みにえていたとき、モニターに映るレベッカがようやく口を開いた。


《……見たわね?》


 屈辱くつじょくに喉元を震わせながら、彼女はおのれの記憶を勝手にのぞいた鞠華をにらえてくる。

 鞠華自身、まるで出歯亀でばかめをするような真似をしてしまったことについては反省している。だが、後悔はなかった。


「10年前、僕を救ってくれたのは……あなただったんですね。レベッカさん……」

《……違うわ。私は、キミのお姉さんを救うことができなかった……非力で無力な、ただの咎人とがびとよ》


 感謝を伝えようとした鞠華の言葉を、しかしレベッカは素直に受け取ることなく自嘲気味じちょうぎみに笑う。

 彼女が天地雁真の死を今でも引きずっているのだということは、火を見るよりも明らかだった。


「姉さんを救えなかったから……今までの暗躍あんやくも、ぜんぶ償いのために……?」

ゆるされようだなんて思ってはいないわ……それでも私は、あの地獄を“なかったこと”にしようとした世界が許せなかった。だから復讐を果たすことで、私は前に進めると思った》


 実際に彼女の半生は、まさにその言葉通りのものであった。

 反政府組織“ネガ・ギアーズ”の発足から始まり、やがてウィルフリッドやオズワルドらの目論もくろんでいた計画の阻止。さらには独立都市国家『トウキョウ』を樹立させ、陰謀いんぼううずに巻き込まれ続けた国民たちが安心して暮らせる場所をきずき上げた。

 それら一連の行動はすべて、彼女自身の『かつて救えなかった命』に対する責任感に起因きいんしていたのである。


《私は、あの子の死を“なかったこと”になんてしないわ……過去の過ちが、未来でしか“清算せいさん”できないのなら……!》

「違う……それは違うよレベッカさん、あなたは何も悪くないんだ……!」

《何でそんなことが言えるのよ! キミの人生を誰よりも歪めてしまったのは、他でもない私なのよ……!?》


 ゼスタードは何もない虚空にケーキナイフの複製を出現させると、迷うことなくそれを掴み抜く。

 そして目の前にいる最後にして最大──そして最愛の障害かべへと、その刃を向けた。


《やっと理想の場所が完成したのに……キミが私の元へ来てくれなかったせいで、よりにもよって私は……私の手でキミを斬らなきゃいけなくなったじゃない……!》

「レベッカさん……!」

《これだから嫌なのよ……神様はいつも私にばかり意地悪で、ちっとも優しくなんてしてくれない! 鞠華くん……同じ哀しみを共有するキミだけは、きっと理解してくれると思ったのに……っ!!》


 この世界そのものに対する不信感を爆発させたレベッカが、なりふり構わずにこちらへと仕掛けてくる。

 損傷している上に丸腰のゼスマリカに対し、ゼスタードは依然としてほとんど無傷である。このまま接近を許せば、こちらに勝機はない──!


《邪魔するのなら、キミをお姉さんのところに送るわ!》

「そうは──」

《そしてキミの分まで、私はこの身を汚しきる! 罪の返り血を浴びる覚悟が、私にはある……ッ!》

「──させないッ!!」


 レベッカがゼスマリカを目がけて剣を振るい、すぐ真横を切り抜けた──次の瞬間。

 ケーキナイフを振り下ろしたが、装着していた装甲をばらばらに四散させる。ゼスマリカが突き刺さっていた剣を引き抜き、レベッカの斬撃をかわすと同時に一閃させたのだ。

 レベッカは驚愕の表情を浮かべながら、フレームが剥き出しとなったゼスタードの腕元を見つめる。


《なんで……どうしてキミは、思い通りになってくれないの!? お願いだから、いいかげん斬られてよ……私の前から消えてよぉ……!!》

「……それはできません」

《だからなんで……!》

「僕たちがだから……僕たちが諦めてしまったら、もう世界中のどこにも、あなたを許してあげられる人がいなくなってしまうから……!」


 鞠華は即座に“ワンダー・プリンセス”のドレスへと再換装すると、奪ったケーキナイフを携えてゼスタードへと切迫する。

 レベッカもまた二振りのケーキナイフを複製し、ゼスマリカを迎え撃った。

 二つの咆哮が重なり、両者の剣が火花を散らして何度もぶつかり合う。


「レベッカさん! 今のあなたは、昔のボクなんだ……ッ!」

《な、なにを言って……!》

「周りの誰にも助けてもらえなくて、どう助けてもらえばいいのかもわからなくて、ずっと心を閉ざしてた……! 自分が生きているような心地もしなくて、自分で自分を傷つけて……血を見ないと自分が生きていることさえわからない、そんな大バカ野郎だった!」

《そうさせてしまったのは私よ! 私がキミのお姉さんを救えていれば、そんなことには……!》

「違うッ! あなたがボクを救ってくれたから、いまボクはここにいられるんだ! それは命のことだけじゃない、あなたはボクの……心も救ってくれた!!」


 レベッカはバックステップをするように距離を取りつつ、空中に複数のケーキナイフを配置セット、すかさず解放フォイアさせる。

 しかし鞠華はそれらの弾幕をたくみにくぐりながらも、足を止めることなくゼスタードを追跡していく。


「愛媛にいたとき、ボクはひとりぼっちでした。でも、“まちゃぷり”さんから誘われて、それで東京にきて、それまで灰色だった世界が変わった……生きていてよかったと、はじめて思えたんです……!」

《そ、それは……それはキミ自身が努力した結果だわ。私のおかげなんかじゃない……》

「それでも、きっかけを与えてくれたのはあなただ! 本当はオフ会の時に伝えたかったんです。あの時はいろんなゴタゴタが続いたせいで、結局言いそびれちゃいましたけど……」

《それ以上は言わせない! 聞きたくない! キミは私を憎んでくれればそれでいいの! だから私に負けてよぉ……っ!!》


 赤子がいやいやをするような乱雑さで振るわれたウェディング・ゼスタードの二刀が、プリンセス・ゼスマリカのケーキナイフを力任せに叩き落とした。

 丸腰となってしまった鞠華は、歯噛みしつつもすぐに機体を後退させる。


《逃さない……これで、終わりにする……ッ!!》

「……!」


 一瞬の隙すらも与えぬように、レベッカは最後の一撃を仕掛けてきた。

 正面モニターに大映しとなったゼスタード。その鬼気迫る姿を見た途端、鞠華の手は突き動かされるようにゼスパクトへと伸びていた。


 ゼスマリカを中心に凄まじいヴォイドエネルギーの放出バーストが起こり、その余波でゼスタードは後方へと吹き飛ばされる。

 そして再びレベッカが目を戻した時、彼女の目の前には漆黒のアーマード・ドレスが降臨していた。


《“マスカレイド・メイデン”……!》


 それは鞠華にとって最高の戦力ドレスであると同時に、彼自身の身をも滅ぼしかねない呪われた拷問器具アイアンメイデンでもある。

 あの禁忌の力を直接的に彼へと仕向けたのは、ウィルフリッドやその裏で暗躍していたオズワルドだ。

 だが……こうなってしまったそもそもの原因を辿っていけば、その根本的な要因はレベッカにある。つまり、これもまたレベッカの罪と言えるものであった。


《ふふ……いいわ。キミがその手で終わらせてくれるのなら、それが私の――》


 禁断のドレス“マスカレイド・メイデン”を纏った相手との戦力差がわからないほど、レベッカは決して愚かではない。

 だが――いいや、彼女は、自分からゼスマリカに討ち果たされるべく機体を突っ込ませた。


《――受けるべきばつッ!》


 二刀のケーキナイフを振りかぶり、X字にクロスするように斬りかかるゼスタード。

 対してマスカレイド・ゼスマリカは反撃はおろか、防御する素振りすら見せずに斬撃をボディで受ける。

 かくしてゼスマリカはそのまま胴体部を深々と切り裂かれ、なんの抵抗もできぬまま、赤黒い粒子ヴォイドとなって霧散むさんしていき――。




 その時点でレベッカはようやく、目の前のマスカレイド・ゼスマリカがであることに気付いた。


《しまった……っ!》


 ハッとしたレベッカがすぐに視界を巡らせたそのときには、すでに“マジカル・ウィッチ”へと換装しているゼスマリカが背後へと回り込んでいた。

 アクター自身だけではない――媒介者ベクターであるアリスの願いも乗せて、魔法少女となった鞠華は力強く叫ぶ。


「届けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」


 マジカル・ゼスマリカが斜めがけにステッキを振るい、ウェディング・ゼスタードの顔面を殴りつけた。

 その細く流麗なボディが勢いよく吹っ飛ばされ、純白の装甲をドレスアウトさせながら海面に叩きつけられる。


 雌雄を分ける戦いの勝敗は決した。

 その勝者は眼下で這いつくばる敗者へと、しかし最大限の敬意と謝辞をこめて、ずっと言いたかった言葉をようやく告げる。


「はじめての動画コメントを“まちゃぷり”さんに貰えたから、ボクは生きる力を取り戻すことができました。レベッカさん……本当に、ありがとう」


 着飾ることのない、けれど熱い想いがこもった感謝の言葉だった。

 そしてそれは――固く氷に閉ざされていたレベッカの心の鎧ドレスをも、ゆっくりと溶かしていく。


《わ……私にそんな、優しい言葉を使わないで……キミにひどいことをたくさんしてしまった。どんな顔をしてキミと話せばいいのか、わからないわ……》

「ボクはレベッカさんの笑顔が見たいです。アリスちゃんや、きっとみんなだってそう思ってますよ」

《でも……い、今さら合わせる顔がないわ。そっ、そうよ、私はそれほどのことをしたんだもの……やっぱり私には、キミの言葉を受け取る資格なんてないんだわ。……うん、そう。わたし間違ってない》

(ああ……そういえば素のレベッカさん、こんな感じのメンドく……もとい、いじらしい人だったなぁ……)


 彼女がこの歳にじゅうはちにもなって未だに恋愛経験のない理由が、なんとなくわかってしまう。

 どんなに冷酷な女王の仮面を被っていようと、結局彼女は内向的で自意識過剰でしかもやたら自己評価の低い、おまけに少年愛好趣味ショタコンの気がある、どこまでもザンネンなポンコツアラサーなのだ。


 そして……それ以上に、思う。

 レベッカは鞠華の存在を必要としており、鞠華もまた、レベッカの存在を必要としているのだということを。


「レベッカさん。前にした約束のこと、おぼえてますか? “デスティニー・ハイランド”でのデートができなかったので、その埋め合わせをしようって話」

《……! あれ、本気だったの……?》

本気マジ本気マジに決まってるじゃないですか! なのでそろそろ、日にちを決めて行きましょう!」

《で、でも……》

「ただし、アリスちゃんにも一緒に来てもらいますからね! そこでちゃんとレベッカさんも謝るんですよ? そしたら全部チャラってことでっ!」


《ちゃ、チャラ……そんな簡単に……?》

「そんな簡単でいいんです。だって、


 そう、それでいい。

 気心の知れたもの同士が謝罪をするのに、わざわざ凝り固まった筋を通す必要なんてないのだ。

 ただ一言びて、その後で笑ってみせればいい。

 笑顔にまさ免罪符めんざいふなど、この世にはないのだから……。


《……私ももう一度、やりなおせるかしら》

「ええ。ウィーチューバー“MARiKAマリカ”の名にかけて、僕が保証しますっ」


 鞠華は笑って、ゼスタードに手を差し伸べた。


 すると笑顔につられたレベッカもようやく微笑みを浮かべ、差し出されたゼスマリカの手を取ろうとする――。









《――新月の夜、『施しの時』は来たれり――》


 それまでりをひそめていたチドリが合成音こえを発したのは、そのときだった。

 ゼスタードの頭上に突如として赤黒い暗雲が立ち込め、輪の中から刺々しい輪郭をしたアウタードレスが姿をあらわす。


 形状はやや異なるものの、漆黒に彩られたそれは紛れもなく“マスカレイド・メイデン”だった。

 そしてドレスはパーツ単位でバラバラに分かれると、それぞれがゼスタードのインナーフレームを目掛けて飛びついていく。


「なんだ、これは……!?」


 まるで触手のようにゼスタードへと取り付き、侵蝕していく、もう一つのマスカレイド・メイデン。

 危機感をおぼえた鞠華はすぐにレベッカへと呼びかけ、ゼスタードの手を掴もうとする。


「レベッカさん、取り込まれちゃダメだ! はやく手を……っ!」

《マリカくん……》

「レベッカさん……!!」




























《ごめんね》



























「レベッカさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」


 鞠華の視界を、赤黒い粒子の奔流ほんりゅうが覆い尽くした。

 マスカレイド・メイデンに飲み込まれてしまったゼスタードの単眼モノアイが、まるで何かの叫びのように頭上へとレーザー光線を照射し、空を埋め尽くしていた雲を切り裂いていく。


《征くぞ、我が真なる器──“真・ゼスパーダ”。その刃をもって、新たなる時代を切り拓いてみせるがよい……クフフ、クハハハハハハハハハッ!!》


 チドリ・メイ──いな、“Q-UNITクオリアユニット”内のバックアップから復元されたデータ体のオズワルド=Aアルゴ=スパーダが、悦楽に浸るような高笑いをあげる。

 それまでの少女の姿ではなく、男性とも女性ともつかぬ不思議な色気のある壮年の姿だった。

 そして彼が現に蘇ったことにより、一度は頓挫したはずの“計画”は再び始動する──。

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