Live.93『いろんなことがあったから 〜THANK YOU FOR SAVING ME〜』
腹を蹴り込まれるような衝撃とともに、鞠華は現実の世界への
握っていたケーキナイフはそのまま胸元に食い込んでしまっており、
そうして痛みに
《……見たわね?》
鞠華自身、まるで
「10年前、僕を救ってくれたのは……あなただったんですね。レベッカさん……」
《……違うわ。私は、キミのお姉さんを救うことができなかった……非力で無力な、ただの
感謝を伝えようとした鞠華の言葉を、しかしレベッカは素直に受け取ることなく
彼女が天地雁真の死を今でも引きずっているのだということは、火を見るよりも明らかだった。
「姉さんを救えなかったから……今までの
《
実際に彼女の半生は、まさにその言葉通りのものであった。
反政府組織“ネガ・ギアーズ”の発足から始まり、やがてウィルフリッドやオズワルドらの
それら一連の行動はすべて、彼女自身の『かつて救えなかった命』に対する責任感に
《私は、あの子の死を“なかったこと”になんてしないわ……過去の過ちが、未来でしか“
「違う……それは違うよレベッカさん、あなたは何も悪くないんだ……!」
《何でそんなことが言えるのよ! キミの人生を誰よりも歪めてしまったのは、他でもない私なのよ……!?》
ゼスタードは何もない虚空にケーキナイフの複製を出現させると、迷うことなくそれを掴み抜く。
そして目の前にいる最後にして最大──そして最愛の
《やっと理想の場所が完成したのに……キミが私の元へ来てくれなかったせいで、よりにもよって私は……私の手でキミを斬らなきゃいけなくなったじゃない……!》
「レベッカさん……!」
《これだから嫌なのよ……神様はいつも私にばかり意地悪で、ちっとも優しくなんてしてくれない! 鞠華くん……同じ哀しみを共有するキミだけは、きっと理解してくれると思ったのに……っ!!》
この世界そのものに対する不信感を爆発させたレベッカが、なりふり構わずにこちらへと仕掛けてくる。
損傷している上に丸腰のゼスマリカに対し、ゼスタードは依然としてほとんど無傷である。このまま接近を許せば、こちらに勝機はない──!
《邪魔するのなら、キミをお姉さんのところに送るわ!》
「そうは──」
《そしてキミの分まで、私はこの身を汚しきる! 罪の返り血を浴びる覚悟が、私にはある……ッ!》
「──させないッ!!」
レベッカがゼスマリカを目がけて剣を振るい、すぐ真横を切り抜けた──次の瞬間。
ケーキナイフを振り下ろしたゼスタードの腕が、装着していた装甲をばらばらに四散させる。ゼスマリカが突き刺さっていた剣を引き抜き、レベッカの斬撃をかわすと同時に一閃させたのだ。
レベッカは驚愕の表情を浮かべながら、フレームが剥き出しとなったゼスタードの腕元を見つめる。
《なんで……どうしてキミは、思い通りになってくれないの!? お願いだから、いいかげん斬られてよ……私の前から消えてよぉ……!!》
「……それはできません」
《だからなんで……!》
「僕たちが最後だから……僕たちが諦めてしまったら、もう世界中のどこにも、あなたを許してあげられる人がいなくなってしまうから……!」
鞠華は即座に“ワンダー・プリンセス”のドレスへと再換装すると、奪ったケーキナイフを携えてゼスタードへと切迫する。
レベッカもまた二振りのケーキナイフを複製し、ゼスマリカを迎え撃った。
二つの咆哮が重なり、両者の剣が火花を散らして何度もぶつかり合う。
「レベッカさん! 今のあなたは、昔のボクなんだ……ッ!」
《な、なにを言って……!》
「周りの誰にも助けてもらえなくて、どう助けてもらえばいいのかもわからなくて、ずっと心を閉ざしてた……! 自分が生きているような心地もしなくて、自分で自分を傷つけて……血を見ないと自分が生きていることさえわからない、そんな大バカ野郎だった!」
《そうさせてしまったのは私よ! 私がキミのお姉さんを救えていれば、そんなことには……!》
「違うッ! あなたがボクを救ってくれたから、いまボクはここにいられるんだ! それは命のことだけじゃない、あなたはボクの……心も救ってくれた!!」
レベッカはバックステップをするように距離を取りつつ、空中に複数のケーキナイフを
しかし鞠華はそれらの弾幕を
「愛媛にいたとき、ボクはひとりぼっちでした。でも、“まちゃぷり”さんから誘われて、それで東京にきて、それまで灰色だった世界が変わった……生きていてよかったと、はじめて思えたんです……!」
《そ、それは……それはキミ自身が努力した結果だわ。私のおかげなんかじゃない……》
「それでも、きっかけを与えてくれたのはあなただ! 本当はオフ会の時に伝えたかったんです。あの時はいろんなゴタゴタが続いたせいで、結局言いそびれちゃいましたけど……」
《それ以上は言わせない! 聞きたくない! キミは私を憎んでくれればそれでいいの! だから私に負けてよぉ……っ!!》
赤子がいやいやをするような乱雑さで振るわれたウェディング・ゼスタードの二刀が、プリンセス・ゼスマリカのケーキナイフを力任せに叩き落とした。
丸腰となってしまった鞠華は、歯噛みしつつもすぐに機体を後退させる。
《逃さない……これで、終わりにする……ッ!!》
「……!」
一瞬の隙すらも与えぬように、レベッカは最後の一撃を仕掛けてきた。
正面モニターに大映しとなったゼスタード。その鬼気迫る姿を見た途端、鞠華の手は突き動かされるようにゼスパクトへと伸びていた。
ゼスマリカを中心に凄まじいヴォイドエネルギーの
そして再びレベッカが目を戻した時、彼女の目の前には漆黒のアーマード・ドレスが降臨していた。
《“マスカレイド・メイデン”……!》
それは鞠華にとって最高の
あの禁忌の力を直接的に彼へと仕向けたのは、ウィルフリッドやその裏で暗躍していたオズワルドだ。
だが……こうなってしまったそもそもの原因を辿っていけば、その根本的な要因はレベッカにある。つまり、これもまたレベッカの罪と言えるものであった。
《ふふ……いいわ。キミがその手で終わらせてくれるのなら、それが私の――》
禁断のドレス“マスカレイド・メイデン”を纏った相手との戦力差がわからないほど、レベッカは決して愚かではない。
だが――いいや、だからこそ彼女は、自分からゼスマリカに討ち果たされるべく機体を突っ込ませた。
《――受けるべき
二刀のケーキナイフを振りかぶり、X字にクロスするように斬りかかるゼスタード。
対してマスカレイド・ゼスマリカは反撃はおろか、防御する素振りすら見せずに斬撃をボディで受ける。
かくしてゼスマリカはそのまま胴体部を深々と切り裂かれ、なんの抵抗もできぬまま、赤黒い
その時点でレベッカはようやく、目の前のマスカレイド・ゼスマリカが鞠華の作り出したただの幻覚であることに気付いた。
《しまった……っ!》
ハッとしたレベッカがすぐに視界を巡らせたそのときには、すでに“マジカル・ウィッチ”へと換装しているゼスマリカが背後へと回り込んでいた。
アクター自身だけではない――
「届けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」
マジカル・ゼスマリカが斜めがけにステッキを振るい、ウェディング・ゼスタードの顔面を殴りつけた。
その細く流麗なボディが勢いよく吹っ飛ばされ、純白の装甲をドレスアウトさせながら海面に叩きつけられる。
雌雄を分ける戦いの勝敗は決した。
その勝者は眼下で這いつくばる敗者へと、しかし最大限の敬意と謝辞をこめて、ずっと言いたかった言葉をようやく告げる。
「はじめての動画コメントを“まちゃぷり”さんに貰えたから、ボクは生きる力を取り戻すことができました。レベッカさん……本当に、ありがとう」
着飾ることのない、けれど熱い想いがこもった感謝の言葉だった。
そしてそれは――固く氷に閉ざされていたレベッカの
《わ……私にそんな、優しい言葉を使わないで……キミにひどいことをたくさんしてしまった。どんな顔をしてキミと話せばいいのか、わからないわ……》
「ボクはレベッカさんの笑顔が見たいです。アリスちゃんや、きっとみんなだってそう思ってますよ」
《でも……い、今さら合わせる顔がないわ。そっ、そうよ、私はそれほどのことをしたんだもの……やっぱり私には、キミの言葉を受け取る資格なんてないんだわ。……うん、そう。わたし間違ってない》
(ああ……そういえば素のレベッカさん、こんな感じのメンドく……もとい、いじらしい人だったなぁ……)
彼女が
どんなに冷酷な女王の仮面を被っていようと、結局彼女は内向的で自意識過剰でしかもやたら自己評価の低い、おまけに
そして……それ以上に、思う。
レベッカは鞠華の存在を必要としており、鞠華もまた、レベッカの存在を必要としているのだということを。
「レベッカさん。前にした約束のこと、おぼえてますか? “デスティニー・ハイランド”でのデートができなかったので、その埋め合わせをしようって話」
《……! あれ、本気だったの……?》
「
《で、でも……》
「ただし、アリスちゃんにも一緒に来てもらいますからね! そこでちゃんとレベッカさんも謝るんですよ? そしたら全部チャラってことでっ!」
《ちゃ、チャラ……そんな簡単に……?》
「そんな簡単でいいんです。だって、そうじゃないですかっ」
そう、それでいい。
気心の知れたもの同士が謝罪をするのに、わざわざ凝り固まった筋を通す必要なんてないのだ。
ただ一言
笑顔に
《……私ももう一度、やりなおせるかしら》
「ええ。ウィーチューバー“
鞠華は笑って、ゼスタードに手を差し伸べた。
すると笑顔につられたレベッカもようやく微笑みを浮かべ、差し出されたゼスマリカの手を取ろうとする――。
《――新月の夜、『施しの時』は来たれり――》
それまで
ゼスタードの頭上に突如として赤黒い暗雲が立ち込め、輪の中から刺々しい輪郭をしたアウタードレスが姿をあらわす。
形状はやや異なるものの、漆黒に彩られたそれは紛れもなく“マスカレイド・メイデン”だった。
そしてドレスはパーツ単位でバラバラに分かれると、それぞれがゼスタードのインナーフレームを目掛けて飛びついていく。
「なんだ、これは……!?」
まるで触手のようにゼスタードへと取り付き、侵蝕していく、もう一つのマスカレイド・メイデン。
危機感をおぼえた鞠華はすぐにレベッカへと呼びかけ、ゼスタードの手を掴もうとする。
「レベッカさん、取り込まれちゃダメだ! はやく手を……っ!」
《マリカくん……》
「レベッカさん……!!」
《ごめんね》
「レベッカさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」
鞠華の視界を、赤黒い粒子の
マスカレイド・メイデンに飲み込まれてしまったゼスタードの
《征くぞ、我が真なる器──“真・ゼスパーダ”。その刃をもって、新たなる時代を切り拓いてみせるがよい……クフフ、クハハハハハハハハハッ!!》
チドリ・メイ──
それまでの少女の姿ではなく、男性とも女性ともつかぬ不思議な色気のある壮年の姿だった。
そして彼が現に蘇ったことにより、一度は頓挫したはずの“計画”は再び始動する──。
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