Live.43『戦わなければ生き残れない 〜AFRAID OF ACT-Ⅱ〜』

「“ネガ・ギアーズ”なんて……ハハ。な、何を言ってるんだ。キミは……」


 紫苑の口から真実を打ち明けられてもなお、鞠華は動揺のあまりただ乾いた笑いを浮かべていることしかできなかった。

 とても悪い冗談にしか聞こえない。信じられないという表情をしている鞠華に対し、紫苑は念を押すように言葉を挟む。


「言ったはずだよ、まりか。運命の旋律は、すでに奏でられているって」

「そんな……なんで……っ!」


 悲痛に顔を歪ませる鞠華だったが、彼も心の奥底では薄々と理解していた。

 そもそも世間一般には知れ渡っていない“ネガ・ギアーズ”という組織名を口にした時点で、久留守紫苑が構成員なのはほぼ決定的だということを。

 鞠華は愕然として息を飲むと、どこか割り切ったような表情で相手を見つめる。


「……前から聞きたいと思ってたんだ。キミたちがどうして“オズ・ワールドぼくたち”のジャマばかりするのか、その理由を」

「ハッ、馬ッ鹿じゃないのぉ? 敵のアンタにそんなの答えるわけ──」


 嘲笑う大河の声を、そのとき意外にも匠がさえぎる。


「いいだろう。教えてやる」

「ちょ……タクミ!?」

「我々の目的は至ってシンプルだよ。日本という国家から、“オズ・ワールドリテイリング”という企業を撤退させることだ」


 あっさりと言ってのけた匠に対し、鞠華は当惑げに眉をひそめた。

 彼のいぶかしげな視線を受けて、匠は畳み掛けるように言葉を連ねる。


「“オズ・ワールド”は表向きには一般企業でありながら、国に対して多大な影響力を持ちすぎている。考えてもみろよ……いくら災害で摩耗した日本政府といえど、たかがいち企業にアーマード・ドレスを一任すると思うか?」

「それは……」


 匠の挙げた疑問は、鞠華も以前からずっと抱いているものだった。

 “オズ・ワールド”はアパレル事業のみならず宇宙服の開発協力などにも携わっており、その技術は形を変えてアーマード・ドレスにも応用されているという話は聞いている。

 だからといって、整備や開発にとどまらずアーマード・ドレスの運用までも任せられているのは、たしかに少し不自然なように感じられた。


「……その様子だと、お前はまだ知らされていないようだな。アーマード・ドレスというものが、いかに危険な存在なのかということも」

「なに……?」

「“ヴォイド”、という言葉くらいは聞いたことがあるだろう」

「たしか……アウタードレスが活動するための力の源でしょう。媒介者ベクターが開いたゲートを通じて現実世界に湧く、別次元のエネルギーだって」

「そうだ。そしてインナーフレームに乗ってアウタードレスをまとうということは、ベクターの虚無という糸によってわれた衣装と溶け合っていく……ということだ」

「なにが言いたい」


 鞠華が聞き返すと、匠は鋭利なナイフを突きつけるように、押し殺した声で答える。


「アーマード・ドレスは搭乗者の精神を汚染する、危険で非人道的な兵器だ。資格を持たぬ者が乗れば、最悪の場合……自我の崩壊を招くほどにな」


 暴かれた真実に、鞠華の脳裏を衝撃がはしった。

 それと同時に、今まで彼の中を渦巻いていた疑念が一気にはじけ出す。


──“ゼスマリカ”はいま、適合者アクターである君の精神と同期シンクロ状態にあるの。そしてシンクロ率をより高めるためには、君自身が“別の自分”を強くイメージする必要があるわ。


 “キャラクターを演じる”ことこそが、インナーフレームの戦闘力を高める秘訣だとレベッカは言っていた。


──ドレスはな、媒介者ベクターとした者の深層心理や願望のカタチ模倣トレースしてるのさ。白馬の王子サマを夢みていりゃお姫様プリンセス、社会への反抗心が強けりゃ女番長スケバン……ってな具合にさぁ。


 アウタードレスはそれぞれが個性キャラクターを持っていると、そしてアクターとの波長が合わなければ“ドレスギャップ”を引き起こすと水見は言っていた。


 着る“インナーフレーム”と、着られる“アウタードレス”。

 意外なことに、これらの事象は矛盾なく重なる。


 搭乗者と精神を同調させたインナーフレームが装甲換装ドレスアップするというのは、間接的にアクターの精神が他者ベクターの精神とシンクロすることと同義だ。

 虚無の結晶であるヴォイドを纏うのだから、それほどのリスクを抱えていてもおかしくはない。


 匠がただ嘘を口走っている可能性も否定はできない。ただ、虚言だと切り捨てるにはあまりにも心当たりが多すぎた。


「前にも言ったはずだろう、所詮“オズ・ワールド”はドレスの回収と研究のために設立された機関だと。お前たちゼスアクターはな、『正義の味方』なんていう方便に動かされているだけの、都合のいい実験動物モルモットに過ぎないんだよ」


 アクターは“オズ・ワールド”に利用されているだけだと、匠は説いた。

 奇しくもウィルフリッドやレベッカがその事実をひた隠しにしていたことが、彼の証言をさらに裏付けてしまう。

 意気消沈した鞠華が黙り込んでいると、そこへ紫苑が歩み寄る。


「だからね、まりか。今日はきみを迎えに来たんだ」

「えっ……?」

「あんなヒドい大人たちのところにいちゃダメだよ。ねえ、まりか。ぼくたちと一緒に行こう。そうすればきみもぼくも幸せになれるんだから……」


 そう語る彼女の瞳は、どういうわけかひどく哀しそうにみえた。

 まるで深い絶望を味わったかのような、光を透過さない淀んだ水晶。

 敵の少女がみせたとは思えない悲痛な表情は、荊棘いばらの鎖となって鞠華の胸をきつく締めつける。


「ごめん……だけど、それはできない」

「まりか……?」


 案ずるように触れようとしてきた紫苑の手を、鞠華は首を横に振って払いのけた。

 そして強い意志を秘めた両目で、目の前に立つ“ネガ・ギアーズ”の三人を捉える。


「たとえどんな事情があったって、ドレスの危機に晒されている今の日本にアーマード・ドレスは必要だ。それがアクターにしか動かせないなら、僕は……誰かに必要とされてるってことなんだ!」

「……つまり、我々のもとへ来る気はないと?」


 最終意思を確認してくる匠に、鞠華は真っ直ぐ見つめ返して答える。


「ああ、あなた達が平和を脅かし続ける限りね。ボクはゼスアクターとして、人の笑顔を奪う全部の“敵”と戦う……!」


 それは事実上の、“ネガ・ギアーズ”に対する宣戦布告であった。

 交渉が失敗したことを悟った大河は、半ば呆れたように肩をすくめる。


「あーあ、だから言ったじゃない。こんなヤツを説得するのは時間のムダだって!」

「まりか……」


 大河とは打って変わって残念そうに俯いている紫苑の肩に、そっと匠の手が置かれる。

 そして紫苑を宥めるように微笑みかけたあと、その表情を険しいものへと変えて鞠華の方を向いた。


「事は出来る限り穏便に済ませたかったのだがな、応じないのであれば仕方ない──紫苑、遊んでやれ」

「わかったよ、タクミ」


 命を受けた紫苑が、一歩前へ出る。

 彼女はバイオレットのゼスパクトをそっと目の前へ掲げると、ゆっくりと口を開いてその名を告げる。


「ウェイクアップ……“ゼスシオン”」


 囁いた刹那、森の木々がざわめき始めた。

 そして激しい地響きが起こったのち、紫苑の背後に純白のインナーフレームが現れる。

 鮮血を彷彿とさせる紅蓮あかき双眸が、尻込みしそうになっている鞠華をじっと見下ろしていた。


「白いアーマード・ドレス……やっぱり君だったのか、久留守紫苑」

「ふふっ、一緒に踊ろ? まりか」


 冷酷な笑みを浮かべる紫苑に、鞠華は気圧されたように息を飲んだ。

 客たちはキャストの指示に従って避難を開始している。周りに自分と“ネガ・ギアーズ”以外の人がいないことを確認すると、鞠華はゼスパクトを天高くへと掲げた。


「来い、ゼスマリカぁーっ!!」


 すると主人の呼び声に応じ、地中よりマゼンタのインナーフレーム“ゼスマリカ”が姿を現わす。

 パークの中央広場に出現した二柱の巨人は、互いにいがみ合う形でゼスアクターの搭乗をじっと待ち構えているのだった。


「ドレスアップ、“ワンダー・プリンセス”!」

《ドレスアップ……“チミドロ・ミイラ”》


 鉄の子宮へと抱かれた二人は、それぞれの甲冑をその身に纏い付けていく。

 そしてアーマード・ドレスとして換装を完了させた“プリンセス・ゼスマリカ”と“ミイラ・ゼスシオン”は、弾けたように拳と爪をぶつけ合い、火花を散らすのだった。




 千葉県浦安市『デスティニー・ハイランド』近郊。


 そこにはかつて、都市があった。

 埋立地の上に築かれたその街は、“東京ディザスター”によって液状化の被害に見舞われてしまっている。半壊したビルやマンションといった建造物がほとんどそのままの状態で放置されており、唯一復興された娯楽施設を取り囲むようにして広大な海没都市を形成していた。


 10年前から時計の針が止まっているようなその戦場フィールドに、海上を疾り抜ける“プリンセス・ゼスマリカ”の姿はあった。

 もしアーマード・ドレス同士がパークの敷地内で戦えば、周囲への被害も甚大なものになってしまいかねない。そのため、パークから離れた人気ひとけのない場所にまで敵を誘き寄せていたのである。


《いつまで鬼ごっここんなことを続けるつもり?》

「……っ!」


 背筋を凍てつかせるような冷たい声音が聞こえた途端、水上を滑るように低空飛行していたゼスマリカは咄嗟に機体を横転ロールさせて回避行動に移る。

 すると直後、背後から弾丸の如きスピードで飛来した包帯のむち──“チミドロ・バンテージ”が海面をえぐった。

 追いつかれてしまったゼスマリカは軸足を突き立てて旋回すると、空中からこちらを見下ろす白い妖鬼の姿を仰ぎ見る。


「……どうしても君と戦わなくちゃいけないのか、紫苑」

《そうだよ。ぼくたちは敵同士なんだから、殺し合わなくちゃならない。まりかだってそう言ってたくせに》


 鞠華が苦しそうに吐き捨てると、すぐに白いアーマード・ドレスのアクター──久留守紫苑からの声は返ってきた。

 遊園地で楽しいひと時をともに過ごした彼女はいま、本当に自分と敵対してしまっている。

 その悲しき事実が、鞠華の表情をさらに曇らせていくのだった。


「なんで君が、よりにもよって“ネガ・ギアーズ”なんかに……」

《フフ……まりかがいけないんだよ? 素直にぼくたちと一緒にきてくれれば、こんな乱暴な真似をすることもなかったもん》

「し……おん……?」

《ああ、そうだ! だったら手足をいじゃえばいいんだあ……そうすればまりかも、ぼくの言うことを聞いてくれるよねっ》


 紫苑は子供のように無邪気な笑い声をあげると、それを一瞬にして殺気へと変える。


《だからさ……ぼくのになってよ》


 次の瞬間──彼女の操るミイラ・ゼスシオンが、プリンセス・ゼスマリカとの間合いを一瞬にして詰めてしまった。

 振りかざした両腕の巨大な爪が、鞠華をめがけて力強く振り下ろされる。


 全身を駆け抜けるようなプレッシャーに気圧され、鞠華は反射的に機体を動かしていた。

 すぐさま後方へと跳躍ジャンプし、敵機の攻撃を紙一重のところで回避する。後退して距離を取りつつ、プリンセス・ゼスマリカの態勢を立て直そうとした。


(くっ、あんな攻撃をまともに食らっていたら……)


《おそいよ》

「……っ!?」


 ──が、なんとゼスシオンはそれを上回るスピードで背後へ回り込むと、クローでゼスマリカの背中を勢いよく斬りつけた。


「うわあああああああああっ!!」


 死角からの一撃をノーガードで食らってしまい、そのまま海面へと落下していくゼスマリカ。そこへ、獲物に狙いを定めた猛禽のようにゼスシオンが急迫する。

 凄まじい俊敏さで落下中のゼスマリカに追いつくと、その左胸をめがけて鋭い手刀を抜き放った。


《これでおしまいだよ、まりか》


 恐ろしく冷徹な声とともに、突き出された鉤爪かぎづめの切っ先。

 ありとあらゆる万物を鉄屑へと変える一撃は、しかしゼスマリカの胸を貫くことはなく虚空をぐ。

 攻撃が達する寸前に、フィギュアスケーターさながらの回転アクセルでひらりと身をかわしたのだ。


《っ……!?》

「たあぁぁぁっ!」


 その勢いを殺さぬまま、ゼスマリカは空いている敵機の腹部へと力強い回転蹴りを叩き込む。

 思いもよらぬカウンターに虚をかれ、ゼスシオンは防御もままならぬまま蹴り飛ばされてしまった。

 バランスを大きく崩したまま吹き飛ばされていき、水上から半分ほど顔を出した建造物に叩きつけられる。


《……フフ、ハハハ……アハハハハハ!》


 口元を割って這い出したような笑い声が通信回線越しに発せられ、鞠華の鼓膜をゾワリと撫でる。

 それと同時に半壊した建物の中から、ミイラ・ゼスシオンが土煙を裂いて再び姿を現した。まるでゾンビのようにしぶとい敵機を目前に、鞠華は焦燥の息を飲む。


《スゴい、スゴいよぉ! ねぇまりか、やっぱりきみは最高だ! 本気の“ゼスシオン”に一撃を食らわせるなんて……っ!》

「紫苑……?」

《楽しいなあ、楽しいなあ。これだから丈夫なお人形さんは大好きっ。だって、どんなにいっぱい遊んでも千切れたりしないんだもんっ》


 殺伐とした戦場とは不釣り合いな、鈴を転がすような音色で笑う紫苑。

 その刹那、全身を針で貫くような殺気が押し寄せてくるのを鞠華は感じた。


 ゼスシオンの纏う純白のアウタードレスに、沸々と黒い斑点模様が浮かび上がっているのが見えた。

 やがて白と黒のまだらとなったゼスシオンは、血の色をした双眸をより強く怪しげに光らせる。


《──ぼくが満足するまで、まだ壊れちゃダメだよ? フフッ、まりかぁ……》


 アーマード・ドレス“ミイラ・ゼスシオン”ACTアクト- IIツー


 それはヴォイドを全身に行き渡らせることで能力の強化を図った、白いアーマード・ドレスの第2形態とも言える姿だった。

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