Live.44『ああ、本当にツイてない 〜THE NAME OF XES-TINY〜』

「チミドロ・ミイラが、変色した……!?」


 カメレオンのように機体色を変貌させた敵機を前に、鞠華は絶句していた。

 紫苑が“ACTアクト-ツー”と呼んでいたミイラ・ゼスシオンは、赤と黒の禍々しいヴォイドを全身にまといながらその場に静止している。

 さらに注意深く観察すると──白い装甲の表面を、黒い染みのような模様が生き物のようにうごめいているのだった。まるで腐敗した死体をむし達がむさぼっているようなグロテスクさは、否応いやおうなく鞠華に本能的な危機感を抱かせる。


《ゲホッ、ゲホッ……はぁ……はぁ……》


 だが、回線越しに聴こえてきた紫苑のあまりにも苦しそうなうめき声が、彼女に対する敵対心や警戒心といった諸々もろもろをキレイに吹き飛ばしてしまうのだった。

 膝をついて四つん這いになっているゼスシオンを見るに見かねて、鞠華はいてもたってもいられずに声をかける。


「どうしたの、紫苑!? 大丈夫なの……!?」

《敵のしんぱいなんて……あまいね、まりかは……》


 紫苑は痛みをこらえて言葉をかえしつつも、どうにかゼスシオンを再び立ち上がらせた。

 そして痩せ我慢をするように自らの腕を抱きかかえながら、彼女は力の入っていない声を絞り出す。


《リミッターをはずした“チミドロ・ミイラ”はね……んだよ……。だから、三分よりも長く戦ったら危ないって、タクミが言ってた……》


 おそらく紫苑の言葉に偽りはない。

 時間が経つにつれて弱々しくなっていく彼女の声が。

 そして……先ほどよりも“ミイラ・ゼスシオン”のヴォイドの絶対量が増加しているという事実が、決してハッタリなどではないことを証明していた。


「そんな危険なドレスを着てちゃダメだよ……! はやく脱ぐんだ、紫苑!」

《フフフ……わかってないね、まりか。モノもヒトも、いつか壊れるから美しいんだよ……?》

「こんな時に、何を言ってるんだ……!?」


 鞠華が疑問を口にしたその瞬間、ミイラ・ゼスシオンは足場を蹴って海上に勢いよく飛び出した。

 真正面からの急接近に、鞠華の反応がわずかに遅れてしまう。

 その一瞬の隙へと付け入るように、ゼスシオンはすばやく両腕のクローを抜き放ってくるのだった。


《だからさ、競争しようよ。ぼくとまりか、どっちがはやく壊れるかっ……なぁっ!?》

「ぐうぅ……っ!!」


 両方の鋭いかぎ爪から繰り出される怒涛の連撃ラッシュが、次々とプリンセス・ゼスマリカのボディに痛々しい傷跡を刻んでいく。

 鞠華も負けじとカウンターブローを繰り出そうとするが、拳がゼスシオンへと突き刺さる前に呆気なく払い除けられてしまう。


(違いすぎる、パワーもスピードも……ッ!!)


 鞠華が全神経を研ぎ澄ましていることで、ACT-Ⅱとなったミイラ・ゼスシオンの俊敏な動きは辛うじて目で追いきれている。

 しかしそれがプリンセス・ゼスマリカの手一杯であり、拳を撃ち合っても腕力で押し負けてしまうのだった。


「くっ……だったらこっちも、火力パワーで圧倒すればいいだけだ! ──ドレスチェンジ“マジカル・ウィッチ”!!」


 アクターの掛け声に応じるように、ゼスマリカは纏っていた“ワンダー・プリンセス”の装甲を強制排除ドレスアウト──そして、内部格納空間クローゼットから新たに取り出した魔法少女の衣装を全身に取り付けていく。

 換装を完了させ、最後に現れた魔法の杖マジック・ワンドをその手に握りしめると、マジカル・ゼスマリカはすぐさま空中に魔法陣を描いた。


「“其の幻想は、世界をも魅了するイリュージョン・マギア”ッ!!」


 詠唱スペルを終えると同時に、無数に分かれた魔法陣からマジカル・ゼスマリカを模した分身イミテーションが出現し始める。

 その数にして100体。鞠華の乗る本体がステッキを振り下ろすと、魔法少女の軍勢は一斉にミイラ・ゼスシオンをめがけて襲いかかった。


《贋作でも、まりかは綺麗だね……だけど》


 紫苑はそう呟きながらも、分身たちを片っ端からクローで刺し貫いては塵芥ちりあくたへと変えていく。

 それでも一つずつ潰していては埒があかないと思い至ったのか、痺れを切らしたゼスシオンは勢いをつけてから虚空をいだ。


《そんな子供騙しじゃ、ぼくは魅せられないよ》


 ──“死獣双牙ファング・ディバイド”。


 膨大なヴォイドを纏わせた爪が何もない空間を引き裂いた刹那、そこに爪痕の形を成したが生じた。

 時空そのものにつけられた傷とも言うべきソレは、徐々に周りの空間を巻き込みながらも自己修復を始めようとする。

 かくして無数の分身たちは、修復によって生じたブラックホールに吸い込まれるように消失──文字通り一掃されていった。


《アハハ、次はどんな手品を見せてくれるの?》

「それなら……! “凍える吹雪よ……ブリザード”──」


 スピードで翻弄してくるゼスシオンに対抗するには、何らかの方法で足止めをするしかない。

 そう判断した鞠華は、すかさず氷魔法の魔方陣を水面に描こうとした。


 だが陣を完全に描き終える前に、ゼスシオンは恐るべき速度でこちらの懐へと切迫してくる。


「間に合わな……くっ!?」


 敵の接近に際し、ゼスマリカは瞬時に魔方陣の生成を中断して防御姿勢を取る。

 だが、両手に構えたステッキはゼスシオンに容赦なく払い落され、そのままゼスマリカは何の抵抗もできぬまま首元を掴まれてしまった。


(ダメだ……動きの遅い“マジカル・ウィッチ”じゃ、こっちが何をしようにも先手を打たれる……!)


 素早い身のこなしに長けている反面、パワー不足でやや決め手に欠けてしまっている“ワンダー・プリンセス”。

 一撃必殺級の火力を誇る反面、小回りが利かずどうしても相手のスピードに翻弄されがちな“マジカル・ウィッチ”。


 ゼスマリカに足りないパワーとスピード。

 皮肉なことに、限界性能を解放したミイラ・ゼスシオンはその両方を兼ね備えていたのだ。

 2つの形態でそれぞれ挑んでもなお勝利を掴むことができなかった以上、もはや万策尽きたと言っても過言ではなかった。

 どうしようもない敗北感に鞠華が打ちひしがれていたとき、紫苑からの同情に溢れた通信が入る。


《降参するなら今のうちだよ、まりか》

「誰が……降参なんか……」

《……そう》


 紫苑が残念そうにため息を吐いた直後、首元を掴んでいたゼスシオンの腕に力が込められる。

 そのままゼスマリカは片腕で軽々と持ち上げられてしまい、海面に付いていた足が宙に浮いた。

 そして紫苑は空いているもう片方の鉤爪を振り上げると、ゼスマリカの胸元──ワームオーブを目掛けて突き立てる。


《じゃあ、ゆっくりおやすみ。まりか》


 親愛を込めた別れと共に、巨大な爪がゼスマリカを刺し貫こうとしていた。

 そして、次の瞬間──。




《“抜刀一閃ばっとういっせん灘葬送なだそうそう”ォォッ!!》


 突如として横から舞い込んできた居合い斬りが、ミイラ・ゼスシオンの鉤爪をバターのように切り裂いた。

 紫苑は警戒してすぐにゼスマリカを手放すと、咄嗟に跳躍して距離を置こうとする。

 だがその背後より、炎を纏ったタンバリンのブーメランが弧を描きながら急接近していた。


《“荒ぶるは炎の調べフレイム・テンポ”!!》


 一撃、そしてもう一撃と、2つのタンバリンが立て続けにゼスシオンの背中をえぐる。

 そして空中で大きくバランスを崩したゼスシオンは、そのまま真下の海へと落下していった。


 第三者の介入によってどうにか窮地から脱したことを悟った鞠華は、慌ててモニターを見渡す。

 すると両膝をついているゼスマリカの横に、見慣れたアーマード・ドレス二機が並び立っているのが見えた。


《ケッ、あの時の借りはキッチリ返させてもらったぜ。包帯野郎!》

《あの時? ……あぁ、前にアイツに刀を折られたの、まぁだ根に持ってたんだねぇー》

「ランマ、モネさん……!」


 嵐馬のスケバン・ゼスランマと、百音のカーニバル・ゼスモーネが駆けつけてくれたのだ。

 味方の到着に鞠華が心の底から安堵していると、いつにも増して血気盛んそうな嵐馬が敵に向かって叫びたてる。


《どうだ“ネガ・ギアーズ”の包帯野郎、これで3対1だぜ。しかも見たところ、既に力を使い過ぎてだいぶ消耗してるみたいじゃねえか!》

《はぁはぁ……ぼくはまだ、うぅぁッ……》


 ボロボロの状態になってもなお、頑なに降伏を受け入れようとしない紫苑。

 だが彼女の意思とは裏腹に、とっくに限界を超えていたミイラ・ゼスシオンはついに膝から崩れ落ちた。


 今まで幾度となく立ち塞がり、その度に圧倒的な強さを見せつけては任務を妨害してきたきた白いアーマード・ドレス。

 そんな因縁浅からぬ仇敵が──純粋な力比べによる勝利とはいえないものの──初めて敗北を喫した決定的な瞬間だった。


《立てるか、鞠華》

「えっ……あ、うん……」


 嵐馬に心配をかけられるも、鞠華は心ここに在らずといった調子でつい生返事をしてしまう。

 彼としては自分のことよりも、今しがた倒したばかりの敵アクターのほうがよほど心配だった。


「あの、紫苑……白いアーマード・ドレスは、どうするんですか」

《ん? そうだな……ひとまずはオフィスに連れて帰って……》


 壊れた玩具のように動かなくなったミイラ・ゼスシオンへと、ゼスランマがゆっくりと近付こうとしたそのとき。

 敵の接近を知らせる警告音アラートが唐突に鳴り響いたかと思えば、鞠華たちの足元に飛来してきた銃弾が立て続けに水飛沫をあげた。

 あたかもゼスシオンから注意を逸らすことが目的のような威嚇射撃に、“オズ・ワールド”のアクターたちは反射的に視線を巡らせる。


「なっ……」


 高速で近付いてくる機影に、鞠華たちは思わず目を疑ってしまう。

 こちらに火縄銃のような形状のライフルを向けているのは、なんと彼らの誰も知らないアーマード・ドレスだったのだ。


 黒地に赤色のラインが入った、通算にして6番目のインナーフレーム。

 その細くしなやかな四肢が纏っているのは、軍服の装甲ドレスだった。

 世界大戦時代のドイツ軍、あるいは大日本帝国陸軍を彷彿とさせる意匠。黒を基調とした制服の肩からは赤いマントを羽織っており、腰には鞘に収められた状態の軍刀が差されている。


 戦場の指揮官──いや、軍神と呼べるほどに威厳のある風貌。

 そのアーマード・ドレスはゼスシオンを庇うように割って入ると、“オズ・ワールド”所属の三機に銃口を向けたまま立ち止まった。


「“ネガ・ギアーズ”の新しいアーマード・ドレス……!? じゃあ、そこに乗っているのは……!」

《……ご名答、と言っておこうか。ゼスマリカのアクター》


 鞠華の問いかけに対し、今となっては聞き慣れた声が反響してくる。

 間違いない。軍服のアーマード・ドレスを操っているアクターは、“ネガ・ギアーズ”の構成員の一人。

 くれないたくみ、その人だった。


「ってことは、そのアーマード・ドレスの名前は“ゼスタクミ”……!?」

《ふむ、その響きはあまり好ましくないな。もとより“紅匠”という名前自体、世を忍ぶためのコードネームのようなものだ。……いいだろう、ここで私の真名まなを明かすというのも悪くない》


 匠は回線の向こう側で口元を綻ばせた後、そっと自身と愛機の名をささやく。



《ティニー=アーデルハイト=








 ──“XES-TINYゼスティニー”。ああ、やはりこちらのほうが耳心地がいい……》



 青年──否、は、まるで少女のような喜悦の微笑みを浮かべる。


 そして彼女の名乗りを聞いた“オズワールド”のアクター三人は、自分たちの上司と“ネガ・ギアーズ”との知られざる関連性ミッシングリンクに、少なからず衝撃を受けているのだった。

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