愛憎と復讐の輪舞曲(ロンド)編

Live.81『罪は重いな大きいな 〜TO BE CONSCIOUS OF ONE'S GUILT〜』

 鞠華ら三人のアクターがオズ・ワールドへの襲撃作戦を決行し、匠の駆る“ヴァリュキュリア・ゼスティニー”がたった一機で量産型アーマード・ドレス“エンキドール”部隊の相手を引き受けていた、その頃──。

 歩兵部隊の侵入を許してしまった地下アジト内では、まさに熾烈しれつを極めたというべき銃撃戦が繰り広げられていた。


「CからFブロックまでの隔壁を全て閉鎖、その間に連中をポイント2-4-2へと誘導させるのよ……!」


 レベッカはインカム越しに部下へと指示を飛ばしつつも、こちらに飛んでくる銃撃から逃れるように通路を駆ける。

 とっさに曲がり角へと転がり込むと、壁を遮蔽物しゃへいぶつにして手に持ったライフルを応射。跳弾の火花が狭い通路を照らし、被弾した敵の悲鳴は銃声の反響によってかき消された。


「くッ……!?」


 壁に跳ね返った銃弾が右肩を貫通し、レベッカの顔が苦痛に歪んだ。

 どうにか痛みを堪えつつも、銃声の聞こえてくる方向とは反対へとひたすらに走る。

 やがて通路とは一転して天井の高い部屋──アジトの地下格納庫に駆け込むと、すぐさま壁に備え付けられたコンソールを操作し、隔壁を閉じた。


 銃声が次第に遠くなっていき、どうにかやり過ごすことができたという安堵感がこみ上げてくる。

 ……が、先ほどの受けた銃弾の傷がまた激しく痛みはじめ、落ち着きかけていた意識はすぐに緊張の渦の中へと引き戻された。

 左手で傷口を抑えるものの、指の間から赤い筋がいくつも流れ落ちていく。

 とうとう痛みに耐えかねたレベッカが壁を背に座り込んだそのとき、どこからかスピーカーを介した合成音こえが発せられる。


《ふんっ、無様ぶざまなものですね。社長しゃちょーさんたちに歯向かうからそうなるんですよ》


 ふと顔を上げると、目の前には立体映像ホログラムのチドリ・メイが立っていた。

 露骨に冷ややかな視線を送ってくる彼女に辟易へきえきしつつも、レベッカは言葉を返す。


「そう言うあなたは、よほど彼らを信頼しているようね」

《当然ですっ! だってオズ・ワールドは正義の味方なんですから!》

「ふうん……で、今はその正義の味方が、何も知らない市民にミサイル攻撃をしようとしているのだけれど?」

《そ、それは……も、もとはと言えばあなた達が、ワームオーブを持ち出したりしたのが悪いんですよ!》

「当然でしょう。東京ディザスターを引き起こした元凶である彼らに、これ以上パンドラの箱を持たせておくわけにはいかないわ。そして彼らはまた、自分たちの計画を推し進めるために暴力を振りかざしている……チドリ・メイ、あなただってその片棒を担がされているのよ?」


 至極もっともな事実を指摘されてしまい、チドリはこれ以上なにも言い返すことができなかった。

 ただ、悔しそうに下唇を噛みながら、目に電子の涙を浮かべていた。


「……同情を誘おうとしてもムダよ。その涙だって、ポリゴンにテクスチャーを貼っただけの作り物。ただの偽物フェイクに過ぎないわ」

《なんで……なんでそんなひどいコト言うんですか……》


 チドリの足元に、大粒のしずくがこぼれ落ちる。

 CGで描画されたその効果エフェクトは、しかし実物と見紛うほどの現実感を帯びている。


《ニセモノのモデルからだじゃいけないんですか。現実の肉体からだなんて、ちょっとケガしただけでも使い物にならなくなるのに……そっちのほうが偉いってんですか、素晴らしいんですか!?》


 そう訴えかけるチドリの言葉も、決して間違いなどではない。

 こうしている間にもレベッカの右肩から止めどなく流れ出ている血液が、何よりの証明だった。


《リアルでそんなに動けるあなたには一生わからないですよ……小さい頃からずっと寝たきりで、学校にもいけなかったわたしの気持ちなんて》

「だからあなたは、自ら“Q-UNITクオリアユニット”の一部となることを望んだのね。現実の肉体と引き換えに……」


 よわいわずか11歳にしてこの世を去った少女──君嶋きみじま千鳥ちどりの短い生涯については、レベッカもある程度までは把握している。

 幼少期から病室で人生の大半を過ごしてきた彼女は、余命宣告を受けてからしばらく経った日にある男と出会っていたのだ。

 その人物こそが、オズワルド=Aアルゴ=スパーダ。全ての事件のきっかけでもあるオズ・ワールドリテイリングの本社長、の人だった。


《昔から、歌って踊るアイドルに憧れてました。わたしは体が弱かったから、どうせ叶いっこない夢だってことも、わかってましたけど……けど社長しゃちょーさんは、そんな夢でさえも叶えてくれた! こんなわたしに、自由な体を与えてくれた!》

「それが、あなたが彼らを信じる理由……」

《たしかにわたしは一度死にました。でも、バーチャルアクターとして生まれ変わってからは、死ぬ前にできなかったたくさんのコトができてる……色んな夢を叶えられてる。メイっていう名前も、“千鳥わたしいのち”って意味を込めて社長しゃちょーさんに付けてもらったんです》


 そのように語るチドリの表情は、まるで親に楽しかった出来事を話している子供のように嬉しそうだった。

 少なくとも彼女にとっては、非道な行いをするオズ・ワールドリテイリングへの協力も、“恩返し”という名の善意に他ならないのだろう。


《わたしはアイドルとして、バーチャルアクターとして、今度こそみんなの笑顔のために戦いたい! それが社長しゃちょーさんに命をいただいた、わたしの夢なんです!》

「…………っ」


 その居た堪れないほどの純粋さが、レベッカの連中に対する怨念をよりいっそう燃え上がらせた。


「……なら、その夢はやはり彼らに裏切られていることになるわ。わたしには“Q-UNIT”として利用され、命を弄ばれているようにしか見えないのだけれど」

《だから、それはわたし自身が望んだことだって……!》

「あの量産型アーマード・ドレス──“エンキドール”を見てもそう言える? 見たところ、あれにもあなたと同じようなものが積まれているみたいだけれど」

《……!》


 チドリの目がハッと見開かれる。

 その反応を見るに、どうやらこの事実は今まで知らされていなかったようだ。


「あなたかどんなに崇高な理想を抱いていたところで、結局“Q-UNIT”は兵器のパーツでしかない。そしてそれを仕向けたのは他でもない……オズ・ワールドの大人たちだわ」

《そんなこと、ない……》

「アイドル……? バーチャルアクター……? 笑わせないで。あなたは笑顔を守るどころか、多くの笑顔を奪おうとしている……ただ利用されているだけなんだって、本当はもう気付いているんでしょう……?」


 どうしようもない現実を、レベッカは残酷なまでに直接的な言葉をもって突きつけた。

 それに対し、おそらくチドリにも思うところはあったのだろう。彼女は嗚咽おえつしながらも、顔をくしゃくしゃにして訴える。


《じゃあ、どうすればよかったっていうんですか……っ!! あのまま病室で、何もできないまま死んでいればよかったんですか!? 生きることを望んだら、いけないんですか……!?》

「……いいえ。あなたは人として当然の感情を利用された、いわば被害者よ」

《被害……者……?》

「けれど同時に、人々の笑顔を踏みにじった加害者でもある。きっかけがどうあれ、その“結果”だけが誰にも変えられない“真実”よ。そして己の犯したまちがいは、自分自身で背負っていくしかないわ……」


 どこか遠くを見つめながら、思い詰めた表情でレベッカが言う。

 その哀しそうな瞳は、かつて何らかの絶望を味わったような悲壮と、憎悪や執念めいたいきどおりをチドリに感じさせるのだった。


《どうすれば……》

「?」

《どうすれば、わたしの過ちは許されますか……?》


 気がつくと、チドリは救いをうようにたずねていた。

 レベッカは少し意外そうな顔をしたあと、迷える子供を導く大人としてそれに応える。


「……自分にとって大切な人が、誰かに殺されてしまったとする。その犯人が死刑になったとして、残された人たちは彼の罪をすべて許すと思う?」

《いえ……》

「それと同じよ。罪はつぐなうものじゃないし、死んだって償えるようなものでもない……悔やみながら、屈辱に耐えながら、許しを求めず、ただひたすらに背負っていくものよ」

《レベッカ……さん、あなたは……》


 過去になにがあったんですか?


 ──と、チドリが問い詰めようとした時だった。

 レベッカの座り込んでいた位置から反対側のゲートが唐突に開かれ、そこから武装したオズ・ワールドの兵士たちが突入してきたのだ。

 彼らはレベッカの姿を発見するやいなや、間髪入れずに銃口を向ける。


「くっ……!」


 チドリにばかり意識を向けていたせいか、レベッカの動きが一瞬遅れてしまった。

 否応なく集中する射線を床に転がってやり過ごしつつも、入り口に立つ集団に向かってトリガーを引く。

 だが弾を発射する直前──右肩の傷口を鋭い痛みが走ったことで、照準が大きくズレてしまった。当然ながら弾丸は命中することなく、明後日の方向へと飛んでいってしまう。


(しまった……!)


 凄まじいまでの危機感が一気に押し寄せて来る。

 敵が十数人いるのに対し、こちらはたった一人。運悪くこの場に援護してくれるような仲間は居合わせていない。

 この状況から生存できる確率など、いちいち考えるまでもなかった。


 ──私はまだ、こんなところで終われない。終わるわけには……!


 そんなレベッカの希望も打ち砕くように、複数の銃口が一斉に火を噴く。

 だが、弾丸がレベッカに到達することはなかった。

 彼女の目の前に轟音とともに落ちてきた巨大な瓦礫が、飛来してきた銃弾の行く手を阻んだのだ。


「っ……!」

《無事ですか、レベッカお姉さん!?》


 声のした頭上を見上げると、そこには改修がほぼ完了した状態のインナーフレーム“ゼスパーダ”が立っていた。どうやら機体固定用のアームを自力で振りほどき、敵の集中砲火からレベッカを守ってくれたらしい。

 しかし、この事実を事実のまま受け入れるには、いささか疑問が残ることも確かだった。レベッカはそのことを口にする。


「どうして、私なんかを助けたの……」

《勘違いしないでください。別にあなたを助けたわけでもなければ、恩を感じているワケでもありません。機体を動かそうとしたら、たまたまこうなっただけですし》

「……ツンデレ?」

《と、とにかくそこにいたら危ないですよ! さっさと格納庫ここから逃げてください!》


 チドリは気恥ずかしさを取りつくろうように言うと、その巨体を兵士達のほうへ向けなおす。その行動はまさしく、彼女があれほど信頼を寄せていたオズ・ワールドへの反抗に相違なかった。

 きっと言葉の上ではああ言っていたものの、彼女なりに覚悟を決めたうえでの行動なのだろう。

 レベッカはそれを瞬時に理解すると、しかし結局この場から逃げることはせずにゼスパーダへと声をかける。


「チドリ・メイ……ううん、チドリちゃん!」

《なんです!? てか、まだ逃げてなかったん──》


「すぐにコントロールスフィアのハッチを開いて、……!」


「乗る……って、ちょ、ふぇっ……!?」


 アクター適正を持たないはずであるレベッカからの突拍子もない提案に、チドリは当然のごとく困惑してしまう。

 だが、とやかく言っているような場合でもなかった。

 チドリは銃撃からレベッカを庇うようにゼスパーダを屈ませると、言われた通りにコントロールスフィアのハッチを解放する。

 すると重力操作で引き寄せるまでもなく、レベッカはゼスパーダの太ももや腹部を蹴ってジャンプ。まるで忍者のような動きで、あっという間に機体へと乗り込むのだった。


《な、なんのつもりですか……!》

「キミがスリープモードになっていた間に、少し機体システムを弄らせてもらったの。まだテストは行なっていないけれど、今からぶっつけ本番でそれを作動させるわ」

《そういえば、いつの間にか知らないプログラムがインストールされてる……!?》

「いくわよ。準備はいい?」

《あー、もう……わかったですよ。その代わり、あとでわたしの質問にも答えてもらいますからね!》


 チドリからの承諾を得ると、レベッカはライダースーツの胸元からあるものを取り出す。

 それは白い色をしたゼスパクトだった。彼女はそれを眼前に突き出すと、ゼスパーダに新しく追加したシステムを立ち上げる。


「“ゼスタード”システム起動──擬似神経回路形成、接続……マッチングクリア」


 再び立ち上がったインナーフレームの全身に走るラインが、グリーンからより鮮やかなエメラルドグリーンへと変化していく。

 かくして“正義の味方バーチャルアクター”という記号として祭り上げられていた偶像アイドルは、今まさに本物の救世主へと生まれ変わろうとしていた。

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