Live.82『ピエロらしく馬鹿らしく 〜ACT AS OR LIKE A CLOWN〜』
オズ・ワールドリテイリングがついに実戦へと投入した決戦兵器、量産型アーマード・ドレス“エンキドール”。その
──が、製造された全6機が力を束ねてもなお、ヴァルキュリア・ゼスティニーを駆る
(
敵機の迷彩色に彩られた“ストラテジック・アーミー”の猛攻を
いくら互角の戦力を有するエンキドールが束になっているからといって、戦闘中に
そして『量産型6機による奇襲』という予想外の事態に応じた今のゼスティニーだからこそ、敵編隊を相手にしても引けを取らないほどの戦闘を行えているのだ。
その理由は──。
(
ライフル弾を受けて損傷した
敵の攻撃を一手に引き受ける
「──
銃撃から真下のアジトを庇うようにシールドを構えたゼスティニーが、そのままエンキドール部隊のうちの1機に向かって突っ込んでいく。
こちらへの応射をシールドで受け流しつつ、一気に間合いへと飛び込む。
そしてエンキドールが腰だめに構えたライフルをシールドで払い、間髪入れずに片手剣を斬り上げた。
「ひとつ、次──!」
ライフルの射線を
さらに後ろからナイフで挑んできたエンキドールへと振り向きざまに応戦。数回ほど切り結んだのち、肩から腹にかけてを容赦なく斬りつけた。
「ふたつ、そしてみっつだ……!」
ほんの僅かな時間に、すでに3機ものエンキドールが戦闘不能となっていた。
鬼神の如き戦果を上げるこのヴァルキュリア・ゼスティニーを、止められるものなど誰もいない!
匠が慢心にも似た高揚感を抱きかけていた、だがそのとき──。
「何……ッ!?」
撃破したと思っていたエンキドールのうち1機が、なんと
おそらくは斬られる直前に、自ずから装甲を
その一瞬を見逃さず、エンキドールのフレームはゼスティニーへと抱きつくようにして身動きを封じる。それに乗じて残った3機のエンキドールが、その照準を一斉にゼスティニーへと向けた。
「くっ、
いくら改良型のインナーフレームといえど、アウタードレスを纏っていない状態ではゼスティニーを押さえつけるほどのパワーは発揮できない。
匠は力任せに拘束を
が、すでにエンキドール部隊は陣形を三角形型に展開し、ゼスティニーを中央に取り囲んでいる。
三方向からの射撃をシールドだけで受け切ることはできず、かといって回避するにはあまりにも接近を許し過ぎてしまっていた。
次の瞬間──エンキドールのうち1機が構えていたライフルが、爆発を起こして消滅した。
背後から接近した何者かが、銃身を両断したのだ。
「今のは……?」
口をついて出た疑問を、しかし匠は解決を後回しにして残った敵機へと迫る。
幸いにもエンキドールの照準はゼスティニーから別の機体へと移っていたため、容易に接近することができた。シールドを前面に押し出して体当たりし、怯んだところを片手剣で斬りつける。
さらにもう一機のエンキドールへは、すでに先ほどの機体がその懐へ飛び込んでいた。まさに電光石火のごときスピードで“ストラテジック・アーミー”の
《間一髪……と、いったところかしら》
「ゼスパーダ……! 乗っているのは……ボス、なのか……?」
全ての敵機を
こちらの
ただし
そして何よりも驚くべきは、本来アクター適正を持たないはずの人物がそれを動かしているということだった。
《
《まあ言うても、わたしがいなきゃこの子は動かせないんですけどねぇ》
生まれ変わったアーマード・ドレスの名を告げたレベッカ=カスタードに、チドリ・メイがすかさずツッコミを入れる。
彼女の言及したように、アクター適正のないレベッカでは
しかしレベッカは少しでも戦力を増強するために、サルベージした
なお、当初はチドリ・メイの人格を上書きしたうえで運用する予定だったはずだが、彼女たちの間に和解が果たされた以上、どうやらその必要性はなくなったらしい。
二人のやり取りからそれを察した匠は、密かに
*
《さあ……わたくしと貪り合い、散らし合いましょう……マリカスさぁん!》
《ウウウウ……ウオアアアアアアアアアアッ!!!》
紫苑の目の前で、白と黒のアーマード・ドレスがなおも激しい空中戦を続けている。両者はバイオアクターである彼女にさえ、捉えるのが困難なほどの凄まじいスピードでぶつかり合っていた。
「まりか……っ!」
名前を呼ぶ紫苑の声も、もはや鞠華の耳には微塵さえも届いていない。
彼は獣のような咆哮をあげながら、レイピアを構えて突っ込んできた“シュヴァリエ・ゼスタイガ”に真っ向から迎え撃つ。
ゼスマリカとそのアクターが漆黒のドレス“マスカレイド・メイデン”に意識を乗っ取られているということは、火を見るよりも明らかだった。
《ウフフ、なんて野蛮な戦い方ですこと。まるで血に飢えた獣のようですわぁ!》
《破壊スル……全テノ敵意ハ……排除スル……!》
ゼスタイガは背中から生えた八本のアームを展開し、先端のレイピアに赤黒いヴォイドを纏わせる。そして数十メートルにも伸びたヴォイドを、翼のように振り回しながら叫ぶ。
対して暴走する鞠華は自分の周囲にヴォイドの
殺意と殺意が激突する。
砲弾のように飛来する待針をゼスタイガの“
その余波を受けた周囲の建造物が窓ガラスを砕いたときには、すでに二機はその場から消えていた。両者は並列飛行するように目まぐるしく場所を移動しながら、互いに光刃をぶつけ合い、恐ろしい速度で街並みを駆け抜けていく。
《はっ……はっ……!》
《グウウ……グオォアアアアアアアアアアアアアッ!!》
幾度となく翼を交差させる二柱のアーマード・ドレス。
だが両者がすばやく左右に飛び離れたとき、ついにゼスタイガの右腕がレイピアごと斬り落とされた。ゼスマリカの背中から鮮血のように噴射する“
《しまっ……きゃッ!?》
腕を切断された痛みでバランスを崩した大河が墜落していく。
しかしゼスマリカはそれすらも上回るスピードで追従すると、ダメ押しと言わんばかりに敵機の背中を蹴り込んだ。
落下中に受け身を取れるはずもなく、ゼスタイガは膨大な力を受けて眼下のアスファルトへと叩きつけられる。
《あ……がッ……》
《ヴヴヴ……》
地面を這いつくばる大河の元へ、マスカレイド・ゼスマリカがゆっくりと近づいていく。
ただ圧倒的に君臨する黒い機体はゼスタイガの頭を踏みつけると、細く
《ぎゃああああああああああああああああああああああああッ!!!》
「たいが……」
まるで脳を左右に引き裂かれたような想像を絶する痛みが、大河の全身に襲いかかっていた。
耳を
このままでは、ゼスタイガが大破してしまうのも時間の問題である。
もしそうなれば、また鞠華に重荷を背負わせることになってしまう……!
「まりか! もうやめて、これ以上はだめぇ……っ!」
紫苑はボロボロに傷ついたミイラ・ゼスシオンを無理に走らせると、今にもとどめを刺そうとしていたゼスマリカの腕を
そのまま駆けつけた紫苑は腕の中で暴れる必死にゼスマリカを押さえつけつつ、目の前で
「たいが、今のうちに逃げて……!」
《し、紫苑……でも、わたくしはまだ……》
「はやく……うぐぁ……っ!?」
ゼスマリカが全身から凄まじい量のヴォイドを放出し、とうとう取り押さえていたゼスシオンを吹き飛ばしてしまった。
その圧倒的なまでの力を目の当たりにしたことで、うちに秘めた恐怖心をようやく思い出したのだろう。大河はしばらく
「ま……りか……」
黒いアーマード・ドレスがゆっくりと、仰向けに倒れているゼスシオンのほうを振り向く。
意識を完全に支配されたゼスマリカは、もはや一切の感情が消え去った
「大丈夫……大丈夫だから、まりか……もう怖がらなくたっていいんだよ」
《ヴ……ヴヴ……》
今まさに自分の命が奪われようとしていることを理解しつつも、しかし紫苑は真摯な思いで語りかける。
だがそんな優しさを帯びた言葉も、やはり鞠華の耳には届いていなかった。
彼はゼスシオンの首元を強引に掴むと、軽々と片腕で持ち上げてしまう。
《“
「まり……か……くぁ……っ!」
ゼスシオンを締め上げている手にヴォイドが集束し、紫苑の細い首は息もできないような圧迫を受けた。
さらにゼスマリカは空いているもう片方の手にもヴォイドを纏わせると、その鋭く尖ったマニピュレーターを大きく振りかぶる。
かくして命を刈り取る形をした手刀が、ゼスシオンの胴部を刺し貫こうとしていた──そのときだった。
《ナ……ニ……!?》
「これ……は……」
首元を掴まれたうえに、もはや四肢を動かす力もないミイラ・ゼスシオン。
そんな満身創痍といった機体の胸部あたりから、三本目の腕が伸びていた。
否。それはゼスシオンの胸から植物のように生えているわけではなく、正確には
白と黒の道化師“クラウン・クラウン”──その
(そっか……そういうことなんだね)
目の前で起こった現象にはじめは驚きを隠せない様子の紫苑だったが、徐々にその意味を本能的に理解していく。
この“クラウン・クラウン”は、鞠華が
そして“マスカレイド・メイデン”もまた、アクター自身が封じ込めた
相反する二つのドレスは、そのどちらもが“逆佐鞠華”を構成する重要なファクターであり──同時に彼の痛みや弱さ、そのものなのだ。
(だったら、ぼくのやるべきことは一つだ)
一つの結論に至った紫苑はゼスパクトを取り出すと、それを胸に当ててそっと
「ドレスチェンジ──“クラウン・クラウン”」
そして換装を終えた白いアーマード・ドレスは、目の前にいる漆黒のアーマード・ドレスをぎゅっと抱きとめた。
「痛みはぼくがはんぶん背負う……そのドレスがきみの弱さなら、ぼくもそれを受け容れるよ……だから」
紫苑は
すると次の瞬間、ゼスマリカを覆い尽くしていた黒い
「だから……今はゆっくりおやすみ、まりか」
やがて彼女の胸元から、小さく穏やかな寝息が立ち始める。
紫苑もそれを聞き届けると、心から安心したように微笑みを浮かべた。
その水晶のように優しげな右目が──血のように赤く禍々しい光を放っていることには、彼女自身さえもまだ気付いていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます