Live.82『ピエロらしく馬鹿らしく 〜ACT AS OR LIKE A CLOWN〜』

 オズ・ワールドリテイリングがついに実戦へと投入した決戦兵器、量産型アーマード・ドレス“エンキドール”。その性能スペックは(いくらかの機能制限があるとはいえ)単純な戦闘力だけで言えば原型機すらも上回っているほどであり、まさしく『完成したアーマード・ドレス』といっても決して過言や誇張ではない。

 ──が、製造された全6機が力を束ねてもなお、ヴァルキュリア・ゼスティニーを駆るくれないたくみの練度には到底追いつけてはいなかった。


(衣装ドレス選びを誤ったな……おそらくこちらの戦力を想定しての装備だったんだろうが、それではこの私には勝てまい。そう断言できるだけの理由がこちらにはある)


 敵機の迷彩色に彩られた“ストラテジック・アーミー”の猛攻をかわしながらも、匠は静かに勝利への確信を抱く。

 いくら互角の戦力を有するエンキドールが束になっているからといって、戦闘中に装甲換装ドレスチェンジが行えない分、『戦況への即時対応力』という一点においては旧型のゼスティニーにいくらかアドバンテージがある。

 そして『量産型6機による奇襲』という予想外の事態に今のゼスティニーだからこそ、敵編隊を相手にしても引けを取らないほどの戦闘を行えているのだ。

 その理由は──。


(装甲治癒ドレスヒール……それがこの“ヴィクトリー・ヴァルキュリア”に与えられた固有能力ドレススキル。このチカラがある限り、勝利の女神ヴィクトーリアは我々にほほえみ続ける……)


 ライフル弾を受けて損傷した表面装甲ヴォイド・テクスチャーが、まるで時間を巻き戻したように再生されていく。それこそが指揮官コマンダーから戦女神ヴァルキュリアへとドレスチェンジを遂げたゼスティニーの真価であり、本領である。

 敵の攻撃を一手に引き受ける盾役タンクとしての強固さと、傷を癒すことで支援する回復役ヒーラーとしての献身さ……その二つの役割ロールを兼ね備えたその姿は、さながら自ら前線に立つことで軍勢を率いる女騎士ナイトのようであった。


「──ゆえに、アジトへは弾丸の一発たりとも通さん!」


 銃撃から真下のアジトを庇うようにシールドを構えたゼスティニーが、そのままエンキドール部隊のうちの1機に向かって突っ込んでいく。

 こちらへの応射をシールドで受け流しつつ、一気に間合いへと飛び込む。

 そしてエンキドールが腰だめに構えたライフルをシールドで払い、間髪入れずに片手剣を斬り上げた。


「ひとつ、次──!」


 戦闘不能ドレスアウトに陥った敵機を確認するまでもなく、匠は向かってきた次なる標的ターゲットのほうを振り向く。

 ライフルの射線を稲妻いなずまのように躱し、急迫きゅうはくして刺し貫く。

 さらに後ろからナイフで挑んできたエンキドールへと振り向きざまに応戦。数回ほど切り結んだのち、肩から腹にかけてを容赦なく斬りつけた。


「ふたつ、そしてみっつだ……!」


 ほんの僅かな時間に、すでに3機ものエンキドールが戦闘不能となっていた。

 鬼神の如き戦果を上げるこのヴァルキュリア・ゼスティニーを、止められるものなど誰もいない!


 匠が慢心にも似た高揚感を抱きかけていた、だがそのとき──。


「何……ッ!?」


 撃破したと思っていたエンキドールのうち1機が、なんと下着フレーム姿のままこちらへ差し迫ってきたのだ。

 おそらくは斬られる直前に、自ずから装甲を排除パージしていたのだろう。匠はすぐ反撃に転じようとするも、不意だったため反応がわずかに遅れてしまう。

 その一瞬を見逃さず、エンキドールのフレームはゼスティニーへと抱きつくようにして身動きを封じる。それに乗じて残った3機のエンキドールが、その照準を一斉にゼスティニーへと向けた。


「くっ、はなせ……!」


 いくら改良型のインナーフレームといえど、アウタードレスを纏っていない状態ではゼスティニーを押さえつけるほどのパワーは発揮できない。

 匠は力任せに拘束をほどくと、すぐにシールドを構えて防御姿勢をとった。


 が、すでにエンキドール部隊は陣形を三角形型に展開し、ゼスティニーを中央に取り囲んでいる。

 三方向からの射撃をシールドだけで受け切ることはできず、かといって回避するにはあまりにも接近を許し過ぎてしまっていた。


 次の瞬間──エンキドールのうち1機が構えていたライフルが、爆発を起こして消滅した。

 背後から接近した何者かが、銃身を両断したのだ。


「今のは……?」


 口をついて出た疑問を、しかし匠は解決を後回しにして残った敵機へと迫る。

 幸いにもエンキドールの照準はゼスティニーから別の機体へと移っていたため、容易に接近することができた。シールドを前面に押し出して体当たりし、怯んだところを片手剣で斬りつける。

 さらにもう一機のエンキドールへは、すでに先ほどの機体がその懐へ飛び込んでいた。まさに電光石火のごときスピードで“ストラテジック・アーミー”の装甲ドレスを叩き切り、あっという間に敵部隊を全滅へと追いやってしまった。


《間一髪……と、いったところかしら》

「ゼスパーダ……! 乗っているのは……ボス、なのか……?」


 全ての敵機を退しりぞいた匠の目に、少し遅れてその機影が映る。

 こちらの窮地きゅうちを救ったアーマード・ドレスは、たしかにチドリ・メイの乗機であるゼスパーダと同一の識別信号を発していた。

 ただしまとっているアウタードレスはかつての“ドメスティック・アイドル”ではなく、代わりに純白のウェディング・ドレスを模した装甲で身を包んでいる。手には花束ブーケとリボンの結ばれた大振りのケーキナイフが握られており、先ほど計2機のエンキドールを仕留めたのもその武器であることが一目でわかった。

 そして何よりも驚くべきは、がそれを動かしているということだった。


識別登録ドレスコード“ウェディング・ロード”……そしてこの機体はゼスパーダ改め“ウェディング・”……と、これからは呼ぶことにするわ》

《まあ言うても、わたしがいなきゃこの子は動かせないんですけどねぇ》


 生まれ変わったアーマード・ドレスの名を告げたレベッカ=カスタードに、チドリ・メイがすかさずツッコミを入れる。

 彼女の言及したように、アクター適正のないレベッカでは神経回路サーキットを形成することができず、フレームへの接続アクセスもドレスとの同期シンクロを行うこともできないはずだった。

 しかしレベッカは少しでも戦力を増強するために、サルベージしたQ-UNITクオリアユニットを操縦支援システムとして移植。生体コアを仲介として組み込んだことによって、適性を持たない自身でもアーマード・ドレスを動かすことを可能としたのである。


 なお、当初はチドリ・メイの人格をしたうえで運用する予定だったはずだが、彼女たちの間に和解が果たされた以上、どうやらその必要性はなくなったらしい。

 二人のやり取りからそれを察した匠は、密かに安堵あんどの息をいた。





《さあ……わたくしと貪り合い、散らし合いましょう……マリカスさぁん!》

《ウウウウ……ウオアアアアアアアアアアッ!!!》


 紫苑の目の前で、白と黒のアーマード・ドレスがなおも激しい空中戦を続けている。両者はバイオアクターである彼女にさえ、捉えるのが困難なほどの凄まじいスピードでぶつかり合っていた。


「まりか……っ!」


 名前を呼ぶ紫苑の声も、もはや鞠華の耳には微塵さえも届いていない。

 彼は獣のような咆哮をあげながら、レイピアを構えて突っ込んできた“シュヴァリエ・ゼスタイガ”に真っ向から迎え撃つ。

 ゼスマリカとそのアクターが漆黒のドレス“マスカレイド・メイデン”に意識を乗っ取られているということは、火を見るよりも明らかだった。


《ウフフ、なんて野蛮な戦い方ですこと。まるで血に飢えた獣のようですわぁ!》

《破壊スル……全テノ敵意ハ……排除スル……!》


 ゼスタイガは背中から生えた八本のアームを展開し、先端のレイピアに赤黒いヴォイドを纏わせる。そして数十メートルにも伸びたヴォイドを、翼のように振り回しながら叫ぶ。

 対して暴走する鞠華は自分の周囲にヴォイドの待針まちばり──“嫉妬の針エンヴィースピア”を円形に出現させると、それらを一斉にゼスタイガに向けて射出した。


 殺意と殺意が激突する。

 砲弾のように飛来する待針をゼスタイガの“狂イ咲ク白薔薇ノ雄蕊ウーアゲヴァルト・アインプレーゲン”が切り払い、飛び込んできた鋭い刺突をゼスマリカの“強欲の爪グリードネイル”が受け止めた。

 その余波を受けた周囲の建造物が窓ガラスを砕いたときには、すでに二機はその場から消えていた。両者は並列飛行するように目まぐるしく場所を移動しながら、互いに光刃をぶつけ合い、恐ろしい速度で街並みを駆け抜けていく。


《はっ……はっ……!》

《グウウ……グオォアアアアアアアアアアアアアッ!!》


 幾度となく翼を交差させる二柱のアーマード・ドレス。

 だが両者がすばやく左右に飛び離れたとき、ついにゼスタイガの右腕がレイピアごと斬り落とされた。ゼスマリカの背中から鮮血のように噴射する“色欲の翅ラストウイング”が、圧倒的な力をもって叩き切ったのである。


《しまっ……きゃッ!?》


 腕を切断された痛みでバランスを崩した大河が墜落していく。

 しかしゼスマリカはそれすらも上回るスピードで追従すると、ダメ押しと言わんばかりに敵機の背中を蹴り込んだ。

 落下中に受け身を取れるはずもなく、ゼスタイガは膨大な力を受けて眼下のアスファルトへと叩きつけられる。


《あ……がッ……》

《ヴヴヴ……》


 地面を這いつくばる大河の元へ、マスカレイド・ゼスマリカがゆっくりと近づいていく。

 ただ圧倒的に君臨する黒い機体はゼスタイガの頭を踏みつけると、細くいびつな両手で背中のアームを掴む。そして傷ついた鳥の羽根をむしるかのごとく、八本のアームを一つずつ引き千切ちぎり始めたのだった。


《ぎゃああああああああああああああああああああああああッ!!!》

「たいが……」


 まるで脳を左右に引き裂かれたような想像を絶する痛みが、大河の全身に襲いかかっていた。

 耳をつんざく悲鳴に、紫苑の胸がひどく締め付けられる。いくら大河とは敵対関係にあるとはいえ、この一方的なまでの蹂躙じゅうりんは“やり過ぎ”としか言いようがなかった。

 このままでは、ゼスタイガが大破してしまうのも時間の問題である。

 もしそうなれば、また鞠華に重荷を背負わせることになってしまう……!


「まりか! もうやめて、これ以上はだめぇ……っ!」


 紫苑はボロボロに傷ついたミイラ・ゼスシオンを無理に走らせると、今にもとどめを刺そうとしていたゼスマリカの腕を白い包帯チミドロ・バンテージで絡め取った。

 そのまま駆けつけた紫苑は腕の中で暴れる必死にゼスマリカを押さえつけつつ、目の前でもだえ苦しんでいる大河へと声をかける。


「たいが、今のうちに逃げて……!」

《し、紫苑……でも、わたくしはまだ……》

「はやく……うぐぁ……っ!?」


 ゼスマリカが全身から凄まじい量のヴォイドを放出し、とうとう取り押さえていたゼスシオンを吹き飛ばしてしまった。

 その圧倒的なまでの力を目の当たりにしたことで、うちに秘めた恐怖心をようやく思い出したのだろう。大河はしばらく躊躇ためらいがちに後ずさったあと、やがて尻尾を巻いたようにその場から何処かへと逃げ去っていった。


「ま……りか……」


 黒いアーマード・ドレスがゆっくりと、仰向けに倒れているゼスシオンのほうを振り向く。

 意識を完全に支配されたゼスマリカは、もはや一切の感情が消え去った殺人兵器キリングマシーンと化していた。その冷酷な眼差しは、はっきりと紫苑を捉えている。


「大丈夫……大丈夫だから、まりか……もう怖がらなくたっていいんだよ」

《ヴ……ヴヴ……》


 今まさに自分の命が奪われようとしていることを理解しつつも、しかし紫苑は真摯な思いで語りかける。

 だがそんな優しさを帯びた言葉も、やはり鞠華の耳には届いていなかった。

 彼はゼスシオンの首元を強引に掴むと、軽々と片腕で持ち上げてしまう。


《“第七禁術ラウンドセブン忿怒の力ラースパワー”──》

「まり……か……くぁ……っ!」


 ゼスシオンを締め上げている手にヴォイドが集束し、紫苑の細い首は息もできないような圧迫を受けた。

 さらにゼスマリカは空いているもう片方の手にもヴォイドを纏わせると、その鋭く尖ったマニピュレーターを大きく振りかぶる。

 かくして命を刈り取る形をした手刀が、ゼスシオンの胴部を刺し貫こうとしていた──そのときだった。


《ナ……ニ……!?》

「これ……は……」


 首元を掴まれたうえに、もはや四肢を動かす力もないミイラ・ゼスシオン。

 そんな満身創痍といった機体の胸部あたりから、


 否。それはゼスシオンの胸から植物のように生えているわけではなく、正確には内部格納空間クローゼットに収納していたものが外界に飛び出しただけに過ぎない。

 白と黒の道化師“クラウン・クラウン”──その腕部装甲アームパーツが突如として紫苑アクターの意思とは無関係に動き出し、なんとゼスマリカの攻撃から彼女を守ったのだ。


(そっか……そういうことなんだね)


 目の前で起こった現象にはじめは驚きを隠せない様子の紫苑だったが、徐々にその意味を本能的に理解していく。

 この“クラウン・クラウン”は、鞠華が媒介者ベクターとなって顕現したネイティブドレス……つまり彼の深層心理や願望ココロのかたちを具現化したものである。

 そして“マスカレイド・メイデン”もまた、アクター自身が封じ込めた心の闇トラウマをこじ開けることによって力を引き出す特性を持つ……いわば鞠華の防衛本能や攻撃的な側面だけを抽出した、“もう一つのネイティブドレス”とも言うべき存在だ。


 人を笑顔にしたいという願いクラウン・クラウンと、他者に対する拭えぬ恐怖心マスカレイド・メイデン

 相反する二つのドレスは、そのどちらもが“逆佐鞠華”を構成する重要なファクターであり──同時に彼の痛みや弱さ、そのものなのだ。


(だったら、ぼくのやるべきことは一つだ)


 一つの結論に至った紫苑はゼスパクトを取り出すと、それを胸に当ててそっとささやいた。


「ドレスチェンジ──“クラウン・クラウン”」


 内部格納空間クローゼットから出現した道化師の衣装が、傷ついたゼスシオンのインナーフレームを優しく包み込む。

 そして換装を終えた白いアーマード・ドレスは、目の前にいる漆黒のアーマード・ドレスをぎゅっと抱きとめた。


……そのドレスがきみの弱さなら、ぼくもそれを受け容れるよ……だから」


 紫苑は子守唄こもりうたを歌うように、優しい声音で語りかける。

 すると次の瞬間、ゼスマリカを覆い尽くしていた黒い装甲アーマーが次々とがれ始めるのだった。下着姿インナーフレームとなり倒れかけたマゼンタの機体を、クラウン・ゼスシオンは身をていして受け止める。


「だから……今はゆっくりおやすみ、まりか」


 やがて彼女の胸元から、小さく穏やかな寝息が立ち始める。

 紫苑もそれを聞き届けると、心から安心したように微笑みを浮かべた。


 その水晶のように優しげな右目が──血のように赤く禍々しい光を放っていることには、彼女自身さえもまだ気付いていなかった。

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