Live.86『誰が為に鐘は降りそそぐ 〜THE SOUNDS OF THE DAYBREAK'S BELL〜』

《11時の方向よりミサイル接近中! 間もなく射程圏内です!》


 スピーカーから猫本の声が発せられるのとほぼ同時に、鞠華は水平線の向こう側から迫り来る物体をモニター越しに捉えていた。

 高度にして地上約50キロメートル。大気圏と宇宙の狭間はざまに位置する、まさに境界線と呼べる空域だった。


「“魔法の杖マジックワンド”!」


 飛行するミサイルに狙いを定めた鞠華は、ゼスマリカの内部格納空間クローゼットから“マジカル・ウィッチ”の持つを取り出す。

 プリンセス・ゼスマリカはすかさずそれを掴み取ると、虚空に向かって魔法陣を描き出した。


「狙い撃つ──“冷たき氷の槍よ、彼方の標的を刺し貫けアイスランス・マギア・シュート”!」


 魔法陣に触れたステッキの先端から、鋭く尖った氷の砲弾が撃ち出される。

 その砲弾は一直線に突き進んでいき、寸分の狂いもなくミサイル弾頭を撃ち貫いた。

 遠方で爆発が起こったのを目視し、撃墜を確認した鞠華はすぐに次なる標的へと機体ゼスマリカを向かわせる。


(“マジカル・ウィッチ”の部分換装リミテッドチェンジ。これなら、“ワンダー・プリンセス”の弱点だった射程距離も補える……!)


 鞠華はわずかな作戦時間で手応えを感じていた。

 通常であればアーマード・ドレスは装備しているアウタードレス以外の武器を使用することはできない。アクターとドレスが同期シンクロしなければいけない性質上、そこに他のドレスが介在してしまうと、形成した人格キャラクターに“ノイズ”が発生してしまうからだ。


 しかし鞠華はその問題を、なんと常人よりも遥かに高いアクター適合係数に物を言わせることによって無理やり解消してしまったのだ。それほどに彼は今までの戦いの中で、アクターとしての能力を飛躍的に開花させていった……ということになる。

 もちろん、この行為は“ダブルドレスアップ”ほどではないにせよ、鞠華自身に決して少なくない負担をかける諸刃もろはつるぎでもある。

 だが多数の標的ミサイルを休む間もなく墜とし続けなければならない今作戦においては、燃費に難がある“マジカル・ゼスマリカ”では心許こころもとないのも事実だった。

 そこで鞠華は比較的エネルギー効率のいい“プリンセス・ゼスマリカ”に、“マジカル・ウィッチ”の魔法の杖ヴォイドウェポンのみを持たせる……という、文字通りの荒技あらわざを実行するに至ったのである。


「10発目を撃墜! 次は──」


 魔法陣から連射された氷の槍が、飛来するミサイルのことごとくを爆砕せしめていく。

 だが爆煙が晴れたその向こうから、さらに数十発のミサイルが群れをなして接近してくるのが見え、鞠華の背筋を冷たい戦慄が駆け抜けた。


 ──キリがない。


「数が多すぎる……!」


《……それでも、切り抜けるッ!!》


 焦りを抱きかけていたそのとき、不意に横を何者かが通り過ぎていった。

 その機影──天女の衣装をまとった美しいアーマード・ドレスは鞘から大太刀を引き抜くと、ミサイルの大群へと横合いから斬りかかる。


 目で追うのがやっとなほどの、恐ろしく素早い剣戟けんげきの嵐。

 次々と刀剣が振るわれるたびに、切りつけられたミサイルは桜色の泡を宿して動きを止めていく。

 その鮮やかに切り抜けていく様は、まるで時代劇の殺陣のごとし。


《……でしょう? 鞠華!》

「ランマ!」


 ──“納刀終閃のうとうしゅうせん泡流あわながし”。


 ハゴロモ・ゼスランマが鞘に刀を納めた瞬間、ミサイルに付着していた泡沫ヴォイドが連鎖的に起爆する。

 その爆発を背にこちらへ微笑みかけてくる嵐馬の姿をみて、鞠華は思わず驚いきの表情を浮かべた。

 さらに、そことは別の方向でも爆発の炎があがる。


《もう俺に迷いはない。これは俺が、俺自身が、未来に進むためのケジメだ》


 黄金銃と二連式ショットガンから交互に放たれる銃火が、押し寄せるミサイルの群れを立て続けに撃ち落としていく。

 鞠華はとっさに銃弾の飛んできた方向へと視線を走らせる。するとこちらへ向かって、金色の外装をまとったアーマード・ドレスが高速で接近してきていた。


「モネさん……!」


 その機体──ゴールデン・ゼスモーネはプリンセス・ゼスマリカ、ハゴロモ・ゼスランマの二機と合流すると、背中合わせに並び立つ。

 装甲越しに伝わってくるような確かな熱量に、鞠華はかつてない高揚感を味合わずにはいられなかった。


「ははっ……! なんだか久しぶりですね、こういう感じ!」

《フッ……まさかこんな最悪な状況で、俺たち三人がまたこうして力を合わせることになるとはな。皮肉なものだぜ……》

《ええ。けれど、悪い気はしません》

《まっ、その嵐馬の口調にはまだちっと慣れないけどな》

《あら? 『テメーにだけは言われたくねぇ』……ってヤツですよ、百音》

「はいはい、しょーもない喧嘩は後にして──」


 三人は相変わらずな仲間たちに悪態を吐きつつも、そういった言動とは裏腹にニヤリと口元をほころばせる。


「「「──行くぞ」」」


 次の瞬間、三機のアーマード・ドレスはそれぞれの方向に向かって弾けた。

 新たに接近してきたミサイルへと刀を抜いたハゴロモ・ゼスランマが斬りかかり、銃を構えたゴールデン・ゼスモーネが撃ち貫いていく。

 鞠華もまた表情を引き締めると、先行した二機へと背中を預けるように迎撃行動を再開した。





 ミサイルが発射開始されてからの約15分間は、ほとんどあっという間に過ぎていった。

 クラウン・ゼスシオンが“サウザンド・ナイフ”で弾頭部を正確に射抜き、コマンド・ゼスティニーの指揮する“コマンドファイター”部隊が束となってミサイルを掃射する。

 数が徐々に減りつつあることを確信すると、鞠華は残りのミサイルを一気に掃討するべく“クイン・ゼスマリカ”へとダブルドレスアップ。惜しみなく分身攻撃を駆使し、次々と空に浮かぶ塵芥ちりあくたへと変えていった。


「次でラストだ……! 来いッ!」


 真正面から迫り来る標的に対し、鞠華はろくに避けようともせずに片腕を突き出す。

 かくしてミサイルはまるで野球のボールがキャッチャーミットに収まるように、クイン・ゼスマリカの広げた手のひらへと突っ込んでいった。


 両者が激突した瞬間、機体を包み込むほどの爆炎が炸裂する。

 だが次の瞬間には、炎はブラックホールに吸い込まれていくように何もない虚空へと収縮し、やがて跡形もなく消滅していった。

 鞠華が咄嗟に空間圧縮能力を使い、爆破の衝撃を封じ込めたのである。


《発射された戦略ミサイル、計108発すべての撃墜を確認しました!》

「ハァ……ハァ……やった、のか……?」


 どっと押し寄せてくるような疲れに身を浸しつつも、鞠華はやや疑心暗鬼ぎみに周囲を見回した。

 宇宙に限りなく近いその空域に通信以外の音はなく、ひんやりとした冷たい静寂に包まれている。

 どうやら本当に迎撃作戦は成功したようだ。


《ああ、俺たちは守り切ったんだ。かけがえのない多くの命をな》

《よかったぁ……これでみんな、無事に新年を迎えられるんだね》


 戦闘が終わったからか、いつもの口調に戻った嵐馬と百音が口々に安堵を告げた。

 その思いは他のアクター達にとっても同様であり、とくに匠は数時間前にこの世を去ったウィルフリッドをいたむように呟く。


《父さん……終わったよ》


 彼女の絞り出したような言葉を聞いて、鞠華もまた喜びと悲しみの入れ混じった複雑な表情を浮かべてしまう。

 そう……終わったのだ。オズ・ワールドの陰謀から人々を守るための戦いは、ようやく決着の時を迎えたのだ。

 もちろん、これでアウタードレスの出現が止まったわけではなく、アクターたちの戦いはこれからも続いていくことになるだろう。

 それでも鞠華は、きっと事態は今よりも好転していくことになるだろうという、楽観的ともいえる期待感を抱かずにはいられなかった。


 だがその直後、レベッカは何か釈然しゃくぜんとしないような表情で言う。


《……いいえ、まだ終わりじゃない》


「レベッカさん……?」


《むしろ、──》











《──そう、戯曲シナリオはここから大詰めを迎えていくんじゃよ。我が愛しき演者アクターたちよ》


 レベッカの言葉を遮るように、その者は唐突に通信回線へと割り込んできた。

 サブモニターに映った人物の姿を見るなり、鞠華たちは驚愕に目を見開く。とくに匠は父親を撃ち殺した張本人でもある彼を睨みつけた。


君嶋きみじま千鳥ちどり……いや、オズワルド=Aアルゴ=スパーダ……ッ!》

《ほう? わしの真名まなについても既に掴んでおったか。そうとも、わしこそがオズ・ワールドリテイリングアメリカ本社社長──オズワルドじゃ》


 千鳥……改めオズワルドは、意外にもあっさりとそれを認めてのける。

 外見こそ生前の“君嶋千鳥”と瓜二つの姿をした彼だったが、その老成した佇まいはチドリ・メイとは明らかに異なっていた。

 いかにも特注品オーダーメイドといった黒い外套がいとうに身を包み、以前は下ろしていた前髪をオールバックにまとめている。

 病室で出会った時のラフな格好から一変した衣装は、彼がそれだけ“本気”であるということを鞠華たちに知らしめた。


《フッ、まずは『Happy New Yearあけおめことよろ』とでも言っておこうかのう。お前たちの頑張りので、人々はこうしてまた新たなる暦を迎えることが出来たのだから……》

《作戦が失敗したわりには、随分と気楽そうだな》

《……いいや。人々が新しい夜明けを迎えるためには、残念ながらもう一つだけ踏まねばならない工程プロセスがあるじゃろ?》


 オズワルドが意味ありげに語ったそのとき、不意に機体のセンサーが新たな熱源を探知した。


《──“初日の出”じゃよ》


 レーダーが捉えたその高エネルギー体は、なんと“月”から発生していた。

 より正確に言えば、それは月面に建設された無人の衛星基地である。その施設の中央に、まるで塔のようにそびえ立っている建造物──よく見るとそれは、巨大な大砲のような形状をしていることがわかった。


「あれは……衛星兵器!? なんであんなものが月に……」

情報鎖国ジャパンで過ごしていたお前たちは知り得なかったじゃろうが、スデに時代は10年前から劇的に変化している……ということの典型的な例よな。そうそう、“すまほ”なんて時代遅れな端末を使っているのも、今となっては日本人ジャップくらいなのじゃぜ?》


 “東京ディザスター”発生後の日本が通信インフラの規制や情報統制を行われている間に、どうやら世界はここまで変化してしまっていたらしい。

 もはや月面基地などは空想上SFの産物などではなくなっており、そこに存在して当たり前だという時代をとっくに迎えていたようだ。


 11年前に宇宙飛行士・天地あまち素晴すばるが火星でのミッションを終えて地球へと帰還した以降、それきり国内で一度も宇宙関連のニュースを聞かなくなった理由が、今になってわかったような気がした。


《……そしてあれは、厳密には兵器ではないわ》


 レベッカはその存在を知っていたのか、顔に冷や汗を浮かべながら言う。


《あれはマスドライバー。大砲のようにも見えるけど、本来は宇宙で物資を運搬するために造られた……言わばコンテナ打ち上げ用の巨大カタパルトよ》

左様さよう。じゃが使いようによっては、軌道上から地上を狙い撃つための“衛星砲”にもなる。例えば──》


 モニターに映るオズワルドが指をパチンと鳴らした、その刹那。


《──


 マスドライバーの数百メートルはあるであろう長大な砲身から、地上に向けてが射出された。

 どう見ても大気圏の断熱圧縮による空気加熱で燃え尽きるとは思えないほどの大きさだった。そしてその“大質量弾”は、日本の東京に照準を定めている。


《なんてことを……!》

《いやあ、わしもこれの交渉には苦労したんじゃけどな。つい先ほどようやく正式な発射許可がおりたんじゃよ》


 苛立ちを吐き捨てるレベッカに対し、オズワルドはいたって涼しげな顔で応えてのける。

 つまりこれは言わば、世界からアクター達に対する“回答”ということらしい。


 『ドレスの侵略を阻止する』という目的のためであれば『一つの国家を切り捨てることも辞さない』……という、“解答”。


《……ふざけてんじゃねぇぞ、クソったれがッ!!》


 反射的に、嵐馬が動く。

 彼だけではない。鞠華も、百音も、紫苑も、匠も、レベッカも……選別の対象者であるアクターたちは、たったいま撃ち放たれた隕石を食い止めるべく動き出していた。


 だが……隕石との距離は一向に縮まらない。

 弾速が速いのはもちろんのこと、何より発射地点がアーマード・ドレスたちのいた地点からあまりにもかけ離れ過ぎていたのだ。

 このままでは鞠華たちが追いつく前に、隕石が地球の重力に引っ張られて落下してしまう──!




 ──やらせるもんか。



 いくらアウタードレスが出現する危険な地域だからといって、そこに住む人々がこんな一方的に蹂躙されていい理由にはならない。

 それが国連やオズ・ワールドのいう“正義”だというなら、そんなものはハナっから願い下げだった。


 ただ、これ以上は悲しみを広げたくない。

 すでに自分たちは10年前に味わったのだから。

 それまで目に映っていた世界が、日常が、音を立てて崩れていく恐怖を……。


 ──ゆえに、少年は願う。

 いつか災厄の恐ろしさを忘れられるくらい、皆にずっと笑顔でいて欲しいと。


 ──故に、少年は手を伸ばす。

 この巨大な鋼鉄の手足を使って、皆が笑いあえる場所を守れるのなら。

 きっとそれは、幸せなことに違いないのだから。


「僕はみんなを……みんなの笑顔を……」


 その行為が世界を敵に回すことになるというならば、自分は“悪”でいい──。



「守るんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」



 瞬間、鞠華のなかで大切な何かが弾けたような気がした。


 同時にゼスマリカの内部格納空間クローゼットから飛び出した漆黒のパーツたちが、“ワンダー・プリンセス”の装甲を凄まじい速さで侵食していく。

 やがて機体フレームが“マスカレイド・メイデン”への換装を終えると、鞠華はすかさず急加速をかけた。


 一気に出力を解放したマスカレイド・ゼスマリカの亜高速移動は、まさしく爆発的な勢いとスピードだった。

 コントロールスフィアの中にいる鞠華でさえ、(ワームオーブの作用によって機動慣性の殆どを軽減しているにも関わらず)思わず息がつまる。彼が“マスカレイド・メイデン”の精神汚染に屈さずにギリギリ意識を保ちながら、ヴォイドの障壁バリアを全身に張り巡らせているからこそ辛うじて成し得る、非常に危ういバランスの中で成り立った行動だった。


 そして遂に隕石のスピードに追いついたゼスマリカは、剣のように鋭利なブーツを履いた両脚を左右に広げる。

 まるで開いたハサミを彷彿とさせる開脚。その姿勢のままゼスマリカは落下する隕石に追いすがると、大量の赤黒いヴォイドをまとわせた脚部で挟み込んだ。


 ──“バーデン・バーデン・ドロップ”。


 肉食獣があごを閉じて噛み砕くようなはさりは、ゼスマリカよりも数倍の大きさをもつ隕石に対しても、たった一撃で亀裂を与えるほどの威力をほこっていた。

 さらにゼスマリカは挟んだ岩をじ切るように、全身をひねって回転する。その攻撃はワニが獲物の肉を喰いちぎるときに行う“デスロール”を連想させた。


 割れる。壊れる。砕け散る。

 マスカレイド・ゼスマリカが繰り出せる最強の一撃を喰らった隕石は、その圧倒的な威力を前に崩壊していった。

 粉々になった破片は相変わらず大気圏突入のコースを取っていたが、この程度の大きさなら地上へと落ちる前に燃え尽きるだろう。


 ともあれ、どうにか最悪の事態を防ぐことには成功したのだ。

 そのことを確認してホッと一息をついたとたん、ふいに鞠華の視界がふっと暗くなった。


 足元には満天の星空が。

 そして頭上にはどこまでも広がる青い海と、緑の大地が見える。それらは時の流れとともに、どんどんこちらへ迫って来ているようにも感じられる。


 


《鞠華ッ!?》

《マリカっち!!》

《まりかぁ……っ!!》


《──か……くん……!!》


 誰かの声が必死に自分の名前を叫んでいる。

 しかしその声に応えられるほどの気力も体力も湧かないまま、鞠華はそのまま目蓋まぶたの裏側の世界へと堕ちていった。

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