Live.34『ロマンチストは錆びつかない 〜BETTER TO WEAR OUT THAN TO RUST OUT〜』

 マンションの前でレベッカの運転する乗用車に拾われ、そこから車に揺られ続けること小一時間。

 製造業の工場が集中している地帯の一角に、くだんの町工場は存在した。

 目的地へと到着するなり、鞠華は敷地内に掲げられていた社標を声に出して読み上げる。


我島がとう重工業株式会社……」


 墨田区の産業集積地域に工場を構えるその場所は、主に重機械の開発および製造事業を営む中小企業だった。特に作業用人型重機ワーカーの開発技術においては世界の名だたる大手企業にさえ引けを取らないと言われており、同業者たちの間でその名を轟かせているほどらしい。


 そういった説明をレベッカから受けつつ中へ入ると、鞠華は視界に飛び込んで来た光景に思わず感嘆を息を吐く。

 広々とした工場内には、なんと全長4メートルほどの人型重機たちが並べて鎮座させられていたのだ。そのことごとくが我島重工のハンドメイドとのことであり、十数機以上が展示されているここはロボット博物館さながらの壮観さであった。


「うわぁ……なんか、映画とかアニメみたいですね……」

「へへっ、凄いだろ。でもこいつぁんだぜ?」


 不意に肩へと手を置かれたため、鞠華は驚いて振り向く。

 いつの間にか隣に立っていたその人物は、自信に満ちた笑みが印象的な男性だった。

 中肉中背の若々しい風貌。焦茶色の髪は無造作に整えられており、顎にはまばらな無精髭が雑草のように生えている。ネクタイを締めたスーツの上に鮮やかなオレンジ色の法被はっぴを羽織ったラフな格好をしており、ビジネスマンに付いて回りがちな堅苦しさのようなものは不思議と感じられなかった。

 そんな30代前半くらいの男を見るなり、レベッカは慌てて頭を下げる。


「紹介するわ。この方は我島重工の……」

向井むかい光子郎こうしろうだ。まっ、見ての通り我島重工の社長なわけだが──」


 彼が肩書きを名乗ったところで、すかさず後ろで作業していた従業員達からのツッコミが入り始める。


「経営面はCEOに丸投げしてるってとこまでちゃんと自己紹介してやったほうが良いですよ、向井さん!」

「見ての通りというか、どっちかって言うと町内会のおじさんよねー。向井ちゃんは」

「今朝も社長出勤でしたしねぇ……向井さん」

「だーっ! てめぇらは黙って手ェ動かしてろー! あとオレ一応社長だかんな!? そこんとこキミたち忘れてない!?」


 半ば涙目になりながら従業員を叱りつけている我島重工の偉い人を見て、鞠華たちはつい呆気にとられてしまう。

 決して向井光子郎という男が、部下たちに舐められたり見下されているのではない。むしろやり取りの中には上下関係を超えた互いの信頼さえ感じられ、それを目の当たりにした鞠華は──。


(なんか、ウチのウィルフリッドさんと似てるな……)


 と、親近感を抱くのだった。

 光子郎はわざとらしく咳払いをすると、改めてオズ・ワールドの面々と向き合う。


「コホン、レディ達の前で部下達がとんだ失礼を」

「いえ……あ、あの、この三人はレディではなくだんせ……」

「ハハハッ、今のは軽い冗談ですよ。レベッカ=カスタードさん! まっ、これでもアットホームさがウチの売りなんでね。今日は営業ってわけでもないんだ、堅苦しいのはナシにしましょうや」


 ニッと白い歯を見せて笑う光子郎に、それまでガチガチに緊張しきっていた様子のレベッカはついホッと胸を撫で下ろす。

 それを見て鞠華もまた緊張の糸を解していたそのとき、ふと光子郎と目が合った。


「へぇ、君が新人アクターの……」

「は、はじめまして! マリカです!」

「ハハッ、知ってるよ。というかここだけの話、娘が君の熱烈なファンでね……よければ後でサインを──」

「オーライ、オーライ!!」


 何かを言いかけていた光子郎の声を、搬入作業の騒音が遮ってしまった。

 どうやらインナーフレームを搭載した巨大トレーラー2台が無事に到着したところらしい。荷台のコンテナが開放され、鎧を纏わぬ二機の人型マシンが工場内に運び込まれていく。


「さてと……色々と積もる話もあるけど、まずはひと仕事終わらせてからだなっ。アクター諸君も協力してくれるかい?」

「了解です! えっと……」

「光子郎でいいぜ。マリカ……いや、ロボットのパイロットくん」


 爽やかな微笑みをたたえながら、光子郎が飄々と告げる。

 その青年の瞳が、心なしか少年のように輝いていたのを、鞠華は不思議そうに見ていた。





 “ワーカー”という作業機械が世界中で広く認知されるようになったのは、ここ10年くらいの話である。

 それより以前から人型ロボットは水面下で研究こそされていたものの、多くの科学者たちは技術的な問題──それ以上に、人型である意義の無さを解決することができず、望ましい成果を挙げられぬまま頓挫していった。

 そんなロボット開発の黎明期とも呼べる時代から研究に着手し続けていたたちの集まりが、のちに『我島重工』という企業の前身となったらしい。外国の巨大企業らがこぞってワーカー事業に参入しはじめた今でも、確かなノウハウによる堅実なつくりが売りの我島重工製ワーカーは一部ユーザーからカルト的な人気を誇っているようだった。


「ふふっ、日本にもこんな人たちがいたって知って驚いた?」


 四時間ほど作業を手伝った後、休憩場で休んでいた鞠華は背後からかけられた声に振り返る。

 両手に飲み物のペットボトルを持ったレベッカ=カスタードが、こちらへ歩いて来るのがみえた。


「あっ、レベッカさんも休憩ですか?」

「うん。はいコレ、“正午の紅茶 レモンティー”」


 鞠華は『ありがとうございます』とお礼を言ってから差し出された飲み物を受け取ると、キャップを開けて一気に喉奥へと流し込む。

 レモンの程よく甘い爽やかな飲み口が、労働後の身体に染み渡った。


「ぷはぁ……それにしてもなんか、凄くイイ感じの人たちですね。やる気に満ち溢れてるっていうか、全員が光子郎さんのことを信頼しきっている感じがあって……」

「そうね……ワーカーが世間に認められるよりも以前から、人型ロボットの可能性を信じて努力してきた方達だもの。きっと今に至るまでに、色々な困難を経験してきたんじゃないかしら」

「可能性を信じて、か……」


 感慨深そうに呟く鞠華をチラリと一瞥すると、レベッカもどこか儚げな眼差しで工場内のワーカーを見据える。


「……それまで空想上の産物とまで揶揄されていた人型重機ワーカー。その著しくなかった評価が見直される契機となったのが、2万人を超える死者を出した大災害──“東京ディザスター”よ」

「っ……」


 その単語を聞いて、鞠華がわずかに唾を飲み込む。

 彼の目には静かな恐怖が浮かび上がっており、その感情を無理やり押さえ込むように顔の筋肉を強張らせていた。


「災害後の復興作業の現場で、泥濘地帯でも活動できる汎用性の高さがようやく注目されるようになったのよ。当時関東にいた被災者わたしたちからしたら、なんとも皮肉な話だけれど……」

「レベッカさん……?」

「ご、ごめんなさい。休憩中に話すことじゃなかったわね。今のは忘れて頂戴?」


 そのように言われたものの、レベッカの悲しげな横顔はすでに鞠華の脳裏に深く焼き付いてしまっていた。

 とはいえ、これ以上深く追求してしまうのも得策ではないだろうと判断した彼は、すぐに別の話題を探そうと周囲を見渡す。ちょうどそのとき、オーバーホールに入ろうとしていたインナーフレーム“ゼスマリカ”が目に留まった。


「ところでずっと気になっていたんですけど、インナーフレームって……もしかしてここで作られたんですか?」

「ええっと、たしかに部品の一部には我島重工製のものも含まれているけれど……そうね、それについてもちゃんと説明しておかなくちゃね」


 レベッカはそう前置きすると、作業中のゼスマリカを指差す。

 白く流麗な指の先にあるのは、パーツ単位で分解されつつあるインナーフレームの胸部──そこに内蔵されていた、球体の形をしている謎の赤黒い物体だった。


「あれは……?」

「インナーフレームのコアユニット、未元高分子構造体“ワームオーブ ”と呼ばれているものよ。そしてあれはね、この地球のものではないの」


 あっさりと告げられた真実に、鞠華は当然ながら眉をしかめた。

 その反応はレベッカも想定済みであり、順を追って説明を続けていく。


「11年前。アメリカの有人探査機が、火星のクレーターで発見されたワームオーブを地球へ持ち帰った……いや、の。おそらく太陽系の外から飛来してきたと思われるそれは、それまでの常識では考えられないほどのエネルギーと、物質空間を圧縮する特性を秘めていた」

「じゃあ、インナーフレームの動力源や“クローゼット”の能力も……!」

「ええ。それらもワームオーブの持つ力、あるいはその副産物よ。そして、火星で発見されたワームオーブは計7つ。そのうち回収に成功したのは6つとされているわ」


 6つのワームオーブ──すなわち、その数だけインナーフレームが存在し得るということになる。

 鞠華の“ゼスマリカ”。

 嵐馬の“ゼスランマ”。

 百音の“ゼスモーネ”。

 そして、ネガ・ギアーズの所有する2機のアーマード・ドレス。


 数が1つ合わないということは、鞠華の知らないインナーフレームがさらにもう1機いるということだろうか。

 レベッカに教えてもらった謎の答えは、結局鞠華の中で新たな謎を生み出すことにしかならなかった。


「あの、レベッカさん。もうひとつだけ気になることが」

「ん? ああ、6つ目のワームオーブのことなら安心して。今はラボの方で厳重に保管されている筈だから……」

「いえ、そっちじゃなくて……」


 鞠華はなぜか自信なさげに視線を落とすと、おそるおそるレベッカに尋ねる。



「えっと……をしてる意味って、あるんでしょうか?」



 最大の禁句タブーを鞠華が口にした瞬間だった。



「へっ……?」

「いや、ホラ……たしかにアニメとかでは人型のロボットがたくさん出てきたりしますけど、結局あれって玩具メーカーの都合だったりするじゃないですか。もし現実で戦うんだったら、戦車とか戦闘機のほうが合理的だって聞きますしぃ……」

「………………」

「あ、あの……もしかして僕、聞いちゃいけないコトを聞いちゃいました……?」


 まるでフリーズしたパソコンのように黙り込んでしまったレベッカを見て、質問した鞠華もなんだか申し訳ない気持ちになってしまう。

 しばらくこの居心地の悪い沈黙が続くかに思われていたそのとき、意識の外から男性の声が飛んできた。


「そりゃ、人のカタチをしてなきゃ“洋服ドレス”を着れないからだろう」


 インナーフレームが人型である理由をさぞ当たり前のことのように言ってのけたその人物は、やはり向井光子郎だった。

 彼が休憩所へとやってくるなり、助け舟を出されたレベッカは両手をポンと叩いて弁明しはじめる。


「そっ……そう! それです! だからインナーフレームには人型である意義がちゃんとあるんですよ、マリカくん!!」

「そ、それは大変失礼しました……っ!?」


 大人気なくそう言い伏せるレベッカに、思わず謝ってしまう鞠華。

 そんな二人のやり取りを見て、光子郎はついに堪えることができず大声をあげて笑い出した。


「ハハハハハハハっ!! はぁ……っと、こりゃ失礼。俺も昔、よく同じ質問をされてたことを思い出しちまってね」

「『ヒトガタの意味』ですか?」

「おうさ。今でこそワーカーやインナーフレームにはちゃんとした理由があるけどさ、そんとき俺が作っていたロボにはがなかったんだよ」


 まるで昔を懐かしむように、光子郎はわずかに口元を緩ませる。


「“東京ディザスター”……あの惨劇が、それまで世間には無価値としか思われていなかった人型重機ワーカーに価値を与えちまったんだ。犠牲者もたくさん出た手前、手放しで喜べないんだけどよ……それでも俺、少し嬉しかったんだ。俺や俺の仲間たちが創り上げたロボは、誰かの命を救えるんだって。無駄じゃなかったんだって……ちょっとだけ安心した」

「じゃあ……アレが起こる前は、本当にヒトガタの意味がないロボを作ってたってコトですか」

「いんやー。たしかに人型である理由はなかったけど、でも意味ならちゃんとあったんだぜ?」

「……?」


 言葉の真意をはかりかねている鞠華の頭に、ポンっと光子郎の大きな手が置かれた。

 彼は鞠華の髪をクシャクシャと撫でながら、子供のように無邪気な笑顔をみせる。


「ロマンだよ、ロ・マ・ン。オトコノコならわかっちゃうだろう?」

「それは……まあ、確かに小さい頃はロボットアニメにも本気で憧れてましたケド」

「へへっ、そうだろーう? そして自慢じゃないが、俺は自他共に認めるほどのバカだったんでね。ガキの頃から、イイ歳になってもずっとロマンを追っかけてたなぁ……」


 その何気ない言葉を受けて鞠華は、光子郎という男がなぜ少年のように澄んだ目をしているのかをようやく理解した。

 成熟した大人の体になってもなお、彼の精神こころはまだ現在進行形で夢を追い続けている少年のままなのだ。


 なぜそこまでロマンという怪物に魅入られてしまったのか、何が彼をそうさせるのか、鞠華は知らない。

 だが、その生き方はそう簡単に真似できるものではない。ゆえに鞠華は、人生の先輩として光子郎という漢を素直に尊敬した。


「そういうのって、スゴく憧れちゃいます。何かに夢中になるのって、自分が思うよりもずっと難しいことですから!」

「よ、よせやい。オジサンを照れさせるんじゃないよ……! それに俺だって、実は君のことを凄く羨ましいと思っているのだぜ?」

「僕が……ですか?」

「そりゃあだって、君は俺がガキの頃から夢みてた巨大人型ロボットのパイロットをやってるんだぜ!? くっそー、俺だってロボットに乗れるって知ってたらきっと女装極めてたんだけどなー!!」


 年甲斐もなくぷうっと頬を膨らませる光子郎を見て、鞠華も可笑しくなって笑いをこぼす。

 アクターのことを“パイロット”と呼んでいたことについても、敢えてツッコまなかった。それが光子郎なりのロマンの形であると、鞠華も同じ男として理解していたからだ。


「あっ、ところでマリカ君。よければウチの娘あてにサインを──」

「た、大変です! 向井さん!!」


 何かを言おうとしていた光子郎だったが、従業員の叫び声にかき消されてしまった。

 呼ばれた光子郎は少し決まりの悪そうな表情を浮かべつつも、慌てて駆け寄ってきた部下の話を聞く。


「どうした! 何かあったのか!?」

「そのっ、たったいまオズ・ワールドから連絡があったんですが、で……電車がぁ……!!」

「落ち着け! それで、電車がどうしたって?」



「電車が……ァ……!!」



「「……は?」」


 言伝の意味がまるで理解できず、鞠華と光子郎はつい顔を見合わせた。

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