Live.35『電車がGO! 〜DRESS WILL MOVE TRAIN〜』

「263号列車が停車駅を通過! そのまま時速120キロで走行中!」

「運転手は!?」

「応答ありません……!」


 広大な空間にコンピュータとモニターが所狭しと立ち並ぶ、そこは鉄道運行総合司令所。

 交通インフラの心臓部ともいえるその場所はいま、慌ただしい警報音と局員たちの間で飛び交う怒号に包まれていた。

 司令長の男は険しい形相で正面の総合表示盤を睨みつつ、しかし焦燥を押し殺して冷静に指示を飛ばしていく。


「ええい、すぐにCTCを作動しろ! 遠隔操縦に切り替えるんだ!」

「了解! ……っ、駄目です! セーフティプロトコル、作動しません!」

「落ち着け、もう一度やってみろ!」

「はい……やはりダメです! こちらの操作を全く受け付けません!」

「なんだと……?」


 想定外の事態への対処が思うようにいかず、司令長の額に不快な汗が浮かぶ。

 狐につままれたような思いを抱きながら、彼はモニターに表示されている映像に目をやった。


(異次元の侵略者……アウタードレスだったか。それがなぜ、よりにもよって電車の車両に取り付いている……!?)


 モニターに映っているのは、暴走している例の客・貨物混合車両──そして、車掌服の姿形をした“アウタードレス”だった。

 取り付いているといっても、インナーフレームのように電車がドレスをぴったりと着ているわけではない。蒸気機関車の煙突が付いた帽子、黒字に金いろのラインが入った制服──などといったバラバラに分かれたパーツが、まるで寄生生物のようにしがみ付いているのだ。


(乗っている人々を見捨てるわけにはいかない。だが、あれを止めるにはどうすれば……ッ!)


 乗客の安全を確保しようにも、暴走車を停止させない限り安全に降ろさせることは適わない。

 もはや万事休すかと思われていたそのとき、オペレーターが外部からの通信が入ったという旨を知らせてきた。司令長が承認すると、間髪入れずモニターに和服を着た英国人らしき還暦の男性が映る。


《聞こえているかネ? こちらはオズ・ワールドリテイリングJP支社長、ウィルフリッド=江ノ島だ》

「オズ・ワールド!? あの、政府と連携してロボットを運用しているという……」

《状況は我々も把握している、そこでだ。乗客らを無事に救出するためにも、アウタードレス討伐の協力を貴方がたに要請したい》


 詳しい原因は定かではないが、状況から察するに暴走の原因はおそらく車両に取り付いているドレスだろう。

 そう判断した司令長は、腹を決めてウィルフリッドに応じる。


「わかった。こちらはどうすればいい?」

《ドレスを確実に仕留めるための準備が必要だ。その時間稼ぎはできるかネ?》

「了解だ、善処する!」


 敬礼を最後に司令長は通信を切り上げると、すぐに管制室内のオペレーターへと命じる。


「在来線の通常運行を中止、全車両をただちに安全なルートへ退避させろ! その後、263号の進路上──ポイントE7の分岐器を作動だ!」

「ええっ!? ま、まさか暴走車を山手線で周回させる気ですか……!?」

「復興に伴うインフラの再整備で、在来線のレールは新幹線と同じ世界標準規格に統一されている。頑丈さに問題はないはずだ……!」

 

 司令長の男に念を押されたことにより、やがて局員らもまた覚悟を決めたようにコンソールを弾き始める。


 すべては事態を解決し、乗客たちを救出するため。

 大人たちは、各々にできる最善を尽くそうと動き出した。





 識別登録ドレスコード“シュッパツシンコー・ライナー”。


 そう名付けられたアウタードレスと暴走車の引き起こす一部始終の様子は、ライブ・ストリーム・バトルのネットワークを介してストリーミング配信がなされていた。


「ああ、もう! 緊急事態だっていうのに、指をくわえて見ているコトしかできないなんて……っ!」


 タブレット端末で中継映像を見ながら、鞠華はつい苛立ちを吐き捨てる。

 我島重工にて待機を命じられた彼と嵐馬は、工場内のベンチに座りながら何もできない無力感に苛まれてしまっていた。

 二人の目の前には、オーバーホール作業真っ最中のゼスマリカとゼスランマが佇んでいる。急ピッチで復旧作業が進められているとはいえ、出撃には残念ながら間に合いそうになかった。


「車両は山手線内を内回りで走行中、もうじき品川駅を通過する模様──か。クソッ……俺が蒔いた種とはいえ、まさかこんなことになるなんてな……」

「モネさん、大丈夫かな……」


 3機体のうち2機体が出撃できない以上、オズ・ワールドリテイリングJP側に残されている戦力は“ゼスモーネ”のみである。

 彼らなりにケジメをつけるためだったとはいえ──無断でアーマード・ドレスを出撃させてしまった前科のある二人には、悔しくもその尻拭いを百音に押し付けるしか選択肢はなかった。

 彼らが若さゆえの過ちを後悔していたそのとき、タブレットのスピーカーから場違いに陽気な声が発せられる。


《チャオチャオー♪ 今日のブランチはぁ〜意外と美味しかった『納豆チャーハン』、黄色担当のモネでーすっ!》


 気の抜ける挨拶と共に映ったのは、すでにサンバ衣装へとドレスアップしている百音──そして、アクターの装いに同調した“カーニバル・ゼスモーネ”だった。


「星奈林のヤツ、毎度ながらあの適当な名乗りはどうにかならねぇのか……」

「いっけぇー! モネさぁーん!」


 人々の声援と激励がこもったコメントの嵐が、タブレットの画面を覆い尽くしかねないほどの勢いで流れていく。

 鞠華と嵐馬も見守る中、ゼスモーネはじっと武器であるタンバリンを構えるのだった。



 同刻。

 山手線品川駅周辺、線路内。


《目標接近中、あと30秒で接触します!》

「ハイハーイ。それじゃ、通勤ラッシュの時間までにパパッと終わらせちゃおっか☆」


 レールの上に機体を立たせている百音は、レベッカの真面目なオペレートにも気さくに応じる。

 そしてモニター越しに線路を見据えていると、地平線の向こうから“ドレスを着た電車シュッパツシンコー・ライナー”はすぐにその姿を現した。

 全長約20メートルのアーマード・ドレスに対し、本来の在来線車両は全高3.8メートルとふた回りほど小さい。

 ……が、アウタードレスのパーツを纏っていることによりサイズは肥大化しており、先頭車両の全高および横幅は倍以上になっていた。あれほどの大きさを誇る物体が最大速度のまま激突してくれば、たとえアーマード・ドレスといえどただでは済まないだろう。

 こちらを目がけ猛スピードで近づいてくる敵を見るなり、百音は舌舐めずりをして自らを奮い立たせる。


《後部車両にはまだ多くの乗客が取り残されています。攻撃しないよう気をつけつつ、先頭車両に取り付いているドレスのみを狙ってください……!》

「合点承知の助ーっ! てなわけで、ゼスモーネいくよぉ……っ!!」


 十分に意気込んだ百音は、さっそく両手のタンバリンに炎を纏わせる。


「“荒ぶるは炎の調べフレイム・テンポ”──ッ!」


 掛け声とともに勢いよく投げ放たれた2つのタンバリンは、弧を描いて走行中の先頭車両へと向かっていく。

 そして円盤は空中で一瞬静止すると、吸着力の強いマグネットのように先頭車両の側面を両側から挟み込んだ。

 左右からタンバリンの圧力が加わり、暴走車の勢いがほんの僅かだが弱まる。それでも突進してくる相手に対し、ゼスモーネのとった次の行動は──。


「はっけよーい、のこったぁ!!」


 猪の如く突っ込んできた暴走車に、真っ正面から挑むことだった。

 ゼスモーネは大きく足を踏ん張り、ぶつかってきた先頭車両を全身で受け止める。その様子は端から見れば『“サンバ衣装の巨大ロボ”と“車掌服を纏った在来線”が相撲を取り合ってる』という、世にも奇妙な光景として映っただろう。

 数メートルほど後方に地面を引き摺りながらも、かくしてゼスモーネは振り切ろうとする暴走車を力業で押さえ込んだ。


「運転手さん聞こえる!? 今のうちに後部車両を切り離して、乗客を脱出させて……!」


 外部スピーカーを介して、百音は必死に呼びかける。

 しかし、運転席が応答する気配は依然としてない。単に通信が途絶しているだけというわけではなく、運転手自身の身に何かあったということだろうか。

 そればかりか、まるで百音の声に反発するかのように暴走車はよりいっそう馬力を強めていく。


「ぐぬぬ……この馬鹿力、やっぱり普通の電車じゃないぃ……っ!」


 最大速度を遥かに超えるスピードを出していたことからも伺えるように、暴走車の馬力は明らかに電車のレベルを逸脱していた。

 おそらくは取り付いたアウタードレスがそうさせているのだろう。ヴォイドの効果によってパワーの増幅や空気抵抗の無効化がなされている暴走車は、ゼスモーネをじわりじわりと後ろに追いやっていく。


 百音の視界に黒く小さな影が飛び込んできたのは、そんな時だった。


「へっ、なに……!?」


 驚きの声をあげる百音に反応し、モニターはすぐさま拡大映像をポップアップする。暴走車の後部車両に向かって急降下していくそれは、翼を広げたカラス──否、パラグライダーを背負った黒いライダースーツの青年だった。

 どこからともなく現れたその人物は車両の屋根へ着地すると、ハーネスを外して手近な凹凸おうとつにしがみ付く。いくら電車が止まっていたとはいえ、あまりにも無謀で危険すぎる行動だった。


「そこの人、なにやってるの!? 危ないからはやく降りて!」

《私のことは気にするな、ゼスモーネのアクター》

「えっ……この声、どこかで……くぅっ!?」


 どこか中性的な声が届いた瞬間、百音の注意がわずかに逸れてしまう。

 するとその隙に乗じるかのように、暴走車は唐突に押す力を強めてきた。アメフト選手さながらの強烈なタックルを喰らってしまい、ゼスモーネは全身を大きく仰け反らせる。

 さらにダメ押しでもう一度繰り出された突進攻撃によって、ついに力負けしてしまったゼスモーネは線路の外へ弾き飛ばされてしまった。


「きゃあああああああああああああっ!!」


 空中に投げ出されたゼスモーネが、そのまま陸橋下の交差点へと不時着する。そして背中を強く打ちつけ怯んでいる間に、“シュッパツシンコー・ライナー”を纏った暴走車両は呆気なく目の前を通過していってしまった。


「そ、そんなぁ……作戦シッパイぃ……?」


 遠ざかっていく最後尾の車両を呆然と見送りながら、自責の念に苛まれてしまっている百音は力なく呟いた。

 山手線内を一周した暴走車が、次に同じポイントを通過するまでの推定時間は約30分後。その時にまた止められなければ、さらに倍の時間がかかってしまう。

 暴走車が周回の途中で脱線を起こしてしまう可能性もゼロではない。囚われている乗客のことを思うだけで居ても立っても居られない様子の百音ではあったが、ウィルフリッドからの緊急通信が彼を引き止める。


《待ちたまえ、星奈林クン。はやる気持ちもわかるが、一度オフィスへ戻って態勢を立て直すのだ》

「でも、そんなことをしてたら時間が……!」

《わかっている。だが、どれだけの時間をかけようとも、乗客を安全かつ確実に救出するためだ──特例として、“あのドレス”の封印を解くことを認めよう》

「……っ!!」


 百音の顔つきが一気に険しいものへと変わる。

 ゼスモーネの機体内部クローゼットには収納されておらず、平時はオズ・ワールドリテイリングJPの地下施設で保管されている、百音が持つ

 それは彼にとってはできる限り頼りたくなかった力──しかしこのような状況下になってしまった以上、切らざるを得ない禁断の選択肢カードだった。


「……わかりました。一時帰投します」


 カーニバル・ゼスモーネはゆっくりと身を起こすと、暴走車が過ぎ去っていった方向とは反対の空へと飛び立つ。

 かつての自分が纏っていた忌まわしき古着ドレスに、もう一度袖を通すために。


 ドレスの名は──“ウエスタン・ガンマン”。

 それは言わば、過去の百音を映す鏡だった。

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