大江戸ウエスタン編

Live.33『はじめての朝チュンは、ニューハーフでした…… 〜MONE'S HAPPY AGAIN TODAY〜』

 布団の温もりに包まれながら緩やかに起床した約3秒後。

 古川ふるかわ嵐馬らんまは己が目を疑った。


「………………は?」


 目の前に広がるその光景を見るなり、寝ぼけていた頭が一気にパニックへと陥る。

 自分がたった今置かれている状況を理解するには、さらに数瞬の時間を要した。


(落ち着け、とりあえず順番に整理しよう。まず第一に、ここはどこだ……?)


 布団から半身を起こしつつ、周囲を見回す。

 構造からして、どうやらマンションの一室らしい。それも比較的新しく建てられたものなのか、壁や床は妙に綺麗で高級感がある。

 少なくとも嵐馬の自宅ではないことだけは確かだった。そして、彼はおそるおそる自分の隣で寝ているソレに目をやる。


「ん……」


 嵐馬と同じ布団で艶めかしい寝息をたてているのは、同僚の星奈林せなばやし百音もねだった。

 それも何故か、一糸まとわぬ姿で布団に包まっている。


(……いやいや待て、なんでコイツが俺と一緒の布団で寝てんの? てかなんで裸なの!?)

「ふぁあー……あれ、嵐馬くんおはよぉ……」


 滝のような冷や汗をかいている嵐馬をよそに、百音は眠たげに瞼をこすりながらムクリと起き上がる。

 なお百音は着衣を身につけていないため、隠すべき部分も当然ながら丸見えになってしまっていた。


「せ、せせせ星奈林……!? なっ、なんでお前が……!」

「うにゃーん?」

「惚けるんじゃねえ! なんでお前が、俺と一緒の布団で寝てたのかって聞いてんだ……!」

「えー? そりゃあだってぇ……」


 百音は何かを言いかけようとして、突然顔を隠すように布団にくるまってしまう。

 その頬は熱を帯びて、ほんのりと赤い。


「……だ、だって……何だよ」

「本当に覚えてないの? あたし達、あんなに愛し合ったんだよ……?」

「愛し……ちょっと待て、それはどういう」


 恥ずかしそうに顔をうつむかせている百音を見て、不安そうだった嵐馬の表情はさらに曇っていく。

 百音の言わんとしていることは、すでに嵐馬の中でもわかりきっている。それを事実として受け容れることを、彼は必死になって拒み続けた。


「う、嘘なんだろ……? どうせいつもみたいなくだらねー冗談なんだろ、なあ……?」

「………………」

「何とか言ってくれよ、星奈林ィ!」


 すると百音はトドメを刺すように、うっとりとした上目遣いで言い放つ。


「昨日の嵐馬くん、スゴかった……」

「あ、ああ……」

「あんなに激しく……あたしを求めて……」

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」


 朝一番の悲鳴が、マンションの一室で響き渡った。




「──あっはははは! さっきのランマの間抜けな叫び声ーっ!」

「『からかい上手のモネさん大作戦』、大成功だニ☆」

「いや、ドッキリってレベルじゃねえぞ!? てか鞠華、やっぱりテメェも共犯グルかよ!」


 リビングのテーブルに座す嵐馬は、不機嫌そうに頬杖をつきながらキッチンを見やる。

 このマンションの部屋主──もとい、逆佐さかさ鞠華まりかの姿がそこにはあった。長く流麗な髪を後頭部で一つに結び、キャラクターがプリントされた可愛らしいサーモンピンクのエプロンを着ている彼は、フライパンを使って何かを料理している。

 キッチンから運ばれてくる芳ばしい香りを嵐馬が嗅いでいると、隣に座る百音がくつろぎながら呑気に喋りかけた。


「それにしてもマリカっちの新居、広いしキレイだねぇー。お高かったんじゃないの?」

「えへへ、まあそれなりに……一応ココ22階ですし」

「に、にじゅうにかいぃ……っ!?」


 聞いた百音はもちろん、嵐馬までもがその回答に思わず目を丸くしてしまう。

 どうやらここは、横浜市内に建つタワー型の高層マンションらしい。それも部屋の広さから察するに、ワンフロアがまるまる一つの部屋になっているようだ。


「な、なあ星奈林。あいつ未成年だよな、何でこんなに金持ってやがんの……?」

「さ、さあ……? 確かにゼスアクターのお給料もいいっちゃあいいし、それ以上にWeTubeウィーチューブとかLSBでスゴい稼いでるケド……」


 後輩の思わぬブルジョアっぷりを目の当たりにし、先輩アクター二人はつい萎縮してしまう。

 普段彼らはあまり気にしていなかったことだが、鞠華とて今やチャンネル登録者数100万人ミリオン越えの大スターであることを改めて痛感させられた。


「ん……そういや、何で俺はお前の家で寝てたんだ? たしか昨日は河川敷でお前と戦いあって、それから……」

「ああ、あの後ランマ、寝落ちするみたいに気絶しちゃったんですよ。それで僕のウチがたまたま近かったので、社員さんに手伝って運んでもらったんです」


 言われてみると確かに、嵐馬には芝生の上で鞠華と語らった後の記憶がなかった。

 おそらくは“ネコミミ・メイド”を使用した反動だろう。とはいえ前のような気怠さはないことから、ある程度は克服することが出来ているらしい。


「それは世話をかけたな、すまん」

「いいですって。殴り合って少年マンガ方式で友情を深めあった仲じゃないですかっ!」

「そだよー嵐馬くん。たまには他人を頼ってみるのも悪くないもんだよーっ」

「……一応聞くが、なんで星奈林もいるんだ?」


 先程から思っていた疑問を口にすると、百音は『んー? 楽しそうだからついてきただけー』と答えになっていない答えを返す。

 嵐馬はそれ以上追求せずに、呆れたため息を吐く。そんな二人が座るテーブルへと、エプロン姿の鞠華が出来上がった料理の皿を運んできた。


「おまたせーっ! ちょっと遅めだけど朝ごはん出来ましたよー!」


 鞠華はそう言いつつ、座っている嵐馬と百音の前に作ったばかりの品を置いていく。

 皿の上に盛られているのは、米を琥珀色に炒められたチャーハンだった。てっきり高級そうな料理が出てくるのではと身構えていた二人は、馴染みある庶民的なものが出てきたことに安堵する。


「マリカっち、これは……?」

「フフーン。得意料理の『納豆チャーハン』ですっ! 僕も好きでよく作ってるんですけど、結構イケるんですよこれ!」


 その品名どおり、米や卵などと一緒に納豆が炒められていた。

 他にも粗みじん切りにしたネギや細切りベーコンなどが具材として入っており、味付けに用いられた鶏ガラとブラックペッパーの香りが心地よく鼻腔を刺激する。


「俺、納豆……というか粘りのある食べ物全般が苦手なんだが……」

「ちょっと嵐馬くん。ダメでしょ、作ってもらった料理にそんなこと言っちゃ……」

「ああ、それなら問題ないですよ! いいから食べてみてくださいっ!」


 自信ありげな鞠華にそう言われ、嵐馬は用意されたスプーンを渋々手に取る。

 納豆含む具材がふんだんにのった米の山をすくい、口の中へと放り込んだ。

 次の瞬間──。


「う、うめぇ……」


 あまりにも短く、しかし素直でありのままの感想が嵐馬の口からこぼれた。

 百音もその味をえらく気に入ったようであり、目をキラキラと輝かせながらライスを次々と口に運んでいる。


「これ、初めて食べたけどスゴく美味しいよ! マリカっち、料理もこんなに得意だったなんて……モネ感激ぃ!」

「えへへ……納豆って火を加えるとネバネバとか臭みが抑えられて、苦手な人でも食べやすくなるんですよっ。しかも納豆菌は加熱したくらいじゃ死なないので、美味しいだけじゃなく腸内環境も整えてくれたりして超お得なんです!」

「マリペディアかよ」


 豆知識を語り出した鞠華に耳を傾けながらも、しかし嵐馬のスプーンを持つ手は止まらない。

 確かに納豆特有のくさみは抑えられていて、それでいてチャーハン全体に芳ばしい風味が行き渡っているような、非常に奥行きのある味だった。

 粘りも完全には消えていないものの、かえってそれが奇妙な舌触りの良さとなっているようだ。

 口の中でコクのある豆粒たちがとろけ、ネギやブラックペッパーがパンチの効いたダンスを繰り広げる──不思議なバランスで成り立つ味の調和ハーモニーは、まさに宇宙そのものだった。


 気付けば三人は、あっという間に完食してしまっていた。


「ごちそうさまでしたっ! すっっっごくおいしかったよぉー!」

「ハイっ、お粗末さまでした! ランマもどうでした?」

「まあ……悪くはないな。何ならまた食ってやらんこともない」

「もう、素直じゃないなぁー」


 鞠華は満更でもなさそうに笑いつつ、米粒一つ付いていない皿たちを重ねて台所へと運んでいく。


「ささっ。これを洗い終わったら出かけるんで、二人とも準備しといてください」

「りょーかい! お皿洗いならあたしも手伝うよぉー」

「なら俺も……ん? 出かけるって、この三人でか?」


 嵐馬が聞くと、鞠華と百音は『あっ』と呟いて目を合わせた。

 いまいち全容を把握できていない嵐馬に対し、鞠華が説明を始める。


「ああ、そういえばランマにはまだ伝えてなかったですね。レベッカさんから招集があって、今日の正午にアクター三人で集合だそうです。なんでもインナーフレームの緊急メンテナンスに立ち会えだとか」

「メンテだあ? そりゃなんでまた……」


 嵐馬がもっともな疑問を尋ねると、鞠華はどこか決まりの悪そうな顔で答える。


「ほら……昨日、無断でゼスマリカとゼスランマを出撃させちゃったじゃないですか。それで整備士の苦労を共有して、反省しろってことじゃないですかね」

「あぁ……それは何と言うか、ぐうの音も出ないな……」


 アウタードレスの迎撃ならともかく、喧嘩と大差ない私闘のためにアーマード・ドレスを用いたともなれば、割りを食うメカニックたちの心境はたまったものではない。

 ましてや昨晩の決闘とは関係のない百音すら、連帯責任で駆り出されてしまっているのだ。もはや鞠華と嵐馬に弁明の余地はなく、罪と罰を素直に受け容れるしかなかった。


「つーことは、俺たちはオフィスの地下格納庫に集合すりゃいいのか?」

「あっ、いえ。何かいつもより大掛かりな作業になるらしいので、別のトコロでやっちゃうみたいです」

「別の場所……?」

「えーっと、たしか……」


 鞠華はエプロンのポケットからスマートフォンを取り出すと、受信していたメールを確認する。


「ありました! えと、墨田区にある『我島がとう重工じゅうこう』……? ってとこで行うらしいですよ」

「ガトウ……どっかで聞いたことがあるような」

「町工場みたいですね……まあとにかく、さっさと皿を片付けちゃいましょっ」


 鞠華は細く白い腕をまくりながら言うと、嵐馬や百音も同調してキッチンへと並び立つ。

 戦闘以外のプライベートで彼ら三人が連携したのは、奇しくもこれが初めてだった。

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