Live.37『早さ比べといこうじゃねえか 〜BLACK, HAWK, QUICK, DRAW〜』

 現在時刻 PM06:00


 アウタードレス“シュッパツシンコー・ライナー”に取り憑かれた263号列車が暴走を始めてから、1時間半あまりの時が経過していた。

 山手線内を3周した件の在来線車両は、依然としてスピードを落とすことなく走り続けている。前代未聞の列車パニック事件に、取り残されている500名もの乗客達はジリジリと不安を募らせていくばかりだった。


 そんな緊張感に包まれていた車両内だったが、突如として外部からの侵入者が現れたことで事態は一変する。

 外側から車窓を蹴り破って入ってきたのは、黒いライダースーツに身を包んだ長身痩躯の青年──“ネガ・ギアーズ”の紅匠だった。


「こちらタクミ、車両内への侵入に成功しました。ボス、次の指示を」

《そのまま運転席へ。運転手の安否確認をする必要があります》

「了解した」


 インカム越しに伝えられる上司からの命令に耳を傾けつつ、匠は列車の進行方向に向かって通路を歩く。

 車両内にいた大半の人々は奇異な視線を向けてきたが、匠の物言わぬ迫力に怯えているのか自然と道を開けていった。


(ん……?)


 一番先頭の車両へと到着したところで、何人かの乗客が運転席の前でごった返しているのが見えた。

 匠はかけていたバイザー型のサングラスを外すと、近くにいたサラリーマンの男性に声をかける。


「どうした、何があった?」

「運転手が気絶していて、こっちがいくら叫んだりドアを叩いても起きないんだ……! 運転席へのドアは鍵がかかってて開かないし……っ!」

(そういうことか……)


 匠は独りでに何かを納得すると、たむろしていた乗客達に離れているよう命じる。

 やがて全員を後ろに下がらせると──匠はなんと、乗客達の面前で胸ポケットから拳銃を取り出した。


「て、てっぽう……!? お、おいアンタ……」

「キャアアア……ッ」


 混乱する男性の声を、悲鳴を上げようとした主婦の声を、3発のけたたましい銃声がかき消した。

 匠の銃撃によって運転席のロックは破壊され、長らく閉ざされていたドアは呆気なく開かれる。

 平穏な日常の住人達から怯えきった表情で見られながらも、異邦人アウトサイダーたる匠は何事もなかったように運転席へと入っていった。


(居眠り運転……というわけでもなさそうだな。とすれば、媒介者ベクターとなっているのはやはりコイツか)


 イスにもたれかかるように意識を失っている車掌を見るなり、匠は改めてそう確信する。

 どうやら“シュッパツシンコー・ライナー”というアウタードレスは、この男のストレスが原因となって顕現しているようだった。しかも運転席の操縦装置は彼が触れていないにも関わらず勝手に動いており、おそらくドレスが電車を操っている可能性が高い。

 アウタードレスがこれほどの人工物を動かすのは未だ前例のないケースではあったが、媒介者の精神を模倣トレースしている影響か──カーブなどでしっかり加減速を行なっている点については、不幸中の幸いだったと言えるのかもしれない。


「この男を後ろの車両へ運ぶ。そこのお前、手伝ってくれ」

「あ、ああ……」


 匠は近くにいた男性客を指差して、気絶している車掌を運転席の外へと運ばせる。

 さらに先頭車両に乗っていた全員を後方の車両へと誘導すると、今度は車両間の連結器を弄り始めた。流石に匠の行動を不審がったのか、先ほどのサラリーマンの男が問い質す。


「こ、今度は何をするつもりなんだ、アンタ……」

「見ての通りだ。先頭より後ろの車両を切り離す」

「なっ……!」

「危ないぞ、下がっていろ」


 匠がそのように警告をした直後、車両間を繋いでいたアームの連結が解除された。

 次第に離れていく前の車両へ、匠は勢いよくジャンプで飛び移る。

 そして誰も座っていない操縦席へ駆けつけると、暴走を止めるべくすぐさまコンソールを操作し始めた。


「マニュアル操縦に切り替え……チッ、なら緊急ブレーキを作動……これも駄目か」


 考えうる限りの手段を尽くしてみた匠だったが、結果的に運転席のコントロールを取り戻すことは出来なかった。

 このまま暴走車両と運命を共にしてしまうかもしれなかったが、そんな状況下でもなお匠は汗ひとつかかずに平気な顔をしていた。

 片手で小型インカムのスイッチを入れると、もっとも信頼する仲間の名前を呼ぶ。


「シオン、お前の出番だ」

《わかったよ、タクミ》


 鈴の音のような声が返ってきた刹那、巨大な影が暴走車両の頭上を飛び越える。

 数百メートルほど前方の高架橋が架かっている地点で着地したのは、“チミドロ・ミイラ”を装着した白いアーマード・ドレスだった。

 その機体の搭乗者アクター──先ほど匠に“シオン”と呼ばれていた少女は、迫り来る列車を止めるべく固有能力ドレススキルを繰り出す。


《“チミドロ・バンデージ”》


 ささやくような掛け声とともに、白いアーマード・ドレスの全身に巻きついている包帯が伸ばされた。

 それも一枚だけではない。戦車の砲弾でも貫けないほどの強度を誇る“チミドロ・ミイラ”の包帯が、四方八方へ向けて一斉に飛び出したのだ。

 伸ばされた帯は両側の高欄こうらんに巻きつくと、綾取あやとりの要領で何重にも交差していく。こうして暴走車両の新路上に、包帯を円網状に張ったクモの巣が形成された。


《ぶつかるよ。何かにつかまって》

「わかっている……!」


 白いアーマード・ドレスが橋の上に避けた直後、包帯の張り巡らされた高架橋へと暴走車両が突入した。

 幾重にも張られた包帯たちは“シュッパツシンコー・ライナー”のパーツに絡みついては離さなかったが、それでも暴走車は力任せに押しのけようと馬力を強めていく。

 しばらく均衡を保った末、力比べに勝利したのはドレスを纏った列車のほうだった。“シュッパツシンコー・ライナー”は赤黒い霧状のヴォイドを一斉放出して拘束を解くと、高架橋を強引に押し進んでいく。

 そしてとうとう最後の円網も突き破られてしまい、暴走車両は白いアーマード・ドレスの手を振り切って通り過ぎてしまった。


《ごめんタクミ、止められなかった……》

「いや、よくやってくれたさ。お前のおかげで車両は減速し、ドレスも今ので体力ヴォイドを大量に消費してくれた。そして──」


 操縦席に座る匠は、ガラス越しに前方を見やる。

 カーブのポイントを乗り越え、再び直線へと入った進路上──そのレールの上に、20メートルの巨大な人影が立っていた。


「──ヒーロー様が遅延してご到着だ。あとは彼らに任せよう」


 焦げた茶色のハット帽を被り、メキシカンポンチョのシールドを両肩に羽織る鋼鉄のフレーム。

 星の刺繍が入った真紅のスカーフを首に巻きつけ、腰に装着したホルスターには銀のリボルバー銃が収納されている。

 そんな西部劇さながらのガンマン風衣装アーマーに身を包んでいるのは、オズ・ワールドのアーマード・ドレス──星奈林百音が駆りし流離さすらいの用心棒“ウエスタン・ゼスモーネ”だった。





「2年ぶりくらいかしら、このドレスに身を包むのは……」


 ゼスモーネと同様にガンマン風の格好をした百音は、コントロールスフィアの中で感慨深いようにひとちた。

 感傷に浸っているといっても、高揚感やノスタルジーといったものは微塵も湧いてこない。まるで会いたくない昔の恋人と偶然出会でくわしてしまった時のように、いまの彼の心境はあまり穏やかであるとは言い難かった。


「あれだけのスピードで向かってきてるのに、車両に取り付いているドレスだけを狙ってくれ、か……。ほんっと、うちの支社長は無茶ばかり言ってくれちゃうんだから……」


 ウィルフリッドに言い渡された命令を思い出し、深いため息を吐く。

 まさに上半身に羽織るポンチョの重さが、百音の肩にのしかかっているプレッシャーを表しているかのようだった。


「……フフフ。


 自分自身へと言い聞かせるようにその言葉を呟いた瞬間とき、百音の中にいた“女”が消え去った。

 鷹のように鋭い眼光を放つ瞳が、猛スピードで迫り来る暴れ牛シュッパツシンコー・ライナーをキッと睨む。


「抜きな。“速さ比べ”と洒落込もうぜ……」


 そのを皮切りに、暴走車両は全身から赤黒い蒸気スチームを吹き出して一気に加速をかける。

 一瞬にして最大速度すらも超えてみせた車両は、砲弾のごとき勢いでウエスタン・ゼスモーネへと突っ込んでいく。


 ──そして、一陣の風が吹いた。


 ウエスタン・ゼスモーネは腰のホルスターからリボルバーを抜くと、それを肘の高さで構える。

 接近するターゲットに照準を合わせ、即座にトリガーを引いた。


(“BブラックHホークQクイックDドロー”──チッ、少し鈍ってやがる)


 その間、わずか0.34秒。

 もはや神業の域に達している速さだったが、全盛期の百音には及ばない。


 撃ち終えたゼスモーネは激突する寸前で回避し、その横を暴走車両が通り過ぎていく。ヴォイドが比較的薄い箇所をピンポイントで射抜かれてしまった“シュッパツシンコー・ライナー”は、憑き物が落ちるようにボロボロと車両から外れていった。

 かくしてコントロールを取り戻した車両はすぐにブレーキをかけ、車輪から盛大に火花を散らしながらもどうにか停止する。

 ゼスモーネのリボルバーが放った文字通りの一撃必殺ワンショットキルによって、在来線車両に取り付いていたドレスは呆気ない最後を迎えたのだった。


「あばよ、ドレス野郎。達者でな」


 百音はリボルバーを人差し指で器用にガンスピンさせた後、音を立てず洗練された動作でホルスターへと収める。


 標的を銃で始末した余韻。

 それは百音にとって懐かしくもあり、しかし嬉しさや達成感などを得られるわけでもない、とても奇妙な感覚だった。


 だが、荒んでいた頃の自分とは違うこともあった。


<モネさんかっけええええええええええええええええ!!!>

<ガンマンキャラも最高にCOOLだった!>

<これは惚れる……>

<カッコよすぎてちょっと漏らしちゃった>


(みんな……)


 nicoニコシステムによってサブモニター上を流れていくコメントを見て、思わず百音の顔がくしゃっと緩む。

 この銃で人の命を奪ったのではない。

 街の平和を守ったのだ。


「えへへぇ……応援ありがとー! みんな大好きだよぉー!」


 その実感が今になってようやく込み上げてきて、感極まった百音はファンたちの声援にとびきりの笑顔をたたえて応える。


 燃えるような情熱を滲ませた夕焼けが──


 まるで凍りついた過去を溶かすように。

 許されようのない罪を、暖かく包み込む聖母のように、


 ──レールの上に立つウエスタン・ゼスモーネを、赤く赤く照りつけていた。

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