Live.21『昼間っからアオハルかよォォォ 〜THAT'S WHAT IT IS TO BE YOUNG〜』
制服から私服姿に着替えた鞠華とアリスは、横浜市街の中心にある巨大ショッピングモールを訪れていた。
施設内にはフードコートや百貨店といった定番はもちろん、お洒落なカフェやアクセサリーショップなども数多く入居している。多くの学校は今日が始業式だということもあってか、早くに放課後を迎えた女子中高生たちで賑わっていた。
「あーっ、みてみてアリスちゃん! このぬいぐるみカワイイよーっ!」
「ちょっと逆佐さん、あ、あんまり走らないで下さい……!」
久々の女装をしての外出にすっかりテンションの舞い上がっていた鞠華は、モール内の全店舗を制覇する勢いではしゃいでいた。今はファンシーショップで可愛らしいキャラクターのぬいぐるみを抱きかかえているが、あちこちを散々連れ回されたアリスは既にお疲れ気味の様子である。
(はぁ、はぁ……こうやって色んなお店を連れ回されるのって、普通なら男の人の役割じゃないの……!?)
そう胸中で吐き捨てつつも、アリスはファンシーグッズに夢中になっている鞠華の姿を見やる。
上半身にはハートの柄が描かれたワインカラーのトップス、その上に薄いピンク色のパーカーを羽織っている。下半身にはフリルのついたミニスカート。その下の脚にはショッキングピンクの派手なボーダーニーソが履かれており、スカートとの隙間に太ももが絶妙なバランスで露出していた。
彼が身につけているのはいずれもアリスが普段着ていない洋服であり、殆どおろし立て同然の状態だった。彼女曰く、どうやら姉のレベッカが前に『安売りしていたから』という理由で買って来たものの、アリスの好みに合わず押入れにずっと仕舞われていたものらしい。
「ねーねー! これ買ってもいいかな!? いいよね!?」
そんなやや少女趣味の過ぎる衣服ではあったが、ぬいぐるみの大きな耳を広げて楽しんでいる鞠華はそれを違和感なく着こなしてしまっていた。男性にしてはかなり痩せ細った体躯をしているためか、サイズも特に問題ないようである。
「はぁ……お金を払うのは逆佐さんだから別にいいんですけど、そろそろ目的の服を買いに行きましょうよ」
「あははー、ゴメンゴメン。やっぱりすぐ売り場に行こうかっ」
そう言って鞠華がぬいぐるみを商品棚へと戻したそのとき、不意に背後から誰かの驚いたような声が上がった。
振り返ってみると、そこに立っていたのはブレザーの制服を着崩した少し派手めな女子高生だった。明るめに脱色されたオレンジがかった髪は左右で束ねられ、ボタンが上から三つほど開けられたブラウスからは慎ましやかな胸元がわずかに覗いている。
いかにもな現代風っぽい出で立ちをしている少女は、鞠華と目が合うなり慌てたようにこちらへと駆け寄ってきた。
「もしかして“
「あ……ハイ!」
「やっぱりホンモノ!? きゃー! アタシ、いつも動画みてますぅー!」
「えっ、ホントですか! ありがとうございますー。いやぁ、嬉しいなぁ……」
渋谷あたりに生息していそうなギャルに話しかけられたときは鞠華もつい表情を強張らせていたが、自身のファンだとわかった途端に氷が溶けたような満面の笑みへと変わっていく。感極まっている様子の彼女に握手を求められば、鞠華も気兼ねなくそれに応じていた。
「待ってマジやばい、やっぱり声も顔も全然合成じゃないじゃん! 生マリカきゅんマジぱない……尊い」
「えへへ、それほどでも……あるね」
「あははっ、何それ超ウケるー! ところで、隣にいるこの子はだぁれ?」
付けまつ毛のふんだんに乗ったギャルのぱっちりと開いた瞳が、それまで会話を大人しく傍観していたアリスの方へと向けられる。こういう派手な格好の女性には苦手意識があるのか、声をかけられたアリスはびくっと肩を震わせていた。
「ああ、この子は……」
「ストップ! 当てるから言わないで……うーん、見た感じ歳下の彼女さんとか?」
「かのっ……!?」
何気なくギャルが回答すると、アリスは顔を真っ赤に沸騰させてあわあわと唇を震わせ始めた。
だがギャルはいまいち腑に落ちていない様子で首をひねると、すぐに前言を撤回すると共にあらぬ結論を導き出す。
「あー、でもオンナノコにしてはぺったんこすぎる気もするしぃ……そっかわかった! さてはマリカきゅんの女装友達でしょ!? 絶対そう!!」
プツリ。と、何か大事な糸が途切れるような音が聞こえたような気がした。
鞠華がおそるおそるアリスを見やると、彼女はまるで漆黒のオーラを纏っているかのような迫力を放っていた。それこそ“ドレス”を再び呼び出しかねないほどの物凄い形相である。
「アリスちゃん、ここは抑えて! 抑えて……!」
「………………はい、もう大丈夫です」
「にしてもさー、久々にマリカきゅんを見れて少し安心しちゃったってゆーか? みんなマリカきゅんを心配がってたよー?」
「ボクを心配……?」
鞠華が聞き返すと、ギャルはキーホルダーの大量についた鞄からスマートフォンを取り出して画面を見せる。どうやらファンサイトのチャットログのようだ。
「ほら、東京に前乗りしたってツイート以来、音沙汰が全くなかったじゃん? それでもしかしたら、マリカきゅん死んじゃったんじゃないかーって」
「し、死亡説……!?」
「先週横浜であった巨大ロボ騒ぎ。お台場でもあったって噂だし……ねぇ?」
一瞬、目の前のギャルは何か確信めいたような笑みを浮かべたように見えた。
だが、それも気のせいだろうと判断した鞠華は、最近目撃されたという巨大ロボの話題についてもやんわりと言葉を濁す。何を隠そう、鞠華は
そうして鞠華は言葉巧みに話題を当たり障りのない世間話へとシフトさせていると、会話の途中でギャルのスマートフォンから軽快な着信音が鳴り響いた。すぐ着信に応じた彼女は1、2回ほどの短いやり取りで通話を終えると、掌を合わせて鞠華へと頭を下げる。
「ゴメーン! ホントはもっとお話ししてたいんだけど、向こうでカレシが呼んでるみたい!」
「あわわ、それは彼氏さんに悪いことしちゃいましたね……話し込んじゃって。はやく行ってあげてくださいな」
「ありがとー! そんじゃ、マリカきゅんバイバーイ!」
ギャルは手を振りながら別れを告げると、そそくさと店の外へと消えていってしまった。
騒がしい嵐が過ぎ去ったような静けさにアリスはホッと一息をつくと、隣に立つ鞠華へと声をかける。
「なんか、凄まじく勢いのある人でしたね……。さて、私達も気を取り直して服の売り場に行きましょう」
「…………おしっこ」
「へっ?」
まさかと思いつつ、アリスは鞠華の顔を覗き込む。
彼は営業スマイルと言わんばかりの笑顔を張り付かせたまま、滝のように汗を流してしまっていた。ミニスカートから覗いている太ももも、内股気味にぷるぷると震えてしまっている。
「ふぁ、ファンの人とお話しするなんて初めてだっから、ヘンに緊張しちゃって……それでぼっ、
「何とか耐えて下さい逆佐さん! トイレならすぐそこですから……っ!!」
アリスに手を引かれながらも、鞠華は店を出てすぐの突き当たりにあるトイレを目指す。
つい成り行きで手を繋ぐことになってしまったが、状況が状況のため二人は特に気に留める様子もなかった。
「ほら、着きましたよ! さあ早く行って!」
「ええっと、この場合ボクはどっちのトイレに入ればいいのかな……?」
「そりゃ男子トイレ……いや、この格好で入るのはマズいかも……? ああもう! 真ん中のトイレでいいですから!」
そう言ってアリスは躊躇している鞠華の背中を掴むと、男性用と女性用に挟まれた男女兼用トイレの個室へと彼を押し込む。その間にも鞠華は『誰か来ないか見張っててね? 絶対だよ?』と恥ずかしがっていたので、アリスは適当に頷きながらドアを閉めた。
「はぁ……ほんと、あの人といると気苦労が絶えないっていうか……」
鞠華がトイレから出てくるまでの間、近くの壁に寄りかかって待つことにしたアリスはふとため息をつく。
そして何となく視線を落としたとき、先ほど鞠華の手を握った時の温もりがまだ残っていることに気付いた。その事実を思い返した途端、アリスは思わず頬を紅潮させてしまう。
「……えへへ。なんか、デートみたい……かも」
誰にも聞こえないほどの小さな声で、アリスは敢えて口に出して呟いてみた。すると胸の奥から熱を帯びた感情が一気に込み上げ、普段は感情の起伏に乏しいアリスもつい口元を緩めてしまう。
意識の外から男女の二人組が接近していることに気付いたのは、それから数瞬ほど経った後だった。
「タイガ。例の
「ええ、そうよ。てか、アンタも遠くから見てたんなら、聞かなくてもわかるでしょーが」
「……確認しただけだ」
二人の会話が聞こえてきてしまったため、アリスは自然とそちらに顔を向ける。
男女のうち片方は、なんと鞠華のファンを名乗っていた派手めな女子高生だった。だが横に立つ男性へと接する態度は
もう一方は、漆黒のスーツに身を包んだ長身の青年。ショートシャギーの黒髪に黒いサングラスと、全身を黒で埋め尽くしたような格好。その影の如き外見は、かえって異質な存在感を放っている。
そしてその180センチはあろう大きな身体は、ゆっくりとアリスの方へ近付いてきていた。
「はじめまして、お嬢さん」
「えっと……私に何か……?」
見知らぬ男性に声をかけられ、警戒するアリスは本能的に一歩後退ろうとする。
だが行動に移すよりも先に、アリスの首筋へと何か固いモノが押し当てられていた。
「
「いやっ――」
それがスタンガンであるとアリスが気付く頃には、既に男の指先はスイッチを入れていた。
一瞬にして意識を奪わるアリス。倒れかかった幼い身体を、男は身を
「こちらタクミ、少女の身柄を確保しました。これよりミッションを第2フェーズへと移行、次の目的地点へと向かいます」
二人の男女――“ネガ・ギアーズ”の構成員である
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