Live.95『ふたたび、役者はそろった! 〜ACTORS AGAIN〜』

 新月の晩、オズワルドは宇宙そらを仰いでいた。

 月夜を眺めているのではない。

 仁王立ちしながら、を見上げているのである。


「来たか」


 彼の機械仕掛けの肉体インナーフレーム――“真・ゼスパーダ”が、その瞳のはる彼方かなたにこちらへ向かってくる敵機の姿をとらえる。

 オズ・ワールドリテイリング日本支社の座標から出撃したと思われるそれらは、色とりどりのよそおいを身にまとった計5機のアーマード・ドレス。恐れを知ってもなお立ち向かおうとする、勇敢なる演者アクターたちであった。


「フッ……よいぞ。ならばこのわしも、全戦力をあげて応じてみせよう」


 オズワルドはゆっくりと機体を浮上させ、そして告げる。

 

起動きよ――“新世界の門番たちゲートキーパー”」


 刹那。

 突如として地震のような地響きが月で発生し、さらには大地の裂け目からが続々と現れ始める。

 まるで這うように地中から出てきたそれらは、あろうことか裸の少女の姿をしていた。ただし全長は約20メートルと常人のそれを遥かに逸脱しており、また全身を覆っている皮膚もまるで鮮血のごとく赤黒い。


 真・ゼスパーダを囲むようにして月面に立つ、巨人の軍勢。

 その数にして、なんと約300体にも達しようとしている。


「決死の覚悟で挑んでくるがよい。儂はここから逃げも隠れもせん」


 威風堂々いふうどうどうとした態度で呟くオズワルド。それが合図となった。

 ゲートキーパーと呼ばれた裸の巨人たちが次々と浮上し、地球に向けて飛び立っていく。

 惑星と衛星――その狭間はざまの宙域において、人類のすえを決める戦いの幕が上がろうとしていた。





 反応のあった月へと全速力で機体を向かわせていたアクターたちもまた、前方から迫りくる敵の存在をモニター越しに捉えていた。

 距離が近付いていくとともに、段々と鮮明になっていくその姿を見た途端、思わずアクターたちは驚きを口々に言う。


《な、なにあれ……ヴォイドの集合体……!?》

《おおきい……》

《ああ、しかも視認できるだけでも200体以上はいる。あれは……》


《巨大な…………!!?》


 ヴォイドの皮膚テクスチャーに覆われたそれらは、なんとあのバーチャル少女“チドリ・メイ”と瓜二つの外見をしているのだった。

 しかもその紅蓮ぐれん柔肌やわはだには一糸すらも纏っておらず、生まれたままの姿をしている。ようやく現れた敵勢力のあまりにも予想外すぎる見た目に、アクターたち――とくに彼女チドリのファンである嵐馬は動揺せずにはいられなかった。


 するとそのとき、彼らの指揮官コマンダーたる匠の声が戦場に響く。


見目姿みめすがたに決して惑わされるな! ここを突破できなければ、オズワルドのもとへは辿り着けない……ここが正念場しょうねんばだッ!》


 彼女は高らかに叫びながら、両手に軍刀と火縄銃を握らせた“コマンド・ゼスティニー”を敵陣に突っ込ませた。

 巨人の両目から放たれるレーザー光線をくぐりながら、すかさず火縄銃で応射する。的確に頭部を貫かれた巨人は、もだえ苦しみながらも全身を形作かたちづくっているヴォイドを四散しさんさせていった。


《嵐馬くん、いける!?》

《ああ……! 最初は驚いちまったけど、いまは段々とムカッ腹が立って来やがったぜ……よりにもよってチドりんの姿なんか使いやがってぇ!!》

《よぉし……ならアタシも怒りの炎を、メラメラと燃やしちゃいますかぁ!》


 “スケバン・ゼスランマ”と“カーニバル・ゼスモーネ”もまた、それぞれの武器を構えて戦線に加わった。

 炎をまとったタンバリンが密集する巨人たちへと突っ込んでいき、ことごとくを炎へと変えていく。それでもなお接近しようとして来る敵は、真っ向からゼスランマが切り伏せていった。


《まりか、ぼくたちも……!》

「うん。行こう、紫苑。この先にゼスパーダが……レベッカさんが待ってる!」


 “プリンセス・ゼスマリカ”、そして“ミイラ・ゼスシオン”。

 横に並んでいた2機のアーマード・ドレスが、一斉に動いた。

 正面にいた巨人をゼスマリカの鉄拳が殴り飛ばし、その頭上を飛び越えたゼスシオンが“死獣双牙ファング・ディバイド”によって一掃していく。


 前後衛ポジションを巧みに入れ替えスイッチさせながらの攻撃。それをひたすらに繰り返す。

 お互いがお互いの背中を守りながらも進撃していくその様は、まさに阿吽あうん呼吸こきゅうとも言うべき見事なコンビネーションだった。


《ドレスチェンジ“ウエスタン・ガンマン”……さぁ、早さ比べといこうじゃねぇかッ!》

《ドレスチェンジ“ネコミミ・メイド”! みなしゅう、覚悟するニャア……!》

「ならボクも……ドレスチェンジ“マジカル・ウィッチ”!」


 ゼスモーネ、ゼスランマ、ゼスマリカ――三機の纏っていた装甲アーマーが弾け飛び、内部格納空間クローゼットより新たに取り出された衣装ドレスがインナーフレームへと飾り付けられていく。

 そしてガンマン、メイド、魔法少女へとそれぞれ姿を変えたアーマード・ドレスたちは、さらに勢いを増して敵陣へと切り込んでいった。


 リボルバー銃が火を噴く。

 猫の拳ネコパンチが殴り飛ばす。

 特大の火球がき払う。

 息つく暇もなく数多あまたの巨人を撃破しつづけ、着々と前線ラインを押し上げていくアクターたち。

 が、敵の数は一向に減る気配がない。5対300という圧倒的な戦力差を考えれば当たり前のことではあるが――いくら倒しても敵からの砲火は弱まることを知らず、まるで無限の軍勢を相手にしているような錯覚に陥ってしまう。


 機体のレーダーが新たなる機影の接近を捉えたのは、そのときだった。


《アタシには大キライなものが11つある。そのひとつが、アタシを除け者にして勝手に盛り上がる三流役者アクターども。どいつもこいつも……主役はこのアタシよ》

「! この声は……」

《……だから、オイシイところだけぜーんぶアタシがさらってアゲル──“裂キ誇ル黒薔薇ノ荊ルフトシュトロム・フェアヴェーエン”ッ!!》


 咆哮ほうこうとともに、膨大ぼうだいな量のヴォイドを内包ないほうした一撃が解き放たれる。

 火山の噴火ふんか、あるいは間欠泉かんけつせん彷彿ほうふつとさせる赤黒いエネルギーの奔流ほんりゅう。その剛撃ごうげきは射線上にいた巨人たちをなさ容赦ようしゃなく飲み込んでいき、ちりひとつすらも残さず“無”へと帰していった。

 砲撃を放った者──雨傘あまがさを握り、黒いゴスロリ衣装を身に纏っているアーマード・ドレスを見るなり、鞠華は驚きに目を見張った。


「ほわいとタイガー! いやでも、色が戻ってるから……ぶらっくタイガー!?」

《どちらでもないわ、マリカス。今の私はただのタイガー……地獄の底から這い上がってきた、飴噛あめがみ大河たいがよ》


 モニターにポップアップされた大河の懐かしい顔は、しかし以前までの彼とは違い、どこか落ち着いたかげりのある表情を張り付かせていた。

 まるで悟りの境地に達しているかのような沈鬱さで、彼は機体を鞠華たちのもとへと合流させる。


《ええ、そうよ……アタシはあの人を殺して、二人だけの愛を永遠のものにしてみせる。すべての人類を愛そうだなんて、そんなのはアタシが絶対に許さないんだから……》

《い、いまいち理屈はよくわからねぇが……とりあえず今は、俺たちの敵じゃないってことでイイんだよな……?》


 どこかに落ちておらず半信半疑といった様子の嵐馬ではあったが、この状況下においての言っていられるような余裕はない。

 むしろ大河がこのタイミングで味方として参戦してくれることは、それまで劣勢を強いられていたアクターたちにとっても非常に有り難かった。


 これでこちら側の戦力には、ゼスパーダをのぞいて全機のアーマード・ドレスが集結することとなった。

 6人のアクターがこのような形で共闘する機会など、おそらくこの先にもないだろう。彼らは機体を横並びにさせると、最初で最後の大舞台へと身を投じる。


《ダブルドレスアップ・ゼスマリカ──“クイン・ワイズマン”!》

《レイヤードレスアップ・ゼスランマ──“ウタカタ・ハゴロモ”!》

《レイヤードレスアップ・ゼスモーネ──“ゴールデン・トリガー”!》

《ドレスチェンジ・ゼスシオン──“クラウン・クラウン”……!》

《リバーシブルチェンジ・ゼスタイガ──“ローゼン・シュヴァリエ”……!》

《ドレスチェンジ・ゼスティニー──“ヴィクトリー・ヴァルキュリア”……!》


 赤紫の魔女クイン・ゼスマリカ白銀の天女ハゴロモ・ゼスランマ黄金の殺し屋ゴールデン・ゼスモーネ白と黒の道化師クラウン・ゼスシオン白亜の騎士シュヴァリエ・ゼスタイガ紅の戦女神ヴァルキュリア・ゼスティニー

 六者六様、六人六色の衣装ドレスへとお色直しを済ませた演者アクターたちは、目の前に立ちふさがる大軍のもとへと機体を走らせる。


《ここを切り抜けられれば月はすぐそこだ。総員、たたみ掛けるぞ……ッ!》


 ヴァルキュリア・ゼスティニーは片手剣を頭上にかかげると、鮮やかな赤色のオーラを発生させた。

 固有能力ドレススキル装甲治癒ドレスヒール”が発動し、味方機の損傷箇所をみるみる修復させていく。これならばエネルギー消費の激しいクイン・ゼスマリカでも惜しみなく全力を発揮できそうだ。


「“女王五重奏クイン・オブ・ラウンズ”!」


 鞠華は周囲に4体の分身を召喚すると、散開させて各個撃破にあたる。

 本体もまた“炎の翼メギド・フレイム”を左右に大きく広げ、進路上にいる巨人たちを巻き込みながら突っ込んでいった。

 速度をゆるめることなく前進していくゼスマリカに、他のアーマード・ドレスたちも続く。


《まとめてぎ払います──“装技そうぎ羽衣乱舞はごろもらんぶ”!》

《へっ、なら俺もしみはしねェ──“GゴールデンMマキシムBバーストRレールガン”ッ!!》


 壁のように立ち塞がる巨人たちを、広範囲に伸ばされたゼスランマの羽衣はごろもむちのように打ちのめし、電撃を帯びた亜光速の弾丸バーストレールガンが撃ち貫いていく。

 月までの進路を圧倒的な物量でさまたげていた敵は、鞠華たちも驚くほどのスピードでその数を減らしていった。

 もはや月面の岩肌は眼前にまで迫っており、このまま順調にいけば敵の防衛網ぼうえいもうの突破も時間の問題と言えるだろう。

 決着ゴールまでもう少し……気を引き締める鞠華の耳に、ふいに聞き覚えのある声が飛び込んできた。


《思ったよりも早かったのう。ならば、わしもそろそろ出陣しゅつじんするとしよう》


 ねっとりと鼓膜こまくを撫でるような音色こえとともに、有視界通信の回線が否応いやおうなく開かれる。

 モニターに映し出されたのは、立体映像ホログラムの肉体を持つ全裸の壮年だった。

 君嶋きみじま千鳥ちどり面影おもかげがやや残る顔つき。しかし後ろに流した長髪は色がほとんど抜け落ちており、頬骨ほほぼねも横に出てしまっている。

 まるで少女の千鳥がそのまま年老としおいたような外見をしているものの、しかし顔は美青年とも美女とも言えるくらいに若々しく、また筋肉質で細く引き締まった肉体も、まったくおとろえといったものを感じさせない。

 実年齢も性別もわからない、極めて不鮮明かつ不思議な姿だった。


「君嶋さん……いや、オズワルド! レベッカさんはどこにいる……!?」

《そうあせるでない。とらわれの姫ならば、我が器の胎内コントロールスフィアで眠っておる……ただし》


 次の瞬間、真・ゼスパーダの内部格納空間クローゼットから二種類の装甲パーツが一斉に飛び出した。

 ひとつは、かつてゼスタードも纏っていた純白の花嫁衣装──“ウェディング・ロード”。まずそれらのパーツから、オズワルドと機体に着付けられていく。

 そしてもう片方──禍々しい存在感を放つそれは、ゼスマリカの保有するそれとは形状の異なるもう一つの“マスカレイド・メイデン”だった。

 無限に等しい動力リソースと引き換えに、搭乗者アクターへと精神負荷ストレスを与え続ける性質を持つ、禁断のアウタードレス。それら漆黒のパーツが“ウェディング・ロード”の装甲に上から覆い被さろうとしているのを見て、鞠華はようやくオズワルドの意図を察する。


「まさか……! やめろぉぉぉッ!」

《ふふっ……ドレスアップ・ゼスパーダ!》


 制止を呼びかける鞠華の叫びは聞き入れられることなく、“マスカレイド・メイデン”は無慈悲にも“ウェディング・ロード”を取り込んでいく。

 さらに漆黒のドレスはインナーフレームにさえも侵食していき、真・ゼスパーダをよりおぞましい輪郭シルエットへと変貌させていった。


換装完了コンプリート──“オーバーロード・メイデン”》


 やがて機体を包み込んでいた赤黒い粒子が立ち退いていき、ついに最後の敵がその姿を現した。

 外見そのものは“ウェディング・ロード”と大きな差異はないものの、純白だった装甲はより濁りきったような鼠色へと変化しており、鮮やかなエメラルドグリーンのラインも返り血のようなワインレッドに変わっている。


 なによりも大きな変化は、機体から放出されているヴォイドの圧倒的なまでの量。

 それにともなう膨大な負荷の矛先は、肉体を持たないオズワルドではなく──ただ乗り合わせているだけのレベッカへと向けられていた。


「なんてことを……オズワルドォォォォォッ!!」

《さあ……永劫に見せられ続ける悪夢に、この娘の精神こころはいったいどれほど耐えられるかのう……?》


 いびつに口元を綻ばせながら、オズワルドは真・ゼスパーダを月面より飛翔させた。

 そして彼は漆黒に染まったケーキナイフを携え、亜光速移動を用いた凄まじいスピードで鞠華たちへと襲いかかる──!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る