Live.65『そしてすべてが嘘になる 〜BUT IT'S ALL ABOUT THE JOURNEY〜』

 “ネガ・ギアーズ”所属のアーマード・ドレス二機に先導されながら、災害発生時に廃棄された地下トンネルを移動すること十数分。

 機体を降りてドアロックを通るなり、嵐馬は視界に飛び込んできた景色の異質さにおどろきを隠さずにはいられなかった。


「な、なんじゃこりゃ……」


 モニターに向かって何やら作業をしている構成員たち。

 そのうちの半数以上が女性であり、しかもどういうわけかメイド服に身を包んでいたのである。


 何を隠そう、嵐馬たちが連れて来られたこの場所は、秋葉原某所にあるメイド喫茶“PUREぴゅあはぁとMAIDメイド CAFEカフェ”──より厳密には、その地下空間に設けられた“ネガ・ギアーズ”の秘密基地だった。

 かつて1日店員として働いたこともある嵐馬は、意外すぎる真実を受けて半ば呆れた表情でつぶやく。


「まさか、こんなところに隠れ家アジトがあるとはな……」

「ここだけじゃないわ」


 と、前を行くレベッカが歩を止めずに振り返る。


「関東エリアだけでも3ヶ所。密かに資金援助をしてくれている外部の企業も含めれば、拠点は世界中に点在している」

「組織にしちゃ随分とバラけているんだな」

「そもそも“ネガ・ギアーズ”という名前も、それ自体は組織名ではなく反政府ネットワークの総称に過ぎないわ。要するには、あらゆる思想を持つメンバーが同じ目的のもとに結束した……ある意味、一種のネットコミュニティとも言える集団ね」


 嵐馬はこのあとで知ることになるが、“ネガ・ギアーズ”には階級制度が存在していないため縦軸の関係が希薄であり、極端に横へと広がった非ピラミッド型の組織構造をしているようだ。

 また組織内には同等の権力を持つ幹部クラスが数名いるのみであり、トップと呼べる立場の人間も明確には定められていないという。

 そのような構造から、レベッカは“司令塔ブレイン”というよりはむしろ、分散されたネットワークをまとめ上げるための“管理者マネージャー”といった立場とのことだった。


 仮に組織内で欠損が生じても、すぐに代替が用意され、問題なく回り続ける歯車の連なり──“ネガ・ギアーズ”という組織の底力は、ともすれば非常に危ういバランスで成り立っているとも言える独自の組織形態にあるらしい。


「あ、あのっ! 古川嵐馬さん……ですよねっ」

「ん?」


 レベッカでも匠でもない誰かに呼び止められ、嵐馬はそちらに顔を向ける。

 立っていたのは、メイド服を着た小柄な女性だった。少なくとも知り合いではないが、その顔にはどこか見覚えのあるような気もする。

 そんな嵐馬の疑問は、続く女性の言葉によってすぐに解消された。


「私です! ほら、前に助けてもらった……」

「ああ……まさかお前、あの時のバイトか!」


 思い出した。

 そういえば以前にメイド喫茶でアクターたちが働いた際に、マナーの悪い男性客に絡まれていた女性店員がいた。

 彼女は嵐馬と会えたことがよほど嬉しかったのか、ぱあっと笑顔になって詰め寄ってくる。


「わぁ、覚えていてくれたんですね! 実は私、あのときから嵐馬くんの大ファンでぇ……よければ一緒に写真いいですか!?」

「お、おう……?」

「こらこら、大事な客人ゲストを困らせてはいけませんよ。だいいち彼は、まだ我々の素性さえ把握しきれていないのですから」


 そう言って現れたのは、正装に身を包んだ壮年の男性だった。

 彼の顔にも見覚えのあった嵐馬は、驚きつつも声をかける。


「メイド喫茶の支配人マスターまでご登場か……お前ら二人ともグルだったってか?」

「覚えていてくれたとは光栄ですね。ええ、おおむね君の詮索通りですよ。店の地下に拠点があるなんてフツーは誰も思いませんからねぇ」


 彼の口ぶりからして、どうやらメイド喫茶そのものがアジトを隠すためのカモフラージュだったらしい。

 もはや驚きを通り越して呆れかえってしまう嵐馬だったが、そのときスッと足に力が入らなくなるような感覚に襲われた。

 危うく転びかけてしまったところを、メイドの女性に支えられてギリギリ踏みとどまる。


「だっ、大丈夫ですか!?」

「……ダブルドレスアップの反動か」


 気遣わしげなメイドとは対照的に、匠が淡々とした口調で言い当てる。

 その冷ややかさが、今の嵐馬にとってはむしろ有り難かった。

 の痛みに比べれば、自分のそれなど取るに足らないものなのだから。


「俺のことはいい。それよりも今は、コイツを休ませてやることが先だろ」


 嵐馬はそう言いながら、自らの背中に担がれている人物──逆佐鞠華の顔をちらりと一瞥いちべつする。

 振り返った嵐馬の頬へと、静かに眠っている彼の髪が触れた。

 顔色は青ざめており、額にはうっすらと汗が滲んでいる。あの黒いドレスをまとったゼスマリカの中から救出されたときには、すでにこのような状態だった。


(俺がもっと上手くれていれば、お前一人をここまで追い詰めることにはならなかったのに……俺は──)


 ゼスランマは先ほどの戦闘でも、ダブルドレスアップした形態をたった30秒しか保つことができなかった。

 それはすなわち、嵐馬がアクター適正で鞠華よりも劣っていることを示す何よりの証拠でもある。

 その実力差が、彼を孤立させてしまったのだとしたら。

 先輩として、仲間として、友として……到底許されることではない。


(──俺は、お前の代わりにはなれないのか?)


 嵐馬はひそかに悔しさを噛み締めた。

 今はそうすることしかできない自分自身が、誰よりも許せなかった。





 救護室──とは名ばかりの、簡易ベッドが数台備えられているだけの部屋。

 そこに鞠華と応急処置を施した紫苑を寝かせたあと、嵐馬とレベッカと匠の三人は場所を別のところに移していた。


「聞きたいことは山ほどある……けど、まずはアンタだ。レベッカ=カスタード」


 ベンチへと腰掛けた嵐馬が、向かいの壁に寄りかかるようにして立つレベッカを睨み据えた。

 黒いライダースーツ姿の彼女はなにも言わず、ただじっとこちらの言葉を待っている。

 その済ましたような態度が、嵐馬の抱く懐疑心をより強固なものにした。


「アンタが内通者スパイだったって話は星奈林せなばやしから聞いてる。そして“ネガ・ギアーズ”のボスだってことも……」

「………………」

「目的はなんだ? なにがアンタをそうさせた?」


 そこでレベッカはようやく重い口火を切った。


「復讐よ」と、苦しそうに眉間を歪ませて語り始める。


「私は両親を“東京ディザスター”で失った。……ううん、私の家族だけじゃない。なんの罪もない多くの人々の未来さえ、あの惨劇はぜんぶ奪っていったわ。その中にはまだ小さな子供もいた」

「知ってるぜ、そんなことくらい……」

「いいえ、キミはわかっていない。あれは決して災厄ディザスターなんかじゃない……人の悪意が引き起こした、極めて人為的な殺戮ジェノサイドよ」

「……悪意だと?」


 訊いてきた嵐馬にうなずきを返してから、レベッカは続ける。


「ワームオーブという未元物質が災害の発生原因だという情報は、10年前の私でもすぐに掴むことができた。……あんまり楽な仕事でもなかったけれど」

「10年前……ってことは、当時からハッキングを?」

「妹を養わなきゃいけなかったから、ちょっとしたバイトでね。そうやってその手の依頼を受けているうちに、世界の裏側を取り巻く事情はおおかた掴むことができた。“オズ・ワールド”と国連政府が癒着し、日本を実験場と称して怪しげな研究をしていることもね」


 実験場……先ほどの戦闘中に流れた生放送で、ウィルフリッドがそのようなことを言っていたのを思い出す。

 そして“オズ・ワールド”と政府が連携していたという事実も、アクターである嵐馬は当然ながら知っていた。


「まさか」と嵐馬が口をひらく。


「アメリカの“オズ・ワールド社”が、日本の復興支援活動にやけに積極的だったのも……」

「ええ、ヴォイドの研究とアウタードレス戦のデータ収集──そのふたつを行うために、オズ・ワールドは“復興”と称して東京近郊を“実験都市モデルタウン”として造り変えたの」

「クソッ……要はマッチポンプじゃねぇか」


 すべての辻褄つじつまが合い、ようやく合点のいった嵐馬がそのように吐き捨てる。

 オズ・ワールドは東京をいちど破壊したうえで、自分たちにとって都合のいいように街を再構築していたのだ。

 まるでそこに住まう市民たちは全員、実験動物モルモットだとでも言わんばかりに……。


「そしてオズ・ワールドに入社した私は、側近という立場になるべく最短で上り詰めたわ。すべては日本支社長──ウィルフリッド=江ノ島の野望を阻止するために」

「支社長だと?」

「ええ。おそらくは彼が、ワームオーブを暴走させ“東京ディザスター”を引き起こした張本人よ」


 忌々しげに断定するレベッカに、嵐馬がすかさず待ったをかける。


「ち、ちょっと待て! 災厄を起こしたのはたしか、宇宙飛行士の天地素晴あまちすばるだって……!」

「あんなものは罪をなすりつけるための詭弁きべんだ。少なくとも我々はそのように理解している」


 レベッカのかたわらに立っている匠が代わりに答えた。

 それがどうしても私情に囚われた主観的なものに見えてしまった嵐馬は、半信半疑といった面持ちで言葉を投げる。


「結局のところ、真犯人は誰も知らねぇってことかい」

「……どちらにせよ、あの男が“東京ディザスター”発生後の日本このくにを利用しようとしていることはもはや周知の事実だ。到底許されることではないと私は思うがね」

「そりゃあ、まあ……そうだけどよ」


 ウィルフリッドの本性については、嵐馬も先ほどの戦闘で目の当たりにしてしまっている。

 “東京ディザスター”を引き起こしたのが誰であれ──それとは関係なしに、あの男は他ならぬ悪意によって多くの人々を傷つけた。

 誰よりも深い傷を、一人の少年に刻みつけたのだ。


 「……天地あまち鞠華まりか


 ふと、嵐馬が思い出したように呟いた。


「なあ、あれは一体どういう意味だ? 支社長があの名前を口にした時、アイツの怯え方はなんつうか……普通じゃなかった」

「私もそれは気になっていた。それに、彼の超人的なアクター適正についても今ひとつ理解しかねている……ボス、貴女あなたは何か知っているのでは?」


 嵐馬と匠の視線がレベッカへと向けられる。

 しかし続く彼女の返答は、いまいち歯切れの悪いものだった。


「鞠華くんの反応からみても、おそらくはあれが本名でしょうね」

「おそらく……? アイツをアクターに推薦したのはアンタだろ。ならこのことも知ってたんじゃないのか」


 もっともな疑問を投げかける嵐馬だったが、対するレベッカは首を横に振る。


「彼の素性については、あまりにも謎が多いわ。もちろん私もできる限り調べようとしたけれど、詳しいことは殆どわからなかった」

秘匿プロテクトがかけられていた……ということですか」

「少し、違うわ。そもそも彼に関するデータ自体がネットワーク上に存在していないの。個人情報が管理されている現代では、まずありえない現象よ」


 匠の問いかけに応えたレベッカが、ありのままの結論を告げる。


「少なくともデータ上では……“逆佐鞠華さかさまりか”という住民はこの国に

「なっ……」


 グッと嵐馬の喉が詰まる。


「じゃあ、アイツは……」

「“逆佐鞠華”を演じている誰かunknown、といったところでしょうね。そして支社長は彼のことを“天地素晴の息子”とも証言していた。きっとそれが手がかりに……」


 何かを言いかけていたレベッカの言葉は、不意に聞こえてきたわずかな物音によって中断される。

 すぐに音のした方向を見やると、廊下の側にいつの間にか鞠華が立ち尽くしていた。

 どうやら会話を聞かれていたらしく、その目は恐怖と驚愕で見開かれている。


「鞠華!? もう起きても大丈夫な──」

「やめてくれ!」


 心配に駆られた嵐馬の声を、鞠華の怒号がさえぎる。

 彼はまるで懇願するように、震えている喉から声を絞り出すように言う。


の事情なんて、今更どうだっていいじゃないですか……? ウィーチューバー“MARiKAマリカ”はいつだって皆の笑顔のために戦う。それでいいじゃないですか」

「鞠華くん、それは……」

「だってそのためにアクターに推薦したんでしょう!? ゼスマリカに乗せて戦わせるためにッ! ……僕を利用するために、レベッカさんは僕をコミサに誘ったんでしょう……?」


 鞠華の顔が怒気どきに燃え、レベッカの語尾をかき消す。

 その怒りすらも、段々と消え入るような覇気のない小声へと変わっていった。


「全部、嘘だったんですか……?」

「…………」

「“まちゃぷり”さんとして無名だった頃の僕を応援してくれたのも、アリスちゃんを思いやるお姉さんとしての優しい顔も……ぜんぶ演技ウソなんですかッ!?」


 鞠華が視線を上げ、悲痛に顔を歪めて叫んだ。

 彼を黙って見つめていたレベッカは、しばらく長考した後でやっと口を開く。

 “ネガ・ギアーズ”の指導者としての顔ではない。鞠華や嵐馬たちがよく知る、優しげな笑顔かめんをたたえて──。


「ええ……私、ウソつきなの。


 この世でもっとも残酷な皮肉を、彼女はあえて口にした。


「……最低だ、あなたは」


 吐き捨てるような鞠華の言葉を、レベッカは何も言わずに受け止める。

 彼女がどんな表情かおで……何を思ってそれを聞いているのかは、嵐馬の座る位置からはうかがい知ることができない。


 ただ、一瞬だけ。

 彼女の肩がピクリと動いたところを、偶然にも嵐馬は捉えているのだった。


「鞠華っ!」


 すぐに嵐馬が呼び止めたものの、鞠華は振り返ることなくその場を走り去ってしまう。

 その去り際に──涙の雫がキラキラと散っていたのを、嵐馬の燃えるような眼差しは決して見逃さなかった。

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