Live.11『昨日の敵は今日のマブダチ 〜APPEARANCE IN THE SAME PLAY〜』

 レベッカと共に広々としたオフィスを歩く鞠華は、空間のあまりな異質さに思わず目を奪われてしまっていた。

 豪奢な作りのエントランスホールから少し歩くと、信じがたいことに南国の草木が植えられた植物園のような部屋へと続いていたのだ。

 自由な服装の社員達が、思い思いに木から果実をもぎ取っては頬張っている。部屋の中央にはジューススタンドも設置してあり、そこで飲み物を受け取って飲んでいる者もいた。レベッカに聞いてみたところ、どうやらここはフルーツバーという社員休憩所の一つらしい。


 この部屋の他にも西部劇に出てくる酒屋のような雰囲気の談話室や、ダーツ・ビリヤードなどが遊べる娯楽室、レトロゲームを集めたゲームコーナーに水族館さながらの巨大水槽があるミーティングルームと、とにかくバラエティに富んだ部屋ばかりが道中で目に入った。

 あまりにも一般的な企業の像とはかけ離れている社風に、鞠華はつい困惑してしまう。廊下を20メートル歩くたびに雰囲気がガラリと変わる構造は、どちらかというとテーマパークなどの娯楽施設に近いように思えた。

 そして社内を動く歩道オートウォークで移動すること十数分。


「おはようレベッカ君! そしてマリカ君! 今日も素晴らしい朝だネ!」


 レベッカに案内されて辿り着いたのは、“足湯室”というこれまた珍妙な室名札の掲げられた部屋だった。

 鮮やかな紅葉の造木が部屋のそこら中に植えられており、屋内でありながら秋の京都の絶景が見事に再現されている。そんな純和風の空間に溶け込むように、和服姿の老紳士が岩場に座りながらこちらを手招きしていた。

 “オズ・ワールドリテイリング”日本支社長──ウィルフリッド=江ノ島。このいかにも趣味的な部屋は、やはり彼の趣向が大きく反映されているらしい。


「さあさ、キミたちもこっちに来て座りたまえ! 足湯はいいぞぉ。健康的だし、何よりがある! 我が社自慢の秘湯、是非とも堪能あれ!」


 ウィルフリッドに言われ、二人は渋々靴を脱いで浴槽へと足をつけた。ややぬめりのあるべっこう飴色の濁り湯が、鞠華の細い足首を優しく包み込む。


「……! 本当にいい湯だ……」

「ほほう、マリカ君にもわかるかね!? これは“黒湯”という、ここら近辺でしか湧出ゆうしゅつしない特殊な泉質のお湯でね。美肌効果もあるし、キミにはピッタリなんじゃあないかナ!」

「へえ……これは興味深い……」


 と、初めて浸かる温泉に気付けば無我夢中になっていた鞠華は、ここに呼び出された理由を思い出してふと我にかえる。昨日のウィルフリッドからの誘いに対して、答えを保留にしたままだったのだ。


「あの、支社長さん」

「別に“支”は付けなくてもいいのだよ?」

「えっ……それで、昨日の話の続きなんですけど」

「おっと華麗にスルーされたネ」

「あれから色々と考えたんですけど、別次元からの脅威だとか、やっぱりまだ僕にはよくわからなくて……。失礼ですが、あなた達のことも本当に信じていいのかわかりませんし……」


 チラリと鞠華に一瞥され、レベッカはつい顔を俯かせてしまう。

 鞠華からしてみれば、この状況も彼女に巻き込まれてしまったが故の事態である。正義や平和のためだと言われたところで、手放しには同意できないというのが鞠華の偽らざる本音だった。

 しかし鞠華のハッキリとしない返答を受けたウィルフリッドは、予想に反して穏やかな笑みをかえす。


「安心してくれたまえ、マリカ君。何も我々とて、たった一晩で大事な決断をさせるなんて野暮なマネはしないサ。今日キミを弊社に呼んだのも、昨日の返事を聞きたかったからではない」

「じゃあ、一体何を……」

「そう、まさに! キミの警戒心……すなわち、“心のドレス”だ!」

「はい……?」


 ウィルフリッドは湯の張った岩床に立ち上がると、着物の袖を鳥のようにバッと広げた。ニヤリと自信に満ちた微笑みを浮かべて、彼は鞠華に向かって高らかに告げる。


「キミの心は今! 我々に対して心のドレスをまとっている! ワタシはそれをゆっくりとじっくりと脱がし、ゆくゆくはキミの全てをさらけ出させたい! ……そう、思っているのだよ」

「は、はあ……」

「そ・こ・で、だ! 今日はキミがもっと我々に対する理解を深められるよう、特別スペシャルなゲストを呼んでいる! 二人とも、入ってきたまえ!」


 パチン、とウィルフリッドが指を鳴らす。

 するとその合図と共に、造木の物陰から二人の人影が現れた。どちらも鞠華よりはやや歳上──おそらく二十代前半くらいだろうか。


 一人は黒い長髪の男性。白いワイシャツの上に黒のロングシャツを羽織ったシックな服装がよく似合う、俳優みたいな美形の青年だった。

 そして彼の傍らに立つのは森ガール風ファッションに身を包む、どこか柔らかな雰囲気の女性。毛先にパーマのかかった亜麻色の髪はおでこを出すように真ん中で分けられ、垂れた目の印象も相まって優しそうなお姉さんだった。あと胸も大きい。


「チャオ♪ こうして機体を降りて会うのは初めてになるねー、元気してた?」

「……! その声、もしかして……!」


 彼女の飴を転がすような独特のゆるい声音には、確かに聞き覚えがあった。

 鞠華が問いただすと、ウィルフリッドが仲介に入る。


「紹介しよう。彼は古川ふるかわ嵐馬らんまクン、そしてこっちが星奈林せなばやし百音もねクン。二人とも、キミと同じXESゼス-ACTORアクターだ」

「ということは、やっぱり昨日の……」

「そそっ、そして昨日の敵は今日のマブダチ! というわけでヨロシクね、マリカっち!」


 “ゼスモーネ”の適合者アクター──星奈林百音は満点の笑顔で言うと、鞠華の手を両手で握る。不思議な甘い香りが鼻腔をくすぐり、何だか気恥ずかしくなってしまう。

 と、そこで先程から何故か不機嫌さを隠そうともしない“ゼスランマ”の適合者アクター──古川嵐馬が、冷たい眼差しを鞠華に向けながら言い放つ。


「なに赤くなってやがる。……ソイツ、男性オトコだぞ」

「…………………………………………えっ?」


 思考が一気にフリーズした。

 いやいや待て、流石にそれはおかしい。

 ならばこの、目の前にそびえるダブルマウンテンは一体なんだというのだ。


「ちょっとぉ嵐馬くん、ネタバラシするのはやすぎ。これからが面白い所なのにー」

「面白いのはテメェのカラダだけにしとけっつの。って正直に言ってやれ」

「もー、もうちょっとオブラートに包んだ言い方は出来ないのかなぁ……まっそういうワケだから、そこんところヨロシクっ♪」


 明らかに嵐馬という青年は嫌味を言っているように見えたが、百音は特に気分を害することなく気さくに挨拶をする。

 しかし今だに理解が及んでいない鞠華は、手を握られたまま固まってしまっていた。すっかり混乱しきっている彼を見るなり、百音はマジックのタネを明かすように説明する。


「フフッ、あたしのおっぱいがそんなに気になる?」

「え、ええ……ああいや、決してヘンな意味とかじゃなくてですね……!?」

「安心して、これはパッドでもボールでもなく本物よ。でもは取ってないわ、ちんちんもちゃんと生えてるし。何なら触ってみる?」

「え、遠慮しときます……!」


 つまり百音は、世間一般でいうところのニューハーフというやつだろうか。

 女装をするだけで中身や肉体は少年の鞠華とは違い、どうやら百音は本物マジモンということらしい。


「えと、星奈林さん」

「百音でいいよぉ」

「じゃあ……モネさん。あなたはえっと……男なんでしょうか? それとも女なんでしょうか?」


 鞠華がへり下って訊ねると、百音は微笑みをたたえて堂々と告げる。


よっ! どっちかじゃない、このカラダだからあたしなの」


 そう言い切る百音は、きっとジェンダーに対してかなり寛大な価値観を持った人物なのだろう。彼は自分の在り方について一切恥じることなく、肉体そのものがアイデンティティであると宣言した。


「……そういうの、なんとなくわかる気がします」

「あら、嬉しいわ! アリガト♪」


 お世辞ではなく、謙虚さを持って鞠華は同意を示した。

 彼にとっても、“女装”は自身の中で大きな割合を占める重要なファクターだ。女装をするからこそ、自分ははじめて他者に認められる存在へと昇華する。いわば女装は、鞠華にとってのアイデンティティと言っても過言ではなかった。

 そうして鞠華と百音の距離が縮まりつつあったとき、嵐馬が水を差すように悪態をついた。


「ケッ、気持ち悪ぃ。どいつもこいつも男のクセに女のフリして喜びやがって、頭沸いてんじゃねーのか」

「ちょっと、嵐馬くん!」


 レベッカが咄嗟に咎めるも、嵐馬は気に留めることなく鞠華を睨みつけた。明確な悪意を突きつけられ、鞠華は思わずたじろいでしまう。


「なにが『あたしはあたし』だっつの、性別っつのは基本“どっちか”だろうが。それにテメーはたしか女装動画投稿者だったか? ったく、スカート履いた野郎の動画見て何が楽しいのかねぇ……」

「……かにするな」

「あン?」


 迷惑そうに眉をひそめる嵐馬に対して、今一度鞠華は突き刺すように言う。


「それ以上、女装を馬鹿にするな……!」

「……フン、ウィーチューバー如きが女装を語るか。だったら聞くが、テメェは女装が恥ずかしくないと本当に言い切れるか?」

「当たり前だ!」


 語気を荒げて鞠華は言い放つも、しかし嵐馬は全く微動だにせず冷たい言葉を返す。


「嘘だな。今テメェが女の格好をしてないのが何よりの証拠だ」

「それは……!」

「いいや、言うね。テメェは所詮カメラの前でしか女を装えていない。それはお前自身が、心の奥底で女装を“恥じ”だと認識しているからじゃあねーのか」


 そんなことはない。

 鞠華は咄嗟にそう言い返そうとするも、喉が引きつって声に出すことができなかった。嵐馬は嘲笑を浮かべながら、冷酷な眼差しを鞠華へと向けて言う。


「わかったろ? テメェは男としても女としても……いいや、人間として“半端者”なんだよ。そんな半人前アマチュアと、悪いが一緒に仕事をする気にはなれねぇな」


 そう吐き捨てると、嵐馬はロングシャツを翻して部屋の外へと去っていってしまう。

 初対面だというにも関わらず一方的に罵声を浴びせられてしまった鞠華の心境は、当然ながら穏やかではなくなっていた。


「なんだよ、アイツ……」


 離れていく青年の背中を睨みつけながら、鞠華は不満げに呟いた。

 彼らのやり取りを側から見ていたレベッカは、滝のように冷や汗を流しながらウィルフリッドに耳打ちする。


「ちょ、ちょっと支社長! 止めないでいいんですか!? “アクター同士仲良く交流しよう作戦”のつもりが、さっそく険悪なムードになっちゃってるんですが……!」

「いや、これでいいんだよレベッカ君。日本のこういうことわざを聞いたことはないかね?」

「ことわざ、ですか……?」


 まるでこの事態すらも筋書きシナリオ通りだと言わんばかりに、ウィルフリッドはウインクをして告げる。


「“喧嘩するほど仲が良い”、というやつさ」

「……支社長。それ、ちょっと意味間違ってます……」


 『えっ?』とウィルフリッドが聞き返した時には、もう既に嵐馬の姿は足湯室から完全に消え去っていた。

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