第98話 神への怒り
動物園計画が順調に進むのとは逆に、日々パン太の体調は悪化していった。
それでも「完成すればパン太も喜んで元気になってくれるんじゃないか」と思いながらがんばった。
動物園を建造途中も冒険者ギルドにお願いして、テイマーや治療を生業にする人達を集めてもらったが原因がはっきりしない。なんとか治療や浄化をお願いしても、良くはならなかった。
恐らく「大蛇の毒による内臓疾患では」ということを伝えられた。「新種の毒なのかも」とも。
何故みんな無事なのに、パン太だけがこんなことになってしまったのか。
日々不満を口にする僕に父さんがこう告げた。
「もしかすると魔物では無いからかもな」
僕たち人間も魔物ではない。
なんで! どうして!
そんな気持ちになったが、パン太が捨てられていたことを思い出し、遺伝子的に劣勢だったことが原因だったのかもしれないと思い当たる。
僕の存在に『役目』があるのだとしても、パン太を巻き込んだことが許せない。
今すぐ神に文句を言いに例の神殿に向かいたいが、パン太の側を離れたくもない。
近いことがわかっているから……。
もうしっかりと力が入らなくなってきているのか、這うようにしながら僅かに進み続ける。
周りにはリリーやあずき達もいるのだが、パン太の向かう先は僕の元のようだ。
目はもう見えていないはず。声もしくは匂いを追っているのだろう。
目の前にいるのに呼びかけることしか出来ない。
(がんばってるから見届けたい)
そんな言い訳が思い浮かんだが、自分だからわかる。嘘だ。
触れてしまえば、終わってしまう気がするからこれ以上近づけない。
只々、終わってしまうのが怖い。
僕は、卑怯で残酷だ。
パン太は最後の力をふり絞り動き続けていたが、伸ばした手の目前で力を失った。
なぜ……どうして。
そんな感情が僕の胸を支配する。
それでも自然と身体は動き、気付けばパン太の頭を抱えながらいつもの様に撫でていた。
「パン太。僕ここにいるよ。がんばったね。ちゃんと辿り着けた。よしよし、すごいなパン太。大丈夫、ずっと一緒だから」
流れ落ちる涙が鼻に着くと、僕の滲んだ視界にはパン太の口が僅かに動いたように見えた。
そのまましばらく口元を見つめていたが、二度と動くことは無かった。
口から垂れた舌はだらりと下がったまま、目は瞳孔が開き光を失っていた。
僕は、泣いた。
ただひたすらに「パン太」と名前を呼び続け、泣き続けた。
気が付くと、リリー達は傍にいた。
パン太に触れる手からは、すでに体から熱が失われていることを理解させられた。
冷たい。
当然、僕も彼女たちも理解している。パン太が死んでしまったことを。
彼女たちは、僕を心配するような目をしていた。これまでずっとそうだった。
優しさに「ありがとう」と言いながら、頭を撫でた。
今日はもう、何もする気が起きない。
このままパン太の隣にいることにした。
泣き疲れたからか、いつの間にか眠ってしまっていた。
時間がわからないが、外が暗いので夜ということは察することが出来る。
少しだけ落ち着いて、冷静になれている。
リリー達はずっと一緒にいてくれたようだ。僕が動いたことで、起こしてしまった。
ずっとここに居たいけれど、彼女たちにご飯を食べて欲しい。立ち上がり、取りに行く。
部屋から出ると、冷たい空気が僕を包んだ。
扉の脇にだれかが置いてくれていた食べ物を見つけ、心の中で感謝する。
冷えた僕の脳は「どうすればパン太生き返らせることができるか」を考えようとしていた。
そして一つの答えを導き出した。
『兄さんのスキルなら生き返らせることができるかもしれない』と。
部屋に戻り、リリー達にご飯を差し出すと、外へと駆け出した。
山の上の神殿に向かう。
何とかして、神から兄さんの居場所を聞くためだ。
ハルジ、アカツキと共に古びた神殿に降り立ち中へ進み、神像の前で目を閉じる。
そして、返事があるまで続けるつもりで祈る。
「神様お願いします。兄さんの居場所を教えてください」
答えはすぐに返って来た。
『お前の兄として生まれた者は、役目を終えもうこの世界にはいない』
衝撃的な言葉だった。
すぐには理解できず固まってしまった。
そんなことはお構いなしに、情報は断片的に頭へと流れ込んでくる。
そして理解させられた。
スキルによりキメラを作り出し続けていたこと。
人体実験も行っていたこと。
その他、パーノポーの事件等も兄さんが関わっていたこと。
山脈の向こうでは『悪』として活動していたこと。
その結果、世を乱す者として殺されたことを……。
全てを知らされたわけではないのだろう。
兄さんの感情なんかは、入ってこない。
でも制限された行動の中で、僕たちの為に行動してくれたこともあったようだ。
ジジイが来たのも、兄さんが関わっていた。
伝えられたことは、真実なのだろう。
彼は、僕たちの前ではそれなりにまともな人だった。
怖さもあったが、優しさもあった。
そんな人だった。
神様には、パン太を蘇生させられる人がいないかも聞いた。
答えは『いない』だった。
そして、仮に兄さんのスキルを使っていた場合でも、パン太は魔物ではなく動物だったので魔石での継承もなかっただろうと教えられた。
いつの間にか怒りの感情が、失われつつあった。
失望。
どこかのタイミングで、僕自身気付いていた。わかっていた。
無理であろうことを。
そんな僕に、神様は一つの提案をした。
『お前の役目は終わった。お前がこのまま元の世界に戻ることを望む場合、願いを叶えることが出来る』と。
要するに神の力ならば、パン太を生き返らせることが出来る。
しかしその場合、そこに僕はいない。
僕は悩んだ。
それに意味があるのだろうかと。
リリー達のこともある。
僕がいることと、パン太がいること。
どちらがリリー達のためになるのだろうか。
しばらく悩み「この提案を飲むのは無しだろう」という考えに至った。
一度入り口の方を振り返ると、外は明るくなり始めている。
そして僕は決断を下し、神に違う提案をした。
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