第12話 兄さん町へ行く

『マツナガさん』が、『シンマツナガさん』になった翌日。

 シンマツナガさんは、僕の前から姿を消した。

 兄さんがあの時、記憶について語っていたが、僕に飼われていたことを忘れてしまったのかもしれない。

 さらばマツナガさん。いや、シンマツナガさん……。

 よくよく考えると、今まで素直に飼われていたことを今更ながら不思議に思ってしまった。


 マツナガさんがいなくなり数日。

 周囲に邪魔な虫を見かけることが増えた。

 誕生日に蜘蛛っておかしいと感じていたが、いなくなったことで兄さんの意図に気付くことが出来た。



 そういえば、今日は兄さんと父さんが街に行っている。

 今年十歳になる兄さんは、ついに冒険者として登録するらしい。

 後見人として父さんが登録される。

 要するに、半人前ってところなのだろう。

 当然、後見人が存在しない人もいるわけで、そういう人は一人前とみなされる。

 よくも悪くも全てが自己責任だ。

 失敗続きで借金まみれになれば、奴隷落ちだろう。

 後見人になってくれる親や知り合いがいるってことは、幸せなことだ。



 日暮れ前に、二人は戻って来た。

 夕食では、冒険者に登録したお祝いだ。

 危険な仕事の一つではあるが、ここまで無事に成長したってことを祝う感じ。

 両親も今日は珍しくお酒を飲んでおり、うれしそうだ。

 明日から早速、二人で狩りに行くらしい。お酒飲んでるけど、大丈夫かな?


 兄さんの選んだ武器は、槍。かっこいい。

 兄さんは現在、身長百五十センチ程に成長していて、母さんと並んでもそれほど差を感じない。

 僕はまだ一メートルを少し超えたくらいなので、五年の差ってやっぱり大きい。

『えくすかりばー』と名付けたその辺の木の棒に振り回されている僕とは、雲泥の差だ。


 

 翌日の早朝、予定通り兄さんたちは狩りに出かけた。

 母さんも僕も、心配しながらそわそわしてお留守番。

 父さんもいるので、大丈夫だとわかっていても気になってしまう。


 二人は昼過ぎに、獲物を捕まえて戻って来た。

 頭に角の生えた大き目の兎。魔物だ。

 一先ず、無事でよかった。

 父さんが言うには、兄さんの動きは悪くないようで「しばらく同行した後は、近場なら一人で行っても大丈夫だろう」とのこと。

 この後は、解体と武器の手入れの指導らしく、僕も見学することになった。

 生々しい状況も、この世界に来て五年も経っているので慣れてきている。

 元の世界で「昔は、家で鶏をしめていた」なんて話を聞いたこともあったし、人間てのは環境に慣れてしまう生き物なのだろう。



 この日の夕食もお祝いとなった。

 今日狩ってきた兎のお肉がメインだ。

 明るい雰囲気もあってか、いつもよりおいしい気がする。


 バリバリという、パン太が骨を齧る音が食卓に響いていた。

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