第81話 産休

 珍しくジジイが朝から慌てている。どうしたのだろう。


「先生。もうすぐ産まれるんじゃ」

「卵? あんまり変化ないけど、魔族だとわかるもの?」

「違う違う! エルマの子じゃ!」

「えぇ⁉ エルマさんのってそれジジイの子じゃん!」

「たぶんワシの子じゃ」

「たぶんて何よ。たぶんて……」


 途中、昔の口調が出てしまった。咄嗟にでる方言のようなものだろう。


 ところでなぜ「たぶん」と言ったかだが、中々子供が出来なくて自信を無くしていたようだ。エルフって長命種だから出来にくいんじゃないっけ。

 とにかく、エルマさんはそういうのしっかりしてるから間違いなくジジイの子だろう。


「産まれるって、あとどれくらいかわかるの?」

「数日中にじゃ。心配でよーさんエルフの産婆を連れて来たんじゃが、そういうとった。ワシはあと何をしたらええんか聞いても、教えてもらえん。そんで、わからんから先生に聞きに来たんじゃ」

「いや。僕もお産の事はわからんよ」


 ジジイは、久しぶりに方言モードになりかけてる。

 それにしても、僕ならわかると思ったのだろうか?

 だとすると期待に応えたくなる。何かできないだろうか。


 偽ポーションの魔道具は、ジジイのところにはまだあるはずだし、他に必要なのって何だろう。清潔な布とかそういうのかな。

 ここは、経験者に聞くことにする。

 母さんや祖母の元に向かい、事情を説明する。

 すると、手伝いで女性陣が向かうことになった。

 僕はもちろんお留守番。だって、行っても出来そうなことなさそうだし。



 日暮れ近くになり、女性陣は帰って来た。

 話を聞いてみると「必要な物は十分揃ってるから特に指示が無い」ということらしい。

 ジジイは慌てていて、ちゃんと話を理解してなかったみたいだ。普段は割と冷静なのにね。

 奥さんが出産する前の男性ってみんなジジイみたいな感じなのだろうか。経験のない僕には、わからない。

 女性陣は、明日以降も様子を見に行くらしい。

 そういえば、祖母たちも転移で一緒だったけど、緊急時だから大丈夫だったのかな。


 翌日から、朝迎えに来るジジイと共に女性陣が出かける日々が続いた。

 僕は何をしているかというと、持参用の料理を作ったりだ。手伝えることは、これくらいだもんね。

 エルマさんはまだ大丈夫みたいなんだけど、初産らしいから女性陣が付いていてあげるらしい。

 ジジイにとっても初の子なんだって。

 これを聞いた時、ビックリした。長命種って本当に謎だ。


 

 ジジイから話を聞いて、五日目。

 ついに子供が生まれたらしい。おめでたい。

 性別は男の子だとか。エルマさんが「顔が昔のジジイに似てる」って話をしていたらしい。

 それを聞いて他の人達は、ジジイの顔を見たけど理解できなかったようだ。

 そりゃそうだよね。ジジイ変装してんだもん。しかも「何百年前の話ですか」ってやつだ。


 とりあえず、ジジイは興奮して何言ってるかわかりにくいので「産休でしばらくお休み」を言い渡し帰らせた。

 そういえば、種族的特徴の話がなかったということはエルフっぽいのだろうか。またジジイが落ち着いた頃にでも聞いてみよう。


 無事産まれたということで「出産祝いを用意しなければ」と、思い至る。

 服なんかはすでに用意してあるか、他の人がプレゼントしそうな気がする。

 何か僕らしくて良い物がないかと考えて、ガラガラと天井にぶら下げるアレとベビーカーを作ることにした。従業員と協力して、皆からという事にすれば良いだろう。

 異世界にベビーカーあるんだろうか。

 自分が必要としていなかったので、気にしたことが無かった。元世界では、子供の頃お世話になってたはずなのに。


 

 落ち着いたところで、ふと気になった。「エルフの産婆って見た目どんな感じなのだろう」と。

 どうも「産婆」って単語を聞くと、字のイメージに引きずられて老婆を想像しそうになる。違うってわかってるはずなのにね。

 母さんたちに聞けば教えてくれるかもしれないが、たぶんこれは知らない方が良いかもしれない。

 女性に年齢を尋ねるような、危うさを感じるから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る