第61話 報告書

 大量発生の諸々が落ち着きをみせるには、かなりの日数を必要とした。

 幸いなことに、オストロイ周辺においては早めの対策が功を奏して被害も少ないものとなっている。

 オストロイ子爵様は「これ以上のナメクジによる被害にあうくらいなら」ということで特に被害が大きい地域にて、熱を用いての駆除を行った。一時的に自然が破壊されることとなるが、この先の被害よりもマシという判断だ。その際用いられたのが『熱風の杖』である。まだ試験段階であったが、緊急ということでそれなりの数が注文された。こういった時に、権力者へうまくアピールする祖父に脱帽だ。


 祖父が商会を通して手に入れた情報、そして兄さんからの手紙や各地での噂話から推察すると、今回の大量発生の黒幕は『パーノポー』であると考えられた。


 まず、イースさん達調査隊が見つけた痕跡についてだが『ヒッポグリフ』のものだったらしい。ヒッポグリフとは、前半身が鷲で後半身が馬という魔物なのだが、この魔物を好んで利用していたのがパーノポーであった。当然、野生や一部のテイマー達によって利用されているヒッポグリフもいるのだが、今回発見された痕跡の中に糞があり、その中に含まれていた物がパーノポーが飼育する環境にて与えていた特殊な餌であった。

 この話を聞いた時に「自然の中で便をすると特定される可能性がある」と認識し、以後自然におけるトイレに若干躊躇するようになってしまった。異世界恐ろしい……。

 この他にもいくつかパーノポーを想像させる物があったようだが、全ての情報が我々までくるはずもない。


 次に、今回大量発生が起こった場所であるが、全てがパーノポーの敵対国であり尚且つ前線より離れた場所であった。

「戦争の準備を始めていたパーノポーは後方からの支援を極力減らすために意図的に大量発生をおこし混乱させた」というのがお偉いさんの出した答えだ。

 実際、蝗害によりパーノポー内部が混乱していなければ、戦争を仕掛けられていた国は大変なことになっていただろう。

 尚、皮肉なことに蝗害による被害のあった地域は、パーノポーやその同盟国ばかりであった。偶然かどうかはわからないが、相手に被害を出そうとしてそれ以上のものが自分達に返ってきている辺り、まさしく「因果応報」と言える状況だ。


 こういった内容から、パーノポーが黒幕と考えられているわけなのだが、我が国ハンブルクはすぐに攻め込むことはなかった。

 現在混乱を続けるパーノポーに攻め込む大義名分は手に入れたわけなのだが、違った形での報復活動を行いながら様子をみることにしたようだ。


 現在パーノポー国内は、まるで戦国時代のようになっているらしい。

 元々は、アクース教を信奉する有力者が多かった国であったが、今回の蝗害により人々のアクース教に対する信仰に歪みが生じ、多くの信者の心はアクース教から離れることなった。僕だって食べ物が無くて苦しい時に、祈っても何もくれない神より助けてくれる方をあがめるだろう。

 結果、各地でクーデターの様なことが起こり、それぞれの集団が独立を始めたようだ。

 ハンブルクとしては表立って手を出してはいないが、一部の勢力に秘密裏に支援することでパーノポー国内の混乱を長引かせようとしているらしい。僕が知ってしまっているくらいなので、秘密裏って言えない状況ではあるが……。

 正直、このままパーノポーの混乱が続いてもいいし、支援する勢力が大きくなっても良いという策のようだ。

 他国もそれぞれ似たような状況のようで、しばらくは周辺国では直接戦争が起きることはなさそうに思える。



 そんなこんなで、熱風の杖を作ったり忙しく過ごしているうちに、僕は九歳の誕生日を迎えていた。

 今回、兄さんは戻ってくることなく手紙が届いていた。覚えていてくれただけでもうれしいものだ。

 手紙は、お祝いの言葉と共に「ついに空を飛ぶ騎乗生物を手に入れた」という内容であった。

 なんとヒッポグリフを手に入れたというのだ。自作でないのが不満のようだが、お約束の角を付けたことでとりあえず納得しているとのこと。

 ロビーニョさんからの報告書の内容も含めると、パーノポーが混乱した影響で逃げ出したヒッポグリフや、飼育されていたものが売りに出されて手に入りやすい状況になっているらしい。正直、ちょっぴり僕も欲しい。

 もしかすると、売られていたのは混乱に乗じて連れ去られた個体の可能性もあるだろう。買う方には関係ないことではあるが……。

 ただ、もしもこれがヒッポグリフの痕跡の話を聞いて、意図的に手放されたのであれば強かと言わずにはいられない。苦しいが、追及された場合に「以前から行方不明になっている個体がいる」と主張することが可能となるのだ。それに「奪った者が我が国を陥れるために……」というパターンも考えられる。



 おまけで「僕の十歳の誕生日には、必ず戻る」という内容で両親や祖父母は、安心したような少し寂しいような表情をしていた。


 いつものちょっとおかしなプレゼントが無かったことを残念に思っている辺り、僕も兄さんに毒されているのかもしれない。

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