第99話 『動物園』
僕は今、動物喫茶の爺さんに紹介された職場で働いている。
結局あの時僕は、ある願いを叶えるために元の世界へ帰ることを選択した。
戻った世界は、あの日から数日経過してしまっていた。
ちなみにこちらでは、僕達転生者の存在はなかったことにされていたらしい。
前の職場であるホテルは、神々に違う建物へと変えられていた。
元々、神々の運営する組織だったらしく、地下で起きたトラブルの結果が僕らの異世界転生だったようだ。
従業員や学生達を含め結構な人数が被害にあったわけだが、自分たちの建物であり組織だった為、対応は比較的楽だったとか。
神々は建物ごと変更したこともあり、今更個人の為に元に戻すような調整をするわけにはいかず「周囲の人間の認識だけ調整する」という内容で帳尻を合わせた。お詫びと言いながらも、なんともいい加減な感じがする。
見た目は少年だけど、戸籍としては以前の物が使われていて、年齢を考えると歪。
顔は諦めるとして、髪色は染めるべきか迷った。
元のホテルが無くなり、当然僕は無職になってしまっていたわけで、また新たに神々にとって都合の良い管理下の施設に斡旋されたというのが現状だ。
他の人達の一部もこちらに戻ってきているようで、僕とは別の職場を紹介され働いているとか。他の人達の詳細や、学生達については教えて貰えなかった。気にはなるが、きっと知らないままの方が良いのだろう。
一応就職先の選択肢の一つとして動物喫茶もあったのだが、それは断った。
爺さんは以前と同じく優しいけれど、神だなんて知ってしまったらやっぱり警戒してしまう。彼らに害意があれば、どんなに離れていても意味はないのだろうけど、少しでも忘れることの出来る時間が欲しい。
断った時に寂しそうな顔をしていたが、時々来ることになるのだから許してほしい。
その顔が本心なのか、今では疑ってしまうけれどね……。
この話のついでに、神の啓示について簡単な説明を受けた。
あれは僕宛てというより、違う転生者用だったとか。
要するに、ホテルの敷地内にいた誰かが兄さんを転生させた神に利用される際に、トラブルが起きて僕たちも巻き込まれたということ。その際に、周辺の人達の意識にも登録されてしまったらしい。全能でない神も存在するようだ。
(あの時のだれかが兄さんを殺したのかな)とも考えたが、転生だとするなら若すぎる気がするし、そもそもこちらとあちらで時間の進み方が違うようなので、答えは出ないままだ。
説明がないので「神のみぞ知る」ってやつ。
だれが対象だったのかわからないし、特別な感情は湧いてこない。
とにかく、転生時に刻み込まれたものだったということだ。
職場が変わる際に、神達には住む場所も用意してもらった。
生活に必要な物も、面倒なので金銭で解決することにして、ほぼ体一つで引っ越すことを選んだ。
今日も朝から新しい職場である動物園には、多くの人が訪れている。
一番人気は、オスの『黒豹』だ。
先日、動物園のやっている「今週の動物紹介」というコーナーで、担当飼育員の僕から直接肉を貰う姿が動画サイトにアップされた。昨今の猫ブームもあり、その甘える姿が人気となったようだ。
しかしながら、可愛い姿を期待して来場した見物客に対してはツンとしているのだが「逆にそれが良い!」という評価をされている。
子供たちの声に、たまに顔を向けたりするのだが「目が合った!」と、それだけでも喜ばれる。
朝と昼に食事風景を見せる時間があり、僕が檻の中に入ると「キャー!」と声が上がる。
勘違いしてはいけないが、これは「キャー危険よ! 大丈夫なの⁉」の声だ。
そして「動画と一緒だ! カワイイ」と騒がれるのがいつものパターン。
本来は閉園後に行う掃除も、その際に終わらせてしまう。
閉園時間になり、内側の扉を解放して担当である黒豹を招き入れる。
彼の寝床である部屋に帰る前に、水場で一度汚れたところを綺麗にする。いつものことなので、慣れていて大人しい。最近は、ドライヤーの音も平気だ。
そして乾かし終わると、寝床への扉に一緒に向かい中へ入るように促す。
扉を抜けると、森の中。もう一つの動物園。
大木の根本に大きな白い豹やその子供達、他の生き物たちが並んで迎えてくれる。
「ただいま。みんなお出迎えありがとう」
そう言った後に、横に並ぶ黒豹に抱き着きながら大きな耳にこう呟く。
「今日もお疲れ様。『パン太』」
兄さんは転生者 鈴寺杏 @mujikaku
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