第59話 ユーアーヒューマン
「キャンプも野営も同じようなもんだ」
「いや違うからね?!」
フランシスに突っ込まれる。最近は毎晩、俺が突っ込んでやってるのに。
「いいかしら、エグザス?野営っていうのは本当に大変なのよ?」
「はあ、そうですか」
「食べ物や水の用意も補給部隊の運営にかかっているし、身を守るための力も必要だし……。かと言って、力を増やすために人を増やすと、補給部隊の数が膨れ上がって本末転倒。それだけじゃなくて、兵士の士気を保つための娼婦や嗜好品のこと、武器のことも考えると……」
「魔法使えよ」
「それができるのは世界であんただけなのよ!!!」
まあそれはそう。
ですので〜……。
「はいどん!」
俺は、瓶詰めやレトルトパウチの類を並べた。
「今日は、一週間以上保存可能な保存食でキャンプし、その最中にお前らでも使える便利なサバイバル魔法のレクチャーをしようと思う!」
「そんな暇ないわよ……」
頭を抱えるフランシス。
「良い?たったの六人しかいないのよ?見張りや狩りで全員が要領よく動かなくちゃならないの。遊んでいる余裕なんて……」
「ないのか?」
「いや……、アンタにはあるだろうけどね?!私達にはないのよ!」
「何マジになってんの?そんなに評価点が欲しいのか?」
「今回の実習の評価者は、あのクルジェス先生よ?!」
あー?
ああ、あいつか。
戦狂いのクルジェス卿。
領地を持たぬ宮仕えの法衣貴族、クルジェス伯爵家の元当主にして、無類の軍略家……。
ご隠居ジジイだが、この学園では珍しく尊敬できる人の一人だ。
ついでに言えば、算術科のゴートと同等に、生徒達から恐れられる厳しい教師の一人でもある。
「なるほどな、あのジジイが採点するなら、あまり舐めたことはできないな」
「でしょう?!」
「だが、サバイバル魔法の講習はやるぞ。むしろ、クルジェスのジジイなら加点してくれるだろうよ」
「もー!」
スケジュール確認。
初日はこう。
朝二つの鐘(大体午前七時くらい?)に校舎内に荷物を持って集合。
ここで、持ち物を揃えるのも自分でやるそうで、過不足があると指摘されて減点されるそうだ。しかし、明らかにおかしいレベルでなければ、「敢えて」見逃されるらしい。
そして、初日の昼一つの鐘(大体正午くらい)に出発。
戦場であることを前提に、歩きで二十キロメートルほど離れた森へ移動する。
……まあもちろん、十二やそこらのガキが半日で二十キロも歩けるはずがない。
当然、道中の草原で野営をすることになるだろう。
この世界はナーロッパだが、割とハードでもある。
大人の腰ほどもある草原には、道らしい道は殆どない。
舗装されていない道を歩くというのは極めて疲れるし、危険だ。
その危険というのも、舗装されていない荒い道を歩く困難さだけを指す訳じゃあないぞ。
自然溢れると言えば聞こえがいいが、自然とは本来、人間の住むべき場所じゃねえもんよ。
背の高い緑からは、毒虫、毒蛇なんでもござれ。マラリア持ちの蚊ももちろん出るぞ。
それどころか、人の肉の味を覚えた狼にゴブリン、その他モンスターも当然出てくる。盗賊の類もだ。それも、野獣の類には、狂犬病持ちもザラにいる。
街道の整備なんざ金出してやる王侯貴族はいないからな、街道なんてほぼ無法地帯だぞ。ヨハネスブルクよりヤベェと思っていい。だってマジで獣が襲いかかってくるし……。
不衛生で、どんな病原菌がいるかも分からない沼や……、ファンタジー世界特有の面白害悪地形やトラップみたいな生命体もいる。
道を逸れりゃ、迷子になって陸で遭難することは想像に難くない。
この時代のこの世界では、移動というのは命懸けなのである。
……まあ俺はその気になりゃ空飛べるし別に困ることは何にもないんだけどね。
話が逸れたな。
で、ええと、実習の二日目。
大体、野営をすることになる。
危険な草原でだ。
で、野営を終えたら、再び森へ。
森は、草原より更に危険だぞ。
草原よりも更に豊かな恵みがある森には、草原よりも更に強力な野獣にモンスターが潜む。
グリズリー、クーガー、ラーテル、コヨーテ。何でもありだ。
そんなヤベーのと戦いながら、野営しつつも更に進む。
そして、森を抜けるのだ。
十日以内に。
もちろん、羅針盤もないぞ。
……不可能じゃね、と思うだろ?
そう!不可能なのである!
魔導師だろうが、十二やそこらのガキに、こんな過酷な行軍は!
不可能!なので!ある!
この実習はどうやら、色々と舐め腐ってるガキ共を叩き直すための儀式らしいな。
昔こういう漫画なかった?
いい子になあれと苛めて苛めて、最後に優しくユーアーヒューマンと手を差し伸べるやつ。つまりは洗脳だな。
まあ……、この国は限りなく低脳だが馬鹿じゃないってことだよね。
武力を売りにしてるんだから、武力の制御法も心得ている、と。
体育会系、ブラック企業のやり口だが、実際効果的。
無論、武門で名の知れたフランちゃんの実家みたいなところは、入学前からガチガチに子供を躾けているので、意外とどうにかなるらしい。
本当にもう、完全に振い落としで、俺のような「弱小貴族や平民から間違って出てきちゃった魔導師」「ボンボン貴族の馬鹿ガキ」なんかを躾ける為にあるっぽいな……。
不可能な難易度の実習をやらされて、本当に追い詰められて「もうダメだ!」って時に、監視役の教師やら先輩やら兵士が出てきて、エスコートしてくれる……。
そして、教師やら先輩やら兵士に敬意を払うようになるって寸法よ。
まあその辺は別にどうでもいいよ。
俺は何とも思わん。
人心を恐怖で縛ると碌なことにならんとか、そういう話はしない。興味がないので。
俺の頭は、今はキャンプのことでいっぱいなのだ。
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