第60話 荷造り
はい、実習の日の朝。
寒い冬の日の朝……?!
クーククク!
俺達は、学園の一室で、荷物を広げていた。
「全く……、またけったいな物を持ってきおって……」
そうやって、長い顎髭をさするのは、クルジェスの爺さんだ。
老境、歳の頃八十を超える老人で、枯れ枝のような細い身体と、枯葉のような白い髭が特徴か。
鍋を被ったような伸ばしっぱなしの癖毛から、いやにギラギラとした眼光が一閃飛んでくる。
そんなクルジェスは、俺の広げた荷物を見て、苦々しい声で唸った。
「これはなんじゃ?」
「魔導二輪車だ。またがってハンドルを回せば、最高で馬の三倍くらいの速さで走る」
「これは?」
「魔導焜炉だ。ここを捻ると火が出る、調節可能」
「この箱は?」
「持ち運び型魔導冷蔵庫だな。この中は冷えていて、食品の保存ができる。中身は肉と魚だ」
「この布は?」
「折り畳みテントだな。特殊な魔法素材でできた伸縮布を使っていて、ワンタッチで十人が横になれる程度の天幕になる」
俺は、聞かれたことをそのまま答えてやった。
最高の笑顔で。
すると、クルジェスは、眉間を押さえて、言った。
「……お主は何をしに行くんじゃ?」
「休暇!」
過去最高の笑顔だ。
レギュレーションは持って歩ける程度のものと言われたので、魔導二輪車は自走モードにして荷運びにのみ使うこととした。元から自走可能な、幅広のタイヤを持つ未来バイクだから、倒れる心配はない。
俺は、登山用の大型バックパックに色々と愉快な物を詰めておく。二輪車の内部収納や座席にも、これでもかと荷物を積む。
エイダの荷物も、俺の指示で構成した。
フランシスは……、おお、流石に慣れている。保存食から何から何まで完璧だ。
ユキは……、どうやらサバイバルをやる気満々らしく、軽装で刃物や弓を持っている。食い物を現地調達する気か。
グレイスはこういうのに慣れていないらしく、クルジェスに容赦なくダメ出しされていた。しかし、虫除けや薬品を持ち込んだのは加点対象とのこと。
他の生徒は半数はグタグタだ。こんな時までゲーム機を持ち込もうとしたアホの子も少なくない。
チラッと見た感じ、結構ヤバい奴も多かったな。
ひたすら生ものの食料を詰め込んでいる奴、格好つけて高価なナイフを見せびらかす奴、荷物が重いからと軽装の奴……。
まあ俺には関係ない。
精々無様を演じればいいんじゃないかな。
俺としては、偉そうにしている奴を潰す方が楽しいから、学生諸君にはあまり手を出すつもりはない。
自分を強いと思っている奴にNOと言ってやるからこそ楽しいのだ、弱い物いじめは面白くない。
「では出発する。各自、移動開始!」
クルジェスのジジイが宣言すると同時に、バカガキ共はチンタラと歩き始める。
できるチームは歩き方からして違うんだよね。
ただ歩くだけなのに練習?と、思慮の浅い奴は思うだろうが、足腰に負担をかけない歩き方というのは、訓練を積まないと分からないもんだ。
俺?
俺はできるよ。
だって実家が太かったから……。
文化的資本の差だよね。
幼いうちから、ハイキングや登山を体験させてもらっていたから、運動そのものが得意なんだよ俺は。
父親が……ああいや、今世のクソ親じゃなくて、前世の親な。あの人がアウトドアが趣味でさあ。
ボーイスカウトから、ブッシュクラフトまで、色々やらされたっけ……。
俺は、歩きながら班員にサバイバル魔法をレクチャーする。
そのついでに、歩きやすい歩き方とかも、グレイスに叩き込む。
「こうやってこの辺に力を入れてだな……」
「ひゃわあ?!」
「ん?お前、テーピングもしてないのか?おいちょっと停止だ停止ー!」
全く……、こんなんじゃこの先生きのこれないぜ。
俺は、ドリルを除く全員の足に、テーピングを巻いてやった。
「これは……、脚絆のようなものか?」
とユキ。
流石、よく知っている。
「これは膝の保護の為のものだが、もちろん、脚絆も巻いてもらうぞ」
「そう言えば、脚絆を巻くと疲れにくくなるのは何故なのだ?」
「ああ、鬱血の防止だな」
「鬱血とは?」
「あー……、歩くと、血が脚に集中してしまうんだよ。血が一箇所に溜まると腐るから、気をつけなきゃならない」
「ふうむ……。それなら、心の臓は何故腐らぬのだ?」
「それはな〜……」
講釈を垂れながら、俺は女達の脚を揉む。
うーん、いい脚だ。
俺は思わず、グレイスの脚に頬擦りする。
「い、いけません、こんなこと……♡」
口では拒否するが、満更でもなさそうに頬を染めるグレイス。
あーもう授業とかどうでもいいな、ここでおっ始めちまおうか……。
「真面目にやらんか」
チッ、クルジェスのジジイめ……。
「何の用だ」
「お主から目を離すと、確実に不正をするからのう」
「しねぇよ」
「それを判断するのは儂じゃ」
まあそれはそう。
「それと、班員である以上、王女様にも同じような扱いをするように。班員が一人でも脱落すれば、連帯責任じゃぞ」
「はあ?そんなの事前に言っておけよ」
「馬鹿もん。評価基準を全て公開すれば、それは最早答えではないか。連帯責任について言及してやるだけ温情だと思わんか!」
いちいちごもっとも。
移動開始。
「急いで歩く必要はない。靴擦れなど、違和感があればすぐに申し出るように」
俺はそう言いつつ、街道の草むらに隠れる狼の頭を、無詠唱マジックアローで貫く。
断末魔の叫びすらなく、一撃で、一瞬で崩れ落ちる狼。
脳天には、1セントコインほどの大きさの風穴が空き、後頭部からの景色を映す。風通しのいい頭だ、この国も見習って欲しい。
さて……。
一人でのアウトドアならば、思う存分考え事をしたり、逆に頭を空っぽにしたりなどして楽しむのだが。
今は美少女に囲まれているので、折角だし会話を楽しむか。
「エイダ」
「はい?」
「勉強はどうだ?」
「M言語については大体理解しました」
「完全に理解したってこと?つまりは、ダニングクルーガー効果?」
「いえ……、大体です。要件定義が正確にできていれば、下流工程の仕事であればある程度はお手伝いできるかなと……」
「ふむ。上流工程はできない?」
「まだ経験が足りなくて……」
まあそうよなあ……。
「これからちょくちょく見てやるから、定期的に会いに来てくれ」
「定期MTG以外でですか?」
「ああ。夜に抱かれに来る以外にも、教えを乞いに来て良い」
「ありがとうございます!嬉しいです!」
「アランとベティも、凄い勢いで追い上げてきているぞ。負けるなよ〜?」
「はいっ!」
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