第36話 大魔導師と魔神の邂逅

「ふぅ……」


「お疲れですか、学園長?」


私は、柄にもなく溜息をついていた……。


それを、秘書のローズマリーに聞き取られたようだね。


全く、耳聡い子だこと。


「ふん、こんな草臥れた老体をまだ動かしてるんだ、疲れもするよ」


「ふふっ、まだまだお若いじゃないですか」


「ハハハ!露骨なお世辞はおやめよ!」


「いえいえ、本心ですよ?」


「そうかい」


秘書ねえ……。


このローズマリーが最後かね?


私について来た人は、もうみんないなくなった。


戦場での相棒も、旦那も、前の秘書も。


だけどまあ、ローズマリーと私なら、流石に私の方が先にお迎えが来るだろうね。


もう、置いていかれることはないだろうさ。


ローズマリーも出来た子だよ。同期のマーガレットと一緒に出て行けば、いくらでも出世の芽があっただろうに。


それを、私のような老耄に、「先生にお供します」だなんて。


良い弟子を持ったもんだね……。


おっと……、そうさね。


マーガレット。


マーガレット・ガードナー……。


ガードナー家の英俊、マギー嬢。


あの子から、私宛にと手紙が来ていたんだよ。


あの子の、女らしい丸い文字で……、公文書では見苦しいからやめなさいと教えたのに、結局この丸文字は治らなかったね。


この丸文字で、『アンジェリーヌ・フォン・アクアロンド先生へ』と書いてある手紙。


懐かしくなって、思わず文字を撫でる。


おっと……、いけないね。


歳を取るとこれだから。


思い出に浸るのは死んでからすれば良い。


生きている以上は未来を見なければ。


さてそれで、内容……、そう、内容が面白かったんだよ。


学園では天才と鳴らしたあの子が、『私なんて目じゃないほどの天才、恐らくは史上最強にして最高の魔導師』とまで評価する坊やが、学園に入学しに来るんだとか。


名前は確か、そう……。


エグザス・レイヴァン……。


面白いじゃあないか。


見せてもらおうかしらね、私の愛弟子を超える孫弟子とやらを。


「さて……、ローズマリー。私は試験会場の見物でもしてくるよ」


「分かりました。書類の方はこちらでやっておきますね」


「ああ、頼むよ」




私は魔導師科の試験会場に顔を出した。


丁度、試験が始まった頃でね。


魔導師の卵達が、一列に並んで魔法を放っていたよ。


とはいえ、大半は、殺傷力のない初級から下級の魔法ばかり。


この辺りは、まあ、普通の魔導師だろう。


もちろん、才能があるのもいる。


「『ポップ 《メタルバスター》 アウトプット フロント』」


おやおや、あれはクライン侯爵家の娘かね?


クライン家の秘術たる、鋼鉄を創り出す『鉄術』……。


今は攻撃の魔法だけれども、あの術の一番厄介なのは防御力だよ。


『メタルウォール』という術があってね、一瞬にして鋼鉄の城壁を創り出すのさ。


クライン家が参戦すると、例え勝てなくても負けることは絶対にないと評判さね。


おまけに、短縮詠唱も使いこなせている。


この歳でこれなら文句なし。


むしろ、生半可な教師の教えなら受けない方がマシ、今のままでも充分通用する領域……。


この領域の者は他にもいる。


教会の秘術たる『癒術』をこの歳で極めたという、『聖女』ことグレイス・アークライト……。


「……『ポップ 《シップウ》 アウトプット トレースウェポン』!」


遥か東方の国家から来た『魔剣士』と呼ばれる男、ソウゲン・ザンゲツを祖としたザンゲツ男爵家の娘……。


表立っては力を見せない子もちらほらいるねえ。


そして……。


「『ポップ 《プラズマシューター》 アウトプット フロント』」


あの、見たこともない光の術!


恐ろしいねえ……、新たな秘術かい。


見たところ、熱を操る力……?


物を冷やすのは副産物ということかい?


名付けるとするならば、『熾術』と言ったところかしらね。


身体から発せられる魔力の奔流……!素晴らしいじゃあないか!


……けれど、これくらいの領域なら、戦場で稀にだが見れるよ。


英雄級の魔導師なら、これくらいのことはやるさ。


私だって、その気になればこの街の人間を皆殺しにすることくらい容易い。


そんなものより、私が注目しているのはあの坊やさ。


十二の子供にしてはとても背が高く、恐ろしくなるほどの美貌を持つ、黒の長髪の少年……。


あれが、マギー嬢が言っていたエグザスの坊やかい。


ひと目見れば分かる。


ありゃなんだい?


私のような、英雄級の魔導師が晩年に習得する秘技たる『魔力閉じ』を、あの若さであそこまで完璧に修得している!


魔力閉じというのは、単に魔力を隠すだけじゃあないんだ。


もちろん、魔力を小さくして魔導師の身分を隠すことも、できなくはない。


だが、本題はそこじゃあないんだよ。


良いかい?


魔法というのは、魔力を燃料にして輝く炎。


だから、魔法は、発動する時に必ず魔力が動く。


その『起こり』と、放出された魔力の『形状』を見れば、理論上はどんな魔法にも対応できるのさ。


そうだろう?


さっきの『熾術』の娘を例にとったとして、あの、手から破壊の光を発した時も、魔力が腕に集まり、放出される様が見えた。


それさえ分かれば、避けることもできる……。


だが、これらを隠せたらどうなる?


「……どうした?早くしろ」


「いや、終わったよ」


凄まじい速さで胸から出た魔力が、なんの『起こり』もなく、『形状』も認識できないほどの速度で飛来して、木人の頭と胸を抉った……!


しかも、エルフの秘技たる『無詠唱』で!


分かるかい?


詠唱もなく、魔力の動きも見えず、見えない速度で見えない矢に頭と心の臓を抉られる!


炎や水が派手に飛び散るような術よりも、これの方がよっぽど怖いねえ……!


これの恐ろしさに気付けない試験官の教師が喚いているようだけど……、まあ、コネで教師になった盆暗ならこんなものさ。


私は、確認の意を込めて、もう一度だけ魔法を使って欲しいとエグザス坊やに頼んだよ。


すると……。


「おう、良いぞ。今度は見える速度で使ってやる」


と言いつつ、魔法を放ってくれたよ。


わざわざ、見える速度に調整してね。


ああ、もう。


これを見たら分かった、分かってしまう。


「……ククク、クハハハハ!よく分かったよ坊や!首席はあんただ!」


私は思わず叫んでしまったよ。


叫びたくもなるじゃあないか。


「まあ、確かに未知の術式ですが、こんなものよりひとつ前の二百十三番の方が……!」


などとほざく試験官の教師。


仕方ないから教えてやったよ。


「良いかい?魔法は、必要な時に必要な分だけ使うもんさ。ド派手に火をばら撒いたり、水をばら撒いたりする必要なんてないんだよ」


とね。


この場にいる大半の奴は理解していないようだけど、これが全てさ。


エグザス坊やはね、初級魔法ほどの労力で、確実に敵を殺害するという魔法を実践してみせた!


ここまでできる子が、まさかこの魔法しか使えない訳じゃああるまいよ。


最小の労力で最大の成果を!


素晴らしいね、全く……。






×××××××××××××××


ビルトリア王国偉人伝 抜粋


アンジェリーヌ・フォン・アクアロンド


 三百年の時を生きた大魔導師にして、ビルトリア王国の建国に関わった大英雄。爵位は侯爵で、時の王家の三男を入婿として迎えた。

 魔導師としては水属性の使い手で、禁術を二種類も修得し、更にそれを儀式なしの単独で発動可能という、当時では破格の存在だった。

 晩年は、王立学園の学園長に就任した。その時に、魔神エグザスと出会い、新たな時代の到来を感じ取ったという。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る