第17話 エリート師匠マーガレット

「はぁ……」


全く、女に生まれたのは本当に嫌になるわね。


魔導師なんだから、男ならもっと重用されたはずなのに。


女の魔導師である私は、魔導師なのに、貧乏籤を引かされがちよね。


まあ、魔道師の名門たるガードナー家とは言え、次女が、上三人の兄と一人の姉を追い越して、兄妹で一番最初に秘伝を習得したのが悪いと言えばそうなんだけど。


「マーガレットはうちの誇りだ!」などと父上は仰られていたけれど、口先だけのこと。


結局は、「女の分際で……」ってことね。


学園を卒業しての初仕事が、田舎騎士の子供の家庭教師だなんて、完全に舐められてるわ……。


はぁ、しょうがない。


これも下積みと思えば悪くないわ。


いきなり死地に飛ばされるほど疎まれている訳でもないんだし、女故の嫌がらせだと思えば別に……。


にしても、レイヴァン騎士爵家?


聞いたことないんだけど……。




「はぁ……」


辿り着いたのは田舎も田舎。


またもや溜息。


王都のように、煌びやかで先進的な都市である!みたいな期待は当然していなかった。


けれど、これは……、あんまりにもあんまりだ。


騎士爵領?田舎の寒村の間違いでは?領と言えるほどの規模じゃない。


薄汚く、痩せた村人達を横目に、領主の館へ向かったのだが、そこもまあ小さいこと小さいこと。


所詮は辺境の、どん詰まりの田舎騎士ってことね。


会ってみれば実際にその通りで、聡明さの欠片もない猪騎士。


寄親の直臣である私に、敬語の一つも使えないのかしら?


人柄はさぞよろしいんでしょうけど、礼儀が伴わないとどんな人柄でも軽蔑されるものよ。


そして紹介されたのは……。


「へぇ……!」


今度は、別の意味で溜息が出た。


田舎だから、素朴で薄汚い格好をしているけれど、可愛い子じゃない!


村人と比べれば、身体も大きくてがっしりしているし……。


何よりも、艶めいた長い黒髪は、女として嫉妬してしまうほどの美しさね。


顔の作りも、思わず溜息を漏らしてしまうほどに美しい。


大人になれば、さぞ美しい青年になるのでしょうね。


もう、顔の良さだけで食っていけるんじゃないかしら?


王都なら、男娼として引く手数多だと思うわよ。


で、何だったかしら?


ああ、そう、魔法の家庭教師ね。


んん、それもまあ、馬鹿らしい話よね……。


魔法で三十人の盗賊団を追い払ったとは言うけれど、あの猪騎士の息子でしょう?


よくある話らしいのよね。馬鹿な貴族が、コケ脅し程度の魔法が使える自分の子供を、天才だ何だと過剰に持ち上げる話は。


この人達も、その手の話でしょうね。


非魔法使いと魔法使いの子なんて、血が薄くて魔導師になんてそうそうなれるもんじゃないわ。


私の家でも、弟は血が薄くて魔導師になれなかったんだから。両親が魔導師なのに、よ?


……にしても、あの猪騎士の息子の癖に、かなり賢い子ね。


言葉遣いも丁寧だし、態度もしっかりしているわ。


馬鹿親の馬鹿息子ではないし、多少ものを教えてやれば良いわね。


まあでも、そこまでしっかり見てやるつもりはないわ。


誤解されないようにはっきり言ってあげましょう。


貴方は、田舎では凄いのかもしれないけれど、都会には貴方程度の人はいくらでもいるのよ、ってね。


私がそう伝えると、坊やはこう返してきたわ。


「へえ……。わかりました!ではまず、僕の魔法を見て欲しいので、森の方まで行きましょう!」


ってね。


まあ、言われた通りについて行ったわ。




そして……。


「では、ご覧ください!これが僕の魔法です!『《ティルトウェイト》 ラン』」


たったその二言の詠唱で、目の前の大地は深く削り取られた。


あり得ない。


こんなことはあり得ない!


魔導師の中でも更に上流の魔導師のみが使える秘術の一つである、『短縮詠唱』なの?!


いえ、短縮詠唱にしても、二小節は速過ぎる!


それに、基本的に、規模が大きい魔法の詠唱は遅い筈!


しかも、何よこの魔法は?!


不可視であることを見ると風属性のようにも思えるけれど、風属性には大地を消滅させるほどの力はないわ!


そしてこの規模!


見渡す限りの森が、まるで最初から何もなかったかのように消滅している!


火属性の魔法でも燃えさしは残るのに、これは、「そこに在った」という事実そのものを否定しているかのような……!


怖い……!怖い、怖い、怖い!


おかしいじゃない!


だって、この子供!


魔力なんて一片もないのよ?!


……一片も、ない?


万物に宿るはずの魔力が、ない?


……魔力を隠す秘術、『魔力閉じ』をも習得している?!!!


な、何よ、それ?!


魔力閉じは、上流の魔導師が何年も修行を続け、その晩年に初めてできるかどうかという、半分伝説の技術よ?!


何……?


何なの、この子……?!


バケモノ……?!


私は、恐ろしくなって、即座に命乞いをした。


勝てない……、絶対に。


我がガードナー家の秘術、青い炎の竜巻を放つ『ホローズブルー』よりも、発動が速くて、規模が大きく、射程が長く、威力も高い!


「いやいや、頭を上げてくれよ、センセェよお。何もいきなりぶっ殺そうとは思ってねぇんだわ」


先程までの、人好きのする美しい笑顔から一転、裂けたような悪魔の笑みを浮かべた子供……、いえ、エグザス様。


「は、はい……」


私は、泣きながら失禁した。


もうそれしかできない。


「たださあ、舐められてムカついちゃってさ?ちゃんとお利口にしてんなら、俺もキレねぇよ?」


「あ、ありがとうございます……」


「ま、センセェは、持っている知識を全部吐いてくれたらそれで良いから。余計なことをしたら……、分かるな?」


「ひいいっ!分かってます!何もしませんっ!」


こ、ここ、殺されるっ!


余計なことをすれば殺されるっ!


何が安全な後方任務よ!こんなのの相手をさせられるくらいなら、最前線で敵国と戦った方がマシじゃないのーっ!!!!

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