第18話 リアクション芸人師匠マーガレット
あ、あれ?
エグザス様、思ったより優しい?
私、マーガレット・ガードナーは、エグザス様の家庭教師をやらせていただいている女魔導師だ。
先日、散々脅されたから、何か酷いことをされるんだと怖がっていたけれど、特に何もされない。
ただ、話を聞かれるだけだ。
「なるほどな、このカーレンハイト辺境伯は、魔の森のモンスターの警戒よりもむしろ、北東部にある『アドン魔導国』への備えであるという面の方が大きいんだな?」
「は、はい。私も行ったことはないので分かりませんが、アドン魔導国の魔法技術には目を見張るものがありますからね。もし敵対すれば真っ先に戦場となるカーレンハイト辺境伯領は、密かに備えています」
「なるほど。アドン魔導国について、知っていることは他にないか?」
「ええと……、魔導国の名の通り、魔導師第一主義で、優秀な魔導師の確保のためならば、近親相姦なども辞さないとか」
「ふむ……、他は?」
「魔導具の文化が発達していて、我が国にも輸入されてることと……、あとはとても寒い国であると言うことしか……」
「なるほどな。ありがとう、参考になった」
本当に九歳児かと疑うほどの、圧倒的な知性と知識はさておき、特に酷いことはされないわね……?
殴られるくらいは覚悟していたのに……。
昼時、私は、田舎臭い黒パンと豆のスープを振る舞われた。
あまりに酷い。
田舎での貧困とはここまでなのかと、戦慄したわ。
曲がりなりにも貴族なのに、これなの?
これじゃあ、都市の職人の方が三倍は良いものを食べているわ。
それに、客を呼んでおいてこの量の少なさは何?
貴族の食卓には、収まりきらないほどの食事を並べるのが普通よ。食べきれないのを前提でね。
そうやって、「自分は、食べきれないほどの食事を集められるんだぞ」と示威というか、表明するのが貴族というものよ。
余ったものは使用人が食べるしね。
客に満足に食わせられないとか、普通に恥なんだけど……。
一方で、エグザス様は、自分の食べる分を殆ど弟や妹に分け与えて、早々に食卓を去って行った。
エグザス様は、目線で私についてこいと伝えてきていたので、ついていく。
すると、森の中に案内された。
そこには、金髪の、これまた田舎には不相応な美しい少女が待っていた。
「エグザス様!」
少女は、エグザス様を見つけると、笑顔で抱きついてきた。
恋人とかかしら……?
「特にそういうのではないな」
「はいぃっ?!」
心の中を読むのやめてよ?!
「こいつはエイダという。パン屋の娘だ。魔法使いの才能があるから、色々仕込んでるんだ」
な、なるほど、弟子だったのね。
「で、何で森に……?」
「いやぁ……、まず、詫びたい」
「え?」
「飯だよ。もしかしなくても、貴族は客を歓待するのが義務なんだろ?」
「え……、ええ、まあ、はい。普通は、客人を飢えさせるなんて有り得ないです、はい」
「やっぱりか!その辺の文化も教えてくれ」
「は、はい」
「で、あー、まあ、何だ。飯の方は俺が用意しようと思ってな」
「……え?」
森の中で?
食事を?
確かに、ちょっとした石窯や、天幕くらいはあるけど……。
……どこに食べ物が?
「まあ待ってくれ……、『アンジップ ファイル《発酵済みパン種》』」
すると、いきなり、エグザス様の目の前にパン種が現れた。
「な、なな……?!」
「エイダ、これ焼いてくれ」
「うん!」
「よし……、『アンジップ ファイル《シチュー野菜》《ブロッコリー》《鶏胸肉》《白ワイン》《コンソメ粉》《小麦粉》《牛乳》』」
目の前の、石でできた調理台に、ずらりと食材が並ぶ。
「あ、あんた、牛乳は飲めるか?」
「へ……?あ、の、飲めます」
「じゃあ良いか。『《オートクッキング》 ラン』」
今度は、ひとりでに材料が動き、自動で調理されていく……。
そして待つこと四半刻……。
『デキマシタヨー!』
「えっ?!」
謎の女の声が虚空から響く。
「お、できたぞ。飯にしよう」
「えっ、今の何です?!ってよりも、この……、これ!何なんですか?!」
「何……?って言われても、魔法だが。音声は電子音声だ。……いや、電子は使ってねえな?なんて言えば良いんだあれ?」
「ま、魔法?!!どの辺が?!!」
こんなの最早、神の奇跡とか妖精の秘術とかそういう領域なんだけど?!!!
「え?あー、おかしいんだ……。まあその辺は後にしよう。とりあえず、飯だ」
そう言って渡されたのは、小麦の白パンと、見慣れない野菜が入った白いシチュー。
「わーい!乳のシチューだー!」
エイダとかいう子は、喜んでシチューを啜る。
まあ、エグザス様の弟子が食べてるんだから、毒ではないはず……。
ひと匙啜る。
「……んん!おいひい!」
乳を使ったシチューなんて見たことはないけれど、こんなに美味いなんて!
とろみのある、甘くまろやかな汁が、柔らかな野菜に絡んで、とても旨い!
汁には、野菜の香りと共に鳥の肉の油分が溶け込んでいて、口の中にふわりと広がる……!
こっちの白パンも凄い!
雲みたいにふっくらで、赤子の肌のようにもちもちで……!
思わず、一気に食べてしまった。
「……先生、お代わりあるぞ?」
「あ……、ありがとうございます……」
うぅ、はしたないことをしたわ……。
「で、魔法ってこんなもんじゃないのか?」
「ぜんっぜん違います」
「アンタはできないのか?」
「できません」
んーーー!
なんなの?!
なんなのよ!
私の常識観返してよ!
魔法の四大属性説は?!詠唱は?!
私の常識ーーーッ!!!
「へえ、そんな感じなんだ。じゃあ、これは異端なのね」
「そうです!異端です!」
私は、一生懸命に、魔法の基礎について教えた。
魔法は、四大属性に分かれており、そのどれかひとつしか使えないこと。
基本的に戦いのためのものが殆どで、間違っても料理を作る魔法なんてものはないこと。
虚空に物をしまう魔法なんてないこと……。
「……ひょっとして、魔導師って、大したことないのか?」
「そ、それは……」
「なんかないのか?凄い魔法は」
「ないです……」
「そう、例えば……、空間そのものを崩壊させたりとか」
「く、くうかん……、空間の崩壊、ですか?」
どうやってそんなことするのよ?大地を割るってこと?
「時間を巻き戻したりは?」
「時間……?そんなこと、神にもできませんよ」
まず、絶対の法則である時間を操ろうなんて烏滸がましい考え、どうやったら思い浮かぶの?!
「生き物の心臓だけを抜き取るとか」
「怖……」
き、気持ち悪っ?!何その考え方?!
「んーーー、じゃあ、隕石を落とすとか」
「……何ですって?」
まさか……、何故それを?!
「ん?あるのか?隕石を落とす魔法」
「……あります。禁術、『メテオスウォーム』というものが。何故ご存じなのですか?」
「いや、適当に予想してるだけだよ。禁術ってのは?」
分からない……、この人の頭の中には、悪魔でも住んでいるのかしら……?
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