第3話 悪魔の子

私、シャーリーが勤めるレイヴァン騎士爵家の嫡男、エグザス様は、『悪魔の子』だ。


私は、十三の時からメイドとして修行を積み、二十歳になって、レイヴァン騎士爵家の寄親であるカーレンハイト辺境伯家から、この家に派遣されてきました。


旦那様……、ランクス様は、少々思慮に欠けるところがお有りですが、この辺境においては腕が立つ剣士でいらっしゃいますし、領地の運営も無難にこなしていらっしゃいます。


奥方のリンダ様は、平民の出とは思えないほどに聡明なお方です。しかも、百人に一人しかいないと言われている『魔法使い』でいらっしゃる。魔法使いの稀血は、貴族の血に取り込むべきなので、おかしな婚姻ではありませんね。


しかもこのお二人、幼き頃から想い合っていた幼馴染の関係だとか。


貴族の婚姻というものは基本的に、愛など滅多にあるものではありませんから、当主と正妻の仲が良いことなど稀ですのに。


このような幸せな夫婦に、何故このような悪魔の子が生まれたのか……。


神は、何と残酷なのでしょう……。




思えば、最初から恐ろしかったものです。


生まれた時から泣きもせず、ただ獣のような叫び声を上げて。


夜泣きも一切せずに、毎朝決まった時間に大声で叫ぶ。


起きている時は、まるで鍛えているかのように身体を動かして、寝る時は死んだかのように眠る……。


生まれて半年が過ぎても、泣くことも笑うこともありませんでした。


奥様がどんな言葉をかけても、まるで反応しない。


それが、魔法を見たときだけ笑ったのです。


でも、あれは……。


あれは、子供の微笑みではなかった。


ひび割れたような、裂けたような、そんな顔。


あれが、無垢な子供の笑顔であるものですか……!




立って歩くようになれば、今度は、嘘みたいに多弁になり、家人に話しかけてくる。


……まあ、家人と言っても、このお家にそう人はいませんが。


旦那様、奥様。それと、家令のオリバーさんと、メイドの私とセラ。


それだけです。


寄親のカーレンハイト辺境伯家では、それこそ何十人という家人がいましたが……、ここはその、そんな余裕はないので。


そう、それで……、あの悪魔の子は、目を離すとすぐにいなくなり、家人に話しかけてくるのです。


それも、あの顔!


上級貴族のそれのように、心は一切笑っていないのに、表情だけが貼り付けたような笑みで!


なまじ、この幼さからでも分かるくらいに、信じられないような美少年であるからして、私以外の全員が騙されている!


それが、質問をするんです。


それもまた悍しいもので、普通の子供なら興味を持たないような内容を、遠回しに聞いてくるのです!


最初の一言は、なんてことはない、「何やってるの?」だとか「どうしてそんなことをするの?」だとか、子供らしいものなのですが……。


話をうまく持っていって、「爵位について」「この領地の財政」「魔法使いについて」「歴史」「学問」「礼法」などを、情報をすりとるように聞いてくるのです!


どうして誰も気づかないのでしょう?


あのくらいの大きさの子供のやることなんて、何度も見てきたから私は分かっています。


普通、子供は、貴族だろうと平民だろうと、周囲の人々に遊んでくれとせがんで、駄々をこねて泣き喚き、そして危なっかしいことをやって、数人に一人はこの年頃に死んでしまうものなのです。


それが、それなのに。


あれは、あの子は、子供のふりをした悪魔が、笑顔の仮面を貼り付けて、人の世の情報を集めているようにしか見えないのです!




奥様の命令で、この悪魔の子を領内で遊ばせることになった時も、私は恐ろしかった。


まだ二歳だからと言って、私が供にと出されたのですが……。


「こんにちは!」


「おお、領主様のところの子かい?」


「エグザスです!」


「そうかい、そうかい。ワシは行商人のトムソンっていうんだ、よろしくな」


「トムソンさん、よろしく!トムソンさんは、何をしている人なの?」


「ワシは行商人だよ、この領地には、三十日に一回来るんだ」


「へー!何を売ってるの?」


「売り物?それならやっぱり、塩だな。塩はこの辺じゃ取れないんだ」


「お塩ー?あ、分かった!あの美味しいやつだ!」


「おー、賢いなあ!そうだそうだ、美味しいやつだぞー!」


「おじさん!お塩いっぱいちょうだい!母上にあげるの!」


と、まあ、ここまでは普通の子供っぽいような内容の会話です。


ですが……。


「う、うーん、そうもいかないんだよ。他の人にも売らなきゃいけないからな」


「えー!じゃあ、いっぱい持ってきて!」


「それも難しくてなあ……、馬車は一台しかないし……」


「うーん、じゃあじゃあ!馬車を作ればいいんじゃないかな?!」


「い、いや、そのだな……、子供には分からないだろうけど、塩は国の専売でな」


「へぇ……、そうなんだ。専売ってなーに?!」


「専売ってのは……、そうだなあ、国しか売っちゃダメだよってことだ」


「何でー?美味しいものなのにー!」


「塩は国の収入源なんだよ。みんな欲しがるから、確実に儲かるだろ?……って、子供に言っても分かんないか」


「んー、よく分かんないなー!国がずるいってこと?!」


「まあ、そうかもな!偉い人はずるいんだよ!ははは!」


……と、このようにして、少しずつ情報を抜き取っているのです。


良いですか、冷静に考えてください。


行商人という言葉の意味を理解している二歳児なんて、いる訳ないじゃないですか!!!


「エ、エグザス様?」


「シャーリー?おじさんのお話、よく分かんなかったなー!」


そして、都合のいい時だけ子供のふり。


どう考えても、悪魔の子ですよ!!!

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