第2話 幼児の一幕

思わず、俺は笑った。


笑ったさ。


このクソつまらない世界で、初めて楽しめそうなものを見つけたんだからな。


「あ、あああ!エグザスが!エグザスが笑ってくれた!初めてよ、初めて……!」


泣き崩れる母親を他所に、俺は発声練習を更に進めた……。




二歳。


俺は、やっと少し立ち歩けるようになった。


げっっっそりするほどに不味い離乳食をドカ食いしながら体力を無理やりつけた俺は、日々を筋トレと発声練習に費やし、ついに少し歩けるようにまでなったのだ。


そして、今日……。


初めて、魔法を使ってみる。


声もまあまあ出るし、物もそこそこ見える。


胸から出てくる輝くオーラを自覚してからというものの、それを動かす練習も欠かさずにやっていた。


恐らくこれが魔力だろう。


この魔力を纏わせると、纏わせた部分の力が強くなることも分かっている。


物質に流せば、その物質が丈夫になることなんかも、家の中のものを使って試した。


そんなことより今は魔法だ!


さあ、行くぞ……!


『ポップ ファイア マナアド ワン アウトプット フロント』


その瞬間、俺の目の前に、パッと光が弾けた。


成功だ!


「はは……!ははははははは!!!やったぞ!!!」


できた!できたぞ!


そうして、もう一つ、試したいことがある。


もう一度、詠唱をする。


『ポップ ファイア マナアド ツー アウトプット フロント』


するとどうだろうか。


二度目の詠唱によって生み出された火の玉は、一度目の二倍の大きさになっていた。


「やっぱりだ!魔法の呪文は、『アセンブリ言語』に近い!!!」


俺は転生前は、プログラマだった。


プログラマなら、『アセンブリ言語』という単語は聞いたことがあるはずだ。


まず……、そう。


コンピュータは、0と1の羅列しか理解できない……、みたいな話を聞いたことがあるだろう。


理系の人々なら、0と1の羅列では人間が理解できないので、0と1の羅列を人間でも分かるようにしたものが、『プログラミング言語』であると知っていると思う。


そして、アセンブリ言語とは、単純なオペコード(命令)をニーモニック(命令の記号)で表すものだ。


プログラミング的観点から見たこの世界の魔法の詠唱は、こうだ。


先程の魔法を例にする。


『ポップ ファイア マナアド ワン アウトプット フロント』


とある。


ポップ(pop)とは、アセンブリ言語では、データを読み込む命令だ。


即ち、『ポップ ファイア』は、ファイアというデータの塊を取り出していることになる。どこにデータファイルがあるのか全く分からないが、それはとりあえず置いておこう。


マナアド?という部分はよく分からないが、アド(add)は加算という意味だ。


マナが魔力だとしたら、魔力をワン、1加算していることとなる。……単なるアドではいかんのだろうか?魔法の時点で魔力を使うのは分かりきっているだろうし。それに、どこのレジスタに加算してるんだ?プログラムにおいて、場所の定義は最重要のはずだが。


アウトプット(output)とは、出力のことだろう。フロント(前へ)ってのは場所指定ってことかな?苦しいが、printfみたいな意味なのかね?


んー、100%がアセンブリ言語言語と同じではなく、こんなのを地球のコンピュータに打ち込んでも全く動かないし、そもそもアセンブリ言語で全文表示なんてしたらクソ長くなると思うし……。まあそこは今後もデータ取りだな。


であれば……、そうだ!


『ポップ ウォーター マナアド ワン アウトプット フロント』


俺がそう詠唱すると、今度は、ピンポン玉ほどの水の塊が出力された。


『ポップ ソイル マナアド ワン アウトプット フロント』


次は土の塊。


『ポップ ソルト マナアド ワン アウトプット フロント』


塩の塊だ。


塩の塊を舐めてみる。


「……しょっぱい!」


塩だ。


本物の塩だ!


もうこれ、塩出すだけで生活できるだろこれ!!!


あ、いや、そうか。


俺ができるってことは他人もできる訳で。


外に出たことはないから分からないが、外の世界は魔法で何でも出せる感じの世界なんだろうなあ……。


……いや、それはない、か?


うちの飯はアホみたいに薄味で、家にいる人々の格好も見窄らしいし。


つまり、塩を出すような魔法は知られていないのか……、それとも、魔法使いが少な過ぎて塩出すような程度の仕事はしないのか、どちらかだな。


まずは情報を集めようか……。




「母上」


俺は、完璧な作り笑いを顔面に貼り付けて、最近デカくなった腹を愛おしそうに撫でている母親に近づいた。


エンジニアとは言え、ビジネスマンだった俺は、作り笑いには定評がある。


最近は、あれほど「悪魔の子」どうこうで騒いでいた家の人々も、すっかりそんなことは忘れていた。


歳の割に聡明だ、神童だと可愛がられている。


だが、生まれ変わろうが何しようが、俺の親は日本にいたあの両親だけだ。


あの両親以上に良い環境を提供してくれるならまだしも、幼い俺に散々貧乏暮らしさせているこの世界の両親に感謝の気持ちは一片たりとてない。


まあ、他人だと思えば、ビジネスライクな付き合いができてかえって楽じゃないかと、自分を納得させることができるのは良いね。


「あら、エグザス?どうしたの?」


えー、さてさて。


あまりにも賢そうなことを言うと、ドン引きされそうだからな。


どんな切り口でいこうか……?


こうかな?


「母上は、何やってるの?」


「お腹の中にいる赤ちゃんを育てているのよ」


「そうじゃなくって、いつもは何をしてるの?」


「いつも?いつもは……、そうね、お客さんとお話ししたり、領民のお話を聞いたりするわね」


領民、領民ときたか。


薄々とは気付いていたが、うちは貴族なのか。


「領民って?」


「うーん……、そのね、エグザス。あなたのお父さんは、貴族なの」


「貴族?」


「貴族っていうのは、みんなを守る仕事よ」


「お母さんも貴族なの?」


「いいえ、女の人は、滅多に貴族になれないの」


男尊女卑ってことかな?


「でも、父上は貴族?なのに、母上は貴族じゃないのはおかしくないかな?」


と、あえて馬鹿な質問をしてみせる。


「難しいかもしれないけど、爵位……、えっと、貴族のお仕事は、その貴族の子供の一番上のお兄さんが継ぐものなのよ」


「ってことは、僕が貴族になるの?」


「そうよ、あなたは、大きくなったらこのレイヴァン騎士爵家を継ぐの」


なるほどね、やっぱり、長子継承か。


「じゃあ、僕の弟は?弟か妹ができるんだよね?弟は貴族じゃないの?」


と鋭い質問を飛ばしてやろうか。


実際のところ、俺のスペアなんだろうが……。


どうなんだ?


「……弟なら、あなたのお仕事を手伝う仕事をするわ。妹なら、他の家でお嫁さんになるの」


やっぱりそんな感じか。


流石に、子供に「お前のスペアだぞ」とは言わんかね。

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